223話 『宴』の準備9

 ザラメが熱され、ふわふわの綿のような糸状になって樽の中へと広がっていく。

 それを、イメルダに融通してもらった端材で作った木の棒を使って絡め取っていく。


「ほい。一丁上がり」

「「「「おほぉおお!?」」」」


 奇妙な歓声が上がる。

 もうちょっとさぁ、こう、きらきらした感じの声出せないかなぁ。ったく、この連中ときたら。


「ヤシロさん。これが、綿菓子なんですね」

「あぁ。綿みたいだろ」

「はい。ウクリネスさんにお見せしたら、これでクッションでも作っちゃいそうです」

「あぁ、もうそろそろもうろくし始める年齢だからなぁ」

「そんなことないですよ!? ウクリネスさんはまだまだお若いですし! それにそういう意味で言ったわけじゃ……もう、ヤシロさん!」


 綿菓子を見て上機嫌だったジネットの頬が膨らみ、眉がうねって不機嫌顔に変わる。

 その顔の前に綿菓子を差し出すと、一転してぱぁあっと輝くような笑みを浮かべる。

 コロコロとよく表情が変わる顔だ。


「なんだかんだ、ヤシロはいつも店長さんに最初のをあげるさね」

「確かに、そんな気がするです」

「……依怙贔屓。ダメ、絶対」

「ちょっ!? 別に、そんなことねぇだろ?」


 マグダには、前にビワを一つ多くやったろうが。


「で、では、今回はどなたか別の方に――」

「「「「「はいっ!」」」」」


 立候補者、多っ!?


 ロレッタにマグダはもちろん、エステラやノーマも珍しく前へ前へと出てくる。

 んで、筋肉むきむきのヒゲオッサンどもは……うん、無視。


 じゃあまぁ、今回一番に食べるのに相応しいヤツにくれてやるか。


「ほれ、ネフェリー」

「えっ? 私……で、いいの?」

「おう。食って感想を聞かせてくれ」

「わぁ……嬉しい! ありがとね、ヤシロ!」


 両手を合わせて、それを口|(クチバシ)の前に持ってくる。

 ハリウッド女優にサプライズをすると、たま~にこんなポーズで驚くよな、……テレビ用に。

 こいつ、自分が可愛く見える角度とかポーズを研究してるんじゃないだろうな?


