ファスト・マガイモノ

「帰ってきたぞ……!」

愛機・エンダーを積んだ大型トラックが、頭が割れそうなほどの轟音を立てながら道路を走る。勝負を挑んできたスポーツカーをいとも容易く追い抜いて、ふふん、と彼は鼻を鳴らした。

 車内にはギターの甲高い音が響いている。彼の気に入っているアーティストのCDジャケットが助手席に転がっていた。リズムの速いその音楽性が彼の御心に触れたのだ。

 トラックの運転手——ファストリームはパトカーに追われていることに気付かず、アクセルを限界まで踏んだまま貧乏ゆすりをする。

「……遅いぞ!」

ファストリームはハンドルを殴る。

「それでも、このトリムの所有物かっ!」

エンダーが重いからこっちも速度が出ないんだよ! と言わんばかりにトラックのクラクションが鳴る。その音を聞いて、パトカーは更に増えていった。

 トリムは高速で後ろへ消えていく看板の中の一つを確認する。看板には色々なキャラクターや食べ物の写真が載っていた。

「ようこそ、O県O市へ……か」

トリムの、鋼鉄のように硬い腕に力が入る。

「帰ってきたぞ、O県O市」


 トリムがO県O市を去ったのは20年前、10歳の頃だった。

 トリムは物心がついた頃から孤児院で過ごしていた。トリムには同い年の友達が2人いて、いつどんな時も、この3人で遊んでいた。その中の一人は男の子、もう一人は女の子で、トリムはその女の子のことが好きだった。

 だが、ある時。トリムを除いた二人が手を繋いで歩いているのを目撃してしまう。20年を経た今では、別に付き合ってたわけじゃないんじゃないかとしか思っていない。

 とにかく、当時は、二人が付き合ってるんじゃないかと疎外感を感じ、外の世界へ飛び出していった。


 野草と砂と川の水でどうにか生き永らえて数年後。トリムはある傭兵部隊に拾われた。

 孤児の身からやっとマトモな飯にあり付けたトリムは彼らに恩義を感じ、しばらくの間、行動を共にしていた。

 傭兵部隊に入るには、ロボットガーディアンに乗れることが条件だったが、もとからセンスが良かったのか、トリムはその日にあっさりと乗りこなせてしまったのだ。その才能を買われ、トリムは部隊でもリーダーを任されたり報酬を吊り上げられたりと破格の扱いを受けていた。

 そんな傭兵部隊から逃げ出そうと決めた理由は単純なものだった。

 孤児出身であるトリムは、人の命を奪うことを特に嫌っていた。しかし、責任ある立場の人間としての役目を果たすために無理をして人を殺めることもあった。そのたびに、孤児自分たちを生み出しているような感覚に襲われて、次第に心を病んでいった。

 それを救い出してくれたのは、闘技場命を奪わない戦場スピード未来へと進んでいく感覚だった。

 ガーディアンを扱う技術がありながら命を奪うことを躊躇してしまうトリムにとって、闘技場はうってつけの場所だった。ある日、試しに闘技場に参加してみると、傭兵部隊として戦っている時にはなかった思い——喜びと誇りが湧きあがったのだ。


 そして、トリムは傭兵部隊を飛び出して、闘技場での戦いの世界に身を投じ、充実した生活を送れていた。

 文字通りの高速で勝利を重ねていくトリムは瞬く間に闘技場の人気者になっていった。しかしある日、飛び入り参戦した謎のガーディアンにあっけなく敗北してしまい、それ以降、スランプに陥ったトリムの人気はすぐさま失墜していった。

 トリムが落ちぶれていく姿を見たくなかった闘技場の関係者は、トリムに数週間の休養を言い渡した。いい機会だと思ったトリムは、思い立って故郷への帰省をしてみることにしたのだ。


 O市を爆走していたトリムは急ブレーキをかけてトラックを止めた。木の棒を杖代わりにしてヨロヨロと歩道を歩く、今にも死にそうな名も知らぬ少女の姿が見えたからだ。

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