第267話 言い訳

 砂浜で待っていた僕の前に、ビキニ姿の五人が並んだ。


「ゴメンね。みんなで日焼け止めクリームの塗り合いっこしてたら、遅くなっちゃった」

 ヨハンナ先生が、そう言って小首をかしげる。


 みんなの水着姿だけでHPが瀕死ひんしくらいまで削られたのに、「日焼け止めクリームの塗り合いっこ」っていう、強烈なワードが繰り出されて、僕の意識が飛びそうになった。

 ってゆうか、一瞬飛んだ。


 ヨハンナ先生は、黒いホルターネックのビキニを着ていた。

 漆黒の水着が、先生の透けるように白い肌を強調している。


「この日のために、腹筋ふっきん頑張ったんだよ」

 先生がそう言ってお腹をさすった。

 可愛いおへそが見えるお腹は、確かにシュッと引き締まっている。

 ラメ入りの日焼け止めを使っているのか、先生の体が全体的にキラキラと光っていた。


「先輩、私の水着はどうですか?」

 ヨハンナ先生の隣に立つ弩が訊く。

 弩は、フリルが付いたピンクのビキニだった。


「うん、可愛い」

 派手すぎない淡いピンクが弩に合っていた。

 胸元のフリルが海風に揺れている。

 それから弩、今までちっ○いとか思ってて、すまんかった。


「私、ビキニの女子は何回も撮影してますけど、自分で着るのは初めてです」

 萌花ちゃんが写真しゃしんえしそうな笑顔で言う。

 萌花ちゃんのビキニは、黄色い花柄のハイネックだ。


「僕は、この上のやつは鬱陶うっとうしいから、とってもいいんですけど」

 宮野さんが言う。

 宮野さんは、下がデニムのショートパンツみたいなデザインで、上が白いチューブトップの水着だった。

 褐色かっしょくの肌に、白いチューブトップがよく目立つ。


「わ、私は……」

 新巻さんは、ネイビーのオフショルダーのトップに、下はボーダーのビキニだけど、黄色いパーカーを着ていて、それを隠すようにしていた。


 僕が新巻さんを見ると、新巻さんはそれに抗議するみたいににらむ。

「ちょっと、誤解しないでよねっ、こっ、これは、私が選んだんじゃないんだから。みんなで新しい水着を買いに行ったら、ヨハンナ先生が、せっかくのプライベートビーチなんだし、誰も見てないし、みんな今まで着たことがないような水着を買いましょうって言い出して、『あなた達ビキニ着たことある』って訊くから、『いいえ、ありません』って答えたら、『それならみんなビキニにしましょう』ってことになって、それで私もビキニの水着を選んだのであって、決して、自分から進んでビキニを選んだわけじゃないし、その、私だって、空気を読むというか、弩さんと萌花ちゃんと宮野さんが、ビキニにするって言ってるところに、私一人だけ、ワンピースにしますとか言ったら、きょうざめだし、せっかくのバカンスの盛り上がりに水を差す形になるし、ヨハンナ先生も『人生も青春も一度きりだよ。何でも試してみよう』とか言うし、それで私も、まあ、一度くらいビキニを着てもいいかって思って、あっ、でも、空気を読むって言っても私は別に、全てにいて、空気を読むことが正しいとか思ってるわけじゃなくて、そう、確かに今回は空気を読んだんだけど、普段は、周囲とは違っても、なるべく自分の思った通りに行動しようって心掛けているのであって、別に流されやすい人間じゃないってことは、分かって欲しいし、それに私は、一応、小説を書いているし、取材っていう意味でも、ビキニを着た人間の気持ちを体験出来るっていうか、私が今まで書いた小説の中で、ビキニとか、きわどい衣装を着た人物を描写したことはあるけれど、それはあくまでも想像の上でのことであって、着てみたら、もしかしたら新しい発見があって、それを私のこれからの創作物に生かせるんじゃないかって考えもあったし、そういう意味でも今回は特別にビキニを着てみようって思ったんだけど、ああでも、勘違いはしないで欲しいんだけど、別に私は、そんなふうに全て身の回りで起こることを小説のネタにしてやろうとか、これは使えるとか、そんなふうに打算ださん的に物事を見ているわけではなくて、私の中にも少しは、ほんの少しは、ビキニなんていう水着を着てみたいって思っていたところもあって、今回はそのいい機会だから、ちょっと試してみようかなって、そんなふうに気持ちが傾いたわけで、確かに、ヨハンナ先生に決められたところもあるけど、全てが私の意思じゃないって言ったら、嘘になる可能性がきにしもあらずなんだけど、ああでも、私の中にビキニを着たい気持ちがあったって言っても、別にそれは私が、肌を必要以上に露出したいとか、そんな破廉恥はれんちなことを考えていたわけではなくて、ビキニを着ることで心が解放されたり、精神が解放されるんじゃないかって憶測おくそくもとづいて着てみたらどうかって思ったのであって、その辺は誤解なきよう言っておくけど、ああでも、精神の解放とか言うと、こいつ、スピリチュアルな方に傾倒けいとうしているんじゃないかとか、勘違いされたら困るんだけど、別に私はそういうのにのめり込んだわけじゃなくて、比喩ひゆとして、そういうふうに言ってるんであって、ビキニを着ることで自分の新しい面を発見出来たらっていう想いもあって、それで思い切ってみたわけだし、それに、このビーチにいる男子が篠岡君だけだからいいかってなって判断もあって、あああああ、篠岡君だったらいいかっていうのは、別にその、変な意味じゃなくて、篠岡君に見せたいとか、そういう意味じゃ全然なくて、篠岡君なら、ビキニ姿の私を見ても変な妄想もうそうとかしないだろうし、茶化ちゃかしたりしないだろうし、そういうことであって、将来私が、特別な人の前でこういうビキニみたいな水着を着ることになったときのシミュレーションが出来るっていうか、篠岡君みたいなニュートラルな男の子の前でなら、それが出来るかもって思ったわけで、ちょっとだけ回りくどかったかもしれないけど、まとめると、自ら進んでビキニを選んだわけじゃないんだからね! ってことなの、ふう」

