後日譚44 エビバディ・カモン☆
人は、雰囲気によって左右されやすい生き物だ。
どんな種族であれ、どんな性格であれ、人は少なからず周りの空気に影響されてしまう。
かの有名な神話。『天岩戸』の話にもあるように、不機嫌な天照大神でさえ、楽しい雰囲気の中で怒りや憤り、悲しさや寂しさといった負の感情を持続させることは出来なかった。
と、いうわけで――
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
「あぁ~~~~ぃあぃあぃあぃあ~~~~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~~~~~!」
陽気なリズムで歌い踊ってみた。
「何事だいっ、朝から騒々しぃねっ!?」
陽気なリズムに合わせて歌い踊る俺たちの前に、怒り満面のバレリアが現れた。
……おかしい。こんなに楽しげなのに、全然笑ってくれない。
「ヤシロさん。楽しさが足りないのでは?」
「よし、テメェら! スピードアップだ!」
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
ズンダドッドズンダドッドズンダドッドズンダドドドズンダドド!
「あぁ~ぃあぃあぃあぃあ~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~!」
「やめないかっ! 近所迷惑だよっ!」
「ヤシロさん、激し過ぎたのでは?」
「よし、テメェら! 緩やかなリズムでだ!」
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
ズン、ダ、ドッ、トトッ、ズン、ダ、ドッ、トトッ。
「あ~ぁ~~~~ぃ~ぁ~あぁ~あ~~~ぉお~~~~」
「もういいわっ! なんなんだい! 嫌がらせをしに来たのかい!?」
うむ。どうやら、総合エンターテイメント集団『シルク・ド・ヤシロンチュ』は不評のようだな。
本家のようなアクロバティックな演目がなかったからか?
「で、でも。バレリアさんがちゃんと出てきてくれましたねっ。大成功です!」
「いや、ジネットちゃん……さすがに大成功は言い過ぎだよ」
陽気なリズムでテンションがハイになっているジネットと、元来のひねくれ性分があだとなり陽気になりきれないエステラ。
エステラ。お前ももっと素直になれよ。踊りはいいぞ? 楽しいぞ?
それ、皆の衆。エステラに楽しい気分をプレゼントだ!
ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド、ズンダドッド!
「あぁ~~~~ぃあぃあぃあぃあ~~~~! おぉ~ぇおぇおぇおぇお~~~~~!」
「ボクに向かってやらないでくれるかな!? ちょっと怖いんだよ、コレ!」
おかしいな……やっている俺は物凄く楽しいのに。
「……ヤシロってさぁ、こういう、他人が微妙な気分になるヤツ、好きだよね?」
エステラが呆れ顔で俺を見ている。
……こいつは何を言っているんだ? まったく理解が出来ん。
「うま~ろ」
「ハイ~っす」
アメリカ大陸の先住民的な衣装を身に纏ったウーマロが、その民族の英雄のように気飾った俺のもとへと駆けてくる。
そして、エステラを指さして俺に説明してくれる。
「ぼんご、ばっばもーる、えれえれおー」
「なにそれ!? え、なにそれ!?」
エステラが戸惑っているので、仕方なく状況を説明してやる。
「通訳だ」
「いらないでしょ!? 『強制翻訳魔法』があるのに!」
「雰囲気だ」
「っていうか、今、めっちゃ言葉通じてるじゃないか!?」
まったく。『演出』というものを何も分かっていないヤツだ。
こういうディティールにこだわることで、バレリアも固く閉ざした心の扉を開き、俺たちの話を素直に聞き入れてくれるようになるのだ。
「ヤシロさん、大変ですっ! バレリアさんが家へ帰っていかれます!」
「ちょっ! 待て待て待て! うま~ろ!」
「ぼんごっ! ば~らっぼ、えれえれおー~!」
「ウーマロッ、通訳いらないってば! 君ら、真面目にやる気はあるのかい!?」
俺とウーマロのナイスコンビネーションにいちいちケチをつけるエステラ。
はっは~ん……さては混ざりたいんだな?
