レイルス魔導工房の軌跡
海星めりい
第一章 ~魔導工房を立て直せ 師匠の残した最後のクエスト編~
第1話
「あんまり変わってないなー」
そんなことをつぶやいて、レンガや石垣で綺麗に舗装された街並みをキョロキョロと、少しせわしなさそうに眺めながら歩いて行くのは一人の少年だ。
大体身長は五フィート半よりも少し大きいくらいだろうか。
少年らしい活発さと青年のような静謐さを併せ持つ、整った顔立ち。髪は炎を思わせるような鮮やかな赤色。
そんな少年の格好は動きやすそうな服にハードレザーやガントレット、ブーツといった所謂冒険者の格好だ。体つきは細いようにみえるものの、服と鎧の上からでも引き締まっているのがわかるほどであった。
さらに、剣と銃が一体化したような中型の武器が一本少年の背にはある。
着ている服のすり切れ方といい、使い込まれた革製品特有のくたびれた光沢を放っている鎧といい、いっぱしの冒険者といった風貌ではあるものの、妙な宝石のついた短杖が否定するかのように腰に備え付けられていた。
行き交う人々を横目に、大通りから郊外への道へ向けて曲がろうとしたときだ、
「もしかして、レイルスか!?」
「うん?」
唐突に自分の名を呼ばれ、少年――レイルス・フライハイトはその声のする方を向く。すると、そこには筋肉質で体格のいい金髪の美丈夫が、木箱を持った状態で立っていた。
レイルスも鍛えたつもりだったが、目の前の美丈夫には敵わないだろう。足も腕も丸太のように……とまでは言い過ぎかもしれないが、それ程太く感じるほど鍛えられていた。
美丈夫はレイルスが振り向くと、その瞳を観察するように軽く上下させる。その視線に気付いたレイルスは、若干身じろぎするものの特に彼から敵意は感じなかった。
すると確信をえたのか、
「やっぱりレイルスだ! 久しぶりだな!」
『ニカッ!』という効果音が付くほどの笑みで、口元から輝くような白い歯が顔を出した。
どうやら、この美丈夫はレイルスのことを知っているようであった。
(ええと、誰だろうか……。師匠……なわけないし、ティーダ……は違うな。こんな話し方はしない。となるとヨシュアか? いやでもアイツ金髪じゃ無かったし――……)
ただ残念なことにレイルスには目の前の美丈夫について思い当たる人物がいなかった。どれだけ頭を捻っても、自分が知っている友人や知り合いとは重ならない。
「もしかして、わからないか?」
そんなレイルスの雰囲気が伝わったのか、少し残念そうに目の前の美丈夫が告げてくる。レイルスも申し訳ないと思いつつも素直に白状する。
「ごめん。どうにも覚えていないみたいだ」
「まあ、旅していたレイルスには分からないか。俺だよ、グランツだ!」
「嘘だろ!?」
レイルスの記憶にあるグランツと、目の前の美丈夫の姿が微塵たりとも一致しない。それもそのはず。グランツは確かに金髪だったが、レイルスよりも背が低く、もっと細身でひょろひょろしていた。
いつも大人しくて口数が少なく、ティーダや他の友人達に引っ張られるように遊びに連れ出されては、体力がきれて地面にぶっ倒れるような少年だったのだ。
そんなグランツが何処をどうしたら、旅に出ていた自分よりも体格が良くなっているなど想像出来るわけも無い。
「その様子じゃ覚えてはいたみたいだな。俺はすぐ分かったぜ、あの特徴的な赤い髪とそのまんま成長したような顔つきでな」
「あ、ああ。そういうグランツは随分と変わったな。本当に分からなかったよ」
レイルスは未だに信じられない表情で金髪の美丈夫――グランツを見つめる。その口元は微妙にひくついていた。グランツはそんなレイルスの様子に気付かないようで、あっけからんと笑っているだけだ。
「親父の店を手伝うようになったら、自然とこうなっただけだからな。特に意識して何かしていたわけじゃ無い」
「そういえば、グランツの家は武具工房だったな」
それでか、とレイルスは納得する。最近、自分はあまり武具工房に行くことも無くなったが、毎日、武器や鎧の材料になる金属鉱石や完成した武具を運んでいればそうなってもおかしくない。
この言い方だと、体力がいるはずの武具の作成もしているのかもしれない。そんな環境にいたのならば、成長するにつれ、自然と筋肉など付いていくものだろう。
「他のみんなはどうしてる?」
「そうだな……俺みたいに家が店の奴は見習いとして手伝いをしてるよ。別の街に出て行った奴もいるが、お前が一番驚くのはクラリスだろうな」
「クラリス?」
