第12話 ゆみゆみ

「私、主夫部に入部したいんです」

 諦めと混乱の中にいる僕達四人を前にして、一年生の彼女は言った。


 潤んだ黒目がちの瞳。すっと通った鼻。口を結んでいると両側に可愛らしい笑窪ができる。腰まで届く長い黒髪で、前髪は眉毛が隠れるくらいの位置でぱっつんにしていた。

 大抵の女子はスカートを折り返して短くして履いてるのに、彼女の制服は無改造のままだ。黒いストッキングを履いているのと合わせて、なんだか古風に見える。


 僕達の前に現れた彼女は、天使か、悪魔か。


「冷やかしなら帰ってほしい。僕達は本気で主夫になりたいと思って集まっている。女子の君がなぜ、主夫部の門を叩くんだ?」

 母木先輩が訊いた。

 僕の代わりに疑問をぶつけてくれる。


「冷やかしではありません」

 彼女は母木先輩と対峙して、怯まず言った。

 彼女の身長は百五十センチくらいだろうか。

 背の高さで四十センチも違うのに、見下ろしている母木先輩に対して一歩も引かない姿勢だ。

 大人しそうに見えたけれど、芯の部分はすごく強いのかもしれない。


「募集の張り紙に性別の制限はありませんでした。女子の応募も駄目ではないのでしょう?」

 彼女は言う。

 でもそれは張り紙を作った僕が、最初から書く必要がないと省いたのだ。


「それに男子の野球部とか、サッカー部にはマネージャーとして女子もいるじゃないですか。彼女たちも野球部やサッカー部の一員です」


 確かにそうだ。いや、盲点だった。


 これが枝折が言ってた大きな可能性ってやつだ。


 頭が凝り固まっていたのは、主夫部を認めない教師達だけでなく、僕達もそうだったのかもしれない。主夫部だから入部してくるのは当然男だと決め付けていて、女子は眼中になかった。

 女子には声をかけなかった。

 男子生徒には教師達が「主夫部に入るな」と圧力をかけてたけど、女子生徒にそれはなかったから、勧誘の狙い目ではあったのだ。


「実は私、将来仕事をして家庭を支えていきたいと考えています。私が働いて、夫になる人に家を守ってもらいたいと思っています」

 彼女は真面目に未来を語った。ふざけている素振りはない。

「それで主夫部に興味を持ったんです。主夫を目指す皆さんと活動して、将来、夫となる人と上手くやっていくにはどうしたらいいかが学べればと考えました。自分は何をすればいいのか、知ることができればと考えました」

 そうだ、相手だ。

 僕が主夫になるには、絶対にパートナーが必要だ。どんなにがんばったところで、一人では主夫になれない。彼女のように、考えるべきはパートナーのことだった。

 決定的にそっちの視点を欠いていた。

 僕達はただ自分が主夫になりたいと、独り善がりだったのかもしれない。

 相手のことを考えていなかったから、女子部員という存在に考えが及ばなかった。


「すまなかった」

 母木先輩が頭を下げる。

 腰を九十度以上に折って謝った。

 一年生の彼女は、頭を上げてください、生意気言って済みません、と慌てて先輩より深く頭を下げる。

 あまりに深く下げるものだから、彼女の長い髪が地面に着いてしまった。


「それより時間が!」

 時計で確認して錦織が言う。

 時刻は五時四十五分を過ぎていた。

 見上げる生徒会室の窓にはまだ照明が点っているけど、もういつ消されてもおかしくない時間だ。


「本当に入部してくれるんだね?」

 僕は確認のために訊く。

「はい!」

 即答する彼女に迷いは1ミリもない。

「先生達がうるさいこと言うかもしれないけど、いい? 目を付けられるかもしれないけど」

「はい、構いません!」

「よし、急ごう!」


 校舎最上階の生徒会室へ、僕達は走る。

 全力で走る僕達にどうしても遅れるから、僕は彼女の手を取った。

 彼女の手を引いて階段を駆け上がる。


 その指は、きつく握ると折れてしまいそうなくらい細かった。

 細くて冷たかった。

 はかない感じがした。


「そうだ、名前を聞いていい?」

 これから同じ部活でやっていこうというのに、名前さえ聞いてなかった。

おおゆみまゆみといいます」

 一年生の彼女は走りながら息を切らせて答える。

おおゆみのゆみと、まゆみのゆみで『ゆみゆみ』って呼んでもらえると嬉しいです」

 彼女は聞いていないニックネームのことまで答えた。

 手を引いてあげてるけど、案外余裕があるのか、ゆみゆみ。


 僕達は生徒会室へ、階段を全力で駆け上がった。

 

 もう生徒会など、恐るるに足りない存在だ。

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