第53話 木津根村から四国へ

次郎は、既に木津根村では、村長と言っても、中世時代の村長的な立ち位置を築きつつあった。中世のムラとは、国の法律以上に、ムラの慣習が重んじられる。そして、その慣習に従って、裁きは村長に委ねられるのだ。


よそ者で若者、そして取り立てて才能の無い次郎がここまで登りつめる事ができたのは、もちろん狸穴が2代にわたって60年以上支配してきた木津根だけに、村民が民主主義という意味を知らない事が大きい。


全ては、村長の一存で決まり、情報公開など、あり得ない。その為、次郎が常識的には逸脱というか、脱法行為とも思われかねない、個人の政治的主義主張の為の集会を開こうが、特に違和感は無く問題視するものもいない。


そうやって、気がついたら、次郎というのは、長宗我部家に仕える、忠臣というイメージができあがり、それは、この先未来を持たない者たちの心に染み入り、訴えかけるものがあった。


どうせ自分の為に生きても、こんな田舎では何をする事もできないのだ。と思っていた者たちに、株式会社新農業を作り、産業を与え、街よりも良い稼ぎの仕事が大量に実現した。街は活気づき、ずっと昔からシャッタ街だったところに、株式会社新農業で働く若者達が、立ち飲み屋を作った。早朝から夕方までは工場で、夜は立ち飲み屋で、每日働き詰めのようだが、彼らは生き生きと、地元の素材を活かした面白い小皿料理と、都会っぽいカクテルを揃え、少ない若者から、老人までの社交場となった。


彼らは口々に次郎について語る。


「あんな、普通っぽい人が、どんどんこうやって、新しい改革を進めてると思うと、俺も頑張ろうって思えるんだよなぁー。あれが本当のリーダーなのかもしれないなー」


「いや、村長さん見てると、危なっかしくて、助けてやらなきゃと思うんだよ。へっへっへ」


「でも、村長さん、やる時はやるし、俺だったら、こっ恥ずかしくてできない事でも平気でやっちゃうよねー。長宗我部殿とかいうユルキャラってのか?あれの気ぐるみ来て、高知市だけじゃなくて、徳島とか、高松とか行っちゃうんだって?しかも、独立運動だろ?普通は捕まるんじゃないか?危険思想家として」


「なんだか、最近は、村長さんの事、国も警戒してるんだってね。この間、役場に、なんか自治省か、厚生労働省か、官僚さんらがわんさか来てたって言うよ」


「いやさ、でも仮に、村長さんの言ってるとおり、万が一長宗我部さんの国になっちまったとしたら、俺達どうなるんだ?」


「そりゃおめぇさん。村長さん、よく言ってるじゃんかよ。豊富な自然と土地があるのに、活用できていないのが四国さ。こんな何にも無いのに、宅地1つ建てようにも、全区画市街化調整地域だ。何年も役所通わないと通らない。何のためにもならんよ。そんな法律。土地があって気候が良くて、飯がうまくて、人がいて、インフラが引ける。そして、安全であれば、皆で裕福になるのも夢じゃないんだって言うんだ。そうなったら、そりゃ理想郷だよなぁ。」


「俺達みたいな中途半端な土地持ちや、年金生活者の面倒は全部見る、と言ってくれているのが、賢いところだよね。やっぱ、もらえる約束があるもの引き渡してまで、将来の夢みたいな話には乗れねえからなぁ」


こうして、飲み屋、喫茶店、公民館などで、每日行われる井戸端会議の結果は、次郎支持、という結論に落ち着いていった。


そういう現象は、ホームである木津根村だけではなく、次郎のハードワークが実り、高知を超え、他3県にも、キーパーソンを媒介して、長宗我部帝国の支持は緩やかな広がりを見せつつあった。

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