120話 新人ウェイトレス
「るんるるん! 今日もマグダたんと一緒にランチタイムッスー! こ~んにちは~ッス!」
「よく来たね! 陽だまり亭へようこそだよ!」
「間違えましたッスー!」
「間違ってねぇぞ、ウーマロ! 戻ってこい!」
店内にいても聞こえるくらいの大声で陽気な歌を歌いつつやってきたウーマロが、メドラを見た途端Uターンしやがった。
まぁ、そうなるよな。本能的にな!
「な、ななな、なん、なん、なんなんッスか!? また新手の嫌がらせッスか!?」
「素直な感想をありがとう。だが、あれはな、マグダのギルドのギルド長だ」
「えっ!? マグダたんの関係者!?」
ウーマロは俺の体に身を隠しつつ陽だまり亭内を徘徊するメドラを見つめる。
「だ、だったら……許容出来………………ないッス……っ!」
マグダならなんでもありのウーマロが、まさかの拒絶!?
「メドラさん。お客さんをお迎えする時は『いらっしゃいませ』ですよ」
「そうなのかい? 分かった。次から気を付けるよ」
「はい。でも、笑顔はとても素敵ですよ」
「そうかい! んじゃあ頑張るよ!」
あの笑顔が素敵だと!?
どうしたジネット!? 網膜が焼き切れたか!?
「なんでもいいから、早く仕事しておくれな。アタシまで担ぎ出されていい迷惑さね」
「おい、店長、厨房戻ってくれ! こっちが回んなくなっちまうぞ!」
フリフリのエプロンをつけたノーマとデリアが忙しなく動き回る。
「なんで、こんなことになってるッスか? あの二人まで……」
「いや、メドラがどうしても陽だまり亭で働くって言うから……キャラの濃いヤツを投入してなんとか誤魔化せないかと思ってな……」
「余計カオスッスよ、ヤシロさん……」
獣人族を集めれば、なんとなくメドラまで可愛く見えたりしないかと思ったんだが……こいつらを集めるとなんか迫力が物凄いな……獣人族って全身から闘気みたいなもんが出てる気がするんだよなぁ……気のせいかもしれんが、店内の空気の濃度が濃い気がする。
「それで、マグダたんはどこに……?」
「あぁ、マグダなら……」
朝、メドラを見て恐怖で身動きが取れなくなっていたマグダは、現在……
「……新入り。いつまでお客様を立たせているつもり? さっさと案内するべき」
「はいはい。ただいま!」
メドラにビシバシ厳しい指示を飛ばしていた。
そればかりか、メドラがウーマロに顔を向けた途端――スパーン!――と、持っていたお盆でメドラの後頭部を引っ叩いた。すげぇ高いジャンプを繰り出し、メドラの後頭部を正確に狙い撃つ。
「……『はい』は一回。これは、接客業の鉄則」
「…………はい」
スパーン!
殴打、再び。
「……笑顔は接客業の命」
「はぁい……これでいいかい?」
「………………まぁ、及第点」
マグダ…………お前、命知らずか……
「……この店の中において、マグダは先輩。新入りは従順に言うことを聞くべき」
いや、それはそうなんだけど…………お前、すげぇな。
「お客様ぁ~」
「ひぃいい!?」
ぬらりと接近してきたメドラに、ウーマロが悲鳴を上げる。
「お一人様ですか?」
「はい! 一人ですみませんッス!」
「お席にご案内します」
「はい! ご厚意、痛み入るッス!」
特注のふりふりエプロンを翻し、メドラがウーマロを奥の席へと案内する。
……連行されてるようにしか見えない。
「マグダ、あんまりやり過ぎんなよ」
「……マグダが厳しくすることで、お客さんがギルド長に同情をする」
「ん?」
「……それくらいのアドバンテージがないと、あの恐怖の魔神は受け入れられない。お客さんに少しでも快適な食事環境を提供するのが店長の意向。……マグダは最良の選択をする」
確かに、あんなデカいのがなんの説明もなく放し飼いになっていたら、客には恐怖の対象でしかないだろう。
だが、そのデカいのが手厳しく叱られながらも、懸命に接客をしていたら……中には、メドラを応援しようなんてヤツも出てくるかもしれん。
マグダ……そこまで考えて……
「…………今日が終わった時……マグダはこの世にいないかもしれない…………」
メッチャ怖がってるっ!?