いや、どちらかというと目の前のグランツ以上に驚くことは無いと思うのだが、グランツはレイルスが間違いなく驚くと確信しているようでニヤリと笑った。
クラリスの名前はレイルスも良く覚えていた。あのみんなを振り回すお転婆娘の事だろう。男勝りな性格とショートヘアーがよく似合う少年みたいな少女。いつもどこかに傷を作り、家に帰れば母親に怒られる声が街に響いくことでも有名だった。
「アイツは今、冒険者になっていてな。この街にいないんだよ」
「へえー、本当に?」
「なんだなんだ、反応悪いな」
レイルスのリアクションが思っていたものと違ったせいか、グランツは残念そうに口を尖らせる。
そんなグランツの様子にレイルスは少し申し訳なさそうに苦笑するだけだった。
クラリスが冒険者になっているというのは確かに驚く内容ではある。
ただ旅をしていたレイルスからすると女性が冒険者であることは、そこまで珍しい事では無いのだ。現にレイルスの知り合いだけでも一人、二人ならばすぐに浮かぶ。
それに、レイルスの記憶の中に存在するあのクラリスならば、さもありなん、と思ってしまった。少なくとも軟弱少年が筋肉美丈夫に変わるほどのインパクトは無いだろう。
「いや、悪い悪い。なんかしっくりくるイメージだったから」
「そうか? いや、そんなことはないと思うんだが……うん? アレってレイルスが出て行った後だったか……?」
「え? 何かあったのか?」
「気にしないでいい、気にしないでいい。どうせいつか帰ってくるだろうから、その時の楽しみにとっておけ」
「なんだよ、それ」
レイルスとしては教えてもらいたいところなのだが、グランツどこか悪戯小僧のような笑みを浮かべたまま口をつぐむ。どうやら、内緒ということらしい。
「で、レイルスが帰ってきたってことは、もう一人前の魔導技師に慣れたのか?」
グランツは先ほどとは違い少し真剣な眼差しで問いかける。どうやらレイルスが旅に出た理由を覚えていたらしい。
「まだだな。今から最終試験を師匠に出してもらわないと。公的な免許というか、肩書きがないと半人前から上がれないしね。まあ、言われていたことは全てやったんたけど」
「やっぱ魔導技師になるっていうのは大変なのか?」
「どうだろうな。特別師匠がいい加減って可能性も否定できないんだけど、魔導工学と錬金術の両方を学ばないと行けないしなぁ。最近は遺跡の出土品も多くなってきてるし、学ぶ内容が多かったのは事実だな。旅に出ないと分からなかったことも結構あった」
へえ、とレイルスの話を聞きながら頷き、納得したような表情を見せるグランツ。自身も見習いという立場だから共通点もそこそこあるのだろう。
「それで、師匠の工房の場所って変わってない? そこに行こうと思ってたんだけど」
師匠の工房は、レイルス自身、育った街ゆえにどこにあったかは覚えているのだが、あの突拍子もない師匠のことである。迷惑を掛けて、街から追い出されている可能性もゼロではない。無駄足にならないよう一応グランツに聞いておくことにした。
「ああ……あそこはなあ……」
「まさか、街から退去させられたのか!?」
「それはないんだが……」
最悪の状況ではなかったようだが、どうにもグランツの歯切れが悪い。何かあったのかと訝しがるレイルスだったが、
「まあ、いけば分かる。場所は変わってないからな、俺も仕事の途中だからそろそろまずい。後で残っている知り合いには伝えておくよ」
「お、おう。じゃあ、またな」
少し強引にグランツが話を打ち切り、聞く機会をのがしてしまう。そんなに話しにくいことなのだろうかと、レイルスは人に紛れて消えていくグランツの後ろ姿を思案顔で見送る。
けれども、行かないという選択肢は始めから存在しない。
レイルスはとりあえず向かうしかない、と意識を切り替え、師匠の家でもあり、最初に自身が魔導技師という存在を知った工房へ向けて歩き出した。
レイルスがたどり着いたのは、街外れにある『魔導工房 クレメール』と書かれた看板が掲げてある建物。
普通の一軒家よりも少し大きいが、そこまで差があるわけではない。周りに他の建物が無いせいか少し寂しく感じるが、同時に懐かしさも覚えていた。
こんな郊外にある原因は、爆発や異臭などの騒ぎを師匠が起こしたためである。苦情が来たことにより、引っ越しせざるをえなくなったことはレイルスの記憶によく残っている。
「ん? 鍵がかかっている?」
扉を開けようと取っ手に力を入れるレイルスだったが、ガチャガチャと音が鳴るだけで開かない。
この時間だから、工房自体は開いていると予想していた。