「はっは~ん……さては混ざりたいんッスね?」
「……刺すよ?」
「ウーマロ。そんなわけないだろう。ちょっとは考えろよ」
「あれ? なんか知らないッスけど、物凄く裏切られた気分ッス!?」
ナイフをちらつかされたら、そりゃ寝返るさ。
ウーマロ。お前が悪い。
「まったく。来る度に騒ぎを起こして……あんたら、アタシたちに恨みでもあるのかい!?」
「なんでだよ? こんなに友好的なのに」
「どこがだい!? まずそのけったいな羽飾りを取ってからいいなっ!」
どうも、アメリカ大陸の先住民的衣装が気に入らないようだ。
「しょうがない。替えの服はないから、全裸で話をするか」
「待て待て待て! ちょいと待ちな! あんた、この格好でここまで来たのかい!? 四十二区の人間だよね!? アホなのかい!?」
バカヤロウ。
着替えるスペースがないから家から着てきたんじゃねぇか。
コスプレのマナーだろうが。
「ウチのメンバーを紹介しよう。リズム隊のウーマロとベッコとウッセだ」
「アタシの脳に余計な情報を刻み込むんじゃないよ! 覚えたくもないよ、あんなけったいな集団!」
「ぷぷー! けったいな集団とか言われてやんのっ!」
「オイコラ、けったいなリーダー」
「如何にも、けったいの総大将はヤシロ氏でござるな」
「異論ないッス」
アメリカ大陸の先住民的な格好をしたけったい三人衆が酷いことを言う。心外だな。
「ねぇ、ウッセ……君は完全にソッチ側の人間になってしまったんだね」
「う、うっせぇ! ……ママに協力しろって言われたんだよ…………拳を握りしめて」
「ギルド構成員も大変なんだね、色々と。同情するよ」
「くっ、すまねぇ……いい領主を持って、俺ぁ幸せだぜ」
ウッセとエステラがなんか湿っぽい空気を醸し出している。
困るんだよなぁ、今回、そういう空気出されるの。
「何があったんだい、カーちゃ…………げっ!? 四十二区の!?」
相も変わらず、半裸黒タイツ姿のチボーが家から出てくる。
早朝故に眠そうな顔をしていたが、俺たちを見るや一瞬で目が覚めたようだ。
「……あ、ウクリネスの服、気に入らなかったんだ……ふ~ん」
「ちっ、違うっ! そ、そそ、そうじゃなくて、そ、そう! 寝る時に着るなんてもったいなくて! シワとかついたら困るし、ワシ、寝てる時によだれ撒き散らす方だしっ!」
必死の弁解をするチボー。
よほどウクリネスが怖いのだろう。
「あ、そういえば。今日はウクリネスも三十五区に来てるんだった」
「着てきますっ! 今すぐ服を着てきますっ!」
回れ右をして、チボーが家へと駆け込んでいく。
しっかり調教されてんなぁ。
「今度は何を企んでいるんだい?」
「企むだなんて…………俺がそんなことするように見えるか?」
「見えるわっ! そうとしか見えないと言っても過言ではないわいっ!」
まったく。いつまでたっても険のあるヤツだな。
「どうする気だい? 今回は『楽しい雰囲気でこっちの要求をのんでもらおう大作戦だ!』とか言ってたのにさ。空気最悪じゃないか」
「難しいよなぁ……ほら、俺って、巨乳としか打ち解けられないからさぁ」
「それはおそらくボクに対する何かしらの皮肉なんだろうけれど、それを認めるとボク自身の非巨乳を認めることになるから意地でも認めない」
「ごちゃごちゃうるさいよ! 一体なんなんだい!?」
時刻は早朝五時過ぎくらいか。
空は暗く、街はまだ眠りの中にいる時間帯だろう。
「大声出すなよ。近所迷惑なヤツだな」
「誰のせいだい!?」
そりゃお前、お前をきちんと教育しなかったお前の母親か、でなければ……
「……ウーマロ?」
