ワクワク

『ワクワク?』

「ニキたちはそう呼んでる」


 ニキの先導で、岩肌に作られた細い小道を登った先に、それはそびえ立っていた。

 大木のようにも、巨大な球根植物にも見えるそれは、空を覆うように枝を広げている。


『ヴルトゥームの仔かしら』


 奇妙なのはその花だろうか、実だろうか。枝から伸びた細い茎の先には、幾つもの小さな妖精の様なものが生えている。朱い萼を帽子のように被り、真珠のような白い肌を持つそれらは、背中の羽根で羽ばたいている。俺に気付いたのか、その一体が近付いてきた。


「コンニチハ! それはなんですか?」


 それとはどれのことだ? 腰の剣を指しているように見えたので、骨で作った剣で、何の骨かは分からないがツァトグァの神気を帯びていると馬鹿正直に答えると、妖精は「骨剣!」と復唱し遠ざかる。そのやり取りに気付いたのか、何体もの妖精が、帽子に繋がる茎が届く範囲いっぱいに伸ばし群がってきた。


「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!」「コンニチハ!」「コンニチハ!」「チハ!」「チハ!」


『うっとおしいわね!』

「聞いてくるだけで悪さはしないんだけどね。気味悪がってみんな近づかない」


 茎を引っ張り無理に近寄りすぎたのか、一体の頭から帽子が外れると、「ワクワク!」と楽しげにも悲しげにも聞こえる声を上げ、その妖精は地に落ちた。


「茎が切れたり、寿命が来て落ちるときにワクワクって叫ぶから、とりあえずそう呼ばれてる」


 雨水の類はワクワクに独占されるのか。小さな水たまりでもないかと探したが、どこにも見当たらない。辺りを見渡しながらワクワクの周囲を巡るうち、俺は海上に島に近づく一艘の小舟を見付けた。遠目だが、乗り手には見覚えがある。俺は合図を送り、小舟を入り江に誘導した。


「るるッ! みつけたよ~!」


 上機嫌のキサナは、嵐の夜に消えたはずの波の子供を抱いている。沖合で偶然見付けたらしい。見付けて嬉しいのは俺のことかこの子のことか。遭難した俺を探しに来てくれたのかとも思ったが、そうでもないらしい。海魔討伐に向かった者達は全員無事だったそうだが、結局船は沈められてしまったとのことだ。


「そうだ、アインだけが帰らないから探しに出たの~」

『それ、今思い付いたわよね?』


 キサナは取って付けた様に言い足した。本当なのか。こちらも海魔の姿や戦闘の様子を詳しく話した。聞いているのかいないのか。波の子供と呼び手を取り遊んでいたキサナは、海魔の話より、さきほど目にしたワクワクの話題に食い付いた。


「すご~い! 見た~い!!」


 正直早く港へ帰りたいのだが、キサナはワクワクを見るまで動く気はないらしい。あれはそう危険なものでもなさそうだ。見に行くくらいなら構わないだろう。


「わ~くわく! わ~くわく!」


 キサナにせっつかれながら再び小道を登る。キサナが抱く幼子の臍の緒はまだ繋がったままで、ずるずると引き摺られ海中へと続いている。ひどく気になり落ち着かない。置いて来てやった方が良さそうに思うが、波の子供はあいかわらず無表情で、されるがままになっている。


「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!それはなんですか?」「コンニチハ! それはなんですか?」「コンニチハ!」「コンニチハ!」「コンニチハ!」「チハ!」「チハ!」


「すご~い!?」


 キサナは群がる妖精にはしゃいでいたが、勢い余って数体の妖精の茎をもいでしまっている。危険なのはキサナの方だったか。止めてあげろ。キサナは問われる度に、答えを返すのを楽しんでいる様子だったが、胸元に抱いた幼子が何であるかを問われ、小首を傾げ固まった。今ごろ疑問に思ったのか。

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