第18話 孤独な女王6~ただ、プロレスラーとして~
楓が意識を失っていたのは、ほんの少しの間、時間にするとわずか数十秒の間だったろう。
姫子の一撃は確かに楓の顎を的確に捉えていた。
が、その刹那、楓は無意識のうちにスウェーで微妙に打撃点をずらしていた。
目を覚ました彼女の視界にはロープにもたれかかって、自分を睨みつけている姫子の姿が映った。
わずか数十秒とはいえ、追撃の時間は十分にあったはずだ。
それはもはや、姫子に反撃の力が残っていないことを物語ってもいた。
楓は頭を振りつつ、マットをもう一度、踏みしめる。
軽い目眩がした。
もう一度、身体に力を込めた。
ようやく、意識がはっきりとしてくる。
ふと見上げた楓の視線の先では、姫子が折れた足を引きづりながら楓に向かってきていた。
その顔は苦痛で歪み、歩くというよりマットの上を這っているように見えた。
だが、姫子は姫子なりにまだ、戦おうとしていた。
苦悶の果てに姫子は楓の目の前についに辿り着いた。
が。ついに力つきたのか、前のめリに倒れ込む。
楓が受け止める。
姫子はただ一言。
「手加減無用」
しっかりと抱きとめる。
それは愛しい恋人を抱擁しているように見えた。
楓は姫子の身体を抱えて、しっかりとクラッチした。
本当は、もう、投げたくなかった。
もはや、姫子には受け身を取るだけの力さえ残ってはいないだろう。
でも、それでは姫子の信頼を裏切ることになる。
彼女の誇りをもう一度、傷つけることになる。
それだけはできない。
彼女の願いを最後に叶えてやるしか、楓の選択肢は残されていなかった。
意識を奪い去らなければ、姫子は何度でも向かってくるはずである。
最後は、せめて最強の技で終わらせたい。
楓は両手に力を込めた。
一瞬、姫子の身体から重力が消え去った。
サイドワインダー。
サイドスープレックスで抱え上げてから、肩口からマットに真っ逆さまに落とすという危険な技である。
間違いなく姫子を再起不能へと追い込む技であった。
楓は泣きながら、叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
絶叫が頂点に達した時、急角度で姫子の肩がマットに激突した。
骨の砕ける嫌な音がした。
楓の泣き声はいつまでもマットに響いていた。
あまりの光景に、会場は静まり返っていた。
だけど、ふたりの想いはひとつだった。
ただ、プロレスラーとして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます