第十八節 王国最強


 その光景を、騎士団の者達は見ていた。

 禁域の森を望む高台の上。団長より待機を命ぜられた騎士達はその戦いを見ていた。

 作戦の合理性を考えるのであれば、彼らは別働隊として《廃棄都市》に向かい、神の首を狙うべきだ。

 最大の障害であるアルディオスをフェリミアが引きつけている間に神殺しを成し遂げる。

 それが最善ではないかという意見も、勿論騎士達の間で上がった。

 しかしそれは、当の騎士団長により遮られた。


「これは私の我が儘だ。………だが、叶うのであれば、私自身の手で全ての決着を付けたい」


 だから頼むと、頭まで下げられてしまっては、異を唱えられる者など騎士団の中にはいるはずもない。

 故に彼らは大人しく戦いより離れた場所に留まり、団長の戦いを見届けている。

 フェリミアが無事にアルディオスに勝利した暁には、共に《廃棄都市》へと向かい封神到達の偉業に挑む。

 そういう手はずとなっている。故に誰もが見落としのないよう、頂上決戦を注視していた。

 誰も、何も言おうとはしなかった。不平も、不満も、まったくないわけではない。

 彼女自身が言っている通り、これはフェリミアの我が儘が故に戦いだ。

 王国騎士団長としてではなく、ただただフェリミア=アーサタイルという個人が望んだ戦い。

 騎士達はただそれを見続ける。十年前、月に旅立った勇者達を見送ったのと同じように。

 彼らは既に心に決めていた。この戦いがどういう結果になったとしても、後悔のない道を選ぶ事を。

 その戦いを「我が儘だ」と口にした騎士団長と同じように。

 ―――最初の流れは、フェリミアの方が掌握していた。

 五十騎の動甲冑による一糸乱れぬ連携。一騎が例外なくフェリミアと同じ性能を持つ超一流の騎士。

 仮にフェリミア一人の実力と比較したのなら、まだアルディオスには届いていないだろう。

 身体的な能力も戦いの技量も、全てアルディオスの方が確実に上回っている。

 しかしそれが五十騎。しかも単純な物量による圧迫ではなく、彼らは一つの生物であるかのように攻め立てる。


「くっ………!」


 兜の奥で小さく呻きながら、アルディオスは地を蹴って走り続ける。

 一瞬でも動きを止めればそのまま呑まれかねない。

 巨体に似合わぬ俊敏さで、アルディオスは森の中を駆ける。

 その動きは狼を翻弄するしなやかな牡鹿の如し。立ち並ぶ木々を上手く遮蔽としても利用している。

 尋常な相手ならば、それだけであっさりと撒いてしまった事だろう。

 しかし今、男の背を負うのは尋常な相手ではない。


「無駄です」


 事実をただ、端的な言葉で現す。

 投槍を持つ動甲冑達が、さながら弓を引き絞るように投擲の体勢に入る。

 幾つも遮蔽物がある森の中を、恐るべき速度で移動し続ける標的。

 普通に考えれば、このような条件でまともに投槍など当てられる道理はない。

 無音のままに空気を爆ぜさせて、幾つもの投槍が動甲冑の手から放たれる。

 それらは魔術による力学的な操作を受け、空中で複雑な軌道を描きながら突き進む。

 遮蔽となる木々を踊るように避け、無数の槍が次々とアルディオス目掛けて真っ直ぐに襲いかかった。


「ッ――――!?」


 回避。しかし完全には間に合わない。

 どこに避けるかもある程度予測していたのか、鋭い槍の穂先はアルディオスの腕や足を深々と抉っていく。

 激しい痛みが走るが、今はそれを無視する。

 跳ねるように回避した勢いをそのままに、太い木の幹に足を掛ける。


「おおおぉぉぉぉッ!」


 獣もかくやという咆哮。渾身の力を一点に集中する。

 引き裂くような激しい音を立てながら、人外の力を込めた蹴り足は一息に巨木を半ばからへし折った。

 それを目晦ましにフェリミアの方へと蹴り飛ばしながら更に跳躍。

 別の木を足場にし、森を跳ねる猿のような動きで反撃に出ようとする。

 しかし、その全てをフェリミアの“右眼”は見ていた。


「ッ!?」


 吹き飛んできた木切れなど歯牙にも掛けず、気付けばフェリミアは陣形を整えていた。

 五十の動甲冑による密集陣形。その手に持つのは長大なパイク

