夏の風は青春の1ページとスカートをめくる

月瀬 舞

夏の風がめくるのは青春の1ページか美少女のスカートか

 どういう風の吹き回しかはもう忘れてしまったが、右手に野球ボール、左手には愛用の内野手用野球グローブを携えて俺は近くのグラウンドへ向かっていた。

 おおかた夏休みの暇を持て余してか、夏休みの課題に嫌気がさしたぐらいのテンプレートな理由だったと思う。決して運動がしたくてしたくてたまらず外を飛び出してきたような純粋無垢なわんぱく小僧として玄関のドアを開けたのではないのは確かだ。だってもう17歳だし。高2だし。

  やはり8月なだけあって気温は高かったが、時折吹くそよ風のおかげか不快指数を著しく高めるような天気ではなかった。

 むしろ数匹の蝉が絶え間無く鳴き続けていることの方が、不快指数を高めていた。試合の時に無意味に大声を張り上げて打球を呼び込む球児を彷彿とさせていた。

 まだ15歳の俺、成宮 柊には、蝉の鳴き声に趣を感じることはない。ここで一句を詠んで風流を楽しむ江戸の文化を理解出来る日はまだ遠い。

 俺が歩いている道は民家が立ち並んでいていつもなら数匹は塀の上に寝転ぶ猫がいるのだが、暑さのためか塀の上ではなく、塀によって作られた影で寝転んでいた。それに倣うように俺も少しでも日を避けるように塀の影に沿って歩いていた。

 目的地のグラウンドは、俺の住む染白西小学校が管理するグラウンドである。午前中は染白西小学校の少年野球チームが練習して使えないので、わざわざこうして気温が一番高くなる昼下がりにグラウンドに向かっていたわけだ。

 俺の家からの距離は俺の家から1kmほど。部活に熱中していた頃は、毎朝トレーニングに出かけたものだ。その歩き慣れた道をグローブでボールを遊ばせながら歩いていた。ボールがグローブを叩く音がリズムを刻んでいた。

 家からグラウンドに向かうまでの3つ目の交差点を曲がったところだった。

 前方にはイヤホンをして歩く制服姿の少し赤みがかかった茶髪の女子学生が前を歩いていた。

 ここらではあまり見かけない制服だっただけに彼女の制服をまじまじと観察した。

 彼女は薄くピンクがかかったブラウスを肘あたりまで捲くって、膝上15cmくらいの青と深い紫のチェック柄のスカートを履いていた。毛先がカールした赤みのある茶髪。すらりと伸びた素足。どちらも、17歳思春期真っ只中の成宮少年の目がいかないはずがない。けれど数秒もすれば、どこの制服なのかを判断するためのマネキンになっていた。

……あぁ、少し街の方にある女子中学校の制服か……

 どこの中学校の制服なのか分かったところで、俺は再びグローブにボールを軽く投げつけながら、歩幅もスピードも変えることなく歩き続けた。

 どこの中学校なのか分かってしまえば、もう彼女の後ろ姿でさえ見ることもないはずだった。そしてごく凡庸な高校2年の夏が終わるはずだった。

 しかし10mほど彼女の後ろを歩いた時だったか。(ストーキングではない)

どことなく吹いていた夏のそよ風が突然に突風と化した。

「うおっ!」

 台風だったり、吹雪ほどの突風ではなかったけれど、あまりに突然強くなったので思わず声を上げてしまった。

「きゃっ!」

 コンマ数秒遅れて前方の彼女も声を上げて、おそらく女子だけが持つであろう反射でスカートを両手で押さえようとした。

 ……が間に合わず。

 白地に申し訳程度に小さくピンクのハートが散りばめられたパンツがあらわになった。真夏の日差しに熱せられたアスファルトの上に漂う蜃気楼が、夢の中であるように錯覚させた。

 さきほど言ったが、風が吹いた時にスカートを抑える行為が女子だけが持つ反射ならば、風が吹いたときにスカートへ視線がいくのは男子だけが持つ反射だろう。

 さっきは数秒もすればマネキンになったけれど、今回ばかりは違った。

 パンツがあらわになり、スカートがめくり上がり、重力に従って元のパンツを隠す通常業務に戻るまでの間、俺は目を離すことなく、余すことなく、ガッツリ凝視した。ガン見である。

