六 ちゃんこ鍋と食後の会話
ぽかんとしている四人にちゃんこ鍋を説明すると、全員の目が輝き始めた。
「さすが知性十ですわ。ダイスケ様」
イチバンは目をきらきらさせている。
「ちゃんこ鍋というのは初めてきくが、そのやり方はいろいろ応用がきくな。すばらしい」
ニバンはもう鍋の応用展開を考えている。
「よし、肉をどっさり入れよう。それから、ついでにそのつくねというのも作ってやる」
サンバンはよだれをたらさんばかりだ。
「あなた様が遣わされてよかったです」
ヨンバンはただただ感心している。
四人とも食いついてきたので、ダイスケはかえってびっくりする。じゃあ、鍋という発想はなかったのか。味噌汁があったんだから、だしを取った汁で具材を炊くという発想はできたはずなのに。
ほんとにこの世界はどうなっているんだ。サイ子は創造神としてなにか欠けているんじゃないだろうか。こういう中途半端なところがほかにないか今後も調べてみよう。
準備に散った四人の背を見送りながら、ダイスケはメモを取った。明日も知性十とは限らない。
供物の準備を手伝おうとしたが、鍋などに直接触れるのは断られた。しかし、ちゃんこ鍋は初めてなので具材の切り方やならべ方は意見を求められれば答えた。
その時、台所に七輪があるのを見つけたので、炭火を熾しておくよう頼んだ。
「まあ、食べながら具材をつぎ足すのですか。ダイスケ様の世界の方々はサンバンなみの食欲を持っている人ばかりなのですね」
イチバンがそうする理由をきいて感心したように言う。このようすでは鍋あとの雑炊を紹介したらどんな顔をするだろう。
『預言の池』の前には鍋とご飯を炊く用意がそろった。ダイスケはそばにいたニバンに、指を切る前に合図してと頼んでいた。さすがに四人分をいきなり見せられるのはいい気はしない。
ニバンがわざと大げさに腰の短剣に手を伸ばし、ダイスケは目を伏せた。その後水スクリーンが立ち上がる音がしたので目をあげる。
サイ子が全身をあらわしていた。ダイスケの学校の制服を着て不機嫌な顔をしている。
「そこの、うしろの男。ダイスケ。ちょっとこっちにこい」
がまんしようと思ってもこの態度としゃべり方だ。いらいらする。それでもダイスケは黙って水スクリーンの前に立った。四人ともサイ子とダイスケを見比べている。
「今日の供物。おまえの提案だな。こっちのご飯はいいとして、この鍋の中身のごちゃごちゃしたのはなんだ」
「ちゃんこ鍋だ。おいしく仕上げろよ」
イチバン、ニバンは慣れてきていたが、サンバン、ヨンバンがびくっとしている。イチバンがもう青い顔をしたヨンバンの肩をなでている。気が弱いのだろうか。
「ちゃんこ鍋? 鍋のなかは豚肉の薄切り、鶏肉を挽いた団子、白身の魚、野菜のざく切り、昆布と鰹節のだし。全部ばらばらじゃないか。こんな献立作れないぞ。もう帰る」
「待て、これのどこがばらばらなんだ。おまえにはこの具材がだしのなかでそれぞれの持ち味を生かし、お互いにうまみを増幅させるのを知らないのか(鍋の記憶は読んでないんだな)」
「そんな馬鹿な。こんなのぐちゃぐちゃになるにきまってる。味だって濁るさ」
「やってもみないのになにが分かる。とにかく、これはでたらめじゃなく、ちゃんこ鍋という立派な料理だ。ついでに言うが、鍋の後、うまみの溶け込んだ残り汁にご飯を入れて雑炊にする。卵でとじてな」
サイ子がじっと鍋を見つめている。
「わかった、今度だけだぞ。それからあたしもこのちゃんこ鍋ってのを試してやる。もしまずかったらおまえのステータスにペナルティつけてやるからな」
「雑炊も試せよ」
「よし、いいだろう」
サンバンのひざがふるえている。ヨンバンは涙目で鼻をすすっていた。「サイ様に挑戦するなんて」とつぶやいている。