 そんなことしなくてもいいんだぞ、ネフェリー。

 お前は、どこから見てもニワトリだから。

 なんんんんんんんっも、変わらないから。


「……また、ネフェリー贔屓」

「これは、いよいよ疑惑が疑わしいです!」

「意味、重複してるよ、ロレッタ……」

「ロレッタのせいで、話の内容が追求から逸れちまったさねぇ」

「えっ!? あたしのせいですか!?」


 なんか、俺のよからぬ噂話が始まりかけて、見事にロレッタがアホの娘を炸裂させた。

 エステラとノーマが可哀想な娘を見るような目で見ている。


「も、もう。変なこと言わないでってば。ヤシロは全然、そんなつもりなかったって。ね、ねぇ、ヤシロ?」

「うんー、そーだよー」

「なんでそんな棒読みなの!?」


 正直、どーでもいーです。

 そんなことよりも、綿菓子を食って「わぁ」だの「きゃー」だの感動してくれ。

 お前がそうしてくれるだけで、俺はこの先、半永久的にザラメが無料で使えるのだ。


「まぁ食べてみてくれって。『パーシーの画期的な発明によってこの街に誕生したまったく新しいタイプのおやつ』を」


 俺が、これでもかと説明を際立たせると、エステラやノーマ、マグダにロレッタあたりから、「あぁ、そういうことか」みたいな声が漏れてきた。

 気付いてないのはネフェリー本人とジネットくらいなもんだ。


「じゃあ、いただくね」


 そう言って、ネフェリーが綿菓子を突く。

 ……あ、「食べる」、だな。つい、視覚的に「突く」をチョイスしちまったぜ。


「んっ!? なにこれ!? すごーい!」


 ネフェリーの表情が「こけー!」と明るくなる。

 ……いや、ごめん。正直、あんまり表情の変化分からないんだよな、こいつ。

 きっと、凄くいい笑顔なのだろう。


「口に入れた瞬間、溶けてなくなっちゃった」

「……溶ける?」

「ホントですか? 見た感じ、ちっとも溶けてるようには見えないですけど?」

「ホントホント! 口に入れると『ふわぁ~』ってなくなっちゃうの!」


 まずは食感に驚いたようだ。

 まぁ、綿菓子を知らなけりゃ、最初に作り方に驚いて、次に見た目、そして食感に驚いて、最後に味に感動する。そんな流れだろう。


「それで、味はどうなんだい?」


 エステラが興味深そうにネフェリーに詰め寄る。

 ネフェリーはネフェリーで、「あっ、いっけない。私ってば、味の感想言い忘れちゃった、ぽかり☆」みたいな仕草をイヤミなくしてみせた後で、改めて感想を述べる。


「すっっっっっっっごく、あまい!」


 ま。砂糖だしな。


「ヤシロ! これ、絶対人気出るよ! 子供も大人も大好きになると思う!」


 いやぁ……大人はどうだろう?

