第三章 ついに光を彼女は掴んだ

1 国境にて


 ラトリウムを蹂躙し尽くした白の魔王が、いずこかへ姿を消した時、組織的な力と機能を残していた国は世界に五つだけだった。


 それから二百年の間、五つの国は時に互いを利用し、時に摩擦を起こしながらも世界を“自分たちに都合良く”導いていった。復興が進むにつれて多くの新興国が誕生したが、それらとこの五つの国の間にはあらゆる面で比較にならないほどの差が生まれていた。


 シュキーア大陸に根ざす獣人たちの楽園、バルバリーウォート。

 ゾウェ大陸の覇者、インダラ皇国。

 イオラント大陸を統べるファルニオ。

 グース大陸の東部を征する大帝国、ズ。

 そして同大陸の西部に位置する魔法王国、アルメルティ。


 通称、『五大国』――二十年前、大規模な内乱によってズの国は滅んだものの、残りの四国は今なお健在。存在するだけで周辺国に有形無形の刺激を与えるほどの絶大な国力を維持したまま、ラトリウムを形作る屋台骨として君臨し続けている。


 そんな五大国の一つアルメルティにやってきた慈乃たちを出迎えたのは、物々しく武装した一団だった。






「聖女誘拐犯、ライゴウ=ガシュマール! 大人しく縛につけ!」


 魔性の森を抜けて、アルメルティの国境を守る門を通ろうとした矢先の出来事だった。

 いきなり槍を突きつけてきたその一団は、賞金稼ぎや傭兵の類ではなく、明らかにアルメルティの正規兵と思われる者たちである。まるで待ち構えていたような準備の良さだ。


「お待ちください! 誤解です、ライゴウ様は誘拐犯などではありません」


 慈乃の訴えを聞いて、兵士たちを指揮していた女騎士が若干考える素振りを見せる。


「そう言われてもな? その男が聖女誘拐犯として手配されているのは事実で、今ここで真偽を確かめる術は我らには無い。はいそうですか、というわけにはいかんのだ」


 二十歳前後といった程度の、赤みがかった髪に布を幾重にも巻きつけた女である。騎士とすればかなりの若年だが、兵士たちを指揮する様は実に手慣れたものを感じさせた。


「ジングウに行けば誤解は解けます。ここを通してください」

「手配犯を町に入れられるか。賞金稼ぎどもが強行手段に出たら、民が巻き込まれるかもしれんではないか。誤解というなら、我らの保護下でそれを解けば良かろう」

「ですが……」


 向こうの言い分にも筋は通っている。だが状況はかなり複雑だ。伝言を頼むより、自分の口から直接説明した方が確実だし、手間も時間もかからないはず。どうすべきだろう?

 慈乃があれこれと思案していると、その肩にライゴウが不意に手を乗せてきた。


「ここまででいい。お前はあの町に戻れ」


 一方的に言って、兵士たちに向かって進み出る。縄をかけられ連行されていくライゴウを慈乃が追おうとすると、それを遮るように女騎士が前に立った。


「大変な目に遭われたな、聖女殿よ。王都のジングウには某から報せを入れておこう」


 なぜか、一目でそうと分かるほどに上機嫌だった。




   ○   ○   ○




「さて、挨拶が遅れたな。それがしはアルメルティ第零騎士団長、ゼフィー=モナシーだ」


 女騎士に勧められるままイスに座る。慈乃の対面に腰かけると、彼女はそう名乗った。


「これはご丁寧に。ユートムの神子としての修行をしている者で、東雲慈乃と申します」

「お会いできて光栄だ。早速尋ねさせていただくが……あの誘拐犯は何者なのだ?」


 兵士たちにライゴウが捕まった後、慈乃はこの国境の門を守る砦へと案内されていた。


 到着するなりこの客間に通され、ライゴウとは離れ離れにされている。気掛かりだが、このゼフィーという騎士に質問責めにされていて、探しにも行けない状態だ。

 一刻も早く誤解を解いて、ライゴウを追わなければならないのだが。


「何やら事情があることは察する。だが我らにも国を守るという役目があるのだ」

「……分かりました。ただし、これからお話することは他言無用にお願いします」


 ライゴウの身の上を説明する。こうなった以上、彼女たちに協力してもらう方が早い。


「ほほう、不死人とな。なるほど、二百年前の」

「はい。信じていただけないかもしれませんが……」

「いやいや、聖女殿のお言葉をよもや疑いはすまい。そういう事情であれば納得だ。某にできることならばいくらでも協力させていただくぞ」


 ゼフィーが己の胸を叩く。安堵と感謝で、慈乃は心がふわりと暖かくなるのを感じた。


「ありがとうございます! とにかくまずはライゴウ様にかけられた疑いを晴らしたいのです。できれば私が直接赴いて説明したいのですが……」

「ならばジングウから人を回してもらうよう頼んでみるか。手続きやら人の行き来で早くとも二、三日はかかるので、それまではこの部屋でゆるりと過ごされるといい」


 有無を言わさぬ口調でテキパキと話をまとめて、ゼフィーがイスから立ち上がる。扉の前で振り返ると、最後にこんなことを告げてきた。


「場所柄機密扱いのものも多いので、あまり出歩かないように。それとライゴウ殿だが、疑いが晴れるまでは罪人扱いせざるを得ぬ。しばらく会えんが、辛抱していただきたい」






 部屋の“外から”錠をかけて、鍵を見張りの兵に渡す。

 聖女だなんだといったところで、しょせんは世間知らずの小娘……ちょろいものだ。


「某はこれよりあの男を王都へ運ぶ。聖女はここに封じておけ。逃げようとしたなら多少壊して構わんが、そうでもなければ指示あるまで手出しはするな。くれぐれも殺すなよ」


 手短にそう命じると、ゼフィーは客間――偽装した監禁部屋の前から立ち去った。

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