皇花召呼

kubiwa

プロローグ

第1話


 一面に広がる桜の森に、ふわりと白い裾がひるがえる。

 弧を描くは、銀の肌をきらめかせる一振りの太刀。


「汝、精霊を讃えて祈願する。贄とするは我が魂。生を歌う命であれば、何を憂うことがあろうか。やがて死すべき命であれば、何を恐れることがあろうか」


 光が明滅するかのごとく、鮮やかに散るは桜の花弁。

 立ち並ぶ見事な幹は黒々と、白い衣の少女と花弁とを浮かびあがらせている。

 少女の髪は桜と同じ淡い色。しかし紡ぐ言葉は幹の色よりも暗く、そして強い。


煌々こうこうたる光よ。星の河川を抱く者よ。目覚めの時は来たれり。藹々あいあいたる闇よ。鋼の河川を抱く者よ。我が祈りに答えよ。明暗の合間にありし門は、今こそ沈黙の呪縛から解き放たれる」


 ぱっと花弁が舞う。

 次第にそれは嵐となって渦をまき、少女の衣を激しくはためかせる。

 少女の紅く輝く瞳は、たぎる意思に燃え盛る。


「解きはなて。解きはなて。解きはなて。ついに門は開き、始祖なる者はこの地に降り立つべし。かつて天と地を分けた雷鳴よ、いま再びその猛き姿を現せ――」


 少女は両腕をかかげると、裂帛の気合とともに刃を垂直に振りおろした。


「顕現せよ。天地開闢てんちかいびゃくを司り、三界をあまねく知ろしめす神よ!」


 刹那、大地が鳴動した。


 天に亀裂にも似た雷火が走り、桜は悲鳴をあげるようにその身を激しく揺らした。

 荒れ狂う桜吹雪の中、少女は柳眉を逆立てると、重ねて吼えた。


「顕現せよ!!」


 どうと光の柱が天へ伸び、世界が白に染めあげられる。さしもの少女も腕で目を庇う。


 閉じた瞳の奥に去来する、父母の顔、狂おしいほどに幸福な午後、すべてを奪った業火、敵の哄笑、血煙、刃、牙を剥く世界――。

 一粒の涙は瞬時にして後方に飛び失せ、そして静寂が訪れる。


 少女は透徹な意志をもって、ゆるりと眼を開く。


 そして、愕然とした。

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