 四十二区の連中ならハマるかもしれないけどな。


「ネフェリーはどうだ? 綿菓子、気に入ったか?」

「もちろん! 私、綿菓子、大っ好き!」

「……だってよ」

「ちょっと待って、あんちゃん…………今、涙が止まんねぇから……」


 ザラメを取りに行くと物凄い速度で店を飛び出していったパーシーは、本来三十分かかる道のりを十二分で駆け抜けてきたのだ。

 その反動で、店に着くなり床に転がって、今の今まで「ぜぇ……ぜぇ……」と死にかけていたのだが……今は別の意味で召されそうだな、天国(パラダイス)に。


「ね、ねぇ……パーシー、大丈夫なの?」

「ん?」


 ネフェリーが、今にも死にそうな(それはそれで本望なんだろうが)パーシーを心配そうに覗き込む。


「なんか、泣いてるよ?」


 泣かせたのはお前だ。

 なにせ「大っ好き!」だもんな。

 パーシーなら、その一言で二年くらい絶食しても生きていけるんじゃねぇかな。


 とはいえ、死なれても困るので、ちょっと救済してやるか。

 パーシーの顔のそばにしゃがみ込んで、パーシーにだけ聞こえる声で囁く。


「なぁ、パーシー。天国の味を知りたくないか?」

「……あんちゃん、ごめん。オレ今、人生で最高の幸せに浸ってんだ……そっとしといてくれし…………どうせ、今以上の幸せなんて、オレの人生ではもうないだろうし……」


 お前の人生、しょっぽいなぁ……しょぽしょぽじゃねぇか。


「ザラメの安定的な供給にご協力、よろしくな」


 それだけ言って、パーシーの肩をぽんと叩いて立ち上がる。


「ネフェリー。パーシーがバテてるから糖分を分けてやってくれねぇか?」

「糖分……って、コレでいいの?」

「あぁ。手も動かせそうにないから、口つけてないところをひと千切り分けてやってくれ」

「うん。いいけど……」


 綿菓子をひとつまみ千切って、それを、仰向けに倒れて腕で涙に濡れた目を隠しているパーシーの口へと近付ける。

 ふわっとした物が触れ、思わずパーシーが口を開ける。

 ひょいっと、そこへ綿菓子を放り込むネフェリー。


 突然口の中に広がった甘みに、パーシーが驚いて顔を上げる。

 と、そこには腰とヒザを曲げて自分を覗き込む愛しきネフェリーの姿が。手には砂糖で出来たという綿菓子。

 そんな視覚からの情報が脳内で一つに繋がり……「綿菓子を食べさせてもらった!?」という事実を導き出し――


「ぶべぅ!」


 ――奇妙な音を漏らして、パーシーが気絶した。

 容量オーバーだったかな。


「…………て、天国の、味…………マジ、パねぇし…………」


 それが、パーシー最後の言葉だった。


「ヤシロ。死者が出たよ」

「即成仏したろうな」

「ホント、安らかな顔さねぇ」

「あ、あの、みなさん。パーシーさん、お亡くなりにはなっていませんからね?」


 気絶したパーシーを囲んで見下ろす。

 涙でアイメイクがぐちゃぐちゃだ。

 号泣したギャルみたいな惨状になっている。


「……けどまぁ、これで綿菓子の材料は」

「半永久的に無料で手に入るですね!」

「え……っと、そういうわけには……」

「「大丈夫、パーシーだから」」


 マグダとロレッタはよく分かっている。

 材料費を抑えれば、販売価格も抑えられる。

 俺たちは利益が上がるし、お客は美味いおやつが安く手に入る。

 誰も不幸にならない。……パーシー以外は。


「ちなみに、綿菓子はさっきみたいに千切ってシェアし合うのも『アリ』だ」


 ネフェリーがしてみせたように、綿菓子を千切ってシェアすれば、みんなで一緒に楽しめる。口を付けることもないから、間接キスが気になるヤツでも大丈夫だ。


「じゃあ、みんなで食べよう」

「いいのかい、ネフェリー?」

「うん。みんな友達だもん」

「ネフェリーはいい娘だね!」

「人間が出来てるんさねぇ」

「……マグダは前からそう思っていた」

「優しさが顔にも出てるです! ね、店長さん」

「うふふ。そうですね」

「も、もう、みんな……褒め過ぎだよ。綿菓子が食べたいだけのくせに」


 女子たちが顔を突き合わせて笑い出す。

 なんともかしましい。

 やっぱり、女子はこういう仲のいい感じがいいよなぁ。


「あたしたちもシェアしましょうね~☆」

「あたしたち、仲良しさんだもんね~☆」

「あぁ~ん、楽しみ~☆」


 盛り上がっているムキムキオッサンの方には、意地でも視線を向けない。意地でもだ!


「んじゃ、もう一つ作るか」


 この綿菓子器は、本体に付いたハンドルを回すことでザラメを入れた筒が回転し、遠心力によって綿状になった砂糖をタライの中へとはき出していく。

 割り箸サイズの木の棒を持って綿菓子を絡め取る係と、ハンドルを回す係、二人の人間が必要になる。

 さっきは、ノーマにハンドルを回してもらった。

 ハンドルは軽い力で回るのだが、終わるまで回し続けなければいけないため、少々面倒だったりする。

 本番はデリアに任せようと思っている。

 やっぱ獣人族のパワーは必要だな。何をやるにしても。


「すまんが、誰か手伝いを……」


 言いながら視線を向けると、きっらきらした瞳がたくさん、俺をじぃ~っと見つめていた。

 全員やりたいらしい。

 棒に絡め取る方を。


 パーシーは気絶してるし、オッサンどもは「乙女に力仕事頼むなんて、ヤシロちゃん、乙女心を分かってなぁ~い」「女の子はね、頼れる男の子にきゅんってきちゃうのよ」とか、訳の分からないことを言われるので頼めない。