 かといって凝視こそしたけども特別何かの生理反応はなく、鼻血なんかも出なかったけれど、風が吹いた瞬間に出してしまった驚きの声が、彼女のパンツを見た反応の声と勘違いされたかもしれない……と不安になった。

 あながちこの予想は間違っていなかったようで、彼女は俺の方に振り返り、キッとした目で前のめり気味に近寄ってきた。

 顔は後ろから見えていなかったので、初めて顔を見合わせたことになる。

 少し吊り目で顔の彫りも深く整った顔立ちで、スカートがめくれた照れだろうか、軽く頬が赤かった。

 少しばかりその顔に見とれてしまっている間に、7mほどあった両者の距離は、みるみる縮まった。

「この変態!!!」

 平手打ち。

 違った、グーパンチ。

 弁明する間も無く、思いっきり全体重をかけたであろう踏み込みから会心の右ストレートが俺の右頬にクリーンヒットした。もちろん天性の反射神経なんて持っていない俺には避けることはかなわなかった。

 元来、殴り合いにまで発展してしまうようなケンカをしたことがなかった、まぁ正確にはケンカが起こりうる関係になった人すらいなかった俺には、初めての感覚だった。人とケンカになるほど敵対しないように他人の顔色を窺って、かつケンカするほど本気で互いに向き合える友も持たずに生きてきた成宮柊の人生17年間初の感覚であった…