「久しぶりッスね、この流れ!?」
普段着ない衣装を身に着けてテンション上がってるんだろうな。
ウーマロがノリノリだ。
「用がないなら帰っておくれ。アタシはあんたらと話すことなんか何もないんだ」
「用ならある。あるから来たんだ」
「こっちにはないね」
「なんだよ、事前に言っておいただろう? 『また来る』って。約束は守らないとカエルにされちまうからな」
「時間と状況を考えなっ!」
「鱗粉、飛んでんぞ」
「…………っ、飛ばしてんだよ!」
そんな「当ててんのよ!」みたいな言い方されてもな……
「それじゃあ、正式にお誘い申し上げるとするかな」
「な、なんだい、改まって……気持ち悪いね」
俺は紳士のような振る舞いで、バレリアに手を差し出す。
「付いてきてほしいところがある。きっと、お前たちが望んでいる光景が見られるはずだ」
「…………」
差し出した俺の手をジッと見つめ、バレリアは無言を貫いた。
ただ、どんな感情の表れなのかは分からんが、触角が忙しなくぱたぱた動いていた。
「ふ、ふん……誰があんたの誘いになんか……舐めんじゃないよ、クソガキが。アタシを誘おうなんざ、十年早いね!」
と、変態タイツマンに陥落した女が言う。
このツンデレ……きっとチョロいんだろうな。
「そう言わずに……一緒に花園へ行ってくれませんか、お嬢さん」
低音のダンディな声を意識して発すると、バレリアの体から鱗粉が「ぶゎっさぁ!」と飛散した。ってこら! 飛ばすなっ!
「し、ししし、仕方ないねぇ、ちょ、ちょっとだけだよっ!」
心が揺れ動いてるー!
ぐらんぐらんだな!?
「……ヤシロ。ボクは君が怖い」
「俺も、まさかここまでチョロいとは思わなかったよ……」
ホント、少しだけ心配になるよ。虫人族の素直さって。
「待て待て待てぇーい!」
オーダーメイドの服を着て、チボーが家から飛び出してきた。
怒っているのか、鱗粉が飛びまくっている。
「カーちゃんに手を出すと、ワシが承知せんぞっ!」
「あんた……」
チボーは、バレリアを背に庇うようにして俺の前へと立つ。
「別にバレリアをどうこうするつもりはねぇよ。ちょっといい物を見せてやろうってだけさ。お前も一緒に来いよ」
「ダメじゃ! そうやって甘言にかどわかされて、一体どれほどの亜系統が涙を流したか…………っ!」
拳を握り……俺たちが怖いのか、その拳はガクガクと震えていたが……力強くチボーは啖呵を切った。
「カーちゃんはワシが守る!」
「あんた…………二十数年ぶりに……カッコいい……ぽっ」
あ~、もう年配のイチャラブお腹いっぱいなんで。やめてもらえるかな?
つか、無理矢理にでもやめさせる。
「チボー……」
「なんじゃい!? どんなことを言われようと、ワシは引き下がらんぞっ!」
「……四十二区での、謎の一泊」
「カーちゃん! この男はな、こう見えてなかなか紳士的なヤツ……いや、お方なんじゃよ! ワシが保証する! 付いていこうじゃないか! きっといいことがある! いや、なくても行こう! な? カーちゃん!? 頼むからっ!」
チボー陥落。
「……ヤシロ」
なぁ、エステラ。
そんなため息交じりで俺の名前呼ぶのやめてくんない? これってみんなのためじゃん? 俺、頑張ってんじゃん?
つか、名前読んどいてその後何も言わないのってなんなの?
「バレリアさん。もしお暇でしたら、本日、少しだけお時間をいただけませんか?」
「う…………むぅ。しかしねぇ……」
ジネットが敵意のない顔でバレリアに話しかける。
バレリアも、ジネットには強く出られないようで、言葉を濁している。
ジネット。お前のそのほんわかオーラ、チート過ぎない?
俺も欲しいわぁ、それ。
「……分かった。付いていってやるよ」
「カーちゃん…………助かりますっ!」
「なんであんたがいの一番に礼を言うんだい!? 訳の分かんない亭主だねぇ、まったく!」
なぜかって?
それはな、お前の返事如何によって、チボーの命が闇へと葬り去られることになるからさ……他ならぬ、お前の手によって。
「それで、こんな朝っぱらからどこへ連れて行こうってんだい?」
「さっきも言ったと思うが、花園だ」
「……こんな朝早くに、花園で何をしようってんだい?」
「ん? あぁ、いや。今はまだ準備中だから、そうだな……十時くらいになったら出掛けようか」
「じゃあなんでこんな朝早く来たんだい!?」
いや、だって。
時間ぎりぎりに来て、留守だったとか、シャレにならないじゃん?
こっちは物凄い人員を動かそうとしているわけで……「中止でーす!」とは行かないんだよ。
「予約だ!」
「あんたはもうちょっと、常識と礼節を身に付けな!」
「君は、ヤシロに『死ね』と言うのかい!?」
「ヤシロさんにはそんな高度なこと不可能ッス!」
「出来るのであれば、とうに拙者らで……!」
「世の中な、諦めってのも肝心なんだぜ、奥さんよぉ」
「よぉし、エステラ、ウーマロ、ベッコにウッセ。一人ずつかかってこいや、相手になろう」
常識と礼節くらい弁えとるわ!
弁えた上で、「あ、こいつらには必要ねぇや」って判断してんだよ!
「じゃあまぁ、参加が決まったってことで……ジネット、エステラ」
「はい!」
「待ってたよ」
ジネットとエステラが左右からバレリアを挟み込む。
手には大きな袋。袋には、ウクリネスの店の紋章が入っている。
「な……なんだい、あんたたち?」
にじり寄るジネットとエステラに、バレリアが身を引く。
チボーは、もう完全に妻を助けることは放棄したようだ。隣で直立している。
さぁ、バレリア。観念してもらおうか。
「やっておしまいなさいっ!」
俺の合図で、ジネットとエステラがバレリアに襲いかかった。
……で、日が昇って十時頃。いい頃合いだ。
「なんなんだい、まったく……こんなピラピラした服っ!」
バレリアが不機嫌そうに不満を撒き散らす。
…………と、見せかけて、物凄く嬉しそうに顔をほころばしている。
素直じゃねぇなぁ、本当に。
「カーちゃん…………綺麗だ」
「ばっ!? な、何言ってんだい!? 人様の前で、恥ずかしい亭主だねぇ、まったくっ! ………………でも、嬉しいよ。ありがとう」
あぁっ! だから、もうお腹いっぱいなんだって、ご高齢のイチャラブは!
ウェンディー! セロンー! もうこの際お前らでいいから、フレッシュなイチャラブ見せてー!
「けどまぁ……この履き物の音は、割と好きかもねぇ」
カラコロと、バレリアが下駄を鳴らす。
「よくお似合いですよ、その浴衣」
ジネットが言うように、バレリアの浴衣姿はなかなか見栄えのするものだった。
古き良き日本を思い起こさせる、趣のある仕上がりだ。
これを着てやることといったら、アレしかない。
「カ、カーちゃん!? あっち! なんかやってるよ!?」
花園の異変に、チボーが気付く。
いつもは虫人族たちの笑い声と甘い花の香りに満ちている花園が、今日は香ばしいソースの香りと、ドンドンという太鼓の音に満ちていた。
そう!
お祭りin三十五区だ!
レッツ、三十五区カーニバル!
