九 養生と宴会

 目を開けると薄暗かった。夕方か夜明けかわからない。村長の家の部屋らしい。ベッドのそばでイチバンが椅子に座ってうなだれている。眠っているのだろうか。ひざの上で手をそろえ、居眠りをしていてもきちんとしている。その手の白さが、暗い部屋のなかで一番明るく見えた。

 呼びかけようとしたが、のどと舌がねばりつくようでなかなか声が出ない。「イチバンさん」と言ったつもりだが、母音だけがかすれて口から漏れただけだった。

 しかし、イチバンはさっと頭を起こし、ダイスケの開いている目を見た。ダイスケもイチバンの目を見た。きらきらしていてきれいな目だった。

 もっと見ていたかったが、イチバンは風のように部屋を出て、ダイスケの意識が戻ったと家中に知らせて回った。


 ベッドのまわりにイチバン、ニバン、村長、村人たちがすぐにそろった。みんな笑っている。ニバンが藁で湯冷ましを吸わせてくれたので口中やのどがだいぶましになった。

「あの子は?」

「助かった。足を折ったけど、神託にしたがっていまは町の医者のところに行ってる。治るって。ダイスケ様は自然に目覚めるまで寝かせておきなさいと言ってた」

 ニバンはわざとなんでもないかのような口調で言おうとしたが、声がふるえていた。

 その後、村人たちが口々に礼を言いだした。とくにエト家の者たちはそんなに頭を低くしなくてもと思うくらいだった。


「いま、いつ?」

「そんなにたってない。おとといのことだから。一日半くらいかな」

「どうか、存分に養生していってください。村を代表して、あらためて感謝いたします」

 ニバンの後に村長が続けた。イチバンだけはじっとダイスケを見つめてなにも言わないが、口元に微笑みが浮かんでいた。

「じゃあ、お言葉に甘えて、すこし寝かせてください」

 かすかな声でそう頼むと、村人たちはまた口々に礼を言って出て行った。どうやら今は夜明けのようで、これから田畑に行くらしかった。村長も部屋を出、イチバンとニバンが残った。

 ダイスケは目を閉じる。こんどは睡眠を取ろう。


 しかし、六時間以上の眠りは取れなかった。体中あちこちが痛く、熱を持っている。寝ては覚め、覚めては寝るのが短い周期で繰り返される。体力の基本値が高いので時間がたつごとに回復しているのだが、そのせいで麻痺していた苦痛がかえって感じられてきてまとまった眠りが取れない。きちんと眠るには健康でないといけないとつくづく実感した。

 目が覚めた時に粒のほとんどないおかゆや汁物を食べさせてもらった。イチバンとニバンがほとんどつきっきりで面倒を見てくれる。ただ、体をふくのと下の世話だけは村の男性にお願いした。みんな嫌がったりせずすすんで協力してくれるのがありがたかった。


 五日目にようやく六時間以上の連続睡眠がとれた。目覚めた時には完全に回復し、いままでの苦痛はなんだったのだろうと思ったくらいだった。ステータスはわからないが、いまはそれはいい。緊急時ではないのでそのためだけにお伺いを立てるのは断った。非常時とはいえ、子供のお伺いを立てた時はかなり機嫌を損ねたと言う。

 ふつうのけが人や病人とちがって、目覚めてすぐに床上げになる。村人たちは、それは頭でわかっていても実感できないようだった。いきなりみんなと変わらない食事をし、熱い湯を浴びるのを見てびっくりしている。

 回復したのは昼過ぎで、ほとんど夕方なので、村長のすすめもあってさらに一晩泊まることになった。夕食は村の主だった者とエト家を呼んで宴会を開きましょうと言う。遠慮は許してくれなさそうな勢いだった。

 イチバンがすかさず、「お酒はいけませんよ」と念を押している。

 村長たちはその戒めを守り、飲む酒は出さなかった。肉、魚、香草で香りと色をつけた祝いのご飯。おなじく祝いの茶は椀のなかで花が開いている。

 しかし、その後に出てきた菓子には酒がたっぷり使われていた。飲酒ではないのでイチバンも大目に見ている。

 テーブルのみんなは笑っていた。なにを言っても楽しいのだろう。ダイスケも愉快だった。村長は、村に来た時にきいたような歌を歌っている。

「山のみんな、うらやましがるだろうな」

 ダイスケが黒いケーキをつまんで言う。これには酒にひたした果実が入っていた。

「荷車に頼んで事情を知らせる手紙は送っておきました。返事によると、ゴバンとロクバンが帰っているそうです」

 右隣のイチバンが教えてくれる。

「帰ったら会えるんだね」

「ええ、ダイスケ様のことは話しておいてくれるでしょう」

 左隣のニバンは菓子を全種類試すつもりらしい。

「ニバンったら」

「ダイスケ様のおかげ」

 夜は更け、楽しい宴会もお開きとなった。村長が村人たちを送っていく。ダイスケは腹をなでた。

「食べ過ぎたかな」

 それから風呂に入り、熱い湯を頭から浴びる。目をつぶって気絶していた時に会ったミテルの言葉を思い出す。

(家族とは本当に縁が切れたんだな)

 それと、仕返しというのも気になる。おれに事情を話すのがなぜ仕返しになるのか。

(だいたい、よその姉妹喧嘩になんでまきこまれなきゃいけないんだ)

 ベッドにもどって考えてみても、もやもやした気分は晴れなかったが、もう考えないことにする。なるようになるさ。おれは生きてるんだからそれでいい。さあ寝よう。明日は早い。

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