 結局、俺が回すしかないか。

 頼めそうなマグダやノーマは、「自分の番で失敗したくない」一心で、他人のやる作業を見学したがるだろう。

 ……しょうがねぇな。


「順番な」

「「「「「「はーい!」」」」」」


 物凄くいい返事が返ってきた。

 園児か、お前らは。


「くっ、意外と難しいさね」

「見てた時は簡単そうだったのに」


 じゃんけんで順番を決め、一番になったノーマと、二番のエステラは上手くまとまらない綿菓子に苦戦し、いびつな形の綿菓子を作り上げた。

 ノーマは強引に手で形を作り誤魔化して、エステラは妙に細長い変な形になっていた。


「……『白いふわふわしたなんか甘いおやつ』vs『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』」

「『赤モヤ』使うなよ、こんなもんに!?」

「……ヤシロ、その略称は失礼。これはトラ人族に伝わる由緒正しき……」

「分かったから早くやれ! 疲れんだよ、ハンドル係!」


 不服そうなマグダだったが、ジネットに棒を渡され綿菓子作りを始める。

 何度か見るうちにコツでも見つけ出したのか、マグダの綿菓子は綺麗なふわふわを形成していた。


「……そしてここで、ザラメ、追加っ」

「勝手に増やすな!」

「……巨大綿菓子を作る所存」

「そういうの無し!」


 マグダが勝手に追加してしまったので、急いでネフェリーにバトンタッチしてもらう。


「ちょ、私、まだ心の準備が……!」


 いらんいらん、そんな準備。

 日本なら、ビュッフェとか行きゃあ置いてあったりする、誰にでも出来るもんだからよ。

 俺がガキの頃はデパートの屋上遊園に置いてあったんだよな。百円入れると一回分のザラメが出てきて、本体の横らへんに割り箸が入った箱が付いててさ。


「あ、見て見て! 結構綺麗じゃない?」

「わぁ、凄いです。ネフェリーさん」


 あ、考え事してたらネフェリーのやるとこ全然見てなかった。

 まぁ、見守るほどのものでもないんだけどな。


 ……で、失敗した最初の二人が悔しそうに見つめている。

 うわぁ、「リベンジしたい!」みたいな顔でこっち見てるわぁ……


「それじゃあ、いよいよあたしの出番です!」


 ロレッタが腕まくりをして前に進み出て、普通に成功させた。


「なんか盛り上がりに欠けるです!? みなさん、もっと盛り上がってです! あたしの綿菓子、いい感じに出来たですよ!?」

「いや、マグダとネフェリーも成功させてるし、なんかもう騒ぐほどでもないかなって」

「酷いです! ズルいです! あたしも褒めてです!」

「上手でしたよ、ロレッタさん」


 お人好しのジネットがわざわざ褒めてやっている。

 まぁ、これで、綿菓子は誰にでも作れることが分かった。

『宴』の際には、ガキどもに自分で作らせてやるのもいいかもしれないな。


「自分で作れる」を売りにすれば、陽だまり亭でも大ヒットするかもしれない。

 自分でやると、なんか楽しいんだよな。綿菓子とかソフトクリームとか。

 ……ソフトクリームは、さすがに無理だよな。


「最後はわたしですね」


 そして、満を持してジネットの登場だ。

 と言っても、普通に成功させるだろう。

 まさか、綿菓子に『こだわり』を発揮させたりはしないはずだ。


「じゃあ、行くぞ」

「はい。お願いします」


 ザラメを投入し、ハンドルを回す。


「~♪」

「ごふっ!」

「ヤシロさん!?」

「いや、平気だから……続けてくれ」


 突然、ジネットが童謡を歌い出したので動揺してしまった。

 俺が教えてやった歌だ……くそ、もはやこの曲は聴くだけで恥ずかしい。


「ジネットちゃん。今のはなんの歌だい? 聞いたことないけど」

「えぇい、エステラ! 料理中に近寄るな! 火傷するぞ!」

「なんだよぉ、もう。怖い顔しちゃってさぁ」


 近付いてきたエステラを威嚇して排除する。

 ……深く突っ込むな。聞き流せ。そして帰り道で転んで頭打ってここでの記憶を失え。


「ふん、ふん、ふ~ん♪」


 ん……?

 おかしいな。俺が教えた歌はそんなワルツ調ではなかったはずだが……


「ふぅ~ん、ふふ~ん♪」


 あぁ、そうだった。

 ジネットはリズム感と音感というものを持ち合わせていない生き物だった。


「下手っぴ」

「はぅっ!? ひ、酷いです。確かに、初めてなので手際は悪いかもしれませんけど……」


 違ぇよ。綿菓子のことを言ってんじゃなくて、歌の方だよ。


「こうで、こうして、こう~♪」


 なぜ歌うのか。

 まぁ、楽しそうで何よりだ…………ん?


「~♪」


 体を小さく揺らし、弧を描いた口から奇妙ながら楽し気な鼻歌をもらす。

 ジネットって……こんな顔をして料理してるのか。


 陽だまり亭リフォームの際に厨房をアイランド型のキッチンに変更したのだが、そっちは主に盛りつけや俺が手伝う時に使用していて、ジネットはいつも壁際のかまどを使っていた。だから、いつも厨房に立つジネットを見る時は背中からばかりだったが……


