第327話 世代交代

「俺は、御厨でいいと思うけどな」

 錦織が言った。


「いえ、僕にやらせてください!」

 子森君が立ち上がる。


「でもやっぱり、御厨は主夫部設立当初のメンバーなんだし、この中で僕と篠岡を除けば一番の古参こさんだし」

 腕組みした錦織が言った。


「確かに僕はまだ主夫部に入って一年経ってないですけど、主夫部を想う気持ちは、誰にも負けないつもりです。御厨と違って僕は自分から立候補したんだし、僕に任せてください」

 子森君の両方の拳は、固く握られている。

 普段、笑顔を絶やさない子森君の、きびしい表情が見られた。



 冬休み明け、新春の主夫部部室。


 寒々とした文化部部室棟でも、この部屋の中は石油ストーブのおかげでぽかぽかしている。

 お正月らしく、壁際のチェストの上には鏡餅かがみもちが飾ってあった。


 放課後のここでは、さっそく、今後の主夫部についての会議が開かれている。

 僕と弩、錦織と御厨、子森君と、窓際のソファーの定位置には、顧問のヨハンナ先生もいる。


 会議での一番の議題は、来年の部長についてだった。

 今後の主夫部の方向を決める上で、それはすごく大きな意味を持つ。


 今のところ、錦織が推薦すいせん した御厨と、自分から立候補した子森君の二人が、次の部長の候補だった。


 どっちが部長になるかで、活発な議論が交わされている。

 みんな真剣に主夫部のことを考えていて、部長の僕としては嬉しい限りだ。


 窓際のソファーの上で、御厨が作ったおやつの小豆あずきミルクプリンを食べているヨハンナ先生だけは、ちょっと緊張感ないけど。



「それで、部長の篠岡はどう考えてるんだ?」

 錦織が僕に話を振ってきた。


「うん、そうだな、えっと……」

 突然振られて言葉に詰まる。


「自分から立候補した子森君のやる気も買いたいし、一年の春からずっと主夫部だった御厨の経験と家事の腕も買いたいし……」

 どっちも決め手に欠くっていうんじゃなくて、どっちも決め手がありすぎるから困るのだ。


優柔不断ゆうじゆうふだんな篠岡先輩に訊くのは野暮やぼってものです」

 弩が言った。


 弩が言うと、なんか、言葉に重みがある。



「ヨハンナ先生は、どっちですか?」

 錦織があきらめて先生に訊いた。


「うん、そうだね、御厨君かな」

 先生は僕と違って即答そくとうした。


「なぜです?」


「だって、こんな美味しいプリン作れるし」

 スプーンをめてにっこり笑う先生。


 そっちか。


「先生、真面目に考えてください!」

 先生は錦織に怒られる。


「ううん、違うの。どっちが部長になっても大丈夫ってことだよ。物静かで、安定感がある御厨君も適任てきにんだし、積極的な子森君も適任でしょ? 二人とも、主夫部に対しての情熱も持っているもの。だから、どっちが部長になっても、主夫部の未来は明るいってこと。じゃんけんとかくじ引きで決めてもいいくらい」

 先生が言った。


 ヨハンナ先生の意見はめちゃくちゃなようだけど、まとてると思った。


 それだからみんな考え込んでしまう。

 結論が出ないまま、しばらく沈黙が続いた。

 ストーブの上に置いたやかんのふたがカタカタ鳴る音だけが、部室に響く。


 ヨハンナ先生が目を爛々と輝かせて僕の小豆ミルクプリンを狙ってるけど、これはあげません。




 ここは部長として、投票か、くじ引きで決めようかって、提案しようとしたら、


「それでは、私が部長をやりましょう」

 突然、弩がそう言って立ち上がった。


「私にやらせてください。私だって、一年の春から主夫部のメンバーです。それに、情熱だって御厨君にも子森君にも負けません!」

 弩は、バンッとテーブルに手をついて訴えかける。


 弩以外のみんなが顔を見合わせた。


「だけど、ここは主夫を目指す主夫部だしな」

 錦織が言う。


「だからってその部長を女子がやったらいけないんですか?」

 弩が食い下がった。


「いや、そういうわけじゃないけど……」


「私は、この二年間、主夫部の皆さんを見てきて、男子が主夫になるってことがどういうことか、真剣に考えたつもりです。私が部長になれば、みなさんのパートナーとなる女子の視点から、アドバイスが出来ると思うのです。女子の気持ちが分からない部員に、的確な指導が出来ると思います」

 女子の気持ちが分からない部員、っていうところで、弩が僕を見た。


「だけど、弩、弩は寄宿舎の寮長でもあるし……」

 僕が言う。


「構いません。私はいずれ、母の跡を継いで、大弓グループを率いることになります。部長と寮長の兼務けんむくらい、こなせないといけません。もちろん、どちらかをおろそかにするつもりはありません。どちらにも真剣に当たります。それに、兼務だからいいこともあります。部活で遅くなって、部員が寄宿舎に泊まるようなときも、柔軟に対応できるのです。主夫部の活動場所のほとんどは寄宿舎だし、その方が都合がいいでしょ?」

 弩の言葉は、理路整然りろせいぜんとしていた。


「それに、自慢するわけではありませんが、私は文化祭での主夫部の活躍に二度も貢献こうけんしています。その実績は、部長にふさわしいと思うのです」

 弩は、遠慮することなく、自分の功績を誇る。

 だけどそれについて、まったく異論はない。


「男子諸君、もう、タジタジだね」

 聞いていたヨハンナ先生が笑い出した。


「御厨君、私が部長でいいですか?」

 弩が訊く。


「うん、僕は、弩でいいと思う」

 御厨が、立っている弩を見上げて言った。


「子森君、どうですか? 私に付いてきてくれますか?」


「ああ、弩がやるっていうなら、僕は、支えるだけだ」

 あんなに前のめりだった子森君も、毒気が抜けたみたいに弩に従う。


遺恨いこんを残したくないので、投票とか、くじ引きとかにはしたくないのです。話し合って、私が部長をやるってことを納得してもらいたいのです。そのためなら、何時間だって話し合いますから」

 生き生きとした顔で言う弩を隣で見ながら、一瞬、その横顔が弩のお母さんの顔と重なって見えた。

 僕は弩の先輩だし、現部長なのに、弩について活動したいって思えてくる迫力だ。


「錦織先輩、どうですか?」


「うん、在校生の部員がそれでいいなら、僕は、何も言うことはない」

 錦織も圧倒されていた。


「篠岡先輩、そういうことになりました」

 弩はそう言って、僕にニコって笑いかける。


「ああ、うん、ご苦労さん」

 僕は、そう答えるのが精一杯だった。


「先輩達が作ったこの部活は、私が責任を持って受け継いで、もっともっと発展させます。だから、安心して卒業なさってください」

 弩の小さな体の、どこから出てくるんだってくらい、力強い言葉だった。


 主夫部部長、弩まゆみが、今ここに誕生した。


 弩にすっかり魅了されている御厨や子森君を見ると、とんでもない怪物が野に放たれたのかもしれないって思った。


 僕達は、歴史に名を残す経営者の誕生に、立ち会ったのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る