星を行く船

『これは知識を集めてるのかしらね?』


 雛神様の言葉に、何か考え込む様子だったキサナが、波の子供を抱えたまま歩き出す。ぐるぐるとワクワクの周囲を回り、何かを見付けしゃがみ込んだ。見ると、一体の妖精が座り込んでいる。他の者と違い、羽ばたきもせずやる気が感じられないが、寿命が近いのでも無さそうだ。


「こんにちわ~。これは何ですか~?」

「コンバンワ! それは星の母の情報端末です!」


 妖精はキサナに差し出された幼子を見ると、問い掛けるのではなく答えを返した。


「交渉対象種族の姿を模しています! これを通じて星の母への情報伝達が可能です!」

「驚いた! こいつ返事するんだァ!」


 ニキが目を丸くして叫んだ。ワクワクの妖精が、質問以外で口を開くの見たのは初めてだという。


『海の底にいる何か……海魔のこと言ってるんじゃない?』


 波の子供があれと繋がっているということか? ワクワクから情報を得られることにも驚いたが、与えられた情報にはもっと驚いた。キサナが歩き回ったせいで、ワクワクに巻き付いた臍の緒を解き、浜辺へと戻る。キサナは何時ぞやと同じように、海中に続いている波の子供の臍の緒を手繰り始めた。


「姉さん、そうじゃないだろ?」

「るる?」


 どんどん積み上がる臍の緒を、薄気味悪そうな目で見ていたニキは、波の子供の目を覗き込んで言った。


「分かるか? こっちだ。こっちに来やがれ!」


 待つほどの間もなく、波間に海藻を絡めた帆柱が現れた。入り江に近づくにつれ、それに続く船体が浮かび上がり、俺達の目の前に幽霊船がその姿を現した。黄緑色の触手が破れた船底から伸ばされているのが、波の間から伺える。波の子供の臍の緒は、甲板から船内に続いているようだった。


『……本当に来たわね』



「それじゃあナニか、海魔を倒すんじゃなく、捕まえてきたってことか?」


 カイトは呟くと、ぽかんと口を開けたまま、港に碇泊した幽霊船――星の母――を眺めている。甲板では、ニキがブラシ掛けを続けている。海魔と恐れられていた魔物の正体である星の母は、ヤドカリのように殻に潜り込む性質を持っている。ワクワクから得た情報だ。海底に沈んだ難破船の中に潜み、縄張りとした海域に近づくものを、無差別に攻撃していたらしい。人を捕らえて喰うこともあるが、今は禁じて魚介を自分で獲って喰うようにと伝えてある。


「ま、まあ百歩譲って良しとしてやるか。しかし、これを引き渡されてもなあ……」

「誰が渡すか魚介類! これはわたしの子供なの~」


 想定外の事態に思わずカイトが漏らした呟きに、波の子供を抱えたキサナが噛みついた。予想外の宣言に、カイトは慌てて喚き散らした。


「何言ってやがる! その男に依頼したのはダゴン教会だぞ! どうするかを決めるのは俺達だろ!?」

「るる? 捕まえて引き渡せとは依頼されてない~」

「このッ……ぐぬぬ……」


 カイトの本音は、こんな物騒なものを引き渡されても面倒だが、他の者に所有されるのも避けたいというところだろう。その相手が意中の女、キサナであることも、判断を迷わせる理由のようだ。結局カイトは強く出ることのできないまま、星の母の管理はキサナに一任されることとなった。港に泊め置くことは、さすがに船主達に嫌がられ、ニキの隠し港に繋がれている。



『最近になって被害が出始めたんだから、卵か仔が落ちてきたのかしら?』


 ワクワクから引き出した情報では、星の母は元来星々の間に棲む存在だという話だ。今は水底で眠る大いなるものも、かつてその翼でエーテルを渡って来たという。どんな理由で海に落ちたかは分からないが、今は船の中に隠れ棲む星の母も、やがては星々の海を渡るのだろうか。


『ちゃんと育てばね。人間にとっても星の母にとっても、今の状況よりそのほうが良いかも知れないわ』


 星を行く船。

 俺はその姿を夢想する。そんなものがあれば、こことはまるで違う世界も見ることができるのだろうか。



 数日後、港町には夜空を行く船の噂話が広がった。本気にする者は少なく、酔っ払いが夢でも見たのだと片付けられた。だが、俺には夢幻だと片付けられない心当たりがある。気になった俺が浜辺の小屋を訪ねると、キサナは俺が問う前に、満面の笑みで答えてみせた。


「るるッ? ぜんぜん。ぜんぜん飛んでない! わたしまだ星までは飛んでないよ~!」

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