第150話 ア〇ゾンの箱

「弩、ちょっといいか?」

 ノックして部屋に入ると、弩はこたつに入って、年賀状を書いていた。

 こたつの上には、年賀はがきと、筆ペンと、スタンプが置いてある。

 みかんと菓子盆もあって、弩は、僕が言ったこたつ設置の決まりを守っているらしい。


 部屋に入ってきた僕を見て、弩は急いで年賀状を隠す。

「先輩、ノックして私が返事をするまでドアは開けないでくださいって、言ってるじゃないですか」

 弩が抗議した。

「ごめん、ごめん」

「先輩はこの前も、着替えの最中に開けたし」

「見えたのは毛糸のパンツで、パンツじゃないから恥ずかしくないだろ」

「そういう問題じゃありません」

「分かった、今度から気をつける」


 半分、わざとやっているところもあるって言ったら怒られそうだから、ここは黙っておこう。


「それで、なんですか?」

「そうだ、ちょっと買い物を頼まれてくれるか? 今、御厨の手伝いで手が離せないんだ」

「はい、いいですけど」


 僕は、弩に買い物メモも渡した。

 洗剤から調味料、裁縫道具と、買い物リストは多岐にわたっている。


「店を何件か回らないといけないけど、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

 弩は僕を部屋から追い出して着替えた。



「それじゃあ、行ってきます」

 ファーが付いた水色のダッフルコートに、グレーのベレー帽を被った弩。

 ふわふわで可愛らしいから、とりあえず一分間くらい、頭を撫で回しておく。

 撫でられながら、弩は「ふええ」と言っている。


「車には気をつけるんだぞ。知らない人に声かけられても、ついて行っちゃ駄目だぞ」

 僕は、注意した。

「分かっています。もう! 先輩は、私を子供扱いしないでください」

 弩が、半分怒って言う。


 サンタクロースの存在を信じているやつは、子供扱いしてもいいと思うのだが。


 弩が、玄関から林の獣道を見えなくなるまで見届けて、僕は食堂に急いだ。




「どうだ、弩君は、行ったか」

 母木先輩が訊く。

「はい、買い物を頼んで外に出しました。しばらく戻って来ません」


 食堂には、寄宿生と主夫部部員が集まっていた。

 受験勉強中の鬼胡桃会長や母木先輩、トレーニング中の縦走先輩に、リハーサルで忙しい古品さんや、原稿の締め切りが迫っている新巻さんまで全員揃っていることに、これから話し合われるテーマの深刻さが窺われた。

