第310話 全員集合

「ただいまー!」

 縦走先輩の大きな声が、寄宿舎の玄関に響いた。


 仕事帰りで、紺のスーツ姿の縦走先輩。

 褐色の肌に凜々しい目付きで、今日も縦走先輩はカッコイイ。

 先輩は背中に二つダンボール箱を背負って、両手にパンパンに膨らんだレジ袋を五つ六つ持っている。

 レジ袋からは、セロリや大根、長ねぎがはみ出していた。


「お帰りなさい」

 主夫部と寄宿生に、北堂先生とひすいちゃん、僕の妹の花園と枝折で先輩を出迎える。


「肉とか野菜、飲み物とか、差し入れたくさん持ってきたから」

 先輩は持っていた荷物を玄関に下ろした。


「ありがとうございます」

 縦走先輩は、ここに帰って来るたびに食材を持ってきてくれる。

 会社で安く手に入るからって、いつも太っ腹だ。


 先輩が背負っていたダンボール箱は、一つだけでも持ち上げるのがやっとなくらい重たかった。

 それを二つ背負って、なおかつ手に荷物を抱えていた縦走先輩はなんなんだ。

 実業団の駅伝部に入って、先輩、前より確実にパワーアップしている。


「夕飯はたっぷり用意してくれたんでしょうね?」

 縦走先輩が訊いた。

「はい、もちろんです!」

 御厨が嬉しそうに答える。


 僕は、話しながら先輩と御厨がアイコンタクトを交わしたのを見逃さなかった。

 二人とも、ほんの一瞬、目を見ただけで意思が通じたみたいだ。


 なんか、二人がすごくうらやましい。



「あら、縦走さんも、今来たの?」

 縦走先輩の後ろから、別の二人が玄関に入って来た。


「鬼胡桃会長、お帰りなさい!」

 弩がいつもより一段高い声で言う。


 玄関に入ってきたのは鬼胡桃会長だ。

 そしてもちろん、その隣にいるのは母木先輩だった。

 二人は当然のように手をつないでいる。


「ただいま」

 鬼胡桃会長がそう言って手を広げると、そこに弩と萌花ちゃんが跳び込んだ。

 二人にとっては、家を出たお姉ちゃんに久しぶりに会うって感じなんだろう。


 白いニットにチェックのスカート、その上にトレンチコートを羽織っている鬼胡桃会長。

 会長はこの前会ったときよりも、もっと大人っぽくなっていた。

 すっかり女子大生のお姉さんって感じだ。

 前に会ったときバッサリ切っていた黒髪は、少しだけ伸びていた。


「講義が終わって、新幹線に飛び乗って帰って来たの」

 鬼胡桃会長が弩と萌花ちゃんの頭をでながら言う。

 二人は会長のことを、ひしと抱きしめた。

「ほら! ファンデーション落ちちゃうから」

 ほっぺたすりすりする三人は、本当の姉妹みたいだ。

「もう! 花園ちゃんまで」

 羨ましそうに見ていた花園が、ちゃっかりとその輪に加わる。



「みんな、久しぶりだな」

 母木先輩が、僕達主夫部のメンバーを見渡して言った。

 僕はこの前会ったけど、錦織も御厨も弩も、久しぶりの母木先輩だ。

 黒いパンツにグレーのPコートで、こっちもすっかり大学生が板に付いた母木先輩。


 母木先輩が玄関やその奥の階段ホールに素早く目を走らせた。


 先輩は、この寄宿舎の掃除が行き届いてるか確かめたに違いない。


 僕達は息を呑んだ。


 先輩のあとを継だ僕達は、ちゃんと掃除が出来ているだろうか。

 この寄宿舎を守れているのか。


 その評価が下されるのだ。



「うん、綺麗にしてるじゃないか。僕がいなくても、この寄宿舎の掃除はバッチリみたいだな」

 一通り見渡して母木先輩が言った。


「ありがとうございます」

 先輩のお墨付きをもらって、僕達はほっと胸をなで下ろす。


「新入部員の子森君も、よくやってるみたいだね」

 母木先輩に微笑みかけられて、子森君は照れてほっぺたを赤くした。



「それじゃあ、みなさん、とりあえず食堂へ」

 僕が先輩達を案内しようとしたら、

「こんばんは」

 また一人、玄関に誰か現れた。


