第199話 ブーケ
食堂のドアが開いて、ウエディングドレスを着た鬼胡桃会長が、静々と歩いてきた。
大胆に肩を出したデザインの、純白のウエディングドレスに身を包んだ、鬼胡桃会長。
ベールの下の顔は、恥ずかしそうに少し
男子の間から、「おお」と、感嘆の溜息が漏れた。
一番目を輝かせているのは、サンルームのステージで、タキシードを着て待ち受ける、母木先輩だ。
エスコート役の縦走先輩に導かれて、鬼胡桃会長がステージに上がった。
母木先輩と鬼胡桃会長が向かい合う。
「綺麗だ」
母木先輩がストレートに言った。
「もう」
鬼胡桃会長が頬を染めて言う。
普段なら、ごちそうさまってところだけど、今の二人には見とれてしまった。
見ているだけで、こっちも幸せな気持ちになる。
「これから、鬼胡桃統子さんと、母木幹彦君の、人前式を始めます」
司会のヨハンナ先生が、ステージに上がった。
先生もスーツに着替えていて、
「統子さん。あなたはこの男性を夫とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、変わることなく、愛し合うと誓いますか?」
ヨハンナ先生が訊いた。
「はい、誓います」
鬼胡桃会長が、先生を真っ直ぐ見て言う。
「幹彦君。あなたはこの女性を妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、変わることなく、愛し合うと誓いますか?」
「はい、誓います」
母木先輩が、落ち着いた声で言った。
誓いのあと、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
ずっと一緒だよって、目で会話していた。
「次に、指輪の交換をしてください」
先生が言って、錦織がシルバーのリングを二つ、白いサテンのリングピローに載せて持ってくる。
イニシャルが彫り込んであるだけのシンプルなリングは、錦織が銀粘土で作ったものだ(リングピローも錦織の手作り)。
二人は、向かい合ってお互いの薬指にリングをはめた。
リングをした手を、僕達に見せてくれる。
僕達は、それに拍手で答えた。
「それでは、誓いのキスを」
ヨハンナ先生が言うと、鬼胡桃会長が、「えっ?」って顔をして、先生を見る。
生徒に何をさせるんですか! って、目で訴えた。
ところが、そこで母木先輩が、鬼胡桃会長の両腕を持って、ぐっと引き寄せる。
最初、鬼胡桃会長はびっくりしてたけど、母木先輩の手が、がっちりと掴んで放さないから、覚悟したように目を瞑る。
窓からの逆光で、二人の姿はシルエットになった。
光の中に、二人が唇を重ねる影が見える。
バックにした木々に午後の柔らかい光が降り注いでいて、幻想的な雰囲気だった。
萌花ちゃんが魅入られたように写真を撮る。
長い誓いのキスを終えて、二人が僕達に向き直った。
「みんな、今日はありがとう」
鬼胡桃会長は、ちょっと涙ぐんでいる。
「まさか、結婚式が出来るとは思わなかったよ。ありがとう」
母木先輩が、頭を掻いて言った。
こんな、ささやかな結婚式で喜んでもらえるなら、準備した僕達としても嬉しい。
「最後に、ブーケトスをしたらどうだろう?」
縦走先輩が言った。
「そうね。じゃあ、女子達、並んで並んで」
会長がステージの前に女子達を集めて、後ろを向く。
縦走先輩と新巻さん、弩に萌花ちゃんにヨハンナ先生が、きゃっきゃ言いながらステージ下に並んだ。
背が高い縦走先輩とヨハンナ先生が有利だから、弩と萌花ちゃんがぴょんぴょん跳ねている。
「それじゃあ、投げるわよ」
会長が、後ろに向かってブーケを放り投げた。
白バラとジャスミンのブーケが宙を舞う。
女子達の手が、一斉にブーケに伸びた。
やっぱり、背が高い縦走先輩とヨハンナ先生が最初に奪い合う。
だけど二人とも掴み損ねて、その手でバウンドしたブーケが、新巻さんの手にすっぽりと収まった。と、思いきや、その前で萌花ちゃんが跳ねて、ブロックするような形で、弩の頭でバウンド。
それが、遠巻きに見ていた僕の方に飛んできた。
僕は、思い掛けず目の前に飛んできたブーケを、反射的に掴んでしまう。
「へっ?」
僕は、呆けた声を出してしまった。
可愛らしいブーケが、僕の胸に収まっている。
「篠岡君、どうやら次に結婚して花婿になるのは、あなたみたいね」
鬼胡桃会長が、笑いながら言った。
釣られて、みんなも笑う。
「先輩、良かったですね」
弩が言った。
「塞君、相手は、誰なんだろうね?」
ヨハンナ先生が言う。
え? え!
