第八章 だけど希望は彼に届いた
1 追憶の誤
私たちの逃亡生活は始まった。
白の魔王と、全世界の裏切り者――世界の全てが、今や私たちの敵だった。
名を隠し、素性を隠し、私たちは行くあても無い旅を続けた。世界のどこかにあるかもしれない、私たちが幸せに暮らせる場所を目指して。
そんな場所などどこにも無いことくらい、二人とも本当は分かっていたはずなのに。
当たり前ではあるが、追手は執拗に私たちを狙い続けた。
ある時は剣士、ある時は魔法使い、ある時は獣人の徒党、ある時は知恵持つ魔物、ある時はそれら全て。その猛者たちと、彼は一人で戦い続けた。あの日の約束を守るために。
彼は強かった。途方も無く強くなっていた……贔屓目もあるのかもしれないが、恐らく当時世界最強の剣士は彼だったのではないかとさえ思う。
だがそんな彼でも、戦い続ければ疲弊し、摩耗し、消耗していく。
少しずつ、ほんの少しずつ……彼は衰えていった。
私も私で、恐ろしいものと戦っていた。己の内に今も蠢く、白の魔王の力とだ。
角は彼に斬り落としてもらった。血の匂いはひたすら念入りに洗い落とした。全身から溢れる禍々しい光は、力を加減すれば隠せることが分かった。
召喚した先の世界でどう扱われていたものであるのかは分からないが、恐らくこれ自体は善悪とは無縁のただの力の塊なのだろう。それが人の内にあることが問題なのだ。
御しているつもりでも、少しでも気を緩めればその瞬間に、白の魔王の力は溢れ出た。正体を知らずにという前提付きでも、私たちを暖かく迎え入れようとしてくれた人たちを消し飛ばしてしまったことだって一度や二度では無い。
誰に頼ることもできない状況で、私は必死に白の魔王の力を封じる方法を探した。全ての戦いを彼に任せて、彼が剣を振るう様を歯痒く見守り続けた。
だが独学で魔法を学んだ、召喚魔法に失敗する程度の力しかない素人に、そんな問題が解決できるはずもない。私はただ彼に守られ続けることしかできなかった。
そして、ついに“その日”がやってきた。
○ ○ ○
追手の気配が迫っていた。名も知らぬ山の山小屋に逃げ込むと、彼はすぐ戻ると言って夜の闇の中に出掛けていき――そして戻って来なかった。
その代わりとばかり、数人の人影が山小屋を取り囲んだ。
予感はしていた。いつかこの時が来ることを。彼が敗れ、私たちの旅が終わる日を。
山小屋を出る。人影の中から娘が一人進み出て、私に丁寧に会釈した。
「お初にお目にかかります、白の魔王。我が名はキリィ=ポーター……吸血鬼です」
「ライゴウはどうした。無事なのか」
「無事とは言いませんが、生きてはいます。これから一働きしてもらうのでね」
「アイツはどうなる」
「何しろ全世界の裏切り者ですから、相応の咎を受けることになるでしょう。彼を討伐隊に推薦した身としては、いささか心苦しいのですが……他にお聞きしたいことは?」
「できればライゴウには寛大な処置を……といっても、聞いてはもらえないのだろうな。特に無い。だがどうするつもりだ。お前たちに私を殺せるのか?」
逃げるつもりも、抵抗するつもりも無い。だが根本的な問題として、私は今も白の魔王なのだ。下手な攻撃では死なないどころか、今は抑えている力が暴走する危険性もある。
そんな私の問いに、吸血鬼は口の端を醜く歪めた。
「我々があなたを殺すなどとは一言も言っていません。業火の中に油壺を抱えて飛びこむようなものではありませんか。そんな冒険はご免被ります」
「ならばどうするのだ。このまま見逃すなどと言うつもりは……」
「自害しろ」
短く、冷たく、彼女は言った。
奇妙な服を着た若い男が、ニヤニヤと笑いながら私に近づいてきた。
その後、その男に手伝ってもらい、私は山小屋の中で自害した。
詳しく語る気にはならないし、その必要も無いだろう。
だって、そうするしかなかったのだから。もうライゴウに会いたいとも思わなかった。
痛みも苦しみも恐怖も哀しみも感じない。ただ、終わったのだと思った。
これが白の魔王――あるいはユキナ=エウクレイデスという名の愚か者の最期だった。
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