 綿菓子器のハンドルを回す俺と向かい合うようにして立つジネット。

 少し屈んでタライの中を覗き込んでいるから尚更、今日はジネットの顔がよく見える。

 料理をするジネットの顔を、こんなに近くで、真正面から見たことは、これまでなかった。


 なんというか……

 ジネットの作る料理が美味い理由のひとつが分かった気がした。


 こんないい表情で作られちゃ、そりゃ飯も美味くなるわな。

 ま、顔で味が変わるわけはないのだが。

 そんなことを考えながらも、ついつい見つめてしまう。

 ジネットのその笑顔は、なんだか……、懐かしいような気がした。


「ヤシロさん、見てください。上手に出来まし……きゃっ」


 ふわふわの綿菓子を完成させたジネットは、顔を上げるなり小さな悲鳴を漏らす。


「ビ……ビックリしました」

「あ、すまん」


 まずい。

 あまりにガン見し過ぎてしまった。


「どうせまた、前かがみになったジネットちゃんの胸元でもガン見してたんでしょ?」

「ん? おぉ、そうだ。そういうことだ。おっぱいわーいわい!」


 ジネットがあんまり楽しそうに料理してるから見惚れていた……なんて思われるくらいなら、「またこのおっぱいマンは……」と呆れられている方がマシだ。


「……な~んか、いつもと違う」


 こういう時にはなんでか妙に鋭い勘を発揮させるエステラが、微かに眉根を寄せる。

 勘ぐるなっつぅのに。


「あの、ヤシロさん。どうですか?」


 目の前に綿菓子が差し出される。

 それは見事なまでにもこもこでふわふわで、ガキにでも見せれば諸手を挙げて大喜びしそうなほど、完璧な綿菓子だった。


「採点をお願いします」


 そして、その向こうで満点の笑みが花を咲かせる。

 そんな笑顔されちゃ、厳しいこと言えないだろうが。


「完璧だな。免許皆伝だ」

「本当ですか!? わぁ~い、嬉しいです」


「わぁ~い」って……お前。

 いまどきネフェリーでも言わないぞ、そんなの。


「やっぱり、ジネットちゃんが作ると美味しそうに見えるんだよねぇ」

「ホントさねぇ。何が違うんかぃねぇ?」

「材料は一緒なのに、完成品がえらい違うです」

「……ふふん。素人には分かるまい」

「はいはい。マグダもどうせ分かってないんでしょう。偉ぶらないの」


 ネフェリーがマグダを諭している。成功者の余裕か?


 お前らには分からないかもしれないな。ジネットとお前らの違いが。

 エステラとノーマの顔には「上手くやってやろう」という『がっつき』が出ていたし、マグダとロレッタの顔には「早くマスターしたい」という貪欲さが出ていたし、ネフェリーの顔はニワトリだった。

 そんな中、ジネットだけが楽しそうに綿菓子と向き合っていたのだ。


 おそらく、こいつの頭の中には「美味しく食べてほしい」という、食べる者への思いが込められていたのだろう。

「誰のために作るのか」、それがジネットとそれ以外の連中では明確に異なっていた。


 料理は愛情――なんて言うつもりはないが、でもやっぱり、食べる者のことを考えて、食べてもらうために作られた料理は美味しくなるのではないかと思う。


「では、これはヤシロさんへ」

「へ?」

「ヤシロさんだけ、まだ食べてませんよね」


 見渡すと、金物ギルドのオッサンたちがみんなで綿菓子を「あたしたち、仲良し~」とか言い合ってシェアしていた。……誰が作ったヤツだ、あれ?


