第12章

第149話 ジャンパースカート

 弩が、模造紙で作った型紙を、窓に張り付ける。

 僕はその上から、スノースプレーを吹いた。

 少し待ってマスキングの模造紙を剥がすと、窓ガラスに「Merry Christmas」の文字と、トナカイが引くそりに乗った、サンタクロースのイラストが浮かび上がる。

 同じ手順で、雪の結晶やひいらぎの葉も、窓の所々にちりばめた。


「綺麗ね」

「綺麗だな」

 鬼胡桃会長と母木先輩が言った。

 こたつに入って、参考書とノートを広げている二人。


「これで終わりです。失礼しました」

 僕と弩は頭を下げて、鬼胡桃会長の部屋、201号室を出た。

「ご苦労さま」

「ご苦労さん」

 鬼胡桃会長と母木先輩が、声をかけてくれる。

 二人の受験勉強を、少し邪魔してしまったけど、これで寄宿舎すべての窓に、スノースプレーのクリスマスデコレーションが終わった。



 十二月に入って、放課後の僕と弩は、寄宿舎中をクリスマスモードにデコレーションして回っている。

 廊下の所々にポインセチアの鉢植えが置いてあるし、各部屋のドアには、二人で一緒に作ったクリスマスリースが掛けてある。



「よし、次は、いよいよクリスマスツリーの飾りだ」

 僕が言うと、

「はい!」

 弩が、大きな声で返事をした。


 以前、寄宿舎の倉庫を片付けていたら、奥にクリスマスツリーを見つけた。

 二メートルを超える立派なツリーで、オーナメントも段ボール箱にいっぱい、二箱分、仕舞ってあった。

 かつてここに通っていた女子達も、この時期、きゃっきゃいいながら、クリスマスツリーの飾り付けを楽しんでいたのかもしれない。


 それを倉庫から引っ張り出して、食堂のサンルームに立てた。

 元からあったオーナメントに、錦織が端切れで作った飾りや、御厨が焼いたクッキー、ヨハンナ先生が自腹を切って買ってくれたLEDのイルミネーションで、ツリーを飾る。


 メッキが施された色とりどりのボールに、雪の結晶、トナカイや雪だるま。松ぼっくりに、リボンやハートのオーナメント。

 雪の代わりには、綿をちぎって所々に載せた。


「ツリーの天辺の星は、私がつけたいです」

 弩が言う。

 弩は一番大きな金色の星を掲げた。

 丸襟のブラウスに、ダークグレーのジャンパースカートの弩。


「弩には届かないだろ」

 天辺まで、二メートル以上あるし。

「でも、つけたいんです」

 まったく、子供みたいな弩だ。


 幼い頃、妹の花園と枝折が、自分が天辺の星をつけるんだって、よく喧嘩していたのを思い出した。それからしばらく、我が家のクリスマスツリーには、天辺に星が二つ、並ぶことになったのだ。