「……なんだい、こりゃあ」
花園に到着すると、祭りの雰囲気が一気に視界を埋め尽くす。
やぐらに屋台。そして、その周りを楽しげに行き交うのは、浴衣に身を包んだ虫人族。
今日のイベントに合わせて、ウクリネスに用意してもらった有翼人族用の浴衣だ。
そして――
「遅かったな、カタクチイワシよ」
ルシアをはじめとした、『触角を生やした』人間たちだ。
「りょ、領主様に、触角が……」
バレリアは目を剥いて、辺りにいる人間に視線を巡らせる。
虫人族が浴衣で着飾り、同じ服に身を包んだ人間たちが、虫人族のような触角を頭から生やしている。
その光景は、自分たちを亜種だ亜系統だと思い込んでいる連中の、凝り固まった固定概念を揺るがすには十分過ぎるものだった。
現在ここにいるのは、シラハのとこのアゲハチョウ人族と、カブリエルたちの引っ越し屋連中。そして、そいつらの連れや、俺たちの考えに賛同してくれた連中だ。
後から花園に訪れた虫人族も、希望すれば浴衣を貸してもらえる。
人間も、希望者には触角を贈呈してやる。
……かくいう俺も、アメリカ大陸の先住民の英雄的な、立派な羽飾りで隠してはいるが……頭に触角カチューシャを装着しているのだ。…………させられたんだよ。ジネットとミリィの、無言の圧力によってな。……キラキラした目で見やがって、くそ。
「おらおらぁ! 太鼓を鳴らせぇ、ヤロウどもぉー!」
「「「へい、親方っ!」」」
「川漁ギルドに負けんじゃねぇぞ、お前ぇらぁ!」
「「「オッス! 代表!」」」
川漁ギルドと狩猟ギルドの連中が競い合うように太鼓を打ち鳴らす。
デリア、張り切ってるなぁ。
「ベビーカステラいかがですかぁー!?」
「四十二区名物、魔獣のソーセージ! 美味しいよー!」
「……通はまず、たこ焼きを食べるべき」
四十二区の名物料理が屋台に並ぶ。
威勢のいい看板娘の声が見物客たちの購買意欲をそそる。
「期間限定、ネクター味のポップコーンやー!」
「ぁの……ね、ねくたーの飴も、ぁ、ありまぁ~すっ!」
ハム摩呂とミリィが、三十五区とのコラボ料理を振る舞っている。
お代は結構! 花園の花の蜜は商売には使用しない。
その代わり、費用は全部領主持ちだ。
日課なのか、それとも賑やかな音に誘われたのか。
花園に、三十五区の虫人族たちが続々と集まってくる。
みな一様に、目新しい料理に目を奪われ、触角を生やした人間に驚き、可憐な浴衣に羨望の眼差しを向けている。
そこには、人種の壁などなかった。
ただ、今を楽しもうというキラキラした目をした連中がひしめいているだけだ。
「こんなことが……」
目の前の光景が信じられないといった風に、バレリアは息を漏らす。
「あり得るさ」
バレリアが否定しかけた言葉を、先に肯定しておく。
こんなことはあり得ない、なんてことは言わせない。
「これが普通なんだよ。誰も、なんも変わらない」
虫人族たちが恐る恐ると、それでも興味津々とばかりに花園へ入ってくる。
こちらが用意したスタッフに誘導され、浴衣を着る者も出始めた。
こうやって、互いにいいものを吸収して、真似していくんだ。
そして、そんな交流から新しい文化が生まれる。
「もういい加減、つまんない線引きはやめにしようぜ」
クイッと、アゴで花園の中ほどを指してやる。
バレリアとチボーが揃って視線を向けた先には……
「はい、オルキオしゃん。あ~ん」
「あ~ん…………ん~、おいちぃ~よ、シラぴょん」
桃色空間に包まれたジジイとババアがイチャついていた。
「「シ、シラハ様!?」」
シラハが人間とイチャイチャしている。
それは、こいつらにとっては衝撃的な光景なのだろう。
……その前に、シラハの激ヤセに驚けよ。
よく認識出来るよな、あの激変ぶりを目の当たりにしてさ。
「これは、一体…………あんた、何をしたんだい?」
「簡単なことだ」
