第293話 死闘

 大将戦を前に、ステージ上で、両校の応援合戦が始まった。


 黒龍剣山高校の応援団がエールを送って、我が校からは、チアリーディング部が僕達をダンスで盛り上げてくれる。


 黒龍剣山高校応援団のエールは、学ランの団員十人が並んだ迫力あるものだった。

 対して我が校チアリーディング部は、二十人が黄色いポンポンを振りながら、躍動感あるダンスで魅せてくれる。


 運動部と違って、普段こんな応援をしてもらうことがないから、なんか嬉しかった。


「先輩、顔がニヤけてますよ」

 弩にジト目で注意される。


 さて、応援合戦が終わって、いよいよ僕と鉄騎丸君の大将戦、「洗濯」対決だ。




「最終戦の洗濯対決は、男女バスケット部から出た洗濯物を、洗って畳むところまで作業してもらいます。その出来栄えを清廉乙女学園のみなさんに審査して頂いて、勝敗を決めます。バスケット部の女子と男子、どちらをどちらが担当するかは、先程と同じように、公平に抽選で決めます」

 新聞部司会の彼女が言って、抽選箱が用意された。


 すごく嫌な予感がする。


「ふおおおおおおおおおおおおおおおお」

 くじを引いた途端、鉄騎丸君が叫んだ。


 やっぱり、僕の予感は的中したらしい。


 僕が引いたのが男子バスケット部のくじで、鉄騎丸君が女子バスケット部のくじを引いた(ある意味すごいくじ運だ)。


 鉄騎丸君がガックリと肩を落とす。

 黒龍剣山高校側が、お通夜状態になった。


 やっぱり、硬派な彼らは、女子の服に触れないんだろう。

 一試合目の惨状さんじょうが思い浮かんだ。


「あの、もしよかったら、僕、代わっても……」

 僕が言い終わらないうちに、

「そうかそうか、篠岡。貴様がそう言うなら仕方がない。俺が男子バスケット部を担当して、貴様が女子バスケット部、それに代わってやらないこともないぞ!」

 鉄騎丸君が、僕の肩をつかみながら言った。

「えっと、それじゃあ、代わってください。お願いします」

 力が強くて、このままだと肩の骨が砕けそうだったから、僕はもう、そう頼むしかない。


「ああいいだろう。仕方ない、代わってやることにしよう」

 鉄騎丸君が僕の背中を叩いて恩着せがましく言った。


 抽選の結果を交代することは、審査員の清廉乙女学園の三人も認めてくれる。

「あなたも大変ね」

 西京極さんがそう言って笑った。



「先輩、がんばってくださいね」

 弩が、いつになく真剣な顔で僕に言う。

 顔の前で両拳をギュッと握る弩。

 頭を撫で繰り回したいところだったけど、ステージ上だからやめておいた。


「篠岡、いつも通りやれば勝てるよ」

 錦織が言う。

「先輩、僕の分もお願いします」

 御厨が言った。

「先輩、ここで決めちゃいましょう!」

 子森君が言う。


 主夫部が一つになっているのを感じた。

 ここは主夫部の看板を守るためにも、絶対に勝たなければならない。



 僕達は、運動部部室棟の共同ランドリールームに移動した。

 そこからまた、対決の様子が講堂にライブ中継されることになる。



 部室棟のランドリールームには、洗濯機十二台と乾燥機十二台が並んでいた。

 奥の壁際にステンレスの深い流しがあって、部屋の真ん中には広いテーブルが二つ設置されている。

 使いやすそうな広いアイロン台もあった。


 道具と洗剤、柔軟剤の類は、公正を期するために同じ物を使う。


 新聞部の係によって、男女バスケット部の洗濯物を入れた大きめのランドリーバッグが、四袋運ばれて来た。

 女子二袋、男子二袋で、量も大体同じくらいだ。



 僕はジャケットを脱いでエプロンをつけた(妹の花園が家庭科の授業で僕のために縫ってくれた、黒いウサギのアップリケがついたエプロン)。

 鉄騎丸君は学生服を脱いで、藍色の作務衣さむえに着替える(そしてなぜか裸足になった)。


「それでは始めましょう。大将戦、対戦開始!」

 司会がホイッスルを鳴らした。


 さあ、僕はいつも通り、落ち着いて洗濯するだけだ。


 まずは、ランドリーバッグに入っていた山のような洗濯物をより分けた。

 ランドリーバッグの中には、タオルやユニフォーム、Tシャツやビブスが大量に入っている。


 だけど、それだけではなかった。

 それらに混じって、誰かのスポーツブラも入っている。


 さっき、鉄騎丸君と男女バスケット部を交代してよかったと思う。

 鉄騎丸君がこれを見たら、対決中に憤死ふんししていたかもしれない。


 より分けた洗濯物を洗濯機に放り込んで回す間に、流しで頑固な汚れがついたTシャツを手洗いしたり、きをする。


 鉄騎丸君も僕の隣に並んで、背中を丸めながら染みがついたショートパンツを手洗いをしていた。


 体格がいい鉄騎丸君が、使い古しの歯ブラシで丁寧ていねいに染み抜きしてるのを見ると、悪いけど、なんだか表情がゆるんでしまう。


 手洗いの間に洗濯機で洗い上がった衣類は乾燥機に放り込んだ。

 本当は天日で干したいところだけど、制限時間があるからしょうがない。


 乾いたユニフォームには当て布をして丁寧にアイロンをかけた。