それからイチバンとニバンが質問し、神託を受けて記録を行った。来年用の種子の種類と量、そしてきちんと乾燥して保存するように指示があった。
「これで神託は終わる。女官たちよ、そなたらの信心はわれの元に届いておる。これからもわれを信じるが良い」
四人ともひざをつき、深く頭を下げる。鍋のいい匂いがする。
おっと、忘れちゃいけない。ダイスケはメモを取り出した。
「サイ子、ちょっと待て」
「なんだ、えらそうに」
「なんで文字の読み書きはできない?」
「面倒くさかった。話し言葉の自動翻訳はできるようにしたから、おまえはこの世界の人間の言葉は全部つかえる。けど書き言葉までは手間でな。やる気ない。自分で勉強してくれ」
「ふざけるな」
「もういいだろ。あたしもちゃんこ鍋するの」
「ひとり鍋か、さびしいやつ」
サイ子はダイスケをにらみながら消え、水スクリーンは崩れて波紋もすぐに静まった。
イチバンとニバンは、初めての衝撃を受けているサンバンとヨンバンをなだめすかし、手に布を巻いて鍋を運んだ。食堂にはすでに炭が赤々としている七輪が用意されていた。
女官たちは感情と食欲を切り離せるようで、さっき驚愕して動揺したばかりなのに、みんなたっぷり食べてくれた。イチバンは味のしみた野菜中心、ニバンは野菜を食べていたが、そのうちに魚や肉に箸をのばしだした。サンバンは肉、肉、肉。ただ、具材をあわてて足そうとするのでダイスケがタイミングやだし汁のつぎ足しなどを教えた。ヨンバンは頬の涙の跡をぬぐいながら、魚中心にまんべんなく食べている。
さすがに飲用の酒はない。肉食は許されても飲酒は厳禁だった。料理酒は厳密に管理され、使用量はイチバンと手伝いの年長者が記録していた。ダイスケは家の鍋でも飲まないのでそれはなんともなかった。
雑炊はダイスケの家でいつもやっていたように、ご飯を水でさっと洗ってねばりを取り、鍋に入れて溶き卵をかけたら火からおろした。
みんなは驚いたり止めようとしたが、いいからといってそれぞれの椀によそう。
「鍋の最後にこれを食べてしめる。さあどうぞ」
「熱っ。うまっ」
サンバンがさじいっぱいにすくって口に放り込んでかってに熱がっている。ほかの三人は吹いてさまして食べているが、おいしいとほめてくれた。
「この鍋という献立はいいな。六人全員そろっても文句なしに供物が決まる」
ニバンは雑炊をすすりながら感心している。
「あら、ダイスケ様、どうなさったのですか」
「なぜ泣いているのですか?」
イチバンとヨンバンが心配げに声をかけ、ニバンとサンバンもさじを置いて見ている。
「ごめん。家族を思い出した。元の世界の。こうやって鍋を囲んで。父がお酒で真っ赤になって、母は平気な顔してて。弟はただ食べてた」
ダイスケは涙を抑えられない。サイ子は、知性は精神の強さをも表わすと言ったが、十でも涙をせき止める役には立たなかった。
両隣のイチバンとニバンが肩と背中をなでてくれた。サンバンとヨンバンはテーブル越しに手を握ってくれた。
それでも雑炊は全部食べた。鍋はからになった。
もう泣き止んだダイスケはみんなに礼を言う。
「ありがとな。だいぶ落ち着いた。びっくりさせてごめん」
「ご家族を思い出されたのですね。わかります。わたくしたちも神託で選ばれてここに来た時には家族を思って泣きましたから」
イチバンが言い、ほかの三人もうなずく。
「みんなは、家族に会えるの?」
四人は顔を見合わせる。ニバンが答えた。
「いいえ、わたしたちはそれぞれ遠くのべつの土地生まれなの。神殿の女官はみんなそう。生まれた土地の担当にはなれない。ほかの地域の神殿で女官を務めるの。たぶん、質問の受付に私情をはさませないためだと思う。それで、もう帰れないし、連絡を取ってもいけない。家族もそう」