 鎧には魔術的に設えた収納スペースがあり、彼らはそこに備えた武具を自由自在に入れ替える事が出来る。

 一瞬にして取り出された長槍による槍衾。無論、アルディオスもただそれに貫かれるばかりの愚か者ではない。

 手にした大剣で穂先を払ってしまえば何の事はない。

 そしてそれを許す程、フェリミア=アーサタイルは手緩くはなかった。

 並び立つ槍の林から飛び上がる影。それは剣を構えたフェリミア自身だった。

 未だ空中にあり、剣を振り上げたアルディオス目掛けて真っ直ぐに向かう。


「はぁッ――――!」


 気合一閃。フェリミアの放つ剣閃と、アルディオスが振り下ろした剣撃が交錯する。

 交わる刃が静止したのは一瞬。直ぐに分厚い刃が勢いを増す。

 しかしフェリミアには、その一瞬の時間を稼ぐだけで十分だった。

 跳躍した勢いを殺され、空中で僅かに動きを止めたところに動甲冑達の長槍が突き込まれる。

 アルディオス自身の重みと重力による落下。そして竜の鱗すら貫く刃により、鋼の身体は容易く貫かれる。

 それも一本や二本ではない。数十という槍が、等しくアルディオスの身を削っていく。

 フェリミアはその様を、一つ余さずその眼で見ていた。

 王国でも極めて稀少な《天眼》と呼ばれる右眼。それはその名の通り、天からの視点を持つ。

 人間では有り得ない程に広い視野と、驚く程に精密な知覚能力を併せ持つ魔眼。

 余りの高精度さ故にフェリミア自身の頭の中を焼いてしまわぬよう、常は封じられている切り札。

 一度開いてしまえばその効力は絶大。相手の動作の前兆まで読み取り、未来予知に近い予測さえ可能とする。

 その眼が確かに見ていた。無数の槍に貫かれながらも、アルディオスの動きが止まっていない事を。

 この状況で一体何を―――そう考える暇もなく、状況は劇的に流れ続ける。

 アルディオスが取った動作そのものは、ただ空中で身を捻ってみせただけ。

 身体中を深々と槍の穂先に貫かれたままの、標本としてピンが刺された虫に等しい状況でだ。

 物理的な限界を超えた筋力。突き刺さっている穂先をむしろ筋肉で捕まえたまま、数十騎もの動甲冑を一気に引き倒す。


「ッ、無茶苦茶な……!」


 まるで突発的に発生した竜巻だ。

 デタラメに絡み合う槍の群れに巻き込まれる寸前に、フェリミアはその中心から離脱する。

 離脱しながらも、そこで動きを止める事はしない。

 寸前で槍を離す事に成功した動甲冑らと共に、剣を構えて疾駆する。

 フェリミアにとってこの戦いで最も注意しなければならないのは、本体である自身が落とされる事ではない。

 動甲冑の数を削られ、戦力を減らされてしまう事だ。

 現状は完全に圧倒出来ているとはいえ、決定的な処では攻め切れていないのも事実。

 総力では優っていても、それだけでは簡単に勝利までは届かない。

 故にフェリミアは、徹底して数を維持したままでアルディオスの方を逆に削り落とす算段でいた。

 体勢を崩された動甲冑達を纏めて破壊されるよりも早く、逆にその隙を狙い打たんと強襲を仕掛けた。


「………本当に、容赦が無いな」


 そんなぼやきだけを残して、アルディオスはフェリミアの予測から一歩退く。

 倒れ伏した動甲冑らを狙う事なく、何よりも素早くその場から飛び退いたのだ。

 ひと呼吸外されたフェリミアに対して、剣を持っていない左手が閃く。

 放たれたのは投剣だ。顔と胴体と足、正中線上を狙って三本の短剣が飛来する。


「目晦ましなどっ!」


 意味はない。そう断じて、フェリミアは剣の一閃によって投剣全てをまったく同時に叩き落とす。

 その動作に合わせて、倒れていた動甲冑達が動く。

 アルディオスが短剣を投じたタイミングに合わせて、跳ね起きた動甲冑が剣と盾を構えて一気に殺到する。

 動作の隙を突く一斉攻撃。だがアルディオスは即座に反応し、右手に持った大剣を横薙ぎに払った。

 片腕とはいえ、動甲冑達を束で吹き飛ばして余りある一撃。

 それに対する甲冑らの動きもまた迅速だった。

 剣を振り抜く軌道に対して十騎の甲冑が盾を構えた状態で密集し、一つの塊と化す。

 更に十騎がその後ろを抑え、鎧の壁を完成させる。


「ッ………!」


 激突の手応えは、アルディオスの予想よりもなお硬い。