すげぇガタガタ震えてるし!?
「大丈夫だ」
マグダの頭に手を載せ、耳を軽くもふっとする。
「何があっても、俺が守ってやるから」
バチンッ! と、マグダの耳が暴れる。ピンと立ち、少し硬くなる。
……なんだよ、ビックリしたな。
「…………ヤシロ、ずるい」
「何がだよ?」
「……今はこちらを見ないでほしい」
俺から顔を背けるように、マグダは首を曲げる。
そして、何かの抵抗か腹いせか、ぽこぽこと俺の腰に猫パンチを喰らわせた。
なんだよ、くすぐったいな。
「……今なら、あの魔神に勝てる気がする」
「やめとけ。……全面対決になると、さすがに守りきる自信がねぇ」
純粋な防御力では勝ち目がないのだ。俺が出来るのは、戦闘に入る前にそれを阻止することくらいだ。
「いやぁ、初めてやるけど、楽しいもんだね接客ってのは! アタシに向いてるかもしれないよ!」
ははは。それはない。
「んで、キツネ! 何を食うんだい!?」
スパーン!
「……お客様には、敬意を払い、快適な食事空間を提供すること。これは、遊びではない」
「…………はい。すまないねぇ……いや、すみません。先輩」
ホントだ……悔しいけど、メドラがちょっと許容出来そうな気がしてきた。
「しょうがねぇな。あたいが手本を見せてやるよ」
そう言って、デリアがウーマロに近付いていく。
……って! お前がお手本って!?
「おい、キツネ。鮭食え!」
スパーン!
「ぃ……ってぇな、マグダ!?」
「……今日は全員平等に行く」
「そ、それってあたしもですか?」
全然関係ないところでロレッタがガタガタと震え出した。
うん。この二人と平等の威力だと、ロレッタなら頭が吹き飛ぶな。
「……今日、マグダは心を鬼にする所存!」
マグダはいつも陽だまり亭のことを第一に考えて行動してくれている。
狩猟ギルドの支部で居場所がなかったマグダが、ジネットの慈愛の心に受け入れられ新たに手に入れた自分の居場所。……もしかしたらここが、初めて自分の居場所だと思える場所なのかもしれない。
マグダはジネットの意向を汲んで、誰よりも早く行動し、誰よりも一所懸命尽くしている。
だからこそ、今日もこうして頑張っているのだろう。
……だが、これじゃあマグダが悪者になっちまう。
マグダはウチのアイドルでいてもらわないといけないからな。
「マグダ」
「……任せて。本日はビシビシ行く所存」
いつもの無表情ながらも、キリッとした表情を見せるマグダ。
そんなに気張らなくていいんだよ。
俺はそっと、マグダを後ろから抱き寄せる。
「もういいぞ」
「……でも」
「メドラも、もう十分仕事を覚えた。ここからは、いつもの陽だまり亭らしく、賑やかに、楽しくやっていこう」
「…………マグダ、間違った?」
マグダの耳がぺたーんと寝る。
「んなことねぇよ」
頭をわしゃわしゃ撫でてやると、少しくすぐったそうに耳が震える。もふもふのおねだりだな。
もふもふしてやると、耳がぴるるっと震える。
「……むふ~」
今日のむふーはちょっと柔らかい感じがした。
「すまんな、みんな。マグダを責めないでやってくれ。責任は俺が取るから」
「いやぁ、なに! ここではアタシが新人で虎っ娘が先輩。先輩は新人を厳しくもきちんとしつける。当然のことだよ。その娘は間違っちゃいない」
「あたいも気にしてねぇよ。マグダが間違ったことするわけねぇもんな」
「…………買い被り」
マグダが少し照れている。
俺らは、ちゃんとお前のことを見てるんだぞ?
「はぁぁあ…………照れてるマグダたんが見られるなんて…………オイラ、今死んでも後悔はないッス……」
「今度『ぺったん娘フェア』つって、マグダが可愛らしい制服を着るイベントをやるんだが……」
「後悔するッス! オイラ、今死ぬわけにはいかないッス!」
変わり身の早い野郎だ。
「なんなら、アタシも参加してやろうか、そのフェア?」
「おまえのどこがぺったん娘だ!?」
「なんだ、マグダと妹とエステラのイベントかぁ。あたいも出たかったなぁ」
おいおい、デリア。エステラを入れてやんなよ。あいつは今色々と忙しいんだから。
何かに気が付いたのか、メドラが店内をぐるりと見渡す。
マグダ、デリア、ノーマ、メドラ……と順番に指を差す。
「んじゃあ、今日は『獣っ娘フェア』ってわけだね!」
……お前がいなければ、素直にそう思えるんだけどな…………っ!
「あのぉ、あたしも獣っ娘ですよ~……」
除外されてしまったロレッタが、小さな抗議の声を上げる。
まぁ、お前は見た目に獣特徴なさ過ぎるしな。
「それじゃあ、みんな! 今から何か獣っ娘っぽいサービスを始めないかい!?」
メドラが、なんとなくろくでもないことになりそうな提案をする。
……なんだよ、獣っ娘っぽいサービスって。
「……語尾に、『にゃ』」
……マグダ…………お前は本当に勇者だな。
メドラがいない時にその提案をしていたのならば、俺は一晩中お前をいいこいいこし続けてやっただろう。
だが!
なぜ、今なのだ!?
「面白そうだね! それじゃあ、それでいくにゃ!」
……食いついちゃったぁーっ!
「あたいもやるのかにゃ? クマ人族なんだがにゃ~……にゃんか変な感じにゃ」
「ぅおお!? デリア、なんか可愛いぞ!?」
「そっ、そうかにゃ? にゃはは……ヤシロは、お世辞が上手いにゃ~」
にゃ~にゃ~言って照れているデリアは実に可愛らしかった。
これ、標準のサービスにしようかな?
「男ってのは、ホ~ントくだらないにゃねぇ。こ~んなことで喜ぶなんてにゃ~」
「ノーマ! お前はどこまで要領がいいんだ!? 前々から思ってたけど、頭いいよな? のみ込みが早いとかいう前に、思慮が深い」
「にゃっ!? にゃにゃ、にゃに言ってるんにゃね! お、おだてても、にゃんも出にゃいにゃよ」
むにゃむにゃ言いながらノーマは胸元と口元を忙しなく触っていた。
きっと、落ち着くために煙管を吸いたかったのだろうが、残念だな。陽だまり亭は全席禁煙なのだ。
「……ヤシロ」
「なんだ?」
「…………にゃ?」
「あ~、かわいいかわいい。マグダは素で可愛いよ」
なんだかんだで、マグダは負けず嫌いで、こういうところでちゃんと構ってやらないと、後々長い間拗ねたりするのだ。……神経使うんだぞ、意外と。
「おに~ちゃんにゃ! あたしもちゃんとフェアやってるですよにゃ!」
「おぉ……一人出来てないヤツがいる……」
「なんでです? あ、にゃ! ちゃんと……にゃ、って……やってるにゃ……です?」
ほら、もうどこに入れていいか分かんなくなってんじゃん。
「ヤシロさん」
ジネットがふわふわとした足取りで俺のところまで歩いてくる。
「ウーマロさんのオーダーがまだですにゃ。早く注文を聞いてあげてほしいにゃ」
「…………なんで、お前までやってんの?」
「……変ですかにゃ?」
……ごめん、ジネット。可愛くて鼻血噴きそう…………
「んじゃあ、アタシが注文を聞いてやるにゃ!」
……ごめん、メドラ。怖くて吐血しそう…………
しかし、本当の恐怖に凍りついていたのは俺ではなく、ウーマロだった。
山のような巨体のメドラが身を屈め、ウーマロの顔を覗き込むようにして、満面の笑顔を向ける……その笑みはまさしく……魔神の微笑み。
「お客様ぁ~、ご注文はお決まりですかにゃ?」
「……ご…………ごっ………………ごふっ!」
「ウーマロ!?」
血を吐きやがった!?
強烈なストレスで胃に穴があいたのに違いない!