賑やかに騒ぎ出す、花園にいる連中を指して、俺ははっきりと言ってやる。
「みんなで一緒にバカ騒ぎした方が、絶対楽しいだろってことを教えてやっただけだよ」
浴衣を着た虫人族が、触角を生やした人間におすすめの花の蜜を教えてやっている。
屋台でたこ焼きを買い、食べ方を教わったり、半分こしたりしている。
俺にとっては当たり前の、こいつらにとっては衝撃の風景が、そこにはあった。
「お~い! ヤシロの兄ちゃんよぉ!」
花園の外から、カブリエルが大きく手を振って俺を呼ぶ。
「試し打ち、していいかぁ!?」
「おー! よろしく頼むぜ!」
朝の打ち上げ花火。
美しさはいまいちかもしれんが、あの爆音はこの場にいる連中全員の度肝を抜くだろう。
本物は、結婚式当日までお預けだ。
「あんた、今度は一体何を……っ」
バレリアが言い切る前に、三十五区の上空に炎の花が咲く。
土手っ腹に響くような爆音が轟き、その場にいた全員が一斉に空を見上げる。
空には、白い煙がプカプカと浮かんでいた。
「夜に見るアレは、すげぇ綺麗だぞ」
「…………理解が追いつかないね……」
理解を超える出来事が次々に起こり、バレリアが眉間を押さえる。
難儀なヤツだな。
この雰囲気を楽しめばいいだけなのに。
「今打ち上げたのは花火って言ってな。お前たちの協力が無ければ作れないものなんだ」
「アタシらの?」
「あぁ。ウェンディの結婚式で完成品を見せてやるから、協力してくれよな」
「だ、誰が…………そもそも、アタシは、まだそんなもん認めたわけじゃ……」
「お母さんっ!」
厳めしい顔を逸らしたバレリア。
そんなバレリアを呼ぶ声がする。
「……ウェンディ」
花園に、ウェンディとセロンが立っている。
二人で並んで。
オシャレな正装に身を包んで。
「な、なんだい……、あんたにお母さんと言われる筋合いは……」
「お母さん」
「だから……っ!」
「お義母さん!」
「――っ!? あんたに言われる筋合いはもっとないねっ!」
ウェンディよりも前に、セロンが歩み出る。
牙を剥くバレリアに怯むことなく、堂々と胸を張り、一歩一歩、しっかりとした足取りで近付いていく。
そして、バレリアとチボーの前に立つと、二人それぞれに頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて、申し訳ありません」
「ベ、別に、あんたに挨拶をしてもらういわれはないよ」
そっぽを向くバレリア。
しかし、セロンは怯まない。
真っ直ぐとウェンディの両親を見つめ、淀みのない声で言う。
「今回、英雄様をはじめ、本当の多くの方が行動を起こしてくださいました。すべてが僕たちのためだなんて思っていません。ですが、きっかけは、間違いなく僕たちの結婚話でした」
「…………」
バレリアは何も言わない。
ただ、チボーが黙って肩に置いた手に、バレリアも無言で自分の手を重ねた。
「それなのに、僕には、この恩に報いる術がありません。でも……いえ、だからこそ」
セロンが拳を握る。
決意のこもった力強い目で、口調で、はっきりと宣言する。
「僕は、僕の残りの人生のすべてをかけて、ウェンディを幸せにすると誓います! 今、この場にいるすべての人に!」
誓いを破れば、カエル――
それだけの決意を、セロンは示してみせた。
「絶対に幸せにしてみせます! いえ、二人で幸せになってみせます!」
そっと、ウェンディがセロンの隣に並び立つ。
手を取り合い、身を寄せて、真剣な眼差しを両親へと向ける。
「僕たちの結婚を、認めてくださいっ!」
「お父さん。お母さん。お願いします!」
セロンに続いてウェンディも頭を下げる。
腰が直角に曲がる、深い深いお辞儀だ。
それを受け、バレリアは……鼻を鳴らした。
鼻をすするように、少々乱暴に息を吸い…………厳めしい顔のまま、せめてもの抵抗に視線を逸らして――
