五 サンバンとヨンバン
「ただいまー、帰ったよー」
「帰りましたー」
でかい声と、大きいが耳障りではない声がして、その声の持ち主と一目でわかる女性がふたり食堂に入ってきた。
紹介されなくてもわかる。イチバンよりさらに一回り大きくて筋肉質なのがサンバンだろう。なるほど、餅つきさせたらよさそうだ。
そのうしろからくっついてきたニバンくらいの身長の人がヨンバンにちがいない。
ふたりとも旅装をしており、かかえている荷物を床におろしてダイスケを見ている。
「あれ、見ない顔だけど、町の人?」
大きいほうがやはりでかい声できく。
「いいえ、サイ様のお遣わし。話は長くなるけど、ニバンと説明してあげる。とりあえず旅装を解いて着替えてからね。ヨンバン、神託の依頼はどのくらい?」
「一件だけ。種子の管理に関する質問。ほかはもうたいてい過去問で間に合うわ。村長さんにまかせてきた」
ヨンバンと呼ばれたほうは返事をしながらダイスケを見ている。ぺこりと頭を下げたのでダイスケも座ったまま頭を下げた。
「じゃ、着替えてくるから。それから、そこの方、お弁当ついてますよ」
ヨンバンは自分の胸元を指さす。ダイスケは自分の胸元を見ると、乾いて透明になりかけたご飯粒がついていたのではがした。
「じゃ、会議室にいるから」
イチバンはそう声をかけ、ニバンは手伝いに人数分の茶を用意させた。ふたりはダイスケを伴って神殿のきのうの部屋に行く。
茶が運ばれてきたころ、サンバン、ヨンバンが女官の普段着に着替えて入ってきた。ダイスケの目の前にはおなじ服が四人そろったが、そういえばダイスケもおなじ服だし、休み時間の教室っぽいと言えなくもない。制服の女子が雑談してる感じだ。短剣ぶら下げてるけれど。
イチバンが相互に紹介し、たっぷり時間をかけて経緯を説明してくれた。ふたりとも驚いたり、質問をはさんだりしながら話をきいている。ニバンもときどき細かい点をつけくわえた。
日が正午を超え、話がひと取り終わった後、サンバンは腕を組んでダイスケを見つめた。さっきの旅装より薄い布地の服なので筋肉の盛り上がりがはっきりして威圧感がある。
(おれのステータスに例えたら、体力二桁はあるな、サンバンさんは)
「サンバンです。神の子よ、歓迎いたします」
「ダイスケです。よろしくお願いします。でも、神の子は勘弁してください」
「あらためまして、わたくしはヨンバンです。ご飯粒取れましたね」
「ええ、ありがとう」
(ヨンバンさんは、なんというか、人当たりがよさそう。魅力が高いタイプなのかな)
「サイ様の実験か。それで、ダイスケ様はなにをするの?」
サンバンが大きいのではないが、よく通る声で言う。
「それはぼくが知りたいくらいです。とりあえずはここで生活したいのですが、町や村も見てみたい」
「そうね。サイ様がお遣わしになったのであれば、ここにとどまっていただかなければなりませんが、神託の回答を届けるときに村へおりてはいかがでしょう」
ヨンバンがイチバンとニバンのほうを向いて言った。全員おなじ地位ではなくて、イチバンとニバンはリーダー的な立場なのだろうか。それとも数字名前がそのまま序列なのか。
ダイスケはあまり口を出さずに四人の会話をきいている。
「それはまあすぐに決めなくても。それより村の質問は? できることを先に片づけよう」
ニバンが茶を飲んで言った。サンバンが質問書をテーブルに広げる。
「あの、ぼくはここにいてもいいんですか?」
「できれば、当分はわたくしどもの仕事を見学されてはいかがでしょう」
イチバンの返事にほかの三人もうなずく。それでダイスケも後ろで見学させてもらう。
しかし、質問書の字は読めなかった。字のならび方からすると横書きらしいが、左からなのか右から読むのかさえ分からない。話し言葉はわかるのに、書き言葉はわからない。ちょうどかれらが漢字を読めなかったようなものだろうか。
これがなにか理由あってなのか、たんにサイ子がいいかげんなだけなのか、機会があったら問い詰めてやろうとクリップボードにメモをした。
「お夕飯、なに食べたい?」
イチバンは広げられた質問書を見ながらサンバンとヨンバンにきいた。
(え、イチバンさん、どうしたの?)
「肉。脂身たっぷりの」サンバンは大声で返事する。
「わたくしは魚がいいですわ」とヨンバン。
「サンバンは脂好きだな。もたれないの?」
ニバンがあきれたように言う。
「食べた分からだ動かせばいいんだよ。ニバンは座って考えてばかりだから」
そう言ってサンバンはニバンの腰回りに目をやる。ニバンは横目でにらむ。
「そうねえ、お魚の干物があまり気味なので、つかってしまいたいのよ」
イチバンはヨンバンのほうを見、魚の提案を取り上げそうな素振りをする。
「ええー。村でひと仕事してきたしー。にくぅー」
(みんな、仕事は?)
「焼き肉をしたつもりで焼き魚と言うのはいかが」
「ヨンバン、魚は肉の代わりにはならないの。足がないだろ」
サンバンが口をとがらせて言った。ニバンが後ろのダイスケを振り返る。
「ダイスケ様はなにがいい?」
四人の注目が集まった。
「あの、質問はどうなってるんですか。いまは仕事の会議なんじゃないんですか」
「そうですわ。大切な会議です。神託の際にそなえる供物を決めなければなりません」
イチバンが冷静に答える。たしかにそう言われてみると、どうせサイ子が神託を下すのだから、質問そのものに対してどうこう相談しても無駄なのだろう。それで、供物の決定が会議の議題になるわけか。
(……って、納得できないけど、納得するしかないよな)
そう無理やり自分に言いきかせて、ダイスケも腕を組んで考えてみた。かれ自身としては肉系が続いたのでそろそろ魚を食べたい。しかし、サンバンの強い希望を満足させてもやりたい。一方、ニバンの腰回りも心配だ。
「イチバンさんはなにが食べたいの?」
「あっさりとしたお野菜の汁物がいいですわ。干物でおだしを取りましょう」
ほかの三人がいっせいに口をとがらせる。仮に序列があったとしても、その程度のものらしい。
それにしても完全に意見が割れた。どうしよう。決める前に、ダイスケは疑問点を確認しておこうと思った。
「みんな別々の献立ではだめなの?」
「供物はあるていど統一感の取れた構成でないといけません。まったく別々のおかずというのはサイ様の機嫌を損ねます。神託をいただけないでしょう」
「ふうん。じゃ、たとえばサンバンさんの要望のみ供物としてささげて、ほかの人は手伝いに作ってもらったら?」
「それもいけません。神託に参加した女官はおなじ献立を食べるのが信仰の証です。そして、神託はその場にいるもの全員が参加しないといけないのです」
「じゃあ、だれかががまんしないと」
「えー、肉がいいー、あぶらみー」
「魚にいたしましょう。あまっているようですし」
「お野菜はお通じによろしいと言います」
「ニバンさんはずっと黙ってるけど、なにか希望は?」
「あ、わたくしはお野菜がいいです」
ニバンは自分の腰に手をやっている。さっきのサンバンの目線で動揺しているらしい。
ダイスケはあごに手をやって考える。表面的には野菜に二票だが、ニバンさんは心からの選択ではないだろう。全員を満足させ、サイ子にも拒否されない統一感ある献立はないか。
ある。なにを悩んでるんだ。考えるまでもない。あるよ。
「じゃ、ちゃんこ鍋にしよう」
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