修羅とロリ天使と生意気ショタ

 犯行現場から歩くこと15分。セクハラの被害者雪待紅葉からの尋問に応じることなく成宮容疑者は未だ容疑を否認している。なお決定的な証拠は見つからず、被害者の主観的証拠のみのため冤罪の可能性が高い。成宮容疑者は名誉毀損の賠償金と刑事保証を請求する意向を示している。

 とりあえず、事件の経過はこんなところだ。うん。

 自虐はさておき、染白小学校のグラウンドに来るまでの間には、さほど日差しの強さは変わらず、時折吹いていたそよ風の頻度が下がって夏の温度をひしひしと感じさせる天気になっていた。

 染白小学校は都会で言えば中規模なのかもしれないが、この辺では1番規模が大きい小学校ということもあってグラウンドも他のグラウンドと比べて大きいことに加え、グラウンドを囲うように植木がなされていることで緑が多く見栄えも良いことで有名だ。ちなみにその木はソメイヨシノで、春にはグラウンドの周りがピンクに染められる。ちなみにこの染白市はソメイヨシノの並木が市内各地に広がっていることで有名だ。染白市の名前もソメイヨシノであると聞いたことがある。

 グラウンドは校舎を挟んだところに位置しているため、染白小学校の校門をくぐり、校舎をくり抜くような形になっている連絡通路を辿る。俺は俺で初対面の小学生との邂逅に緊張していたし、紅葉は紅葉で気持ちを監督モードに切り替えたのか二人の足音だけが連絡通路にこだまする。連絡通路をくぐり終えた瞬間、目の前に広がったのは緑鮮やかなグラウンドが広がっていた。


「……どうやら今日はサッカークラブの練習日だったみたいだな」


 そう思うほどに緑豊かなグラウンドで8人くらいの男子達が揃いの野球のユニホームを着て、1つのサッカーボールを追いかけていた。

 どうやら最近のサッカークラブは野球のユニホームを着て練習するのがトレンドなのだろうか。

 まぁ確かにスライディングとかはやりやすそうだよね。半ズボンで土にスライディングとか正気の沙汰じゃない。この世のディフェンダーのサッカー選手にここに敬意を表する。

 しかも帽子を被っているので熱中症対策もバッチリ。ひょっとしたら野球のユニホームは屋外スポーツにおける最強のユニホームなんじゃないだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、隣の野球クラブの監督さんを見てみると、拳を力いっぱいに握り締めプルプルと震えていた。

「おい紅葉!?どうした……?」

 そして勢いよく息を吸い込んだかと思えば、その吸い込んだ息をボイスミサイルを撃つかのように声にして吐き出した。

「あーんたたちぃぃぃぃ!!!!!なぁぁーにを、、、しとるかぁぁぁーーッ!!!!!!」


 紅葉の発した怒声は隣にいた俺にはもちろん、一生懸命練習していた野球のユニホームを着ているサッカークラブらしき子供達を一瞬飛び上がらせた。当の紅葉は持っていた学生カバンを俺に放り投げ、土煙をあげながら子供達のところへと駆けていった。

 と同時にサッカーをしていた子供達は鬼が来たと言わんばかりに、変声期前の可愛い奇声をあげながらそれぞれ四方に散った。

 鬼は制服のスカートなんて構わず、1番近かった少しぽっちゃりした男の子に狙いを定め全力疾走。

 他の男の子達は自分がターゲットじゃないことがわかると、そのぽっちゃり君と鬼と化した紅葉をゲラゲラ笑いながら傍観していた。

 ゲラゲラと笑う小学生たちとは対照的に、俺は半ば呆れながらグラウンドを駆ける2人を眺めていると、グラウンドを囲う木でできた影でキャッチボールをしている野球のユニホームを着た2人組を見つけた。

 野球のユニホームを着てキャチボールをしているということは、正真正銘染白JSCの選手と判断していいだろう。

 仮にもコーチをやるわけだし、まともそうなあの2人に少し話を聞いてみようか。

 しかしキャッチボールをしている2人組としか判断できないくらい遠いところでキャッチボールをしていたので紅葉の学生カバンを仕方なく肩に掛け、グローブをはめていることをアピールするかのように近づくことにした。