 確かに分厚い刃の一撃は鎧の群れを押し退けたが、あくまで押し退けたのみだ。

 むしろ切り払われて出来た隙間を縫って、後続に控えていた甲冑達が一息に突っ込んできた。

 流水のように澱みのない連撃。振り抜いた剣を構え直す一瞬の空白を、鋭い刃の群れが埋め尽くした。

 止まらない。フェリミアは攻撃の手を決して緩めない。

 動甲冑らに切り裂かれたアルディオスへと、フェリミア自身もまた走る。

 神に呪われている男の肉体は、この程度の損傷で死ぬ事はない。

 殺し切るのは困難だ。しかし、手足を完全に断ってしまえば封じ込める事は出来る。

 最優先で狙うのは剣を握る右腕だ。肘でも手首でも、断ち切ってしまえば戦力の大半を奪い取れる。

 ―――勝てる。自分は勝てる。この刃は、この切っ先は、あの夜に確かに届いている。

 熱いものが胸にこみ上げてくる。その感情に付ける名前は分からない。

 全身を血に染めたままで、アルディオスは動かない。受けた傷が思った以上に深刻なのか。

 僅かに浮かんだ思考を、今は頭の片隅に追いやる。余分だ。今はただ、戦う術を断ち切る以外の事は全て不要。

 世界が緩やかに流れるのを感じる。既に動甲冑達には命令を飛ばしている。

 アルディオスがどう防ごうとも、必ずその腕を断てるように。

 本体であるフェリミア自身を含めて、全てが囮であり全てが本命の一撃。

 勝利を確信し、一歩踏み込む。二歩目で跳び、三歩目には致命的な距離にまで至る。

 アルディオスは動かない。まるで隙だらけで、最早剣で防ぐ事も――――。


「………え?」


 刃の切っ先が男の右腕に触れるのと、まったく同時に。

 剣を握っていない左の手が、フェリミアの刃に触れていた。

 一瞬にして視界が回る。《天眼》ですら捉えられない、静から動へと切り替わる刹那の閃き。

 動かず隙を見せていたのも、全てが誘いだった。気付いた時には既に遅い。


「くっ、ぁ………!?」


 された事はただ、刀身を軽く掴まれて捻られただけ。

 そこには殆ど力は込められていなかった。ほんの少し、フェリミア自身の力の流れを変えた程度。

 そのほんの少しの動作で、フェリミアの身体は派手に投げ飛ばされていた。

 乱れてしまった力の流れを、どうにか自分の元へ取り戻そうとする。

 混乱は一瞬、立て直すまでに数秒。着地する瞬間には、喪失していた《天眼》による精密視覚も取り戻す。

 フェリミアが宙に放り出されている間にも、動甲冑達は動きを止めていなかった。

 固有魔術《白霊騎士団》は、正確には傀儡を操る魔術ではない。

 フェリミア=アーサタイルという人間の「影」を特殊な方法で鍛えた甲冑へと写し出し、それを自立した個体へと変化させる。

 自我や記憶の類はないが、フェリミアが持つ能力や技術、経験等は全て「影」も共有している。

 全てが同一の能力と経験を持つが故に、その連携は常に完全であり、その判断もまたフェリミアの思考から外れる事はない。

 《念話テレパシー》の魔術で簡単な命令を下しておけば、後は各々が最善の動きを取る。

 故にフェリミアが大きな隙を見せた現状でも、動甲冑らは理想的な戦術でアルディオスを攻め立てているはずだ。

 一の刃が外れても、二の刃、三の刃が敵を断ち切る。そう確信していたフェリミアの眼が、その光景を見た。


「………な」


 先ほどまでと殆ど変わらぬ立ち位置。アルディオスは僅かにしか、その場から動いていない。

 だというのに、《白霊騎士団》の攻撃を完全に捌き切っていたのだ。

 向かってくる動甲冑はフェリミアにしたのと同じように投げ飛ばし、飛び道具の類は最小限の動きで回避する。

 未だに致命の一撃を受けて行動不能となる甲冑はいないが、数秒前には届いていた攻撃が触れる事さえ出来ないでいる。

 振るった大剣を、盾を構えた鎧の壁が受け止める。そこまでは、先の場面の焼き回しに過ぎない。

 しかし今度は最小限の衝撃で動甲冑らの体のみを崩し、そこから更に押し込むような剣撃で後続諸共に吹き飛ばす。

 死角から放たれる飛び道具も、完璧に統制された連携も、全てが全て弾かれる。

 ―――信じられない思いで、フェリミアの《天眼》はその有様を見ていた。


「一体、どうして………!?」

