第10章

第117話 なかよし四人組

「それじゃあ、これでホームルームは終わり。みんな、気をつけて帰りなさい」

 ヨハンナ先生が言って、日直に目配せした。


「起立、礼!」

 日直が号令をかけて、クラスのみんなが礼をする。


「はい、さようなら」

 ヨハンナ先生がみんなを見渡して言った。

 部活に行く者、家に帰る者、皆がそれぞれの場所へ散って行く。


 今日の先生は、ストライプのシャツに紺のスキーニーパンツだ。

 髪は後ろで無造作にまとめている。

 やっぱり、教壇に立つ先生は、凛々しくてカッコイイ。

 普段、寄宿舎でスリップ一枚でいるところを見てるから、余計にそう思う。



 さあ、部活だ。

 僕が適当に教科書を鞄に詰め込んで、帰り支度して部室に向かおうとしたら、クラスの女子、四人に机を囲まれた。


 座っている僕は、四人の女子に囲まれて、見下ろされる。


「篠岡君、修学旅行の班、まだ決めてないよね」

 僕の正面に立ってそう言ったのは、長谷川さんだった。

 その周りにいるのは、僕の右手から、菊池さん、松井さん、蒲田さんだ。


 彼女達は、いつも一緒にいる仲良しグループで、以前、僕が教室のこまごまとしたところを掃除してたら褒めてくれて、お菓子をくれた女子だ(それ以来、僕は事ある毎にお菓子のおすそ分けをもらっている)。


「うん。まだ、決めてないけど」

 って、いうか、修学旅行の班のこと、今思い出した。

 先日も弩と焚き火してるとき先生に言われたのに、対応してなかった。


「そう、だったら、私達と班を組まない? 一緒に修学旅行こうよ」

 長谷川さんが言った。

「一緒に行こう」

 と、あとの三人も声を揃える。


この仲良しグループの中では、いつも長谷川さんがリーダーで、グループをまとめるお姉さんタイプだ。僕と同じくらい背が高くて、さっぱりとしたショートカットだから、尚のことそう見える。


 松井さんと蒲田さんが妹タイプで、長谷川さんに頼っていて、菊池さんはみんなを笑わせる、ムードメーカーだ。


「でも、なんで僕?」

 僕は直球で訊いた。

 女子からこんなふうに誘われることなんて、今までなかったし。


「修学旅行だし、いつもと同じメンバーだけじゃなくて、ちょっと刺激も欲しいの。男子がいてくれると、いい刺激になるかなと思って」

 長谷川さんが言った。

 刺激って、僕は唐辛子かなんかか。

 あるいは、唐揚げに絞るレモン的なものか。


「でも、男子っていっても、田村とか、ああいう乱暴な男子だと嫌だし。篠岡君はやさしくて、よく気が付くし、変なことしなさそうだし」

 菊池さんが言った。

 田村とは、ハンドボール部でやんちゃな連中と付き合いがあるって噂がある、このクラスの男子だ。


 変なことしなさそうって、僕は完全に安全な男子だと思われているのか。

 信頼されているのはいい事だけど、それはそれでちょっと残念な気がする。

 僕だって変なことしたい(しないけど)。

 なんか、複雑だ。


「主夫部のこととかも訊きたいし」

 蒲田さんが言う。

 蒲田さんは栗色の髪で、バニラエッセンスみたいな香りがした。


「私達とじゃ、いや?」

 松井さんが、屈んで、上目遣いで聞いてきた。

 さすが妹キャラ。僕に妹がいなくて妹に免疫がなかったら、完全に魅了されていたところだ。


 それにしても、セーラー服の四人に囲まれると、迫力がある。


「いやとかじゃ、全然ない。むしろ嬉しい。誘ってもらって助かるし」

 僕は言った。


 教卓の前に立ったヨハンナ先生がこっちを見ている。

 先生は、なにか言いたげな顔をしていた。


「でも、まだちょっと、猿渡とかとも相談するから、返事、あとでいい?」

 僕が言う。

 猿渡とは、同じクラスで中学校時代から付き合いがある奴だ。

 僕は今誘いを受けるまで、普通に、猿渡がいる班に入ろうと思っていた。


「うん、考えておいてね」

 長谷川さんがそう言って、四人はきゃっきゃ言いながら帰って行く。

「これあげる」

 今日も僕の机の上に、お菓子を置いていってくれた。

 四人が帰っても、甘い香りと幸せな雰囲気が、しばらくの間、僕の机の周囲を漂っている。


 それにしても、女子の班に入って修学旅行か。

 まったく、想像すらしてなかった。

 でも、それはそれで、いいものかもしれない。

 一度しかない、高校の修学旅行だし、男だけの班に入って行くよりも、女子四人と男が僕一人、ハーレム状態で行くのも……


 僕がしばらく妄想していたら、教壇にいたヨハンナ先生がいなくなっている。

 まずい、早く部活にいかないと。

 