 2人組は俺の進行方向と平行にキャッチボールをしていたため、片方は俺と向き合って、もう片方は俺に背中を向けてボールを捕って投げている。

 近くで改めて見てみると2人ともなかなか整ったフォームをしている。

 奥で向き合っている方は背もそこそこあるのでこいつは6年生か。対して俺に背中を向けているは少し小柄である。

 俺がある程度近づいたところで、俺と向き合っている方は見知らぬ俺に気づいて疑問の表情を浮かべた。

「やぁ、お2人さん。ちょっとこのチームについて聞かせて欲しいんだけど……」

 不審者と間違われないようにそれとない言葉を紡ぐ。

 俺が話しかけたことで俺に背中を向けていた方が振り返った。

「ん?お兄ちゃんどうしたの?」

 今、紅葉から逃走している変声期を待つ男子たちの高い声とは全く別物の可愛い声がした。

 そりゃそうだ。

 なんせ本物の女の子なんだから。

「えっ、えっ、えーっと……紅葉のお手伝いをすることになってだな……」

 驚きのあまり少しキョドったような風になってしまった。

 まるで友達のいないコミュ障じゃないか。いやそうだった。

 とにかくまぁ少し弁明させてくれ。普通の野球ユニホームを着た女子小学生ならまだここまで動揺しなかっただろう。しかし、幸運なのか不運なのかその女子小学生は俺をキョドらせるだけの可憐さであったのだ。

 大きく丸い二重まぶたの目、日焼けで少し赤くなった頬に、小学生のまだ未熟な四肢が野球ユニホームのラインで見て取れる。

 髪型は本来ボブなのだろうか。少し茶色がかかった髪を後ろで少し束ねている。束ねた髪が帽子の繋ぎ目からちょこんと覗いていて、まるで土に生える苗木のようだった。

 キョドる俺が不思議なのか首を傾げる姿がなんとも愛らしい。

 この姿を端的に形容するなら『天使』しかない、というほどにだ。この姿を引き出した俺のキョドりはナイスプレーと言えるだろう。

 グッジョブ、俺。

「紅葉お姉ちゃんのお手伝い?あー、あのサボリストを捕まえてこらしめるの?」

 なんだその手伝い。というかこの言い方はいつもこんな感じみたいじゃないか。

 しかしまぁ小学生なのにサボリストなんてなかなか上手い名前を考える。声に出したいくらいの語呂の良さ。

 そんなどうでもいいことを関心していると、2人組の片割れも近寄り会話に入ってきた。

「んなわけねーと思うけどなー。だってこらしめるだけならあの女監督で十分だと思うんだけど。まぁ…確かに毎回大変そうだけどね」

 やはりこの追いかけっこは毎度のことらしい。お約束芸と言ったところか。

「確かにそうかも……」

 マジ天使なロリJS(仮称)は片割れの考えに納得したようで傾げた首を元に戻した。

 本音を言えばもう少しその首を傾げる様を見たかったのだが、首を傾げずとも天使なのは変わらない。天使とはそういうものだ。

「じゃあお兄ちゃんは何のお手伝いなの?」

「……よくわかんないんだが染白JSCのコーチになれ、ってあの女に言われてな……」

 あの女とはご存知のとおり雪待紅葉である。

見た感じだともう5人くらいとっ捕まえており、捕まった子供達は容赦なくお尻ペンペンの刑に処されている。お通じがよくなるぞ。よかったな。

 紅葉は三々五々に散った子供達を器用に捕まえる。奴は野球をすることは出来ないみたいだが、普通に運動神経はいいらしい。ちゃんと練習すれば小学野球くらいの技術は習得できるんじゃないか?あっ、また1人捕まった。