 バスケ部が試合で着るユニフォームだし、慎重に仕上げる。


 アイロンが終わったら、ふかふかのタオルと、Tシャツ、他の細々とした洗濯物と共に、きっちりと畳んだ。

 洗い上がった洗濯物から柔軟剤の香りが立ち上って、幸せな時間だ。

 種類に分けて、テーブルの上に等間隔に並べる。


 隣の鉄騎丸君も、同じくらいのタイミングで、全ての作業を終えていた。



「それでは、審査に入ります」

 テーブルの上に並んだ衣類を、西京極さん達三人が審査する。

 畳み方、汚れが残っていないか、残った嫌な臭いはないか、三人は念入りにチェックした。


 審査結果が西京極さんから司会に伝えられる。

 僕と鉄騎丸君は、講堂に戻って発表を待った。


「両者ドロー」

 司会の彼女が言って「おおおっ」と両校の生徒から歓声が上がる。


「洗濯の仕上がりは、両者、甲乙こうおつつけがたく、これより延長戦を行います」

 司会の彼女がマイクで呼びかけた。


 そこから、僕と鉄騎丸君の死闘が始まる。


 延長戦最初の勝負は、色柄いろがら物のシミ抜き対決だった。

 だけど、その対戦もドローで勝負がつかなかった。


 そのあとも、


 Tシャツ早畳み対決。

 Yシャツのアイロン対決。

 ふわふわに仕上げたタオルに生卵を落下させて、割れない高さを競う対決。


 など、連戦したけど、どの勝負もドローで勝負がつかない。


「貴様、やるな」

 鉄騎丸君が言った。

 鉄騎丸君の額に汗が浮かんでいる。


「鉄騎丸君こそ」

 僕もじんわりと汗ばんでいた。


 なんか、勝負中なのに、僕達の間に友情が芽生めばえつつある。

 僕は自分の他にこんなに洗濯が上手い男子がいるのが信じられなかった。

 自分が一番だって、僕は今まで調子に乗っていたのかもしれない。


 僕達の対戦がことごとく引き分けになってしまって、新聞部と審査員が協議した。

 用意した対決がなくなって、急遽きゅうきょ新しい対戦方法を検討けんとうしてるらしい。



 長い協議のあと、司会の女子がマイクを握った。

「最後の勝負は、『き柔軟剤対決』です!」

 マイクで高らかに言う。


「主夫たる者、洗濯物の香りにも敏感びんかんでなければなりません。そこで、柔軟剤の香りを当てる『利き柔軟剤対決』を行います。ここに、二十種類の柔軟剤を用意しました。今から十分間、自由に香りを嗅いで香りを覚えてください。十分後、その柔軟剤を使った制服を着ている生徒に、一人ずつステージに立ってもらいます。対戦者の二人には、匂いを嗅いで、その香りがどの柔軟剤のものか当ててもらいます。サッカーのPK戦のように、五人までの得点で勝敗を決めて、それでも同点の場合は、間違えたら負けのサドンデス方式とします」

 司会が説明した。


 ステージのテーブルの上に、用意された二十種類の柔軟剤が並べられる。


 さっそく、鉄騎丸君が香りを嗅ぎ始めた。


 僕が鉄騎丸君の様子を後ろから見ていたら、

「篠岡君は、香りを確かめなくていいの?」

 西京極さんが訊いてきた。


「はい、だって、僕、柔軟剤の香りは覚えてますから」

「えっ?」

 西京極さんがびっくりした声を出して、鉄騎丸君も僕を振り向く。

「あれ? これって、常識じゃないんですか?」

 僕は訊いた。


「だって、確かめるまでもなく、柔軟剤の香りってみんな覚えてますよね。ちなみに西京極さんの制服に使われている柔軟剤は、ラ・コルベイユのオーガニックランドリー、オーキッドの香りで、そちらの審査員、宇佐美うさみさんは、ランドリンのエレガントフローラル、もう一人の審査員の遠峯とおみねさんは、フェルチェアズーラのエクストリームコンフォートソフナーですよね。あと、新聞部司会の佐藤さんは、レノア、オードリュクスのイノセントでしょ?」

 さっきからすれ違うたびに、それらの香りを感じていた。


「あと、鉄騎丸君は、ソフラン、アロマリッチのジュリエットで、九品仏君はベビーファーファ、巌君はウルトラダウニー、インフュージョンシトラススパイス、富田林君はガーネッシュの、ウルトラソフナー、サンダルウッドだよね」

 僕が言ったら、鉄騎丸君達家政部の部員が、ぽかんと口を半開きにして、呆気あっけにとられた顔をする。


 西京極さん達は、なぜかちょっと引いているみたいだった。


「僕、何かおかしなこと言いましたか?」

 心配になって訊く。


「負けだ……」

 突然、鉄騎丸君がそう言ったかと思ったら、床に膝をついた。


いさぎよく負けを認めよう。俺は、主夫部をめていた。主夫部がそこまで道をきわめている集団だったとは……そんな集団に喧嘩けんかを売った自分が恥ずかしい。道場破りなんておこがましい。勝てるわけがない。完全に俺達の負けだ」

 鉄騎丸君はそう言って天をあおぐ。

 その目から、涙が流れているように見えた。


「それじゃあ、主夫部の篠岡君の勝ちってことでいいんですね?」

 新聞部司会の佐藤さんが恐る恐る確認する。

 鉄騎丸君は、天を仰いだまま「ああ」とこぼした。



 なんか分からないけど、僕は、勝ってしまったらしい。

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