マスコット・バトル
やーゆー
さくれつニッチーぱんち
春休み。
観光シーズンにもかかわらず、片田舎にあるそのテーマパークにはほとんど人が入っていなかった。動いているアトラクションは半分に満たない。入り口にある塗装の剥げかけた大きな看板には「ニッチーランド」と書かれていた。
そんなランドの中央広場に今、ちょっとした人だかりができている。
茶色く染めた髪に、ピアス。見るからに頭の悪そうな顔の7~8人の中高生。
いわゆる「やから」である。
そんなクソ野郎共の中心に立っているのは俺「
やからどもは何が楽しいのかニヤニヤとうすら笑いを浮かべ、「ウエーイ」などと時折謎の奇声を上げながら俺を小突いたり、ヒザ蹴りを入れたりしてくる。
本当なら今すぐこのDQN共を皆殺しにしたい。
しかし、それはできない。なぜなら俺は今、このテーマパークのマスコットキャラクター「ニッチーマウス」だからだ。
ネズミを模したきぐるみマスコット。ニッチーはみんなに愛され、夢を与える存在。暴力を振るうなどとんでもない。
こいつらのたむろも、今日に始まったことではない。
「アハハッ!」
「ヤメテヨォ!」
裏声で適当に返事をしておく。
なんなら手でも振ってやろう。
こうして適当に相手をしてやると面白がって殴る蹴るの暴行はエスカレートする。しかしその分満足して帰っていくまでの時間も短くなるのだ。
右手に持った色とりどりの風船が、虚しく風に揺れた。
「ニッチーランド」は、バブル期に俺の爺さんが建設した一大テーマパークだった。
当時は物珍しさもあり、たくさんの客で賑わっていたものだ。しかし、不況の波を受け客足は遠のき、赤字が続き、今では従業員を養う金さえ無くなった。
最後に残った従業員は、元ニッチーの熊田さんだった。
熊田さんはニッチーのでっかい手袋をしてるのに、風船の紐をむすぶのが異様に上手かった。右手にくくりつけてもらった風船をなびかせながら、俺はランドをはしゃいで回った。
給料を払えなくなっても、最後までこの場所を支えていてくれた熊田さんはしかし、ある日を境にいなくなった。
親父はそれでも経営をなんとかしようと一人でランドを回し、過労で倒れた。
やがて客は、ほとんどいなくなった。
それでも、俺にとっては大切な思い出の場所だ。そうして俺は、自分が新たなニッチーになることを決めたのだ。
パァン!
破裂音に、呆けていた俺の意識が戻る。
風船が一つ割れる音――しかし。問題はそれではなかった。
野郎……マジか。
今までも、ここまでエスカレートしたことは無かった。
俺に近づいてきていたDQNの一人が、ついにナイフを持ちだしたのだ。
黄色い歯を見せ下卑た笑みを浮べるその男は、ニッチーの顔をなでるようにヒラヒラとナイフをちらつかせた。
次の瞬間。
男は鼻血を撒き散らしなが大きく吹っ飛んでいた。
どうと倒れた男はピクリともしない。一拍遅れて、奴の黄色い前歯がカラン、とランドの石畳に転がった。
右拳が熱い。しかしそれよりも血が昇っている頭の方がもっと熱い。
俺はキレていた。
たじろぐDQNどもに向かって、俺は叫んだ。
「ニッチーの服がやぶけちまうだろうがぁ!」
その後の記憶はない。
気付けば死屍累々の中に立っていた。
ニッチーの衣装は、返り血で赤く染まっていた。
「……やっちまった」
仰げば、色とりどりの丸い点が青空に消えていくところだった。
「熊田さん。風船、飛んでっちまったよ」
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