時は色と奇話
R
第1話
壁を見渡せば一面に本が並ぶ書斎に1人、少女がすっかり古びてしまった本を読んでいた。纏っている衣服を見れば一目瞭然だが、些細な動きからでさえも少女がこの国の王女であることが窺える。
少女の座っている椅子や備えられている机などは書斎の雰囲気を壊すことなくしかし気品は保ちながら、主の読書を心地良いものにしている。
陽の光は届かず、少女とその本を照らすのは人工的な淡い光。その光は入る器もなく、ただ宙に浮き少女が本を読むのを助けていた。
かさりと本を捲る乾いた音がゆったりとした空間に消えていく。
初めは雑念に囚われていた頭の中も、今では何度も読み返した本にすっかり没頭している。だから、少女は声を掛けられるまで誰かが書斎に入ってきたことに気付けなかった。
「ラシエ様。また、その本ですか」
「!? ……え、えぇ。少し、初心を思い出そうと思って」
驚いて声のする方に顔を向けると、見知った顔が少し呆れたような表情をして立っていた。
少女……ラシエの執事兼教育係でもある彼、シャルルドは、40代半ばであるにも関わらず若い者にも劣らない頭脳と身体を持ち合わせている。
シャルルドがパンパンと2回手を打ち合わせると、薄暗かった書斎内がふっと湧き出た光たちにより明るく照らされた。やはりそれらの光は閉じ込められることなく自由に浮いており、適切な光量を保っていた。
「初心……ですか。いつも申しておりますが、いくら初心に帰りたいとは言え『いしとまほう』は10年前にも充分お読みになったでしょう」
ラシエの読んでいた本は石と魔法の関係が分かりやすく書かれている、この世界で一番多く読まれているであろう絵本だった。
子どもが6歳になり学校に入ると、最初に習うのがこの本の内容なのだ。一家に1冊、必ずと言っていいほどその絵本は置いてある。
ラシエは開いていた本を閉じ、その表紙の霞んだ字を慈しむように撫でた。ざらざらとした触り心地は良いとは言えないが、慣れ親しんだ感触はラシエに懐かしさを与える。
「……この本を読むとね、頼り過ぎてはいけないと言うことをちゃんと心に刻むことが出来るのよ」
誰もがその体内に魔力と呼ばれる力を秘めているが、その力を自然に使えるものは無に等しい。何もしなければ力は力のまま、魔力とならずその身に隠れているだけ。その力を魔力足らしめているものこそが、石なのだ。
ラシエは絵本を片手に立ち上がると、壁の本棚へと近づき1冊の厚い古書を手に取った。歴史や伝統から宗教、古い言い伝えや御伽噺まで書かれている本だ。その真偽は様々であるが、ラシエはそこに書かれている歴史は事実だと思っている。果たしてそれが真実なのかは分からないが。
絵本を下に古書を持ち、パラパラとページを進めていく。少ししてその手は止まった。
「パンドラ事件……」
ぽつりとラシエが呟くと、シャルルドは眉間にしわを寄せ同情と切なさを含む視線をラシエに向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます