第328話 新しい部屋

「お兄ちゃん、お願い、先に見てきて」

 花園がそう言って道の真ん中で立ち止まった。


 中学校の制服の上にキャメルのダッフルコートを着て、黒ウサギのがらのマフラーを巻いた花園。

 寒いから、花園のほっぺたは真っ赤になっている。


「何言ってるの。ほら、一緒に行こう。花園ちゃんが落ちるわけないんだから」

 僕は花園の手を引いた。


「うん、でもね、でもね」

 花園が僕の手をぎゅって握る。

 花園の冷たい手が震えていて、その緊張が伝わってきた。




 高校受験した花園の、合否発表の日。


 発表は自分で見たいって我が校まで来る花園を、僕は駅まで迎えに行った。

 駅からの道、さっきまで余裕の表情を見せていた花園が、もうすぐ校門ってところで急に尻込みした。

 普段活発な花園が、こんな態度を見せるのは珍しい。


「ほら、行こう。枝折ちゃんも待ってるよ」

 僕が言うと、花園がコクリと頷いてようやく歩き出した。


「枝折ちゃん!」

 校門で枝折を見つけた花園が、枝折に抱きつく。

 枝折は、ぽんぽんと背中を叩いて花園を励ました。

 不安そうな花園を一目見て、枝折は察したらしい。


「お兄ちゃんと枝折ちゃんがいれば、もう大丈夫」

 花園の目に精気が戻った。

 そう、僕達はいつも三人で、こうして励まし合ってきた。




 合格者の番号が張り出された掲示板の前は、中学生やその保護者で人だかりになっている。

 時々歓声が上がったり、拍手がいたりした。

 掲示板をバックに、嬉しそうに記念写真を撮る中学生もいる。



「それじゃあ、見ようか」

 僕が言うと、花園が「うん」って覚悟を決めて頷いた。


 掲示板の前に立って、自分の番号を探す花園。

 真剣な表情で番号を追う。


 花園がしばらくそのままで動かないから、もしかしてって思ったら……

「ほら、花園、番号あるじゃない」

 枝折が言った。


「うん、あるね」

 花園は静かに頷いて涙目になる。


「お兄ちゃん、枝折ちゃん、私、合格だよ!」

 花園が僕と枝折にまとめて抱きつく。

 兄妹三人で、人目もはばからず抱き合った。


「良かったね。でも、お姉ちゃんは合格って分かってたよ」

 枝折が言う。

「ありがとう」

「花園は頑張ったもんな」

 僕は花園の頭をでた。

「うん、お兄ちゃんと枝折ちゃんのおかげだよ」

 花園の言葉には何にも裏がないから、気持ちいい。


 周りにいた人が、僕達に拍手してくれた。


 校舎の窓に僕達を見ているヨハンナ先生の姿もある。


 先生はこっちに向かって親指を立てていた。

 僕はそれに笑顔で答える。




「ねえ花園、このまま寄宿舎のみなさんに挨拶あいさつに行こうか? これから、二人でお世話になるんだから」

 枝折が言った。

「うん! 行こう、行こう!」

 花園が元気に返事をする。


 僕達は、そのまま三人で寄宿舎に向かった。



「やっぱり、この建物は素敵だね」

 林の獣道を抜けたところで、花園が寄宿舎を見上げて言う。

 下見板張りの、白亜の建物。

 僕達主夫部が磨き上げた乙女の館。


 これから、ここが二人の家になるのだ。




 玄関では、ちょうど主夫部の男子が掃除をしていた。

 ちょうど掃除してたっていうか、部員も花園の受験結果が気になって、玄関まで出て来たらしい。

 みんな、アリバイみたいにその辺を雑巾ぞうきんで磨いていた。


「花園ちゃん、どうだった?」

 玄関に入るなり錦織が訊く。


「はい、合格しました」

「そう、良かった」

「おめでとう!」

「やったね!」

 錦織と御厨、子森君が祝福してくれた。


「春から、よろしくね。二人のことは、僕達主夫部が責任を持ってお世話するから」

 子森君が言う。


「よろしくお願いします」

 花園と枝折が声を揃えて頭を下げた。


 花園はイケメンの子森君を見て、ちょっと照れて視線を合わせられないみたいだった。

 あとで子森君に、花園は僕の大切な妹だからって、釘を刺しておこう(五寸釘くらい太いやつを)。



「花園ちゃん!」

 玄関での僕達の話し声が聞こえて、弩も部屋から出て来た。


「ゆみゆみ、受かったよー!」

 花園がそう言って弩に飛び付く。


「そう! 良かった!」

 弩が花園を受け止めた。


「ゆみゆみ! これからよろしくね」

 花園の方が弩より背が高いから、見下ろす形になる。


「私のことゆみゆみって呼んでくれるのは、花園ちゃんだけだよ」

 弩が涙目で言った。


 そういえば、そんな設定もあったっけ。


「良かったね。おめでとう!」

 宮野さんも玄関に出て来た。


「家具とかは持ってこなくていいからね。僕が全部、作ってあげるから」

 宮野さん、張り切っている。


「花園ちゃん、おめでとう!」

 萌花ちゃんも部屋から出てきた。


「今度は、この美少女姉妹を被写体にしようかな。篠岡先輩の写真は、もう飽きたし」

 萌花ちゃんはそう言って、首から提げていたカメラで、パチリと一枚、花園と枝折を撮った。



 二階からは、新巻さんが下りてくる。

「そっか、花園ちゃん合格したんだ。おめでとうね」

「ありがとー!」

 花園は新巻さんの胸にも飛び込んでいった。


「春から、枝折ちゃんと花園ちゃんがここに来てくれるとにぎやかになるね。私は管理人として、二人のお姉ちゃんになるから、よろしくね」

 新巻さんの言葉に、今度は枝折が照れて下を向いてしまう。


「私達、お姉ちゃんが一杯できて幸せだね」

 花園が枝折に投げかけて、枝折が頷いた。



「そうだ、来たついでに部屋を選んじゃえば? 主夫部のおかげで寄宿舎のことが有名になって、何人か入寮希望者がいるみたいだし、他の生徒が入って来る前に、自分の好きな部屋を選べばいいよ」

 新巻さんが言った。


「はい、そうします」

 二人が頷く。


 だけど、枝折の部屋は最初から決まっていた。


 211号室の新巻さんの部屋の隣、210号室がそこだ。

 枝折は、憧れの作家の隣の部屋を選んで、ベッドの向きまで決めているらしい。

 新巻さんに足を向けないように、新巻さんの部屋にベッドの頭が向くように置くのだとか。


 210号室の中を確認して、枝折は幸せそうだ。



「花園はどうする?」

 枝折が訊くと、花園は恥ずかしそうに枝折に何か耳打ちする。


「花園は、しばらく私の部屋で一緒に暮らしたいみたいです」

 花園の代わりに枝折が言った。


「あれ、花園ちゃん、寂しがり屋さんなのかな?」

 萌花ちゃんが訊く。


「だって、お兄ちゃんが遠くへ行っちゃったら、寂しい時、一緒に寝てくれる人がいないし……」

 花園が顔を真っ赤にして言った。


 花園が言ったら、寄宿生と主夫部部員、みんなが僕を見る。


「ふうん、篠岡君って、花園ちゃんと一緒に寝てたんだ」

 新巻さんが、ジト目で僕を見た。


「いや、時々だから」

 昔は毎日のように一緒に寝てたけど、最近は花園も一人で寝てるし。



「元々ここは、一部屋に複数の女子が入ってたみたいだし、姉妹一緒でもいいんじゃない」

 新巻さんが言った。


 ここでの生活に慣れるまで、二人、一緒の部屋のほうがいいかもしれない。



「ねえ、もうすぐおやつの時間だけど、花園ちゃんと枝折ちゃんも一緒に食べてく?」

 御厨が訊いた。


「はい!」

 二人が、飛びきりの笑顔で返事をする。


 寄宿生と主夫部部員、花園と枝折、みんなで食堂に移動した。


 みんなが枝折と花園を優しく受け入れてくれていて、安心する。



「先輩、花園ちゃんと枝折ちゃんが寄宿舎に入って、新巻さんが管理人になって、先輩もここに残りたくなったでしょ? ヨハンナ先生との結婚やめて、残りますか?」

 弩が僕にそんなふうに訊いた。


「いや、それは……」

 なんて答えたらいいのか、言葉が思いつかない。


「嘘です、冗談ですよ」

 そう言って笑う弩。


「最近私、男の子をからかってみるのも面白いなって、覚えたんです」

 弩は悪戯っぽい顔で、そんなことを言った。

 その顔が、抱きしめたくなるくらい、可愛い。



 弩は経営者としての才能を開花させると同時に、チャームの魔法も手に入れたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る