三 神託の儀式とたのしい夕ご飯とお風呂

 イチバンとニバンは顔を見合わせてうなずき、手伝いの子たちに掃除などの指示をしてから、神殿一階広間の横にある個室に案内してくれた。ふだんは相談に来た町村の代表者の話をきく部屋だと言う。会議室だ。テーブルと椅子が数脚あり、三人はそれぞれそばの椅子を引き寄せて座った。

 ダイスケは元の世界や、そこで死んだこと、サイ子にひろわれて魂をつなぎ合わされたこと、それからこの世界へ投下されたことを時間をかけて話した。

 また、サイ子の言った言葉や、実験のためという目的や、いまも観察されていることを包み隠さず伝えた。

 そして、ダイスケ自身はまだ半信半疑であり、いま経験しているこれ自体夢なんじゃないかと思っていると正直にうちあけた。


「だから、ぼくは神の子とか試練の子とか、サイ子なんていう神様の関係者ではありません。ましてやありがたがられるような者ではありません」

 ふたりとも衝撃を受けているが、ニバンのほうが先に回復した。

「その話が本当かどうかはサイ様にきけばわかる。この後すぐに儀式を始めて神託を受けてみる。でも、仮に本当だとしたら、経緯や目的がなんであれ、ダイスケ様はサイ様のお遣わしになった存在にはちがいない。『神様の関係者ではありません』って言うけど、りっぱな関係者だよ」

「わたくしは……、わたくしはまったくわかりません。ほかにもうひとつ世界があって、そこの人がこっちにやってくるなんて。サイ様以外に世界を創造できる神がいるなんて」

「でも、ダイスケ様の話だとサイ様の姉上なんだから、べつに変でもない。ここがよその世界の写しっていうのはにわかには信じられないけど」

 三人とも黙ってしまった。放し飼いにされているのだろうか、鶏がいまごろ時をつくっていた。


 とりあえずダイスケは追い出されなかった。それについては神託と、ほかの四人が帰ってくるのを待って決定される。それまではサイ様のお遣わしとしてもてなされる。

 イチバンとニバンは『預言の池』のそばでさっそく儀式の準備を行い、整いしだい始めた。神託の儀式は女官の人数が多ければ多いほどいいが、最低二人いれば成立すると言う。 また、儀式はよほどのことがない限り『預言の池』で行うが、この池の水さえあれば可能で、非常時には神殿以外ですることもある。それで、どこでも二人一組でいるようにしているのだと教えてくれた。ただし、神殿以外にサイ様を呼びだすのは無礼であり、かなり機嫌を損ねられるそうだ。

 準備をしているところを邪魔しないように見学させてもらい、腰の短剣の用途も分かった。儀式につかうさまざまなものを切りきざんだりつぶしたりするのにつかうようだ。包丁みたいなものだろう。

 準備中はイチバンよりニバンのほうが口をきいてくれた。いちど打ち解けるとおしゃべりになるらしい。逆に、イチバンは準備中はまわりが目に入りにくくなるようで、なにかきいても無視されるようになった。

「イチバンはいつもこうだから。許してあげて、悪気ないのよ」

「女官さんの名前って、どこでも全員数字なんですか」

「そ。生まれた時の幼名はあるけど、神託で選ばれたときに数字名前がつくの」

「ほかの神殿の女官とまぎらわしくならないのかな」

「ほとんど交流ないからね。わたしたちはよその土地へは行かないし」

 イチバンとニバンはさっと指先を切って石畳に血を一滴たらした。ダイスケが「うわ」と驚くと、驚いたことに対して変な目で見られた。

「儀式には、食用の穀物、食用の肉、『預言の池』の水、それからあたしたち二人分の生きた血が一滴ずついる。驚かないで」

「痛くないの」

 ニバンがじっとダイスケを見つめた。

「そんな心配してくれる人初めてだ。大丈夫、この短剣は特別のやり方で研がれてて痛くないし、傷もずっとは残らない。でも、ありがとう」


 夕方、儀式が始まった。洞窟の天井の穴から夕空の赤っぽい雲が見えている。かがり火が揺れているが、火の粉はすくなかった。ふたりはひざまずき、ダイスケもうしろのほうで身を低くして静かにしていた。