「………正直に言って、驚いた。お前が此処まで強くなっているとはな」


 フェリミアの呟きに応えるように、アルディオスは動きを止めぬままに言葉を発する。

 激しい戦いの最中に、男の声だけが静かに響く。


「お前の才能は俺以上だ。そう遠からずに、お前は俺を超える騎士になるだろう」


 偽りのない賞賛。しかし目の前で見せつけられている光景が、厳然たる一つの事実を告げている。


「―――だが少なくとも、今は俺が上だな」


 見切られている。フェリミアの動きが、それと同じ事が――同じ事“しか”出来ない動甲冑の動きも、何もかも。

 今までフェリミアが優勢を保てていたのは、アルディオスの中で十年前とのギャップが埋められていなかったからに過ぎない。

 かつて自らが教えを説き、その上達を目にしてきたフェリミアの持つ戦闘技術。

 十年前と今とでは、当然練度は大きく違う。だが根幹となる部分は同一だ。

 戦いが進めば進む程に時間と経験による空白は埋められていき、今や完全に戦況は逆転してしまった。

 フェリミアがどう動き、どう攻めるのか。全てが彼の手の内だ。

 《天眼》による予測さえ経験と技術により覆てしまうだろう。事実、その通りに返り討ちにされたばかりだ。

 どうしようもない理解が、全身を侵す毒のように少しずつ広がっていく。

 ―――勝てない。私ではまだ、この人を超えられない。

 アルディオス。アルディオス=バラント、かつて銀の月を天から墜とした神殺しの大英雄。

 その名と、成し遂げた偉業の意味を、今更になって噛み締める。

 戦いの流れは、最早フェリミアでは押し戻せない程に一方的なものとなりつつあった。

 動甲冑らは心を持たないが故に、ただフェリミア=アーサタイルが持つ戦闘経験のままに駆動し続けている。

 しかし届かない。攻撃を仕掛ける時の癖も、どのような戦術を好むのかも全て把握されている。


「終わりだ」


 告げられる事実を、否定する術がない。

 四方から飛びかかった動甲冑の剣をするりと回避し、一歩の踏み込みで巨体がフェリミアの眼前まで迫っていた。


「っ、こんな………!」


 こんなところで終われない、諦めない。

 言葉に出来ずとも、心が半ば折れてしまっても、フェリミアはその一念だけを握り締めた。

 心を噛み潰してまで挑んだのに、無様を晒したままでは終われない。

 剣を構える。だが、反応が圧倒的に遅い。振り下ろされる刃は、何の抵抗もなく自分を打ち倒すだろう。

 受け入れがたい現実。覆し難い現実。迫る一撃に、騎士はただ一心に剣を向け―――。


「っ………!?」


 不意に、アルディオスの巨体が目の前から掻き消えた。

 見失ったのは一瞬だけ。剣を振り下ろす直前に、大きく後方へと飛び退いたのだ。

 同時にフェリミアの脇を抜けるように飛来するもの。それは無数の矢の雨。

 竜の牙を加工した鏃を持つ、騎士団の弓兵らが愛用している代物だ。

 攻撃はそれだけでは終わらない。わざとタイミングを外した矢の第二陣が、アルディオスを押し包むように降り注ぐ。

 アルディオスは全てを防ごうとはしなかった。

 問題ないものは甲冑の表面で滑らせ、鎧の隙間を狙うものは剣で弾き、顔面目掛けて飛来した矢は素手で掴み取る。

 外れた―――わけではない。むしろ本命は直後に襲いかかった。


『“大地の楔よ! 大樹の巨人よ! 我が敵を阻む戒めとなれ!”』


 複数人による二重詠唱。重力の枷を与える《重力束縛》と、鋼に等しい強度を与えられた木の根で敵を縛る《樹霊拘束ウッドジェイル》。

 後者の魔術は使用可能な環境が限られているため使い勝手は悪いが、発動さえ出来れば効果は極めて高い。

 決まってしまえば一瞬で敵を無力化可能な多重拘束。しかし敵も並大抵の相手ではない。

 何倍にも膨れ上がった肉体の重みを筋力で捩じ伏せ、絡み付こうとする木の根を一瞬で切り払う。

 それを隙として貫こうとした動甲冑らの放つ刃は、その場から飛び退る事で回避する。


「………流石、決まったと思ったんですがね」

「いや、実際に今のは危なかった」


 聞こえてきた言葉に対して、アルディオスは剣を構えながら応じる。

 フェリミアは声もなく、驚きながら背後を振り返った。