「えっマジ!?お前コーチなの!?」

 怒髪天の紅葉を眺めていると男の子の方が驚いたように声をあげる。

 つーかなんだこいつ、現役中3をお前呼ばわりか。まぁ変態野郎よりはマシなのだが。

「あぁ、一応な」

 と当たり障りのない返事をして頷くと、

「よっしゃ!やっと野球教えてもらえるぜ!やったな!サユ!」

「うん!!これでキャッチボールとティーバッティング以外の練習ができるよ!」

 二人は向き合って満面の笑みを見せ合う。サンタのプレゼントを見つけた子供そのものだ。しかし一抹の不安が脳裏をよぎる。

「…もしかしてキャッチボールとティーしかやってなかったのか……?」

「「うん!!」」

 屈託のない笑顔。天然のショタとロリのその表情を複製にしたいと思いつつも、その練習内容の粗末さに絶望し頭を抱えてしまった。

「うん?どうしたのお兄ちゃん?」

 ガックリと膝を折り、頭を抱える男子高校生の姿をロリ天使は心配してくれた。

「いやなんでもないんだ……少しあいつの不器用加減に絶望しているだけなんだ……」

 確かに「何をしていいか分からない」みたいなことは言ってたが、流石に野球の練習でキャッチボールとティーバッティングだけだと……?

 2人でボールを投げ合う練習と、トスされたボールを打つだけの練習で上達するはずがない。

確かに基礎技術は付くかもしれないが、野球で最も重要なチームプレーの力が全く付かない。

「よくわかんねーけど、お前は俺らに野球を教えてくれるってことでいいんだよな!」

「あぁ……うん……」

 実はね。あーだこーだ言いつつも結構やる気だったんですよ。

 自分がコーチになるってなんかすごいじゃん?

 リアルパワプロじゃん?

 しかし箱を開けてみれば、メンバーの殆どはサッカーに汗を流し、これまでの練習はキャッチボールとティーバッティングだけ。

 ガチのリアルパワプロだったけどこれサクセスの落ちこぼれ高校の方だった。

 やる気の下がり具合がほんとにやばい。パワプロで言うなら、やる気絶好調からケガをして絶不調になる感じ。

 正直なところ、回れ右をして自宅に帰宅。そしてクーラーを効かせた部屋で麦茶を片手に甲子園を観戦したいところだ。しかし憂鬱モードな俺とは裏腹にロリ天使と生意気ショタは手を合わせて喜んでいる。

「スミくんやったよ!これでノックが受けれるよ!」

「だな!俺のカレーな守備を見逃すなよ、サユ!」

「うん!スミくんすっごく守備うまいもんね

!」

 憂鬱過ぎて解説するのも億劫なのだが、ノックとはノッカーとそれを受ける人で行う守備練習である。ノッカーは自分で打ちやすいようにボールを放り、そのボールを自分で打つ。ノックを受ける人がその打ったボールをキャッチするという練習だ。

 しかしこの2人の喜びようを見ていると俺の憂鬱モードがすごく申し訳なくなってくる。俺はノックなんてせずに一刻も早く帰宅したいのだけれど。風も弱くなったきたし暑いったらない。

 でもこんなロリ天使と生意気だが純粋なショタがこんなに喜んでいるのに帰宅するなんて申し訳ないどころか俺の良心が痛む。ここで帰ったらバチが当たりそうだ。

 うぅーむ。葛藤。

「じゃあさ!お前早くノックやれよ!コーチなら俺らの練習手伝うんだろ?」

 君、敬語って知ってる? ……あー。帰っちゃおっかな。小学生にお前って呼ばれるのほんとにイラっとくるんだけど。

 普通の優しい高校2年生なら笑って見過ごすところなんだろうけど残念ながら俺は優しくない。ちょうど執行猶予の監察官は元気に小学生と追いかけっこをしていて職務怠慢なうだから逃げるならこのタイミングだ。