 ふたりが口の中で低く祈りの文句を唱えている。ダイスケの場所では意味が取れるほどはきき取れなかった。池の水が青く光りだす。それとともに室温が上がってきたが、熱源はわからない。

 青く光る水がスクリーンのように立ち上がった。そこにサイ子の顔が浮かぶ。

「わが神託を受けたいと言うのはそなたたちか」

(なにが「わが」だ。気取ったしゃべり方しやがる)

 ダイスケは文句を言ってやりたいのをこらえた。ふたりの立場が悪くなっては気の毒だ。ここはじっとがまんしよう。

「サイ様。御前に控えまするはイチバンとニバン、忠実な僕でございます」

 イチバンが床の石に額をこすりつけんばかりにして言う。

「ニバンでございます。ひとつ質問がございます」

 ニバンは敬意は示しているが、あっさり目だった。いつもこうなのか、さっきのダイスケの話が影響を与えたのかどうかはわからない。

「わかっておる。そのうしろにいるダイスケについてだな。面倒だから先に答えるが、その者が話した内容は本当だ。うそいつわりや隠している部分はない」

 水の顔はダイスケのほうを見た。

「おまえ、ちょっと見直したぞ。ああいうとき、自分につごうよく話を作らずになにもかも話すとは思ってもいなかった」

 返事をしようかどうか迷ったが、こっちを向いているし、答えたほうがいいだろうと思った。

「どうせうそついても、こうなるってわかってたし、あんたが見てるのは知ってたしな」

 さっきのがまんを忘れて、つい乱暴な口をきいてしまう。こいつの顔と声にはいらいらさせられる。

 イチバンとニバンの肩がびくっと動いた。口のききかたに衝撃を受けたらしい。

「肉体を持っても生意気なところはそのままだな。しかし、ここはわたしの世界だと言うのを忘れるな」

「おまえこそ忘れるな。手を出さずに観察するだけって言っただろう」

 水の中の顔がぐっと詰まった表情になった。

(よし、勝った)

 サイ子は目をダイスケからふたりに移す。

「とにかく、このダイスケと言う者はまちがいなくわが遣わした者である。そのように待遇せよ」

 ふたりはさらに這いつくばるように礼をし、サイ子は消えていった。水は元の通り静かになり、光も消え、かがり火だけになった。空はすっかり暗くなっている。

 それとともになにかいい匂いがただよってきた。供物の穀物はほどよく蒸され、肉はこんがりと焼けたようだ。

 ニバンが振り返る。

「神託は下りました。お夕飯にしましょう」


 食堂もそうだが、ここでは儀式や調理につかう火をのぞけば、室内の明かりはろうそくか、行灯のような覆いのある火をつかっていた。気のせいか、火の大きさの割に明るく感じる。目が慣れたためでもあるだろうが、ろうや油、芯の素材がちがうのだろうか。とにかく、ここでは灯りをけちっていなかった。

 夕飯は香草をすりこんだ鶏肉の蒸し焼きと、もち米を蒸してまとめたものだった。それは餅にはなっておらず、例えてみれば餡のない半殺しの牡丹餅だった。それで食事中に餅について教えると二人は大変興味を引かれたようで、サンバンが力があるからついてもらおうと決まった。