 ヨハンナ先生をちょっと幼くしたような金色の髪の女性は、先生の妹、アンネリさんだ。


「アンネリさんも来てくれたんですか!」

 僕が訊くと、アンネリさんは手土産のスイーツの紙袋を僕に渡した。

 今日のアンネリさんは、デニムのジャケットに黒いレザーのスカートで、ちょっとハードな服装だ。


「うん、なんか、私がうっかり口をすべらせたばっかりに大騒ぎになったみたいで、心配だから来ちゃった」

 アンネリさんも、東京からわざわざ新幹線で来てくれたらしい。


 どんどん人が集まってきて、寄宿舎がにぎやかになる。


 だけど、それだけじゃなかった。


 薄暗い林の獣道を、キラキラした三人がこっちに歩いて来るのが見えた。


「古品さん! な~なさんと、ほしみかさんまで!」

 珍しく新巻さんが黄色い声を出す。


 帽子にマスクっていう変装をしても、オーラがにじみ出ていて隠せない「Party Make」の三人だ。


 三人とも目立たないように黒いベンチコートを着てるのに、まぶしいくらいに輝いている。


「もうすぐライブですよね。ここに来て大丈夫なんですか?」

 僕は訊いた。


「うん、ここんところ、そのリハーサルが続いてて忙しかったから、一日だけお休みをもらったの」

 古品さんが答える。

「ライブに向けて、一日、リフレッシュしてきなさいって言ってもらったから大丈夫。リフレッシュするなら、ここに来るのが一番でしょ?」

 ほしみかがそう言って微笑みかけてくれた。

「そうそう、ここなら、ゆっくりと静かに休めるもの」

 な~なも懐かしそうに辺りを見渡して言う。


 確かに、この林の中なら誰に見られることもないし、僕達が全力でおもてなしするから、ゆっくりと休んでもらえる。

 三人にとってここは、メジャーデビューするまでレッスンを続けていた思い出の場所でもあるし。


「それに、先生のあんなこと聞いたら、来ないわけにいかないじゃない」

 古品さんが言った。


 僕は、そう言ったあとで古品さんと錦織がアイコンタクトを交わしたのを(以下略)。



 目の前に突然現れた「Party Make」にびっくりして、宮野さんがさっきからまばたきしていない。


 人が大勢集まって、ひすいちゃんも嬉しそうだ。


 鬼胡桃会長がひすいちゃんを抱っこする。

「かわいい。ねえ、みー君、私達も早くこんな赤ちゃん欲しいよね」

 会長が母木先輩にそう言って微笑みかけた。

「そうだね」

 母木先輩が言って、二人が見つめ合う。


 会長、母木先輩……

 なんか、生々しくて照れてしまうので、これ以上見せつけるのは止めてください。




 そして、みんながそろったあと、ここに来るべき最後の一人が、林の獣道を通って寄宿舎に帰って来た。


 学校での仕事を終えたヨハンナ先生だ。


 いつも通り、紺のスーツに真っ白なシャツのヨハンナ先生。

 少し乱れた髪とくたびれたシャツが、先生が今日一日、一生懸命働いたことを現している。

 この先生の姿には惚れ惚れする。


「お帰りなさい」

 そこに集まった全員で、先生にお帰りなさいを言った。


「ただいま……」

 玄関に揃ったメンバーを見て、ヨハンナ先生が絶句ぜっくする。


 先生は、そのまましばらく、みんなの顔を見渡した。


「なにこの、歴代プ○キュア全員集合みたいな光景は」

 そしてヨハンナ先生が言った。


 先生のその比喩ひゆは、すごく的確だと思う。


「なんでみんな集まってるのかな?」

 ヨハンナ先生がちょっと表情を引きつらせて訊いた。


「みんな、先生が学校を辞めるってことに驚いて集まったんだと思います」

 僕が答える。


 すると先生は、僕を見て大きく溜息を吐いた。


「そっか、バレたか」

 先生はそう言って頭を掻く。


 ヨハンナ先生、辞めるってことを否定しなかった。

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