四、アクターは舞台に上がる
その者は、あまりに堂々と舞台の中心に飛び出した。
ユグドラシルの象徴ともいうべき巨木の根元、
黒き扉の前に立つのは、
華麗にその場で三度ターンし、すちゃっとばかりに静止。
軍帽を被った卵頭は、深々とお辞儀する。
タブラはむっとする。そこは敬礼だろう、と。
どこぞの骸骨が「敬礼は止めないか?」と
朗々としてよく通る声が彼ら五人に向けられる。
「お取り込み中、たいへん失礼いたしました! 私はパンドラズ・アクター、アインズ様に創造されし宝物殿の領域守護者でございます」
わざわざくるっと背を向け、軍帽を目深に引き下ろし、肩越しに振り向いて低く
「以後、お見知りおきを」
……さっきとは別の意味で空気が凍った。
建御雷の爆笑で、全員が我に返る。
ペロロンチーノが困惑したように
「えっと……たしか、君が俺たちを呼んだんだっけ」
「はっ!
「なんで、なのかな。理由を教えてもらえると嬉しいんだけど」
やさしく穏やかな口調には、人なつっこさがにじみ出ている。
パンドラズ・アクターは何か思うところでもあるのか、ペロロンチーノをしばらく眺めていて、それから跪くと、
「お望みとあらばご説明いたします。
全てはアインズ様のため。あの御方が至高の御方々との再会を何よりも望んでおられると判断したからです。
こちらの世界に御方々が転移されている可能性も否定し切れませんが、しかしその場合にもナザリックに対して好意的な感情を抱いてくださっているか、アインズ様のご友人として戻って来てくださるか不安がございます。
ならばいっそのこと、ナザリックへの愛着を約束されたあなた方を召喚すれば、と……それによって皆が眠りに閉ざされ、目覚めることがないとしても、アインズ様さえお幸せならばそれでよいと考えました」
たっちは驚いたように聞き入っていたが、パンドラズ・アクターが話し終えると憤然と前に出て、
「馬鹿な。モモンガさんがシモベたちの多くを死なせる方法をよしとするはずがない!」
「永劫に近い生を与えられるよりも、己の創造主と共に在る限られた日々を過ごしたいと、シモベならば願うでしょう。その気持ちはアインズ様とてご承知のはず」
「だが、それではナザリックは――」
「私がナザリックを守ります」
はにわ顔のくせに、妙に迫力があった。
「このアイテム『ナイトメア・カーニバル』は、使用者に対してのみ様々な規則が適用外となります。ナザリックが夢に閉ざされても、私は
タブラはふむふむと、やはり傍観者のように聞きながら、こいつモモンガさんのこと以外は本当のところどうでもいいんだろうなと、そんなことを考えている。
アンデッドであるあのひとは、夢に閉ざされようがいつまででも生きられる。
殺されない限り。
なにか言い募ろうとしたたっちを、ペロロンチーノが片手を挙げて制する。
珍しい光景だ。
だからこそだろう、たっちも頷いて発言を譲る。
ペロロンチーノはぺこりと小さくたっちに頭を下げて、パンドラズ・アクターに向き直る。
「でも、それじゃパンドラズ・アクターは寂しいじゃないか。ひとりぼっちになる。俺は……もしもナザリックが夢に閉ざされるんなら、仲間はずれはいちゃいけないと思うよ。モモンガさんだって、きっと自分のNPCにそんな孤独を押しつけたくないはずだ」
「これはペロロンチーノ様、なんと慈悲深きお言葉! ですが――そのように仰せになってくださるならば、なぜアインズ様のことは
ペロロンチーノがぐっと詰まると、パンドラズ・アクターは
「あの御方は、常に孤独に
「……そうかもしれない。いや、そうだね。あのひとが俺たちを待っていることは知っていたんだ。でも……ああ、いや……何を言っても言い訳にしか聞こえないか。うん。悪かった。でも、俺たちが悪かったせいでパンドラズ・アクターが寂しいのは、やっぱりおかしいよ」
「私はあの御方が苦しみながら負ってこられた責務を引き受けたいと願っております。あの御方があなた方と再び共に在り、共に過ごし、そこに大いなる幸福を感じてくださっていると確信するだけで、私もまたこの上ない幸福に包まれるでしょう」
たとえ誰一人、パンドラズ・アクターを見なくても。
たとえ誰一人、パンドラズ・アクターに声をかけなくても。
たとえ誰一人、パンドラズ・アクターのことを思い出さなくなっても。
創造主からさえ、存在を忘却されたとしても。
「いい覚悟だ!」
建御雷が割り込んで、機嫌良く賞賛する。
跪いたままのパンドラにのっしのっしと歩み寄り、襟首つかんで強引に立たせ、その背中をばしんと叩く。