「臼と杵のかわりになりそうなものはあったかしら」

 イチバンがダイスケの話を手伝いに説明し、そういう道具を探しておいてと頼んでいる。

 食事はふだんは朝と夕の二食で、大掃除など体を使った労働をする日は間に少しずつ食べる時もあると言う。

「ダイスケ様の世界では三食なのですか。たくさん召し上がるのですね」

「でも、朝が少なめだし、食べない人もいるから、絶対三食とは決まってないよ」

「朝食べないなんて信じられない。どうやって昼間仕事するの」

 ニバンの話し方をイチバンは面白く思っていないらしい。横目でじっと見ている。


 食後、ダイスケはふたりをまた驚かせてしまった。皿を台所まで運ぼうとしたら、神のお遣わしはなにもしなくていいと止められた。

「いいよ。元の世界ではしてた習慣だし」

 それでもさすがに皿洗いはさせてくれなかった。手伝いの娘たちの仕事だからと台所から押し出され、引っ張られるように連れ出された。

「ダイスケ様には驚かされるね。自分でなんでもしようとする」

「まさか、お風呂もひとりで入るっておっしゃられるんじゃないでしょうね」

「いくらなんでも、それはないよ。イチバン」

(いや、えーっと……。なにをおっしゃってるんですか。おふたりは)


 それから、風呂にひとりで入るのを納得させるのに汗をかいた。もしかしたら、今日いちばん汗をかいたかもしれない。

 浴室自体は熱を保つためかそれほど広くはなかったが、木の湯船は手足を伸ばせるほど広く、湯は澄んで熱かった。床は石で、湯を沸かす熱で床も温めているそうなので山の夜でも冷たくはない。また、茶を飲んだ時に分かったが、水質は元の世界と変わりない。石鹸まであったが、香料が入っていなかった。そこまではコピーされていないようだ。

 そして、サイ子が約束を守るならば、ここは観察外だ。ダイスケは心身ともにのびのびした。

「あのう……」

 となりの脱衣場から声がした。

(うわっ)

 イチバンだった。

「ほんとうにおひとりでよろしいのですか」

「よろしいんです。大丈夫です」

「恥ずかしがらなくてもよろしいんですのよ。昨夜わたくしども全員がダイスケ様の、その、全部見ておりますから」

「いや、まあ、そういうことではなくて、とにかく風呂はひとりがいいんです」

(それに、いまは気を失っていないよ)

「では、お着替えここに置いておきますから」

 イチバンが脱衣場から出ていく気配がしてダイスケはほっとした。あの扉に鍵をつけたほうがいいかもしれないなと思う。

 たっぷり風呂を楽しんで着替えるとさっぱりした。鏡や櫛やドライヤーなどはないので、適当に手櫛でまとめておいた。女官たちは髪をきれいにまとめているので、自分用の櫛かブラシをそろえようと心のメモに書きこんだ。


 昨夜寝かされた自分の部屋にもどって考えてみると、次から次へとほしいものが出てくる。洗面用具もない、筆記用具もない、ないない尽くしだ。


 そして、なにをしていいか目標もない。


 サイ子はただ思うままに生きてみろと言ったが、この世界であの女官たちにありがたがられてすごすのだろうか。それも楽な人生だろうが楽すぎる。元の世界ですら、学校はエスカレーター式に上がって楽ではあったが、社会に出てなにかを成しとげよう、何者かにはなろうと思うことくらいはできた。

 ここはどうだ。さっそくだが、明日の朝からなにをすればいい?

 元の世界ならとりあえず学校へ行って勉強すればよかった。でも、ここではどこへ行ってなにをしたらいい?

 皿洗いだってさせてはくれない。断らなかったら自分の体だって洗わせてくれなかっただろう。

 なんだかわからなくなってきた。もういいや。寝よう。明日は明日の風が吹く。明日の太陽が昇ったら考えよう。


 しかし、そう思った矢先に困ってしまう。寝る前に歯を磨こうにも歯ブラシなんかはない。洗面をどうしているか手伝いをつかまえてきくと、塩で磨いて糸ですき間掃除をすると言う。そこで、それらをそろえてもらい、ついでに櫛を分けてもらった。なにがおかしいのか始終くすくす笑っている。箸が転げてもおかしい年ごろの子は、手伝いに雇ってはいけないと思う。

 苦労して洗面を終え、イチバンとニバンにおやすみの挨拶をしてから、ダイスケは窓の覆いを閉じてろうそくを消した。

 それにしても、寝るのはひとりにしてくれてよかった。


 夜中に目を覚まし、ベッドからニバンに出ていってもらうのに苦労した。朝は冷えるからと言うが、とにかく出ていってもらった。

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