 そこにいたのは、待機を命じておいたはずの騎士団の面々だった。

 今この場にいない者も、恐らくは森に身を潜めてアルディオスの事を弓で狙っているのだろう。

 彼らは何の負い目もなく、ただ堂々と胸を張って二人の決闘の場に降り立っていた。


「っ………何故、お前達………」

「言ったはずでしょう、団長殿。―――頼れる時は、我々を頼って下さいと」


 その言葉には、余分な感情は何一つ乗せられていなかった。

 ただ、団長の危難に際して駆けつけた。我ら王国騎士団は、仲間の窮地を見捨てたりはしない。

 あるのはその矜持一つのみ。孤独な決闘を望んだのがフェリミアの我が儘であれば、これは自分達の我が儘であると。

 堂々と、何恥じる事なく彼らは言う。

 フェリミアは、直ぐには言葉を返す事が出来なかった。


「………そういうわけです、アルディオス様」

「あぁ、構わん」


 皆まで言わずとも分かる。空けていた片手を剣の柄に添えながら、アルディオスは応じる。


「俺はただ、俺の戦いをするのみだ。文句は言わん、全員でかかって来い」

「それでようやく対等、と言ったところでしょうな。……さ、団長殿」


 剣と盾を構えて、騎士達は一歩踏み出す。いつの間にやら、動甲冑らもそれに合わせて手にした武器を掲げていた。

 二人の最強による決闘に幕は下り、今は新たな戦いが始まろうとしている。

 アルディオスは頂点の高みから、それを受けて立たんと待ち受ける。

 誇りと矜持で武装した騎士達は、始まりを告げる者の言葉を待った。


「………ッ」


 色んな感情が胸に渦巻き、泣き出してしまいそうな衝動に駆られる。

 けれど今は、涙を流すべき時ではない。悲しみもある。悔しさもある。同時に喜びもある。

 だから今は、涙を流すべき時ではない。それは全てが終わってから流し切ってしまうべきものだ。

 剣を握る。今必要なのはそれだけだ。

 届かなかった悲しみも、不甲斐ない自分への悔しさも、今は全て野に捨て置く。

 仲間の信頼を、騎士の誇りと矜持を。細い肩で一身に背負いながら、フェリミアは今一度王国騎士団長としての己を取り戻す。


「すまない。………いや、ありがとう」

「お安い御用ですとも」


 笑う。笑って、フェリミアは再び挑むべき相手と相対する。


「今度こそ、負けません。―――お覚悟を、アルディオス様」

「あぁ、お前一人なら勝てそうだったが………流石に、これは厳しいかもしれんな」


 ただ事実を口にして、アルディオスも笑った。

 フェリミア一人であるのなら何とでもなったろう。

 《白霊騎士団》は確かに脅威だが、アレはあくまでフェリミア自身が五十人に増えたに過ぎない。

 行動や戦術のパターンは推測出来たし、事実それによってアルディオスはフェリミアを完封しつつあった。

 しかしその不利は、他の騎士団の者達が加わる事で補われる。

 確かに多くの騎士達は、実力においてフェリミアやアルディオスより大きく劣っているのは事実。

 劣ってはいても、彼らは決して弱卒ではない。共に戦えば凶悪な竜さえ討ち果たせる、王国が誇る最精鋭の騎士達。

 個の実力のみならず、集団での戦術を磨き上げた王国騎士がフェリミアの指揮下となればどうなるか。

 その真価をまだアルディオスは知らない。だが、恐ろしく厄介な事になるのは容易に想像が付く。

 敗北の予感を現実のものとして感じながらも、やはりアルディオスは笑っていた。

 十年前、彼らはあの月に届かなかった。そんな彼らが今、月を墜としたアルディオスを超える程の力を得ている。

 その強さと、その意志に、諦めなかった彼らの歩みを感じて、アルディオスは笑った。


「―――さぁ、来い」


 負けられない。負けるわけにはいかない。その意志だけは揺るがない。

 相対するフェリミアや王国騎士達も同じだ。どちらも負けられないが、勝利という結果は一つしかない。

 熱が渦巻く。戦いの熱が。先ほどまでとは比較にならない戦意が、両者の間でせめぎ合い―――。


 それを引き裂く破滅の輝きが、空を貫くように立ち上った。

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