パンドラズ・アクターはよろけたのをごまかすように、その場でくるくると回転し、華麗にポーズを決めた。
「よぉし、気に入ったぜパンドラズ・アクター! ところでそのふざけた立ち居振る舞いはモモンガさんの趣味なのか?」
「ふざけてなど! アインズ様が美の
「はっはっはっ、そうかそうか! 美の深奥と来たか!」
ばしばしと叩かれるたび、パンドラズ・アクターが前のめりになっていく。
ウルベルトが咳払いして、やんわりと建御雷を制し、
「ならばパンドラズ・アクターは俺の側に味方する、ということでいいのか? 俺は俺たちが生き続けるために
「おお! 願ってもないお言葉ですな。ウルベルト様が夢をお守りくださるというのなら、私は全力でお助けします!」
「なら、俺もウルベルトさん側で参戦だ。悪いな、たっちさん」
たっちは深々とため息を吐く。
「……仕方ありませんね。では、ペロロンチーノさんとタブラさんはどうされますか?」
ペロロンチーノはびっくりしたように、「え、俺?」などと言いながら、助けを求めるようにちらちらタブラを見てくる。
タブラは首を傾げ、
「あー……どっち側の味方でもないかな。ちょっとやりたいことがあるんで……基本的にみんなの邪魔はしないよ。とりあえずアルベドと二人きりにしてくれれば、それでいい。もしもみんなが争ったあともまだしぶとく生きていたら、勝った方の陣営に従う」
了解しました、とたっちが頷き、ウルベルトも頷く。そして二人の視線がペロロンチーノに集まる。ペロロンチーノは観念したように目を閉じ、深く息を吐くと、
「……俺はたっちさんの側につきます」
ウルベルトが頷いて、「ペロロンさんに恨みはありませんが、
たっちは皆を見回し、
「さて、この空間は広大です。それぞれ作戦会議をするだけの余裕はあります。この扉を出るまで戦闘行為は禁止としませんか」
「いいんじゃないか。どうせフレンドリーファイアはダメージ量が限定されてるしな。ここにいる間だけ」
建御雷に言われて、タブラは「そうだったんだ」と言う。みんなが呆気にとられた顔をしているところを見ると、やはり自分だけデータ容量の配分がうまくいっていない。知っているべきことを知らなかったりするようだ。
たっちが気を取り直したように、
「では、私とペロロンチーノさんはあちらの方で。あなた方はそちらの方で作戦会議をしましょうか」
「……どうでもいいが、なんでずっとお前が仕切ってるんだ?」
「細かいことを気にしないでください、ウルベルトさん」
「ふん。いつもいつも気に
こうしてそれぞれに別れ、作戦会議ということになれば。
当然、中立というか別行動な奴は残されるわけで。
タブラはひとりぽつねんと、扉の前にいる。
ここをくぐれば、世界の時間の流れにつかまることになる。今すぐにくぐろうが、さんざんぐだぐだ時間を
(出た先の時間は一分一秒まで決められているタイムマシン、みたいな感じだな。まあ、二つの時間軸があって、どこから移動しても同じ一点に集約されるってことで……なんかそういうSFを思い出しそうで思い出せない。もともと記憶にないのか、データ容量不足で弾かれたか。まあ、SFよりホラーが好きだったから、オリジナルでもこの辺りの知識は
気持ち悪い。
存在意義そのものの揺らぎ。
まがい物としての己への、嫌悪。
破壊衝動とあいまったそれは、歪んだ願望へと彼を駆り立てる。
(たっちさんとウルベルトさんの殺し合いも、観てみたい気もするけど……欲張り過ぎちゃいけないな)
どちらの主張が通ろうとも、タブラにはどうでもいいことだ。
ナザリックがどうなっても、彼の知ったことではない。
そもそも彼は、まがい物でしかないのだから。
ナザリックの命運だのなんだの、考える義理がない。
(オリジナルはもっと熱い男だったのかな?)
なんとなく、他の面子との温度差を感じるから。
今の自分が冷たすぎるのは、データ容量の不足のせいだろうかと考えてみる。
(モモンガさんには関わらないでおこう)
オリジナルとの差異が、あのひとを苦しめることのないように。
その程度の気遣いをするくらいには、友達意識は持っているから。
一方で。
NPCに対してはどうか、などと問えば、タブラは首を傾げるだろう。
設問自体が間違っているのではないかと、不思議そうに。
NPCは、そもそも友達じゃない。
気遣いなんて不要じゃないかと。
一度は捨てた玩具。
ゴミも同然だ。
なら
喜んで――狂ってもらわなくては。
タブラ・スマラグディナは、扉を押し開けた。
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