ジャンクファッション

@sannylettuce

第1話 キジマタカシ

木嶋たかしは半分夢の中のまま、国がミサイルで攻撃された時に出されるような携帯の目覚まし音を止めた。

寝ぼけている状態でも携帯に反応してしまうのは現代病かもしれないが、そのおかげで今日も時間通りに叩き起こされることができる。

身支度自体は5分程度で済ませられるものの、神経質な性格を通り越して強迫性障害の気質のある木嶋は、持ち物を確認する行為に10分程の時間を費やし、駅までの道を鬼の形相で走る羽目になった。

満員電車をそのまま道路に移したような、人の掃き溜めの渋谷センター街から歩き続け、ようやく解放されたところに木嶋の職場、「カリファ・ジーンズ(kj)渋谷店」はある。

カリファ・ジーンズは、元々はなぜか軍医をしていたというイタリアのカリファという名前のデザイナーが一代で築きあげた、洋服のラグジュアリーブランドのセカンドラインだ。

セカンドラインといっても価格帯は本家「モト カリファ 」の十分の1程度であるし、客層も店員層も店の雰囲気も、何から何まで亜流感は否めない。

日本人は世界一他人の目を気にする人種だと思っている木嶋も、自分も例外には属さず、カリファの名前のブランド力に吸い寄せられ、洋服販売員の道をスタートさせた。

店の控え室に到着しタイムカードを切ると、店長の亀山がスタッフ用トイレから出てきた。顔を見るだけで相当の二日酔いだと推断できる。

「おはようございます。」

木嶋は190cm程の高身長の亀山の胸元あたりを見ながら挨拶した。亀山はその高身長以外に何も取り柄がない俗物であると、木嶋は心の中で見下している。

「まじで気持ち悪い。昨日みんなでテキーラ15杯飲んだんだよね。」

亀山は挨拶すら挨拶で返さず、昨夜の自分の武勇伝を語りはじめた。

職場の上司というものは自分に害を及ぼすことしかしない怪物であるということを幼少期から刷り込まれた世代の木嶋は、いつも通り亀山の話を右耳から左耳に流す作業をしながら制服に着替えた。

カリファのブランドはスタッフに制服のスーツを支給しているため、店頭に立つときはそれを着用することが義務付けられている。

他の洋服店の販売員たちと違い、毎月自分が勤務時に着る服を買わなければならない奴隷のような制度はないが、もう数ヶ月全く同じ制服の着こなしに正直木嶋は飽き飽きしていた。

亀山の与太話がひと段落したようなので、木嶋はレジカウンターに向かい、店共有のパソコンに届いているメールをチェックした。

最近全体的に売上が低迷中のkjに対して、ブランドのトップのゼネラルマネージャーから喝を入れる趣旨のメールが届いている。

「とにかく売上に危機感を持って、ひとりひとりのお客様に笑顔で接客、販売して下さい」とある。

本気で危機感を持っていたら到底笑顔にはなれないのではないかという疑問と、いつも通り具体例の無い精神論のような訓示に木嶋は軽く舌打ちした。

とっくに始業時刻は回っていたが、メールを確認した後は、木嶋は業務をするのではなく、まずネットニュースをチェックした。服屋で店員がパソコンに向かっているときは殆どの場合はネットサーフィンだ。パソコンを長時間操作しなければならない業務などほぼ皆無だし、そもそもしっかりしている店なら裏方に業務用のパソコンがあるはずである。

木嶋ももちろん例外に属さず、大手検索サイトのトップページからどんどんニュースページをめくっていく。

清純派イメージで通していた女性タレントが、あるミュージシャンとの不倫発覚のため記者会見を開いたらしい。そのスキャンダルの内容も、謝罪の言葉もいつもと同じ、ありふれた会見だった。

「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした。」とのことだ。

この国は本当に形式や形式だけの言葉が好きだ。騒ぐのは世間の勝手である。赤の他人の不倫が発覚したから騒ぐなんて、騒いでいる側の人たちのほうがよほど低脳に感じる。

木嶋はそんなことをぼんやりと考えながらマウスを操作していると、亀山がようやく裏から制服に着替えて出てきた。

「いやー、あの女優もうほんと終わったね!不倫なんかバレちゃって!でもおれ好きだったのになー」

見事な騒ぎっぷりだ。女優もこんな輩相手に謝罪しなければならないわけだから、大変な職業であると木嶋は思った。

一通りゴシップネタから殺人事件までのネットニュースを流し終わり、いつも通り手早く店頭の掃除を片付け、11時ぴったりに店をオープンさせた。

今日も一日が始まる。

木嶋は惰性とマンネリの感情を、雲ひとつない青空を眺めて無理矢理爽やかな気持ちに転換させた。

店頭の商品の整理をしていると、馴染みの客が来店した。

「いらっしゃいませ。タグチ様、お久しぶりですね。」

タグチは一度来店すれば最低でも10万円程は必ず購入する、木嶋の大切な極太(大口)の顧客であった。見た目は完全にガラの悪い成り金で、ぽっこり出たお腹が狸を連想させる。

「Tシャツ入ってる?」

タグチは開口一番、威勢の良い声で聞いてきた。

「春物たくさん入りましたよ!」

木嶋も調子を合わせ、最近店に納品されたばかりのTシャツを店内中から手際良く集め、タグチの前のテーブルに纏めた。サイズは全てXLサイズだ。タグチは特段巨体というわけではないが、この手の客は大きいサイズの物を好んで着る。最近日本に押し寄せる中国人もそうだが、見栄っ張りで自分を大きく見せたがる輩は身につける物も大きい物を選びたがる。

「これとこれとこれ、あとそれもちょうだい」

タグチは木嶋が集めたTシャツの中から5枚を一瞬にして選び、木嶋にぞんざいに手渡した。

「かしこまりました!」

木嶋はすぐにレジカウンターに入り、会計の準備に取り掛かった。タグチの買い物はいつも早い。金を持っていて尚且つ滞在時間が短い客は、販売員にとって本当に神様だ。

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