「しっかりしろ! 傷は深いが気にするな! 今、レジーナを呼んでやるからな!」
「……いや、これ以上…………濃い人は…………いらない……ッス…………ガクッ」
「ウーマロォォォオオオオッ!」
「なんの茶番にゃね、これは?」
ノーマが涼し~ぃ目で俺たちを見下ろしている。
やめろ。何かに目覚めそうだ、その視線。
と、その時、陽だまり亭のドアが勢いよく開け放たれる。
「ヤシロ、大変だよ! カンタルチカと檸檬に、以前嫌がらせをしに来ていたゴロツキがぎゃぁぁあああっ!?」
陽だまり亭に飛び込んできたエステラが、ふりふりエプロン姿のメドラを見て、とても素直な感情表現を行った。うんうん。絶叫。正しい反応だよ。
「やぁ、久しぶりだにゃ!」
「『にゃ』!?」
いや、そんな物凄い表情でこっちを見られても……俺に説明を求めないでいただきたい。
「実はな……」
俺は、死にかけのウーマロを床の上に放置し、エステラに現在の異界化した陽だまり亭についての説明をした。
「……まったく。次から次へと変わった状況を引き込んで……」
「俺のせいじゃねぇだろうが!」
メドラが勝手に押しかけてきて、ジネットが手伝いを了承し、マグダがなんだか分からない状況を作り出し、ロレッタが普通に働いていただけなのだ。
俺はノータッチだ。
「あんたにも迷惑をかけちまったにゃ。きちんと謝りに行きたかったんにゃが、アポイントを取っていにゃかったから、どうしたもんかと思ってたんだにゃ」
「……その語尾、なんとかならないのかな?」
「無理にゃ。今は『獣っ娘フェア』中にゃ」
「…………獣……『っ娘』?」
「なんにゃ?」
怖い怖い。顔が怖いよメドラ。
今のそれ、確実にヤンキーの「んだよ? やんのかコラ?」と同じニュアンスじゃん。
「今回の一件、被害に遭ったお店にきちんと筋を通してくれたんなら、もうそれでいいよ。真面目に労働して損害分は返しているみたいだし。迷惑かけたのはお互い様さ」
「そう言ってもらえると助かるにゃ」
真面目な話なのになんかアホっぽく見えるのはなぜだろう……ま、語尾だわな。
「それでいいのか?」
「うん。どの店もここと一緒で、戸惑いながらもなんだか楽しそうに営業してたしね。これ以上ボクから言うことはないよ」
「楽しそうだったのかよ?」
「最初見た時はビックリしたけどね。何か裏があるんじゃないかってここに来てみたんだけど……理由を聞いて納得だよ」
エステラが苦笑混じりにふりふりエプロン姿の魔獣を見る。
「……アレには逆らえないよね」
「あぁ、無理だな」
「酷いにゃ。女の子に向かって」
誰が女の『子』だ……
「きっと連中も接客が楽しくなってきたのにゃ。アタシも割とハマっちまってるにゃ」
ハマるのはいいが、この次は別のところでやってくれよ。ウチはもうお腹いっぱいだ。
「次のお客様は、アタシが笑顔でお出迎えするにゃ」
次の客、気の毒だなぁ……ベッコかアッスント来い……
なんてドアに視線をやった時、ドアが勢いよく開け放たれ、ウッセが飛び込んできた。
「大変だ! マグダはいるか!?」
「いらっしゃいませにゃ、お・客・様☆にゃっ☆」
「一大事だぁぁぁぁあああっ!?」
何があったのかは知らんが、確かにこっちの方が一大事だよな。
お前んとこのギルド長……バケモノに転生したみたいだぞ。
「なんだい、ウッセかにゃ。どうしたにゃ、血相変えて」
「どうしたは、あんたの方だろう、ママ!?」
……うわ、お前も『ママ』って呼んでんのかよ…………
「どうにゃ? 可愛いにゃろ?」
「えっ!?」
まさか可愛さを求めてやっているなんて想像だに出来なかったのだろう。
ウッセは魂からの疑問符を吐き出し、フリーズしてしまった。
「か・わ・い・い・にゃ・ろ?」
「め、めめめめ、めっちゃ、かわ、かわかわかわ、かわいい、で、で、ででででで……」
命を狩られるか、カエルになるか……今ウッセの中では物凄いせめぎ合いが起こっていることだろう。まぁ、ここで『メドラは可愛い』と嘘を吐いたところで、その嘘でカエルにされることはないのだが……
……しょうがねぇな。
「ウッセ。『あのふりふりのエプロンをもしジネットが着ていたら』どう思う?」
「めっちゃ可愛い!」
「そうかそうか、可愛いかにゃ!」
俺の耳打ちはメドラの耳には届いていなかった。……そうなるように気を付けたからな。
ってわけで、ウッセの『嘘ではない』返事に気分をよくし、メドラはにこにこと笑みを浮かべた。
「で、マグダに何か用なのか?」
メドラ危機が過ぎ去り、俺はウッセに事情を聞く。
何か慌ててたみたいだが。
「そうだ! マグダ、すぐ来てくれ! 外壁を超えて、魔獣が街に侵入しやがった!」
「なんだい、情けないにゃ。虎っ娘に頼らなくても、あんたらでなんとかすればいいにゃ」
「その魔獣ってのが、キメラアントなんだよ、ママ! 俺たちの攻撃は全部弾かれちまう! マグダクラスの強力な攻撃でなきゃ仕留められねぇんだ!」
「ふむ…………キメラアントかにゃ……」
腕を組んで考え込むメドラ。
つか……
「もう、語尾の『にゃ』いらねぇから」
「ん? そうなのかい? んじゃあ、次は何をつけりゃいいんだい?」
何もつけなくていいんだよ!