サンバンが続きを話す。
「だから、あたしたちは神殿に上がるときに葬儀を済ませる。あたしは自分の葬式を見たんだよ」
「ダイスケ様、わたしたちはみんな家族を失い、家族もわたしたちを失っています。泣くのは恥ずかしくはありません。わたしたちでよければ、いつでもお力になります」
ヨンバンが言い、サンバンがふと思いついたようにダイスケの手を握る。
「そうだ。今日いっしょに風呂に入ろう。背中流してやるから」
「そうですわ。さびしければわたしがお布団に入ってあげます。夜もずっとお話ししましょう」
いい考えだと言わんばかりにヨンバンがはしゃぐ。イチバンとニバンもそれはいいと目がきらきらしている。
ダイスケは、好意を謝しつつ、どのように断れば傷つけずに済むか、知性十の頭で考える。もう悲しさやさびしさはどこかへ行っていた。
「ありがとう。みんなの気持ちはとてもうれしい」
まず、サンバンを見る。
「でも、ぼくにはまだ元の世界の習慣とか考え方が残っているんだ。ぼくくらいの歳になると、男女がはっきり区別される。風呂もそうで、いっしょに入るのには、その、精神的な抵抗がある。これはみんなが嫌いだからじゃない。そういうしつけを受けたんだ」
四人ともじいっと耳を傾けている。ヨンバンのほうを向く。
「寝るのもそうで、恋人同士でなく、結婚もしていない年頃の者同士がおなじベッドに入るのはあまり良いとはされない。性的な意味でふしだらと考えられてる」
高い知性のおかげか、ふだん口にしたことのない『ふしだら』という言葉がちゃんと使えた。
みんな、口を「おお」の形に開けて驚いている。イチバンとヨンバンは赤くなった。
「じゃ、ダイスケ様はこっちのやり方に慣れなきゃ。あたしたちはそんなつもりじゃないよ。いっしょにお風呂に入ったり、ベッドでお話したり、これがサイ様のお遣わしへのおもてなしだし、失礼を承知で言えば、もっと仲良くなれるよ」
ニバンが言い、サンバンはうなずいた。ダイスケは言葉に詰まった。たしかにもっともではある。ここはダイスケの元の世界ではない。
「ごめん。ニバンさんの言うことは正しいと思う。でも、できない。こうしていっしょに食事をして話をする。さっき泣いたときはなぐさめてくれた。それでぼくにはじゅうぶんなんだ」
「ニバン、急には無理よ。ダイスケ様はなんの準備もなくこの世界に送りこまれたんだから。ほかの神殿ではなく、わたくしたちが選ばれた理由はわからないけれど、ちょっとずつ知り合っていきましょう」
「鍋に肉やだし汁をつぎ足すタイミングみたいなもんだな。ようすを見ながらあわてずにいこうよ」
大声でサンバンがとりなしてくれた。ダイスケはそれにうなずいてからニバンに言う。
「ニバンさん、儀式のときはありがとう。頼んだとおり合図してくれて。いまのぼくにはあれでいいんだ。気をつかってくれたのが分かったから」
ニバンが真っ赤になってうつむく。ほかの三人はなんのことかわからないようなので説明した。それで話がそれる。
「あれは痛くないのよ。ダイスケ様」
ヨンバンがあきれたように言う。
「それはきいたけど、苦手なんだ」
ダイスケは血を見るのがきらいだ。蚊をたたくのもためらうほどで、血をたっぷり吸ってよたよた飛んでいるつぶしやすい蚊をあえて窓から追い出したこともある。
黙ってしまったダイスケを見て、四人も口を閉じてしまう。それであわてて話を変えた。いまのうちにこのことを確かめておこう。
「あの、ちょっと話変えていいかな。きいておきたいんだけど」
四人がうなずく。
「ここに来た翌日、イチバンさんからサイ歴四十五年、花の月の二十五日って教えてもらった。今日は二十六日だよね」