 数歩、後ろへよろめいたものの、なんとか地面にグローブをはめている左手を付けることだけは免れた。

 さしずめ野球人のプライド、といったところだ。グローブは汚したくなかったから。

 ただ痛いことに痛かったため、軽く右手で殴られた右頬を撫でていたところ目の前にいる女と再び目が合ってしまった。

「……」

「……」

 謝ればいいのかとも思ったが俺がスカートをめくったわけでもないし、謝る道理も見つからなかったので黙っていた。

 パンツなんてただの布だろうに。

 すると女の方から口を開いた。

「……見たの?」

 見てない。と言った方が穏便に済むのだろうけど、あんな綺麗にスカートがめくれてしまっているし、振り返った瞬間に目が合っているので嘘をつくのも無駄だと思った。

「…… 悪いな。視界に入ってしまった。」

「…… ふーん。見たんだ。」

「ちっ、見たからなんだってんだ。別に見たくて見たわけじゃないんだからな。視界に入ったんだよ」

 思わず反抗期の子供のように反応してしまったが、これが俺の本心だった。

 別に見たかったわけじゃないし。

 かといって見たくなかったわけでもないけれど。見せてくれるならお願いします、といったところだ。思春期なんで。

「1万円」

 彼女は手のひらを俺に突き出した。

「……は?」

「だから、1万円」

「……なんで俺がお前に1万円を払わなきゃいけないんだ?」

「うるさいわね、あんた、あたしのパンツ見たんでしょ?だったら払いなさいよ。」

 彼女はさも当然のように言ってみせた。

「まてまてまて!!さっきも言ったはずだ。見たくて見たわけじゃない。俺はスカートをめくったりなんかしていない!」

「あーやだやだ。男の言い訳なんて聞きたくなーい。見たものは見たのよ、早く払いなさいよね」

 彼女は呆れたように右手を振る。こっちが呆れたい。

「わかったわかった!百歩譲って見たとしよう!だがなんでお前に金を払わなきゃいけない!」

 そう言ったところで彼女はキョトンとした顔をした。

「え?パンツチラ見せ料よ。ちなみに手つなぎは5000円だし、今はこうして話してるけど会話料は1000円よ。」

 彼女はまたもや当然のように言った。

 キャバ嬢なのか、お前は。キャバクラ行ったことないけど。

 第一チラ見せ料って……故意に見せてるんじゃねえか……

「……まぁ、私から話しかけたわけだから会話料だけは免除してあげる。感謝しなさいよね」

「はぁ……そういう問題じゃないんだが……つまり1万円ってことか……」

 生憎というより幸運にも、財布は持ち合わせていなかったので、適当な口約束をして逃げようとしたのだったが。

「は?何を言ってるのよ。パンツチラ見せ料に加えて、目を合わせた料に、太ももガン見料に、こうして私の尊い時間を消費しているのだからその料金も取らないとね」

 勘がいいのか、自分の太ももにかなりの自信があるのか分からないが、太ももを見ていたのがバレていた。

「はあ!?少なくともガン見はしてない!」

「なんだ、やっぱり見てたのね。変態に酌量の余地はないわ。早く払いなさい、10万円」

「ハメられた!そしてすげぇ増えてる!パンツチラ見せが1万円だというのに!太ももをちょっと見ただけで9万円もするのか!」

「なにを勘違いしてるの?太ももチラ見料なんて8千円よ。目を合わせた料8万2000円ね」

 もう返す言葉もない。

 この時代はどうやらJKと目を合わせただけで、お金をとられるらしい。あぁ理不尽な世界。目を合わせて話をしなさいと先生によく教えられたものだったのだが。

「あーはいはい。だが、すまん、生憎財布を持ち合わせていない。次会った時に払うさ。予定も詰まってるし、ここらで」

 もちろん予定なんかこれっぽちも詰まってない。まだ田舎の路線バスの本数の方が詰まってる。

 財布を持ち合わせていないとはいえ、高校2年生の俺に10万円なんて大金はふところにないし、これからはこの腐れビッチに会わないようにと灼熱のお天道様に祈って俺は立ち去ろうとした。

「予定が詰まってるようには見えないけどね」

 名前も知らない彼女は目を細めて疑る表情を見せて、こう続けた。

「そんなことよりあなた、野球をしにいくの?」

「ん?まぁ、そんなところだ」

 個人的には少なくとも2人で投げて打ってというものが野球であり、1人で校舎の壁にボールをぶつけて遊ぶのは野球ではないと考えている。

 ちなみに俺がこれから行うのは後者である。後者の校舎の壁でやるのである。友達あんまりいないから。

「そう…… 」

 突然彼女は今まで見せなかった表情を見せた。先ほどまでの、自信に満ちた、凛々しい表情から一転、少し切なげな表情をして俺の左手のグローブに目を向けていた。

「野球…… 上手かったりするの?」

 彼女は目線を俺の顔に戻した。それはまるで上目遣いをした小動物の目だった。

「っな……」

 先ほどの太ももチラ見せ料やらなんやらのおかげで霞んでいたが、外見だけはかなり可愛いのだ。

 おそらく地毛であろう赤みのかかったカールした茶髪に、透き通った蒼色の瞳。

 肩まで伸びる髪が風になびいていて切なげな表情を際立たせた。

 100人が100人振り返る、まごうことなき美少女が俺の目前にいた。

 そんな美少女に上目遣いとギャップによる大幅補正を加えてしまえば、見栄を張らない男子はいない。

「まぁ…… そこそこにはな……」

 自分でベタ褒めするのもアレだったので、謙虚な感じで言っておいた。自分で自分を褒める時点で、謙虚なのかも疑わしいが。

「見たところ高校生よね?髪は長いから野球部には入っていないのかしら?」

「あぁ、中学で野球はやめた。やめたっつっても野球部には入らなかっただけでこうして趣味でやるんだけどな」

「なるほどね。中学時代には大きな大会とかには出たりしたの?」

「……いや、ほとんど1回戦止まりさ」

 なんでそんなことを聞いてくるのか疑問であったが答えてしまった。

「なによ…… そこそこ上手いって言わなかった?」

 1回戦止まり、と聞いた途端に彼女は目を細めて疑いの目を俺に向けた。

「チームスポーツにおいて、チームの勝敗で個人の実力を見定めるのはナンセンスだな。まぁ1回戦止まりでも、俺には県の選抜メンバーの招集の案内が来たりしたんだぜ?そこそこって言っても過言じゃないだろ?」

「はぁ⁉県の選抜!?なによ……超絶上手いんじゃない……」

 彼女は細めていた蒼色の瞳をまん丸にして声をあげた。超絶という形容がどれほどのものなのかは分からないが、上手いと言われて嬉しくないわけがない。

「そのグラブを見ると内野手一刀流ってとこかしら。内野手一刀流で県の選抜の召集がかかるなんてかなりの強者じゃない……」

 彼女の言う通り、県の選抜の定員の中でも特にピッチャーは多く選ばれるのが当たり前だ。中学校の軟式野球とはいえ疲労は溜まるし、県の選抜に選ばれる奴は高校野球を続ける奴がほとんどで、この先の野球人生を考えれば無理をさせることはできない。よってピッチャーは他のポジションよりも選手層が厚くなるように多く選出され、ピッチャーを兼ねる内野手や外野手はともかく専業野手の枠はかなり狭いのだ。

