第19話 孤独な女王7~冷たい月~
冷たい月が姫子を見下ろしていた。
窓の外はすっかり闇が支配していて、月の光が彼女の顔を照らし出していた。
すでにそこには涙はなく、かすかに後が残っているだけだ。
涙はすぐに枯れてしまった。
ベッドに横たえられた体は、もうプロレスをできる身体ではなかった。
当分は絶対安静と医師に堅く言われていた。
右足と左手は完全に骨折していたし、肩の骨にいたっては完治は難しい粉砕骨折に限りなく近かった。
枕元には楓がくれた花束が置かれていた。
楓は見舞いに来たはいいが、泣いてばかりいた。
姫子は仕方なく彼女を慰めるために、
「あなたのせいじゃないわ。私が望んだことよ」
などと言ったりした。
本心ではあった。
しかし、悔しくもあった。
とにかく、自分は負けたのだと、ようやく納得した。
「まったく、楓も馬鹿だけど、あなたも馬鹿ね」
と神沢恭子は憎らしいことを言った。
当たっているから、何も反論できなかった。
そんなことを想い返しているうちに、いつの間にか、窓際に男が立っていた。
精悍なシルエットを月明かりが浮かび上がらせる。
中肉中背で一見、普通の人間に見える。
しかし、ひとめ見れば、異質な雰囲気感じ取ることができるだろう。
眼光はあくまで鋭く、口元には嘲笑としか思えない笑いが浮かんでいる。
決して容姿が劣るわけではない。
それなりに端正な顔つきではある。
だけど、そのためにかえって冷たい印象を与えてもいた。
そして、何よりも「邪悪」としか表現できない独特のオーラをまとった男でもあった。
「負けたようだな」
低く端切れのいい声が響いた。
「見ての通り、無様なもんよ」
姫子は敢えて強がってみせた。
「確かに」
小さく頷く。
「だが、お前の力不足だ。俺の教えた技の力を引き出せなかった」
「それは…」
姫子は反論できなかった。
それは真実だった。
あの技『
「返す言葉もないか」
冷たく言い放つ。
男はそれだけ言うと、窓の外へと消えた。
まるで重力というものを無視したような身のこなしだった。
だが、地上7階の病室からどのようにして脱出するのか、そんな方法を姫子は知らない。
ただ、彼が自殺するような人間でないことだけは確かだ。
カーテンが風で揺れた。
姫子はちょうど、右手が届くところにあるテーブルに何かが置かれているのに気づいた。
それは一枚の紙であった。
大きさはメモ帳ぐらいの小さなものである。
菱形の紙に黒と白の月の紋章があしらわれていた。
裏をめくると、文字が書かれてあった。
「沖縄で待つ」
姫子は声に出して読んでみた。
何度も何度も繰り返し反芻してみる。
しだいに意味がつかめてくる。
姫子の頬に熱いものが伝った。
冷たい月の光はいつまでも姫子を包んでいた。
< 第三章 第一部 完 >
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