「出かけているのか? それとも寝ているのか?」
何処かに出かけているのが普通だが、工房の二階は寝室になっているため、昨夜に実験をしていた師匠がグウタラと寝ているなどという可能性もある。
「まあいいか、ええと鍵は何処に閉まっていたっけな……」
鍵自体は旅に出て行くときに渡されていたものがあったので、それを使って扉を開けた。万が一鍵が変更されていれば、中に入ることが出来なかった、とホッと息をはく。
使い古された扉を開くとキィッと軋む音がなった。
「師匠? 師匠ー! いないのか……ってほこりっぽい!?」
レイルスが呼びかけながら建物内に入ると、ブーツによって埃がフワリと舞い上がる。二~三日程度で溜まる埃の量ではない。下手すれば年単位ものだろう。
「おいおいおい、どうなってるんだコレ!」
予想もしていなかった惨状に、いろいろなところを旅してきたレイルスも動揺を隠せない。
人が来ている様子は無かったが、魔導工房自体そこまで繁盛する店かと言われたら首を傾げる。つまり、いつものことではあるのだ。
さらにいうならば、レイルスの師匠は魔導技師の中でも独特な人だった。こんな所にはよほどの用がなければこないだろう。
日の光があまり入ってこないためか、それとも明かりがないせいかは分からないが、妙に不気味に感じる工房内をレイルスは見渡しながら歩いて行く。
「うわっ、とっ!」
少し歩いたところで足が何かに引っかかった。
「なんだ、コレ?」
薄暗いせいでよく見えないが、ぶつかった衝撃で僅かに転がった物体に近づき、一体なんなのかと目を凝らす。
それは妙に細長く、白い筒状のものだった。先の方には五つの筒みたいなのがある。
なにか何処かで見たような形をしている。
でも思い出せなかった。
何処で見たんだろうかと頭を掻こうと手を上げたときだ、コレだとレイルスは気付いた。
――そう人の腕だ
「殺人事件!?」
自分が何に引っかかったのか、気付いたレイルスは驚きのあまり声を上げる。
だが、その腕の周りには血などは流れ出ておらず、渇いたような後もない。
不審に思いよく観察してみると、人間の物ではなかった。
落ちていた腕を拾い、触ってみると人の皮膚のような外皮と中に金属製のフレームがあるのが伺える。
「これは
魔導人形とはその名の通り、コア・ユニットにエネルギーを蓄積し消費することで動く人型の機械。
各地の遺跡などから出土した技術を参考にして作られた魔導人形は、魔導工房の錬金術と魔導工学を組み合わせた、集大成の一つともいえる作品である。
近くに、コレが着ていたと思われる服があることから、この魔導人形が動いていたことは疑いようがない事実だった。
「でも、なんでこんな所に魔導人形が、師匠が作ったのか?」
旅に出る前は魔導人形など存在していなかった、自分が出てから作ったのだろうか。
すると、工房の一角に便箋のようなものが置いてあるのに気付く。
レイルスは手に取ってみるとやや文字は薄くなっていたが、それは自分宛のものだった。
『君がこの手紙を見ているということは、私はもういないということだろう』
「え……? 嘘だろ……」
レイルスは少し焦った様子で手紙を読み進める。
が、すぐに脱力した。
『 ちょっと旅に出てくる。
戻ってきたときに私がいないと困るだろうから、
魔導人形である彼女を置いておく。
管理は全て彼女に任せてあるから、
最終試験についても彼女から聞いてくれ。
追伸 私が帰ってくるまで工房はキミに任せよう。
彼女を助手として、頑張ってくれたまえ!
キミの成長に期待している!
稀代の天才魔導技師ヴァネッサ・クレメールより 』
この人を妙にイラッとさせる文章は師匠特有のもの。そして、この色落ちして薄くなったインクからは随分前に書かれたものであることを意味している。
呆然とした状態のままレイルスが周りを見渡せば、機能していない魔導人形に、中身が空で使えない調合ツボに、逝かれた機材。何一つとして使えるものなどなかった。
師匠がわざとやったのか、それとも偶然こうなっているのかは分からないが、最終試験などがなんなのか分かったとしても、すぐに出来るものではないだろう。
「あのクソ師匠――――――!!!!!」
状況を全て理解したレイルスの怒りが頂点に達するのも無理はなかった。
一人前になるための試験どころか、工房そのものを立て直す必要になった半人前の魔導技師、レイルス・フライハイトの数奇な軌跡はここから始まる。
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