両手でブーケを持った間抜けな僕を、萌花ちゃんが写真に撮った。
こら、萌花ちゃん、こんな僕の姿は絵にならないから、写真なんか撮るんじゃありません。
せっかくのブーケを僕が取ってしまったから、女子達に怒られるのかと思ったら、なぜか、意外にみんな、笑って許してくれた。
「それじゃあ、先輩達は着替えてください。これから、送別会で盛り上がりましょう」
弩が言う。
「そうね、いつまでも、着ていたいけれど」
鬼胡桃会長は、ウエディングドレスが名残惜しそうに、食堂を出て行った。
縦走先輩も会長のドレスの裾を持って付き添う。
母木先輩は、タキシードを脱ぐために105号室に向かった。
「よし、今のうちに!」
卒業生達が全員食堂を出て行ったのを確認して、弩と萌花ちゃん、新巻さんも急いで食堂を出る。
三人がサプライズでする「Party Make」のライブで、景気付けに送別会のスタートを飾るのだ。
着替えが終わって卒業生が食堂に帰ってきたとき、ステージの上には、白い、ふわふわの衣装に着替えた、弩と萌花ちゃん、新巻さんがいた。
御厨がすかさずオケをかけて、「Party Make」のメジャーデビュー曲「寄宿舎を抜け出して」が流れる。
僕達は卒業生の三人をステージ前に招き入れた。
「三年生のみなさん、卒業おめでとう! 今日は、私達、『Party Make』のライブを思いっきり楽しんでいってね!」
ふっきー役の新巻さんが、マイクで高らかに言う。
普段、物静かな新巻さんが、吹っ切れていた。
教室では絶対に見せないような笑顔を見せる。
ほしみか役の弩も、な~な役の萌花ちゃんも、アイドルらしく、全身で愛想を振りまいた。
恥ずかしがったらダメだっていう僕の教えを、三人はちゃんと実践している。
鬼胡桃会長も、縦走先輩も母木先輩も、サプライズにやられたって感じで、拍手をしたり、手を挙げたり、ノリノリで盛り上げてくれた。
みっちりと練習した甲斐があって、三人のダンスはぴったり揃っている。
本物みたいに、ビシッと決まらないけど、一生懸命踊ってるのが分かって、本物にはない、可愛さがあった。
サビが終わって、2コーラス目の前の間奏が流れたときだ。
そのタイミングで、食堂のドアが開いた。
「古品さん!」
錦織が大声を出す。
古品さんが、ドアの後ろにいた。
仕事場から、この送別会に出るために、大急ぎで来てくれたんだろうか?
古品さんは新曲の衣装で、ばっちりとメイクをしている。
「みんな、遅くなってゴメンねー!」
古品さんは、アイドルのテンションで叫んだ。
だから、古品さんっていうより、「ふっきー」だ。
ふっきーは、そのままステージまで走って行って、三人の「Party Make」に加わった。
ふっきーが真ん中に入って、四人の「Party Make」になった。
2コーラス目の頭から、四人のユニゾンで歌い始める。
古品さんが上手く三人の間で立ち回って、四人でフォーメーションを組んでダンスをした。
送別会のサプライズのステージに、絶妙のタイミングで、ご本人登場で入って来るなんて、やっぱり古品さんは、アイドルとして何か持っている。
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