「勝手にしなっ!」
――そう言った。
「ただしっ!」
そして、そこから先は、両目を真っ赤に染めて泣きそうな顔で――
「ウチの可愛い娘を泣かしたら、四十二区だろうが地の果てだろうが、どこだってすっ飛んでいって、あんたを張っ倒してやるからねっ! 覚悟しなっ!」
「はいっ!」
セロンの、キレのいい返事が青空へ響き渡る。
わっと拍手が湧き起こったのは、その直後だった。
「……お…………母さんっ!」
ウェンディが駆け出し、バレリアの胸へ飛び込む。
人目も憚らず、声を上げて泣くウェンディ。何度も腕の位置を変え、最もぴったりとくっつける態勢を探すように、母親にその身を寄せる。
「バ、バカだねぇ……な、泣くやつがあるかい……っ!」
「ごめん…………ごめんね…………私、ずっとお母さんのこと…………」
「いいんだよ。バカだね。何年あんたの母親やってると思ってんだい…………何も言わなくたって、あんたのことくらい、分かってんだよ」
これでようやく、意地っ張りな親子が和解出来たわけだ。
凄まじい勢いで鱗粉飛びまくってるけど…………まぁ、大目に見ようかな。
とりあえず、たこ焼き屋はちょっと避難しようか?
「ウェンディ……」
「お父…………さん」
母に抱きつくウェンディの頭を撫でるチボー。
こいつも、二人の結婚を認めたようだ。
穏やかな表情をしている。一端に、父親に見えるじゃねぇか。
「お前の、好きなように生きなさい」
「お…………父……さ…………」
ウェンディの肩が小刻みに震える。
そして……
「ぷふぅーっ!!」
盛大に吹き出した。
「やっ……もう! お父さ……っ! ふ、服着て…………ふふふふふ、おと、お父さんが服を…………くすくすくすっ! も~ぅ! 服とか来て真面目な顔しないで、お父さん…………あ~、お腹痛い…………っ!」
めっちゃ爆笑してる!?
「え? え? に、似合わないか? 似合っているだろう?」
「うふふ……お、お父さんには……半裸しか、似合わないよぉ」
そんな父親、嫌過ぎるな。
「そんなことないだろう!? よく見なさい! な、なぁ? カーちゃんもそう思うだろう?」
「似合わないね」
「カーちゃん!?」
「うふふっ……くすくすくすっ!」
「あはははっ!」
「ちょっ!? 二人とも!? 酷くない!? それ、ちょー酷くない!?」
多少変態的ではあるが、傍目から見れば仲の良さそうな一家に見える……かもしれない。
うん、見える……見える、よな? うんうん。
「英雄様っ!」
花園を、イケメンが手を振りながら爽やかに駆けてくる。
あぁ、しまった。
落とし穴を掘り忘れた。
「英雄様のおかげですっ!」
「チボーが服を着たのがか? それならウクリネスに……」
「そうではなくて、僕たち…………ちゃんと結婚出来そうです!」
あぁ、そう。
そっちね。
うんうん。
いいんじゃない?
俺らも、そのために必死に走り回ってたんだし。
周りでは、この一連を見て女子たちがウルウルしてるし。
なんでかウッセも空を見上げたまま固まってるし……泣いてんのかよ、オッサン。
いいことなんじゃない。
みんなハッピー。
さぁ、これで心置きなく結婚式が開けるぞ。
めでたしめでたしだ。
ただな、セロン。
「爆ぜろ」
「なぜですかっ!?」
なぜとな!?
リア充が爆ぜるのに理由が必要かね!?
ジジババのイチャラブばっかだったから、フレッシュな感じでお前らのイチャラブを見たいとか言ったけどさ、見たら見たで「イラァッ!」ってするんだよね!
「爆ぜろ」
「二回目っ!?」
「お前だけ爆ぜろ!」
「ご指名っ!?」
あぁ、俺……結婚式とかちゃんと最後まで見られるかなぁ……
ともあれ。
そんな感じで、その日の花園はいつも以上に騒がしい場所になったのだった。
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