四月第三週 火曜日 二限目

 俺は今、非常に困惑していた。

 俺は一般教養の講義を受けるために教室にたどり着き、一番後ろの席に座って、板書用にノートPCの電源を入れ、Wind○wsを立ち上げた後、メーラーを起動させたところだった。

 この講義はTw○tterで火曜日二コマ目は何にしようか悩んでいるつぶやきをした時、大島さんからこの講義はレポートのみで楽に単位が取れるからお勧め! と教えてくれたため履修したものだ。

 大島さんが何でこの講義が楽だというのを知っていたのか疑問に思っていたのだが、教室に入って納得した。小川先輩が俺に手を振ってくれていたのだ。きっと大島さんも、小川先輩からそのことを聞いたのだろう。

 では何に俺が困惑しているかだが、それは俺がノートPCの電源を入れた辺りで、教室の一番前に座っていた女の子が自分の荷物をまとめて突如立ち上がり、空いていた俺の前の席で立ち止まったからだ。

「……おはよう」

 相変わらずだるそうに、ぼそっと何かつぶやいたピンクのフレームメガネをかけた彼女は、俺の前の席に座った。

 ……え、何? 何が起こったの?

 話しかけられたことが衝撃過ぎて何も返事が出来ないでいると、Wind○ws上で立ち上げていたメーラーが、メールが届いたことを告げるアイコンを表示した。

 昨日の『実習Ⅰ』の授業で、メーラーの設定をしたのだ。これで大学のアカウントでメールのやり取りができるようになった。

 ……でも、一体誰からだ? 送信先のメールアドレスのドメイン名が大学のものであることを確認し、俺はメールを開いた。

『件名:なし 本文:FPSやってるの?』

 ……は? え? 何? 何のこと? っていうか、誰?

 疑問符しか浮かばない俺は、『誰?』という疑問の解が出せそうなことに気がついた。

 メールの送り主のメールアドレスを、よく見る。大学のメールアドレスは、講師のものだった場合は講師のフルネーム、学生だった場合は学生番号。学生番号には入学した年度と、所属している学科の略名、そしてアルファベット順に番号が振られることになっていた。これを元に学内のイントラネットで検索をかければ、誰から送られてきてるのかわかるかもしれないと、俺は思ったのだ。部活の大会で表彰されたことがある学生は、学生番号と共に学内のイントラネットに掲載されることがある。

 ……まずは、アドレスを解析しよう。えっと、どれどれ? 学生番号だな。てことは先生ではない、っと。学年は、俺と同じ? 学科も一緒じゃねーか! 待てよ? イントラネットの『実習Ⅰ』の講義資料に、誰がどのクラスになるかが書かれた一覧があった気がするっ!

 ブラウザのお気に入りに追加していた講義資料のページに飛び、リンクをたどって座席表が掲載されているページへアクセス。思った通り学生番号も記載されている。メールの送り主の学生番号を、ブラウザの検索機能を使い検索。

 送り主の名前が、分かったっ!

【渡部 茜】

 ……ってお前かよ! つーかお前の後ろに、俺いるじゃねーか!

 メールの送り主を調べている最中に講師が教室に到着しており、講義が既に始まっている。始まっていなかったら、俺は確実に叫んでいる。

 板書を一通りキリのいいところまで取り終え、俺はメールの返信を作成した。

『件名:Re: 本文:おはよう! さっきは挨拶返せなくてごめん。FPSやってるよ! どうしてそう思ったの?』

 ……ま、まぁ、こんなものか。本当は何で直接話してくれないの? とか聞きたかったが別にいいだろう。板書も取らないといけないしね。返信、っと。さて、どこまで写したっけな?

 板書の続きを写そうと俺が顔を上げたのとほぼ同時に、再度メーラーが『メールが届きました』というアイコンが表示させた。いや、アイコンの表示の方が速かったか? とりあえず気を取り直してメールを確認する。

『件名:Re2: 本文:昨日授業中にヘッドショットって言ったから』

 ……えっと、何が? あ、これひょっとして俺の『どうしてそう思ったの?』ってメールに対しての回答か? 昨日そんなこと言ったっけな、俺? まぁいいか。と思っているとまたメールを知らせるアイコンが。

『件名:Re3: 本文:どのゲームでやってるの?』

 ……何だこの食いつきは。俺が初めて話しかけた時にこれぐらいの反応をしてくれたらよかったのに。まぁ、とりあえず返信は後回しにして板書を――

『メールが届きました』

 ……いや、俺返信してないじゃん? 何返信するんだよ。今は板書を――

『メールが届きました』

 ……板書を、

『メールが届きました』

 ……おい。

『メールが届きました』

 ……いやいや、ちょっと。

『メールが届きました』

『メールが届きました』

『メールが届きました』

『メールが届きました』

『メールが届きました』

『メールが届きました』

 ……速い速い多い多いそして怖いぃぃいいい!

 何なんだよさっきから! 板書を写そうにも気になってそれどころじゃねーよ!