 僕が少し遅れて部室に入って行くと、部員全員とヨハンナ先生が、すでに揃っていた。

「遅れてすみません」

 僕はそう言って、席に着く。


 御厨が作った今日のおやつは、無花果いちじくとヘーゼルナッツのタルトだ。

 無花果の種のぷちぷちする食感と、ヘーゼルナッツのカリッとした食感の、二種類がの食感が味わえて楽しい。


「それじゃあ、午後のお茶をしながら、会議を始めよう。主夫部、今日の会議の議題は、体育祭への対応についてだ」

 母木先輩が司会を買って出てくれた。


「体育祭で行われる部活動対抗リレーに、主夫部としてどう参加するか、話し合おう」

 母木先輩が言う。



 体育祭の種目の一つに、部活動対抗リレーがあって、運動部、文化部関係なくすべての部活動が参加する。


 毎年、野球部やサッカー部、陸上部などの運動部は、リレーをガチで勝ちにいく。


 一方で、文化部や、脚力で勝てない運動部は、勝ちに行かずに、ネタに走る傾向があった。


 たとえば、軽音部がギターを抱えて走ったり、吹奏楽部が、トランペットを演奏しながら走ったり、科学部が怪しい煙を出すフラスコを掲げながら走ったりする。

 柔道部は柔道着で走るし、テニス部はラケットを持つ。新体操部はレオタードに、リボンや、ボールを持って走ったりする。


 自分達の部活をアピールするために、各部活が趣向を凝らすのだ。


 新設の主夫部は、今回の体育祭で初めてリレーに参加することになる。

 特に主夫部は部員が少ないから、これを期に、一年生や二年生に盛大にアピールして、少しでも興味を持ってもらいたい。

 その中の一人でも、入部してくれれば、なお、いいんだけど。


「主夫部としては、どう対応するべきだろうか」

 母木先輩が訊く。


「ガチで勝ちに行くのは無理ですよね」

 御厨が言った。

 確かにこのメンバーで陸上部やサッカー部と競うのは無理だ。

 ガチでいって中途半端な順位だと、アピールも出来ずに悲惨な結果に終わる。


「だろうな。それでは、ネタで行こう。ネタで行くとして、どんなアイディアがあるだろうか?」

 母木先輩が議事を進める。


「料理しながらは、走れませんよね」

 御厨が言った。

 料理をしながら走るとしても、せいぜい、フライパン片手に走るくらいだろう。


「エプロンとか、割烹着着て走りますか?」

 錦織が言う。

「それだと、インパクトがないな」

 母木先輩が言った。

 主夫部でエプロン、普通すぎる。料理研究部とも被るし。


「セーラー服とか、パンツとかを干しながら走るのはどうでしょう?」

 僕が提案すると、

「インパクトがありすぎる!」

 男子部員、みんなに突っ込まれた。

 僕だって、本気で言ったわけじゃないし。


 ところが、いつもなら同じように突っ込んでくる弩が、じっと黙っていた。

 話に乗ってこない。


「どうした、弩?」

 僕が訊いた。

「なんでもありません」

 弩はそう言って、ぷいと横を向いた。


 この態度はなんなんだ。

 ぷいって、頬を膨らませた横顔、ちょっと可愛いけど。

 でも、弩が突っ込んでこないと、なんか調子が狂う。


「先輩は、いいじゃないですか。クラスの女子に囲まれて修学旅行に行っちゃえば」

 弩が言った。


 なんだ、そのことか。


 でも弩が、なんでそんなこと知ってるんだと思って、ヨハンナ先生を見たら、先生が急に顔を逸らした。


 図星だ。ヨハンナ先生が弩に言ったらしい。

 先生は、知らん顔して、タルトを食べている。

 「あーおいしい」とか、言っている。


「まあまあ、弩、今はとりあえず、会議に集中しろ」

 母木先輩が諭した。

「はい、すみません」

 弩が謝る。



 その後、みんなで色々とアイディアを出すのだけれど、中々、これだというものが浮かばなかった。どれも今一つ、インパクトに欠ける。


 タルトを食べながら、僕も真剣に考えた。

 部活動対抗リレーは、体育祭午前の部の最後の競技で、午前のトリだ。

 昼食前で、最高に盛り上がる場面の一つだ(午後の最後、大トリが、クラス対抗リレー)。


 午前中の最後。

 昼食前の時間。

 昼食……


 そのとき、僕の頭に一つのプランが閃いた。

 体育祭で、主夫部がその存在感を大きくアピールできる方法、それを思い付く。


「僕達は僕達なりのやり方で、体育祭に存在感を示しましょう!」

 僕が言った。


「おっ、篠岡。なにかアイディアが浮かんだらしいな」

 先輩が言う。

「はい、主夫部らしい、飛び切りのアイディアを思い付きました」

 自信たっぷりで、僕が言った。


「よし、聞こうじゃないか」

 母木先輩が言って、みんなが僕に注目する。


 なんか知らないけど、怒ってる弩も、僕に注目した。

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