またみんなうなずく。
「まず、月の名前ってどうなってるの? 花の月の次はなんていうのかな」
みんな首を振り、イチバンが答える。
「月の名前は決まっていません。季節は春夏秋冬があります。神託にもとづいて種や苗を植えるのが春の始まり。花が落ちて草木や田畑が一面の緑になるのが夏の始まり。いまごろですね。それから収穫が始まるのが秋の始まり。冷たい風が吹いてみんな家に閉じこもるのが冬の始まりです」
「じゃあ、『花の月』って言うのは?」
「サイ様がおっしゃいます。『しばらくは花の月って呼ぼう』と。なのであらかじめ決まった名前はありません」
ダイスケはメモを取った。
「一年は何日? ぼくの世界では三百六十五日が基本で、それに時々ずれの帳尻を合わせる日が追加されるけど」
「おなじですわ」
「そう。あの、みんなの生まれた年をきいてもいいかな。というのは、元の世界では女性に年齢を尋ねるのはいい作法じゃないとされてるから。いやならいいんだよ」
四人は首を振って笑う。口々に、なぜそれが不作法なの、とわからないように言う。またイチバンが代表して答えてくれた。
「ここの女官はみんなサイ歴三十年の生まれですわ」
「ぼくとあんまり変わらないんだ。前の世界で死んだとき、十六だった。誕生日とかもきいていい? 生まれた日のこと」
「ダイスケ様、わたくしたちは生まれた日は記録しません。生まれた年が一歳で、あとは年の初めの日にサイ様からみんないっせいにお年玉をもらって年を取ります」
その返事をきっかけに、逆にみんなからダイスケの世界の暦について質問された。ダイスケは元の世界の暦のしくみや年齢の数え方を説明したが、ニバン以外はこんがらがってしまった。とくにサンバンが理解しきれず、耳から湯気がでそうな顔をしている。
「ちょっと待ってよ。そうすると、ダイスケ様の十六歳っていうのは、ここでの十七歳になるかもなの?」
ヨンバンもどうとらえればいいのか困った顔をしている。
「年齢に零歳があるっていうのが、なにか変ね。ダイスケ様の世界ではそれで平気なのですか。それに、生まれた日に年を取ると言うことは、おなじ年生まれでも、その年の月日によっては歳の差ができるのですね」
「日が七つ集まって週になる。週のなかの日には曜日というべつの呼び方がある。また、日を二十八から三十一までひとかたまりにして月。一年に十二の月。それ以外にも異なる種類の暦がたくさんある。複雑すぎるよ」
ニバンは理屈は理解したが、自分たちはこんな暦はつかいたくないと言った。
みんなの混乱をひとつひとつときほぐしながら、ダイスケはかんじんな質問をする。
「サイ歴はいま四十五年だけど、その前は?」
「ありませんわ」
イチバンがさらりと答えたが、ダイスケには理解できない。
「あ、質問が悪かったかな。ええと、それじゃ、四十六年前はなに歴?」
「ですから、ないのです」
そこでニバンがぴんときたらしい。イチバンに補足する。
「この世界ができたのは四十五年前だから、それ以前はないの」
まずい。のんびりした空気で油断してしまった。ダイスケはほぞをかんだ。この人たち、過去を抹消したのかな。歴史の授業で習ったけど、侵略の後にむかしの記録を焼き捨てて、なかったかのようにした人たちがいたっていうし、あんまり触れてはいけないかもしれない。ここはそうっとしておこうか。短剣ぶら下げてる人たちだし。
冷や汗がでてきた。いまは大事にしてくれるけれども、タブーに踏み込んだらどうなるか。こころなしか、サンバンが目を細めたような感じがする。
「どうしたの。顔色悪いよ」
「食べ過ぎたんじゃない」
ヨンバンがサンバンの腕をたたく。なにかの合図かな?