 渡部さんとのやりとりはメールで行うべきではないと判断し、俺はブラウザで昔作って今はほとんど使っていない自分のホームページにアクセス。チャットルームを新規に開設し、そのURLとパスワードを渡部さんに送る。

 アプリ開発の覚書などは全てブログかSNSに移動しており、このホームページなんて一年以上触ってなかったのだが、まさかこんなところで役立つことがあるなんて思わなかった。レンタルサーバの代金が自動引き落としじゃなければ、確実にもうこのホームページは存在しない。たいした金額じゃなかったのでずるずる残していたのが幸いした。

『件名:Re31: 件名:メールじゃ話しづらいから、このURLのチャットルームで話そう! パスワードはこれねっ!』

 ……ってRe31? どれだけ連続でメール送ってるの渡部さん!

 自分で開設したチャットルームで待っていると、すぐに来訪者がやってきた。

 

<入室>:A-Goldさんが入室しました。

 Qilin:渡部さん?

 Qilin:中嶋です

 

 定型文を打ち込みながら、黒板に目を向ける。

 ……あー、やっぱり授業進んでるよ。後で誰かに写させてもらわないと。

 小川先輩は、いや流石に先輩にいきなり頼るのはちょっとなぁ。この講義を進めてくれた大島さんにお願いするのが筋だろうか? いや、講義サボって筋も何もないんだけど。

 ちらりと大島さんと本西さんに目を向けて、視線をノートPCの画面に戻す、ってすごい勢いでログ流れてる! 読めない読めない追いつけないよ!

 頑張って読んだ結果を要約すると、お勧めのFPSがあるから一緒にプレイしない? あ、でも中嶋君のノートPCでスペック足りるかしら? 私は大丈夫。なんたってMacだからね! キリッ、ということだった。

 ちなみに、キリッ、は本当にチャットのメッセージに書かれていた。うっざっ! っていうかネトゲ誘うなら最初からそう言えよ!

 

 Qilin:とりあえずFPSの件は了解しました

 A-Gold:それはよかった。でもスペックは大丈夫?

 Qilin:大丈夫だよ。下宿先にデスクトップあるし。スペックも十分戦えるはずだよ

 A-Gold:本当に大丈夫かしら? Mac製品じゃないのに(キリッ

 Qilin:渡部さんそれうざいよ

 

 ……いかん! あまりにうざかったのでつい強めの口調で言ってしまった!

 

 A-Gold:

 Qilin:それぐらいで傷つくなら煽るのやめてよ! ナイーブ過ぎでしょ!

 Qilin:っていうか、よく俺のアドレスわかったね

 A-Gold:簡単にわかったわ。私のMacB○○kならね(キリッ

 Qilin:MacB○○k関係ねーし! つーか言いたいだけでしょ? それ言いたいだけでしょ!

 A-Gold:……しゅん

 Qilin:煽ってきた!

 A-Gold:違う。さっき無反応だった時、中嶋君に怒られたから

 Qilin:無反応っていうか、わざわざスペース押して無反応のように装っただけだよね? ホントはダメージ全く受けてないよね!

 

 ……っていうか、チャット上だと性格変わりすぎだろ渡部さん。普段からこのぐらいのしゃべれよっ!

 いや、金田先輩にMacの話をしてた時はかなり熱心に話してたな。自分の好きなことに対しては饒舌になるタイプか? 好きなことがあってそれに夢中になれるのはいいと思うんだけど、自分が他の人より知識があるからって、それをひけらかすのはちょっとなぁ。

 皆誰しも、何かを始めたばかりの頃は全く知識がないのは当たり前だ。それをちょっと知識をかじったからって、何も知らない初心者に対して上から目線は一体どういう了見なのか。いや、これは別に俺がアプリを作り始めた頃、○chで初歩的なことを聞いてボコボコにされたり、煽られたりした事を恨んでるというわけではないんだよ? うん。

 

 A-Gold:ともかく、私と一緒にFPSをプレーしてくれるということでいいのね?

 Qilin:……まぁ言いたいことは色々あるけど、その理解でいいよ

 A-Gold:ワーイ♪♪\(^ω^\)( /^ω^)/♪♪ワーイ

 Qilin:おい。うざい顔文字やめろ

 A-Gold:( ;;∴;;●;(エ);●;;*;) ドキッ(汗)

 Qilin:やっぱりFPSやるのやめるわ

 A-Gold:ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 Qilin:怖い怖い怖い! 極端なのやめろよなぁ

 Qilin:っていうか、お前の所為で板書全然取れなかったじゃねーか……

 

 時間を確認すると、もう授業終了一〇分前となっていた。ダメダメすぎる。

 ……でも、チャットとかしてると思わず『お前』とか使っちゃうよね。あまり親しくないのに、渡部さんには失礼なことを言ってしまった。

 

 A-Gold:板書?それなら問題ないわ。私が全部取っているから。後でデータ送ってあげる

 Qilin:マジで!

 

 これでひとまず、大島さんに泣きつくようなことはなくなったようだ。

 安心したのでノートPCのディスプレイから目線をはずし、先ほどまで俺が全力ですがりつこうとしていた大島さんのほうに目を向ける。

「……」

 あれ、今一瞬大島さんと目が合ったよな? でも、何でこっち見てたんだろう? 気の所為か?

 一人で首をかしげていると、渡部さんからチャットでメッセージが届いた。

 

 A-Gold:さっきから何を見てるの? 疑問があるなら、ちゃんと口で言わないとダメよ?

 

 ……お前が言うなっ!

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