 まぁ性格はさておき、外見だけは人一倍美しい美少女にそんな風に言われて照れない男子はいない。おそらく俺の頬は赤くなっていただろう。

 そんなデレデレモードの俺はふと我に返った。

「……ってお前野球ファンなのか?女にすりゃ詳しいじゃねえか」

 県の選抜事情を知っていたり、グローブを一目見ただけでポジションを見分るなんて野球経験者か野球ファンくらいしかできない。ましてや女性の野球ファンなん顔やスタイルが整った野球選手やお気に入りの球団を応援するだけで、グローブに興味を寄せるなんて珍しい。

「まぁそうね。野球は好きよ、とっても」

 そう言って彼女は頬を緩ませ、グローブをつけたままの俺の左手を取り、そっとグローブを撫でた。グローブ越しに触られた彼女の手の温かさが伝わるように感じるようなときめきとそれに伴う緊張が俺の体を硬直させた。

 わずかに微笑む美少女の姿はまるで美術品を見ているかのようだった。

「ふっ。にわかの野球ファンじゃないみたいだな」

「野球ファンなんてものじゃないわ」

「は?野球が好きっていったじゃねえか。あ、ひょっとして甲子園ファンなのか?」

 疎い者にはプロ野球ファンと甲子園ファンは一緒のように思うかもしれないが、両者には確実に楽しみ方が違う。

「甲子園ファンでもないわ。……むしろ目指してると言ってもいいわね。土俵はちがうけれど」

「ん?土俵?お前マネージャー志望なの?」

「それも違うわ」

「は?どういうことだ?マネージャー志望でもないのに甲子園目指すってよく意味が分からないし、そもそも土俵ってどういう……」

 ――吹奏楽かチアリーディングで自分の高校を応援するってことか?

 混乱する俺は、考えうる最後の可能性を口にする前に衝撃的な言葉が、彼女から発せられた。


「カントク――」


「私は……少年野球チームの監督よ」


 誇らしげに言うわけでもなく、胸を反って自慢するわけでもなく、彼女は自信なさげに目をそらし、夏のそよ風に消えてしまいそうな声でそう言った。

「私のおじいちゃんが少年野球チームの監督をしていてね。だけど1ヶ月前くらいから体を悪くしちゃって、知ってる人で野球チームの子供達の面倒を見てくれる人がいなくて今は私が子供達を見てるわけ。土俵が違うってのは高校野球と少年野球ってこと」

 道理でグローブの種類が分かるわけだ。こいつはただの野球ファンではなかった。

 監督なのにグローブの種類なんて分からないわけがない。

 おそらく甲子園を目指すっていうのは、今はまだ小学生だけれど高校生になって甲子園に行けるような選手にしてあげたい、ということだろう。祖父の緊急代打バッターであるのにここまでの気概は見上げたものである。

「そうなのか……監督だなんてお前もかなりの強者じゃねえか」

「強者なんかじゃないわ。監督なんて名前だけよ。私がどんなに張り切っても上手くいかなくて……」

 彼女と初めて目を合わせた時の威勢は風とともに消え、今あるのは、誰にも相談できないような悩みを抱える、ただの女子高生だった。

 ふいに彼女は太陽が照りつける空を見上げ、風に流れる雲に問いかけるかのように雲を見つめていた。

 俺はなにも言うことが出来ず、彼女に倣うように雲を見上げた。同情と彼女に対する興味からその場を立ち去ることができなかったのだ。

 2人で空を見上げること数10秒。彼女は何かを思いついたように視線を俺に戻した。俺はそれに気づき、再び彼女と目を合わせた時にはもう彼女の切なげな顔をしておらず、にんまりと口の端を吊り上げ先ほどまでの小動物から高飛車性悪ビッチの表情へと変貌していた。