 新巻さんが、長々と説明してくれた。


 ちょっと回りくどいっていうか、僕、このまま砂浜で干からびるかと思いました。



 新巻さんが説明している間に、その後ろで、話に飽きた弩と萌花ちゃん、宮野さんが、海に入って水を掛け合っていた。

 それでもまだ新巻さんの話が終わらなかったから、浮き輪やボートで、海の上にぷかぷか浮かんでいる。


 ヨハンナ先生はビーチパラソルを立てて、その下でビーチチェアに横になっていた。

 クーラーボックスから冷えたライムジュースを出して、ラム酒とシロップでダイキリを作って、水平線を眺めながら飲んでいる(いい女オーラがハンパない)。


 新巻さん、長くしゃべって喉がかわいたみたいだったから、僕は、クーラーボックスから清涼飲料水のペットボトルを出して、それを渡す。

 新巻さんは、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。



「新巻さんに長々と説明してもらったけど、僕からは、一言です」

 僕は新巻さんに面と向かって言う。


「新巻さんの新しい水着、すごく似合ってます」

 僕が言うと、新巻さんは、「えっ?」って、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。


「ほっ、本当に?」

「うん」

 お世辞とかじゃなく、ネイビーは新巻さんの思慮しりょ深いキャラクターに合ってるし、オフショルダーで、肩から鎖骨のラインがすごく綺麗に見える。


「ありがとう」

 新巻さんが、ほっと肩から力を抜いて言った。


「さあ、僕達も、みんなと一緒に海で遊ぼう」

 僕が言うと、

「うん」

 新巻さんは頷いて、着ていたパーカーを脱いだ。

 そして、吹っ切れたみたいにそれを投げ捨てる。


「篠岡先輩! 新巻先輩! こっちこっち!」

 波打ち際で、弩達が呼んでいる。


 僕達は波打ち際まで走った。

 ビキニ姿の同級生女子と一緒に砂浜を走るなんて、僕が夢にまでみた光景だ。


 浜を駆け抜けて、僕はそのまま海に飛び込んだけど、新巻さんは「冷たい!」って、寸前で足を引っ込めた。

 水の中の僕は、手で海水をすくって女子達にかける。


「あっ、やりましたね!」

 弩が言って、僕は女子達からその何倍もの水を掛けられる。

 集中砲火を浴びる。


 弩も新巻さんも萌花ちゃんも宮野さんも、みんな、なんの含みもない無邪気な顔をしていた。

 二つの岬に挟まれた浜辺に、女子達の弾けた声がこだまする。


 ビーチチェアーの上のヨハンナ先生が、こっちに手を振っていた。


 僕達の他に誰もいないビーチで、僕達は日が傾くまで遊ぶ。

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