「分かったよ、じゃあほら」

 僕は、弩の前でしゃがんだ。

「なんですか?」

「天辺に届くように肩車してやるって、ほら」

「いいんですか?」

「いいぞ。時々、抱っこしてるけど、弩なら軽いから楽勝だ」

「時々抱っこしてるとか、言わないでください」

「だって、してるだろ」

「されてますけど」

「じゃあ、いいじゃないか、ほら、早く」

「それでは、失礼します」

 弩がそう言って、僕の頭を跨いだ。


「なあ、弩」

「なんですか?」

「これじゃあ、前が見えないよ。なぜ、僕の頭をスカートの中に入れるんだ」

 弩のジャンパースカートの中に僕の頭がすっぽり入って、目の前が真っ暗だ。


「あっ、すみません。肩車してもらうの、初めてなもので」

「いや、いいけど」

 女子のスカートの中という、人類にとって未知のエリアを、垣間見ることができたし。


 弩は一度降りて、スカートの前を押さえてから、もう一度、頭を跨いで、僕の肩の上に乗る。

 僕は弩の脹脛ふくらはぎの辺りを持って、ゆっくりと立ち上がった。


「すごく、高いです!」

 視線が高いのを弩が喜ぶから、僕は肩車したまましばらく食堂内を歩いて、弩のアトラクションになる。


「あなた達、平和ね」

 執筆途中で、食堂にコーヒーを取りに寄った新巻さんに呆れられた。

「新巻先輩も、どうですか? 楽しいですよ」

 弩が言う。

 勝手に僕の肩を勧めるな。


「遠慮しておく。弩さん、楽しんで」

 新巻さんは冷静に言って、コーヒーが入ったカップを持って、行ってしまった。


 ツリーの飾り付けに戻ろう。


 僕の肩の上から手を伸ばして、弩がツリーの天辺に星を取り付ける。


「完成だな」

「はい、完成です」

 僕達は、食堂の端から遠目にツリーを見た。


 綺麗な円錐のシルエットのツリーが、輝いている。

 ここは雰囲気がある洋館だし、サンルームの奥が鬱蒼うっそうとした木々で、北欧のクリスマスみたいだ(僕は北欧のクリスマスがどんなものか、知らないけど)。

 点滅するLEDライトがガラスに反射して、より、豪華に見える。


「弩は、オーナメントの配置とか、バランスがいいな。全体的に、よく纏まってるよ」

「そうですか? ありがとうございます」

 弩が照れながら言った。

 大木のような大きな組織に、適材適所に人を配置する。

 これは、将来組織を束ねていく者の、才能の片鱗だろうか。

 ま、考えすぎか。



「わあ、クリスマスツリーできたんだね」

 二階から、古品さんと「Party Make」の、ほしみか、な~なが下りてきた。


「ツリーがあると、俄然、クリスマスっぽくなったね」

 な~なが言う。


「いえ、みなさんのほうが、俄然、クリスマスっぽいと思いますけど」

 三人を見て、僕が言った。

 三人は、サンタコスをしている。


 白い縁取りをした赤いワンピースに、ぽんぽんがついた三角帽子を被って、ファーが付いたブーツを履いていた。


 ワンピースの丈が短くて、ミニスカサンタだ。


「どう? 似合う?」

 古品さんが、僕に訊いて、くるっと一周回った。

「はい、とっても」

 現役アイドルの、ミニスカートからのぞく太股は、半径一メートル以内で見るには、刺激が強すぎる。

 直視できない。


「クリスマスライブの特別な衣装を、錦織君に作ってもらったの」

 ほしみかが言った。


 三人はクリスマスに、「Party Makeが、いっぱいサンタ呼んじゃうパーティー」というタイトルのライブを予定している。

 年末のフェスにも何件か呼ばれていて、大忙しだ。


「それじゃあ、これから、萌花ちゃんにサンタコスの写真撮ってもらうから」

 三人が手を振って食堂を出て行った。

 僕は手を振って見送る。


 ああ、ミニスカサンタを発明した人には、ノーベル平和賞をあげるべきだと思う。



「先輩、ちょっといいですか?」

 三人のサンタを見送った後で、弩が訊いた。

「なんだ、弩」

「あのあの、この寄宿舎には、煙突がありませんけど、サンタさんはどこから入って来るんでしょうか?」


「そうだなぁ、玄関と勝手口には鍵がかかってるし、例の、開かずの間の地下通路あるだろ。あそこから入ってくるんじゃないか」

 僕は適当に答えた。


「ああ、そうですね」

 弩が頷く。

「だったら先輩、あそこ、しばらく誰も入ってないし、埃がたまってるでしょうから、掃除しておかなくて大丈夫ですか?」


「えっ、大丈夫だろう」

 なんだ、弩、ボケだと思ったのに、掘り下げてきた。


「でも、通路に水が溜まってるかもしれないし、点検しておいたほうがいいですよね。サンタさんが転んだら困るし」


「ちょっと待て、弩」

 僕はしゃがんで、弩を肩の上から降ろした。


 向かい合って、弩の肩に手を置く。


「まさか弩は、サンタクロースが本当にいるとか、思ってるのか?」

 僕は、弩の目を見て、恐る恐る訊いてみた。


「先輩、酷いです。私を、世間知らずだと思って、馬鹿にしないでください!」

 弩が怒って、ほっぺたを膨らませる。

 ぷいっと、横を向いた。


「そ、そうだよな。ごめんごめん」

 いくら弩でも、そこまでピュアなわけないか。


「まったく、愚問ですよ。サンタさんが本当にいることくらい、私、知ってます!」

 弩が言った。


「マジか……」

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