 その表情は何かを企んでいるようで、ギクリと血が冷えた。

「どうせあなた10万円なんて大金は用意できないでしょ?」

 本当に徴収するつもりだったのか……と思いつつ、こいつは高飛車性悪ビッチだということに確信を持ったところで彼女はこう続けた。


「執行猶予として……私のチームのコーチになることを命ずるわ」




 んでもって今。

 俺は当初の目的地であった染白西小学校のグラウンドではなく、染白小学校のグラウンドへと向かっている。

「そう言えば名前を聞いてなかったわね。私は雪待紅葉。あなたは?」

「俺は成宮柊。なんかお前、見た目のわりには和風な名前をしてるんだな」

「何よ、その言い方。それにお前じゃなくて、く・れ・は・さ・ま。執行猶予の身分でお前呼ばわりをするなんて身の程を知りなさい」

 俺は思わずこめかみをおさえた。

 やはり完全に高飛車性悪ビッチだ。こんな奴に様呼びなんて死ぬほどごめんだ。

「あーはいはい。紅葉様。コーチに仕立てあげられたからにはチームの人数だけでも早いところ把握したいんだが」

「染白ジュニアベースボールクラブ!略して染白JSC!人数は12人よ!」

 紅葉はその染白JSCという略称を気に入っているのか少しキメ顔をして言ったが別に名前は聞いてない。ってか普通に知ってるし。というのも小学校の頃の俺は染白小学校ではな、染白西小学校に通っていたのでその学区の染白西ファイターズに入っていた。なので隣の学校ということもあり、よく染白JSCとは練習試合をしていた。

 ……しかし、今になって思うと染白JSCってちょっと卑猥な響きだな。意味は察してくれ。

「12人か……だいぶ人数減ったんだな……」

 俺は思春期男子の略称連想を無理矢理かき消すように幼年期の記憶をまさぐる。

確か俺の小学校の時は20人はいたと記憶してる。

「正直に言うと6年生が抜けちゃったら8人になっちゃってチームが組めないのよね……なんとかして1人は集めないと……」

 確かに俺が小学生の時よりも子供の数は減ってるし、家で1人で出来る遊びも増えたからな……

「……ってもう8月だろ!?6年生の引退なんて9月くらいじゃなかったか!?」

「そうよ!だから焦ってるんじゃない!そうでなきゃあんたみたいな変態野郎にコーチなんて頼まないわよ!」

 どうやらまだ俺の弁明は伝わってないらしい。視界に入っただけだと言うのに。

「だぁれが変態だ!!見たくて見たわけじゃない!問題があるのはその短いスカートだ!むしろその短いスカートを履いているお前の方が変態だ!この破廉恥娘!」

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことと言わんばかりに俺は言い返した。

「ふっ、つまりはこの美しすぎる太ももが罪だということね。あぁ私はなんて罪な女なのかしら……」

 俺は思わず自分の鼻の付け根をつまみ、ため息をついた。生粋の高飛車性悪ビッチが降臨していた。

「変態野郎の変態度合はともかく、意外と子供は単純だから大会で優勝したりすれば自分の友達に自慢するだろうし、そういう噂を聞けば入ってくれる子もいると思うのよね」

「言っておくが最初から俺の変態度合の話にはなっていない。それから変態野郎はやめてくれ。絶対小学生達にバカにされる」

 小学生達に変態野郎と呼ばれるなんて一生の屈辱だ。しかもこの高飛車性悪ビッチに名付けられた、というのも鼻につく。

 紅葉は、別にそれでもいいじゃない、というふうに笑みを浮かべたあとすぐに真面目な顔に戻り言った。

「とにかく絶対に6年生が引退する前に大会でいい成績を収めなきゃならないの。私は野球は確かに好きだけど実際に野球をやってたわけじゃないし、何をすればいいかもわからない。教えるのにも限界があるわ。柊、あなたには少しだけど期待してるのよ」

 紅葉は歩きながらもしっかりと俺の目を見つめた。

 冷静に考えればついさっき会った女子の無茶苦茶な頼みを聞き入れグラウンドへ歩いているという事実は、他人と密な関わりを避けてきた俺にとっては異例であった。自ら内心で首を傾げているくらいだ。時空の歪みや宇宙の法則の乱れであろうか。

 ただ一つだけ言えることがある。この見目麗しい雪待紅葉という女子に対する下心のような理由でこの依頼を引き受けたわけではないということだ。これは思春期男子特有の照れ隠しではない。俺は彼女の青い瞳の中に、彼女の覚悟と信念を見出したのだ。そして誰でもない俺がこいつの力になりたいと思ったのだ。

 こうして高校2年生の一般的な夏休みにピリオドが打たれ、ある種の異世界生活が始まったようであった。

 まぁだらだらと俺の所信表明じみた文言を言い連ねたけれども、外見だけはいっぱしの美少女に呼び捨てで呼ばれ、こうも頼られてしまったら助けないわけがない。

 女の子ってずるいよね。ほんと。

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