 己の脳内で帰るコマンドを選択しようとしたその時。少女漫画さながらのピンクがかったそよ風がサユと呼ばれる少女を包んだ。


「お兄ちゃん!おねがいっ!」


「よぉぉぉおーーしっ!お兄ちゃんがんばっちゃうぞぉ!!!!」

 ロリには甘かった俺であった。

 天然の上目遣いと太陽のようなスマイルのロリ天使の命令とあればなんでもしよう。どうもなんだかやる気がみなぎってきた。空でも飛んでしまいそうな勢いだ。

 というかいい加減に脳内呼称がロリ天使と生意気ショタってのも改めなきゃだな。ロリとショタって呼び方はどうも変態臭がする。

「よし!これからよろしくな!俺は成宮柊、高校2年だ。これから一緒にやっていくんだしお前らの名前も教えてくれ」

 俺は名乗りつつ2人の名前を聞く。

「咲良 紗百合です!サユ、って呼んでほしいなっ!」

 先に教えてくれたのはロリ天使だった。さっそくサユと呼ばせてもらおうか。

「俺は澄人!前川澄人!うーん、呼び方は…… うん、お前に任せる!」

 じゃあこのまま生意気ショタでいいかな?思わず口に出しそうになったがぐっとこらえて

「お前はやめろ、コーチと呼べ、コーチと。さもなくばお前のノックは捕れないように左右に振り回すぞ」

「ほんとに!!際どいの打ってくれるの!?お前!早くやれ!」

 あれ?おかしいな、脅しのつもりで言ったんだけど。ここは振り回されるのは勘弁……って感じにコーチと呼ぶとこじゃないの?なんで嬉しそうなの?ドM?

 本当に嬉しいのか澄人は歓声をあげながら全力疾走で2塁と3塁の間のポジション、曰くショートのポジションへと駆けていった。

「スミくんはねー、ボール捕るのすっごく上手いの!お兄ちゃんびっくりするだろうな〜!」

「そうなのか?それは楽しみだな。サユ、お前も好きなポジション行っていいぞ」

「うん!わかった!」

 こくん、と頷き駆けていったのは澄人のところではなくピッチャーマウンドだった。

「……ひょっとしてサユ……ピッチャーなのか……?」

「そうだよ!サユね、捕るのはへたっぴだけど投げるのは上手いんだよ〜!」

「そ、そうなのか……」

 意外だった……

 女の子が少年野球をやるのは今時そんなに珍しいことではないが、ピッチャーをやる女の子は未だに出会ったことはない。

 まぁとりあえずノックをしようか。サユが置いていったボールを拾いあげ、ホームベースのバッターボックスに向かった。

 バッターボックスに入ったもののボールは1個しかないし、バットもない。

「おーい、2人とも、バットとボールはどこだ?」

「あー……めんどくさくて取ってきてない……お兄ちゃん、取ってきて……?」

 普通の小学生に取りに行けと言われても絶対に行かない自信があるが、今回ばかりはロリ天使、もといサユ様のご命令だ。どこへでも馳せ参じよう。

「オーケーわかった。どこにあるんだ?」

「えっーと、あっちの倉庫!」

「あっち?」

 サユがあっち、と言って指さした方向を向いて見たけれど校舎が広がっており、具体的にどこにあるか分からなかった。

「道具を置くところがなくて学校の屋上に置かせてもらってるの!」

 リアリー?屋上ですか……

 ノックをする上でボールはたくさん必要だし、バットも持ってこなきゃいけない。それを一人で屋上から持ってくるのは面倒くさすぎ……

「お兄ちゃん!おねがいっ!」

「オーケー!!!任せろぉぉっ!!!!」

 言うが早いか俺はホームベースからセンターのポジション方向への校舎へ全速力で走り出した。無気力が個性の俺(自称)が1度面倒くさいと思ったことをやるなんてどうかしてるかもしれない。

 お兄ちゃん、おねがいっ! は魔法の呪文らしい。

「お前早くしろよー」

 ショートのポジションにいる澄人の近くを走り抜ける時に澄人が鼻をほじりながら言うので

「お前覚悟しとけや!」

一喝してそのまま玄関まで一直線。

 そこにいたのは紛れもなくロリ天使と生意気ショタと、ロリコンの高校2年生だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る