「うん、ちょっと今日はいろいろあったから。疲れたのかも。そろそろ風呂に入ろうかな。でも今日も最初って悪いな。みんなお先にどう?」
自分が学芸会のような話し方になっているのがよく分かった。イチバンとニバンはぽかんとしている。サンバンは腕を組んだままで、ヨンバンまで怪訝そうな表情だ。
「ダイスケ様の世界はいつ始まったのですか。セイ歴という暦は二千年を超えているんですよね。でもほかの暦もあるそうですし、本当はどのくらい前に始まったのでしょうか」
静かな声でじっと見つめてきいてくる。イチバンだけはほかの女官とちがう目をしている。どきどきする。ダイスケは理科の授業を思い出して答えた。
「ええと、宇宙ができたのはたしか百三十億年以上前のはず」
四人は顔を見合わせる。イチバンは目をゆっくりとダイスケに戻す。
「ダイスケ様。まじめな質問です」
「はい。まじめな答えです。科学者が宇宙を観測して導いた値です。はっきりとはしていませんが、大きくまちがってはいないと思います」
まるで予習を忘れた時に当てられたようだ。
「億年て、子供でも言わないぞ」
サンバンが静かに言う。静かだから怖い。
「ダイスケ様の宇宙だから、こっちの常識をあてはめないほうがいいかもね」
テーブル上の空気が和らいだ。
(助かった。さすがニバンさん)
「わたしたちの世界を作ったサイ様と、ダイスケ様の元の世界を作ったサイ様の姉上とはやり方がまったくちがうんだよ、きっと」
「だからダイスケ様の知識も年齢の数え方や暦も、それから考え方もちがうのね」
ニバンの言葉にヨンバンが納得する。
「ひとりで風呂に入りたがるってのもサイ様の姉上の教えなのかな」
(いや、それはどうかな。サンバンさん)
イチバンはまだじっとダイスケを見つめていたが、座をまとめるようにみんなに言う。
「さ、そろそろ後片付けをして、明日の準備をしましょう。わたくしとニバンで回答を届けに行きます。ダイスケ様、夜明け前になりますが、よろしいですか?」
(助かった。ありがとう、イチバンさん、ニバンさん)
後片付けといっても食器を運んだり、洗ったりはさせてもらえなかった。どうしようかとひとりでまごまごしていると、また手伝いに笑われた。イチバンが叱っている。それから、細かな片づけと神殿の管理をサンバン、ヨンバンにまかせた。
イチバン、ニバンと食堂で明日の簡単な打ち合わせをする。準備といってもダイスケはなにもしなくていい。持ち物はないし、季節がいいので服もそのままでいい。履物だけは足を全部覆う短いブーツを用意してくれた。イチバンとサンバンの体格がほとんどダイスケなみかそれ以上なので助かる。
ふたりは念のために神託用の水などを荷物として持っていくが、それは持たせてもらえない。荷物持ちもできないのは気が引ける。
「出かけるときはこれを首にかけてください。この飾りを首からぶら下げておけば神殿所属であるとわかります。人々もよけいな質問をしたり、まとわりついたりしません」
イチバンが美しい石が十二個付いた首飾りを渡してくれた。見た目よりけっこう重い。ずっとつけていると肩がこりそうだ。
また、頼んで筆記用具や小物を入れる紐付きの革袋をもらった。まずはクリップボードに紙を十枚ほどはさみ、布巻き鉛筆を三本入れた。袋は油を含ませた革で作られ、口を巻いてきちんと閉じられるのであるていどは防水性も期待できそうだった。ダイスケは紐の長さを工夫して、左わきできちんと止まり、ものを取り出しやすく、歩いても邪魔にならないようにした。
「では、明日はわたくしかニバンが起こしにまいりますので」
一番風呂は遠慮したが、つよくすすめられたのでまた最初に入浴した。行儀悪いかなと思ったが、水道がないので寝る前の歯磨きは手間だと思い、ついでに風呂ですませてしまった。
風呂あがり、みんなにおやすみの挨拶をして部屋に入った。ヨンバンはまだいっしょに来たそうにしていたが、気づかないふりをした。習慣のちがいは越えられない。
ほてった体に窓から入ってくる風が心地いいが、ダイスケはふと気づいた。そういえば、これだけ灯りがあるのに虫が入ってこない。ろうそくや行灯に集まりそうなものなのに。蚊や蠅がいないのはいいが、あまりに虫が良すぎるのが気になる。洒落じゃないけど。
眠くなってきた。明日はどんなステータスになるだろう。村に行くのも楽しみだ。
ダイスケは明かりを消したが、月明かりでじゅうぶん明るかった。横になると、自然にまぶたがおりてきた。
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