「よければ、召し上がってください」

「あ、ズルいよヤシロ! ボクもジネットちゃんの綿菓子食べたい」

「……マグダにもその資格はある」

「なら、あたしも食べたいです!」


 ジネットに群がる女子たち。……ハイエナどもめ。

 だが、ジネットは笑顔でそれを一蹴する。


「今回は、ヤシロさんに、です」


 にっこりと笑い、有無を言わさぬ朗らかさで全員を黙らせる。

 そう言われては、誰にも反論出来ないだろう。


「ジネットちゃんも、結構ヤシロに最初のをあげてるよね」

「……贔屓であると感じることは、ままある」

「お兄ちゃん、ズルいです」


 ズルいって……


「ふふ。そうですね」


 てっきり照れて、盛大に焦って反論するのかと思ったのだが、ジネットは驚くほどあっさりとそれを認めた。

 こっちがビックリしてしまうほど、あっさりと。


「だって、ヤシロさんに優しくしておくと、あとでいいことがありますから。ね?」

「……賄賂かよ」


 くすくすと肩を揺らして、「そうかもしれませんね」なんて笑うジネット。

 お前は軽い冗談のつもりかもしれんがなぁ……っとに。

 とりあえず、折角もらった綿菓子だ。誰にも盗られないように口を付けて齧りつく。

 あぁ、甘い甘い。


 と、そこへ――


「失礼いたします」


 ――ナタリアが陽だまり亭へとやって来た。


「おや? 珍しい物がありますね」


 店の中にどんと置かれた綿菓子器を見て興味を示す。

 そして、その向こうで固まっているムキムキオッサンどもに視線をちらりと向ける。


「珍しい生き物もいるようですね」

「「「んもう! ひ~ど~い、ナタリアちゃん!」」」


 酷いのはお前らの生態だ。

 くねくね動くなオッサンども。


「それで、ナタリア。何かあったのかい?」

「はい。ミスター・ドナーティからお手紙が届きました」


 来た。


 マーゥルに手紙を頼み、直接的でも間接的でもいいからドニスに働きかけてもらい、なんとか二十四区教会での『宴』に参加する方向へ誘導してもらっていたのだが、その結果が今ここに到着した。


 これで、ドニスが不参加なら、今回の『宴』は失敗となる。

 単なる交流会に留まってしまうだろう。それはそれで意味があるのかもしれんが……『BU』をひっくり返すにはそれでは足りないのだ。


 エステラが一度こちらへ視線を向け、そしてナタリアから受け取った手紙を開封する。


 一同が固唾を飲んで見守る中、エステラの瞳が手紙の上を素早く移動していく。

 左から右、そして上から下へと。


 そして……


「ヤシロ」


 手紙を折りたたんだ後、エステラは――


「『宴』は三日後に開催決定だよ」


 ――勝利の笑みを浮かべた。


 ドニスが時間を作ってくれたようだ。

 あらかじめ、二十四区教会と麹職人リベカには了解を得てある。

 前もって連絡をくれれば日程を合わせてくれるという約束も取り付けてある。


「ナタリア、ボクはすぐに二十四区の教会と麹工房へ手紙を書くから、早馬車の手配をしておいて」

「かしこまりました」


 エステラがナタリアに指示を出す横で、俺も周りの連中に指示を出す。


「マグダはトルベック工務店、ロレッタはデリアに今のことを伝えてきてくれ」

「……了解した」

「分かったです!」

「では、わたしはシスターにお知らせしてきますね」

「頼む。ノーマとオッサンどもは俺と一緒にベアリングの仕上げだ」

「分かったさね!」

「「「まかせて~!」」」


 一気に時間が動き出す。

 その場にいる者が、各々の成すべきことを成す。


『宴』が決まったのはありがたいが、決まっちまったらもう後戻りは出来ない。

 あとは、何がなんでも成功させるしか道は残されていない。


「ねぇ、ヤシロ。お店はどうするの?」

「あぁ、すまん、ネフェリー。頼めるか?」

「うん。任せて」


 ジネットが教会から戻るまでの間、留守番を頼む。

 教会は明日でもよさそうなのだが……ガキを連れて行く以上、準備の時間は多い方がいいだろう。


「パーシー、寝かせておいていいのかな?」

「邪魔なら隅っこに引っ張ってって放置でいいぞ」

「あの、毛布を持ってきますね」


 パーシー放置案に異論があるのか、ジネットは急いでカウンターの向こうへと駆けていった。


「唐辛子でも振りかけておけば体温が上がって風邪も引かないと思うんだがなぁ、パーシーなら」

「ヤシロ……ないから」

「あたし、超特急で行ってすぐ帰ってくるです! 店番、任されるです!」


 言うが早いか、ロレッタは店を飛び出していった。

 ネフェリー一人に任せてはおけないと思ったのだろう。あいつが急げばすぐに帰ってこられるはずだ。


「じゃあネフェリー。客が来たら、ロレッタが戻るまで待たせておいてくれ」

「うん。分かった」

「……軽快なトークでも披露しながら」

「ハードル上げないでよ、マグダ……」


 そして、各々がそれぞれの役割を果たすために店を出る。

 出来ることは全部やる。

 ドニスを引き込むために。そして、『BU』の連中をやり込めるために。


 厚ぼったい言い方をすれば――四十二区を守るために。



 ま、ガラじゃないけどな。俺には。






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