 ヨハンナ先生も職員会議を抜け出して、ここに来ている(先生の場合、ただ職員室から逃げてきたのかもしれないけど)。



「それで、弩君は、本当にサンタクロースがいると、信じているんだな」

 母木先輩が険しい顔で僕に訊いた。


 本日の議題は、この深刻な問題だ。


「はい、信じています。僕が『サンタクロース』と言ったら、『サンタさん』と、敬称を付けるべきだと、怒られましたし」

「そうか」

 母木先輩がそう言って唸る。


「まさか、彼女がそこまでピュアだとは、思わなかったわ」

 腕組みした鬼胡桃会長が言う。


「ピュアというか、もう、ここまできたら、天然記念物だな」

 縦走先輩が言った。


「彼女の場合、『不思議ちゃん』を演じているわけでもないでしょうからね」

 御厨がみんなにお茶を配りながら言う。



「信じてしまうような、理由もあるんです」

 僕は、弩を弁護した。

「理由?」

 ヨハンナ先生が訊く。


「はい、これを見てください」

 僕は、みんなの前で自分のスマートフォンに保存してある動画を再生した。

 それは、弩が自分のスマートフォンで撮った映像を、コピーさせてもらったものだ。


 昨日、弩とサンタクロースがいるいないで、大論争になって、

「だったら、サンタクロースがいるっていう証拠を見せてみろよー」

 と、僕が小学生並のテンションで言ったら、

「分かりました!」

 と言って、弩が見せてくれた動画がこれだった。


 再生ボタンを押すと、みんなが僕のスマートフォンの画面を覗き込む。



 それは、薄暗い映像だった。

 弩の天蓋付きベッドからの映像で、真っ暗な部屋の中を撮っていた。

 しばらく、無音が続いたあと、ドアがゆっくりと開いて、赤白の衣装の、でっぷりとした体型の男性が部屋に入ってきた。


 顔は彫りが深いヨーロッパ系の外国人男性の顔で、付けひげには見えない本物らしい髭を、口の周りと顎にたっぷりと蓄えている。

 その男性は、ゆっくりとベッドに近づいて、弩の枕元の大きな靴下にプレゼントの箱を入れた。

 そして、寝ている(ふりをしている)弩の頭を撫でると、静かに部屋を出て行く。


 しばらくして、弩がベッドから起き上がって窓の外にスマートフォンのカメラを振ると、広い芝生の庭に、トナカイを繋いだそりが停まっていた。

 すると、さっきのサンタクロースらしき人物が、そりに乗り込んで手綱を振る。

 二匹のトナカイが走り出して、そりは芝生の上を滑走した。

 一定の速さになると、トナカイが空をかいて、そりはゆっくりと飛び上がる。

 そのまま、一旦庭の端まで飛んで折り返すと、弩が見ている窓の前を横切るようにして、サンタが乗ったそりが、空の彼方に消えて行った。


 やがてそりは小さくなって、星に紛れて見えなくなる。


 弩がスマートフォンをベッドに投げたのか、次の瞬間、カメラが天井を映して、映像は終わった。

 最後にガサゴソ音が聞こえていたから、弩がプレゼントの箱を開けていたのかもしれない。



「これが、弩がサンタクロースがいる証拠だといって見せてくれたものです」

 昨日、弩に見せてもらったときは、よくできた短編映画でも見たような気持ちになった。


「確かに、サンタクロースはいるんじゃないかって、気になります」

 御厨が言った。

「そんなわけないでしょ」

 鬼胡桃会長が、自分言い聞かせるみたいに強く否定する。


「サンタクロースは、どう見ても日本人じゃないし、俳優でも雇ったのかな」

 古品さんが現実的なことを言った。


「そりが飛ぶ部分は、CGでしょうか? ホログラムみたいなものなんでしょうか? どうにかして、窓からあんなふうに見えるように投影したんでしょうか?」

 錦織が言う。

 冷静に考えれば、そういうことになるだろう。


「地上を走ってるそりは本物みたいですけど、地上を走るときと、空を飛ぶ場面のつなぎ目がまったく分かりません」

 その部分を繰り返し再生して、カメラの専門家である萌花ちゃんが、舌を巻いた。


「とにかく、弩はこのクオリティの演出で、ご両親からサンタクロースがいることを信じさせられているんです」


 もしかしたら、大弓グループがその持てる技術力を結集して、この演出をしたのかもしれない。

 大弓グループには、光学機器メーカーに、精密機械メーカー、スーパーコンピューターを作る部門もあるし、映画の配給会社もある。



「私なんて、小さい頃、深夜にサンタの格好をした父がプレゼントを置きに来て、寝ている私の足に蹴躓いて、倒れて、盛大にネタバレしたというのに」

 ヨハンナ先生が言った。

 あの、優しそうな先生のお父さん。

 なんか、やらかしそうだと納得する。


「僕の場合は、サンタクロースにもらったゲーム機が故障して、父と一緒に近くのおもちゃ屋さんに行ったときに気付きました。これはサンタクロースからのプレゼントじゃなくて、父が買ったんだなって」

 錦織が言った。

 ありがちな気付き方だけど、そんなふうに自然に気付いていくんだと思う。


「私の場合は、プレゼントがア○ゾンの箱に入っていたから、すぐに気付いたぞ」

 縦走先輩が笑いながら言った。


 縦走先輩の親御さん……


 豪快な縦走先輩の親御さんに、弩の両親の爪の垢を煎じて飲ませたい。




「それで、この後の問題だが……」

 母木先輩が、重々しく前置きした。


「僕達は弩君に、サンタクロースなどいないと、本当のことを言うべきであろうか、それとも、このまま彼女に信じさせておくべきなんだろうか?」

 母木先輩が問う。


「どうでもいいような……」

 鬼胡桃会長が言った。


「いや、これは、僕達主夫を目指す者にとって、将来避けては通れない課題じゃないかと思うんだ。真剣に考えるべきだと思う」

 母木先輩が、鬼胡桃会長の目を見て言う。


「僕達は主夫部部員は、いつか伴侶を見つけて、結婚し、子供を成すだろう。すると、僕達の子供も、いつか、サンタクロースがいるのかいないのかという問題に直面する日が来るんだ。そのとき、親になった僕達は、子供に正しい答を導かないといけないだろう。このケースはその練習にもなると思うんだ」

 母木先輩は、鬼胡桃会長の目をまっすぐ見ていた。

 「僕達の子供」という言葉に反応して、鬼胡桃会長が顔を紅潮させて下を向く。


 ほらそこ、さり気なくいちゃつかないように。



「本当のことを言ってあげたほうがいいと思いますが」

 錦織が言った。


「私は、弩さんが信じ続ける限り、信じればいいと思う」

 新巻さんが言う。

「いつまで信じ続けるのか、興味深いし」

 新巻さん……

 弩を観察対象にしないで欲しい。


「やっぱり、本当のことを言うべきだと思います。僕達はもう、高校生ですし」

 御厨が言った。


「そうだな、小学生高学年くらいなら分かるが、さすがに高校生ではな」

 縦走先輩も言う。


「弩さん可愛いんだから、変なキャラ付とか、いらないのよね」

 古品さんが言った。


「よし、それでは、弩君に本当のことを話す。それでいいな」

 母木先輩が言って、みんなが頷く。

 弩にはもう少し夢を見させてあげたかったけど、僕も、賛成した。


「それで、誰が本当のことを話すんですか?」

 僕が訊いた。


 すると、みんなの視線が僕に集まる。


「僕、ですか?」

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