第3話 異形の少女3

 試合開始のゴングが鳴った。


 秋月玲奈はマットの上を滑るような、なめらかな足捌きでまっすぐに中央へと進み出てきた。


 勇は彼女の周囲をゆっくりと円を描くようにまわる。


 時折、ローキックを繰り出すそぶりを見せるが、ほとんどがフェイントであった。


 勇は玲奈の出方を見ていた。




 勇のローキックが玲奈をとらえようとしていた。


 左、右、右、左と、コンビネーションの蹴りがしだいに玲奈の両足にヒットしてゆく。


 その度に、玲奈は打たれた方の足を軽く浮かして膝をまげて丁寧に防御する。


 そうしないと衝撃をまともに受けることになり、あっという間に両足がはれあがることになる。


 力の逃げ場所をつくってやるのだ。


 それでも、キックボクシングのジムで習った、勇の威力のある本格的な蹴りの前では、玲奈の足が壊れるのは時間の問題だと思われた。




 しかし、勇は異変を感じていた。


 蹴った時の感触がおかしいのだ。


 足から放った力が吸い込まれていくように消えてゆく、そんな感じがした。


 玲奈の相貌には余裕の笑みさえ見えた。


 勇の蹴りがわずかに弱まった瞬間をとらえて、今度は玲奈の反撃が始まった。


 左のミドルキックに両手を絡ませたかと思うと、その足を外側にひねるように回転させたのだ。



「うっ!」



 勇の左足に激痛が走った。


 瞬時に勇の足首の関節が極まり、玲奈はそのまま倒れるようにマットに転がった。




 当然、勇の身体もひきずり込まれるようにマットに沈んだ。


 勇は倒れる瞬間に、左足首の関節を少しずらした。


 完全に極まればその瞬間に勝負が決まる。


 それが関節技の怖いところである。


 特に玲奈のそれは、ほんの一瞬の油断が命取りになるほどの切れ味をもっていた。


 勇の背中を恐怖が駆け抜ける。


 左足が完全に極まる前にロープに逃れる。


 必死であった。




 エスケープとなりポイントをひとつ失うが、玲奈と関節技の攻防をするのは危険すぎた。



「それでも、プロレスラーか、逃げるんじゃねえ」



 客席からヤジが飛んだ。


 ただのアイドル歌手相手に苦戦するのはみっともないと言いたげだ。


 勇は気にしなかった。


 父である絶頂時の天才プロレスラー、神沢勇吾を引退に追い込んだ少女が目の前にいるのだ。


 その少女とわずかな時間とはいえ、互角に闘っているのだ。


 しかし、誰もそんなことは知りもしなかった。


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