誰も得しない上に、話の緊張感が根こそぎ削ぎ取られて集中出来ねぇんだよ。
「……次は、語尾に『なんだからねっ』」
「おい、マグダ…………どうしてそういう危険なことを……」
「うむ! 分かったんだからねっ!」
「順応性高ぇな、メドラ!?」
史上稀に見る、厳ついツンデレの誕生だ。……稀にも見たくなかったよ。
「なんでもいいから早くしてくれ! 俺たちだけじゃ、抑え込むのでせいぜいだ!」
「……分かった。マグダが出るんだからねっ」
「アタシも行ってあげるんだからねっ!」
「……マグダだけでも大丈夫なんだからねっ」
「別にあんたのために行くんじゃないんだからねっ! 迷惑をかけたこの街の人のために行くんだからねっ!」
「……なら、力を貸してもらうんだからねっ」
「なぁ、お前ら…………真面目にやる気あるか?」
キメラアントは、街門建設予定地のすぐそばに現われたのだそうだ。
外壁周りで騒がしくしていたせいで引き寄せてしまったのかもしれない。
「デリアとノーマはここに残って、万が一に備えてくれ」
「おぅ! 分かったんだからねっ!」
「アタシにはあんまり期待しないでおくれなんだからねっ」
「お前ら、意外と好きだろ、こういうの?」
ツンデレ口調に前向きなデリアとノーマには残ってもらい、万が一取り逃がしたキメラアントがこっちに来た場合に備えてもらう。
まぁ、そんな事態にはならないだろうけどな。メドラがいるし。
「ジネット。お前は通常通り仕事を続けてくれ。ただし、客の中で怖がる者がいたら、大丈夫だと安心させてやってくれ」
「はい。かしこまりましたなんだからねっ」
だからなぜジネットまで乗っかっているのか……まぁ、可愛いからいいけど。
「じゃあ行くか」
「……了解、なんだからねっ」
「任せておきな! アタシがケリを付けてあげるんだからねっ!」
「チキショウ……なんだか緊張感が削がれて妙に疲れたんだからね……」
「いや、お前は使わなくていいよ、ウッセ」
どっっっこにも需要ないから。
そんなわけで、マグダ、メドラ、ウッセと共に、俺は街門建設予定地へと向かった。
現場では、十数名の狩猟ギルド組合員がデカい魔獣を力づくで抑え込んでいた。巨大な網が投げかけられ、無数のロープが魔獣の体の上に固定されている。先端にカギヅメでも付いているのか、魔獣の硬そうな体にしっかりと食い込んでいる。痛みからか、拘束されていることへのいらつきか、魔獣はそれらを振り解こうと暴れ狂っていた。
凄まじい光景だな、サイみたいなデカさの生き物が街の中で暴れているのは。
幸いなことに、怪我人は出ていないようだ。
「……イメルダは?」
「今日は昼から実家に顔を出しに行くとか言っていたな」
「……よかった」
イメルダの家のそばでの大事件だ。
イメルダが留守にしていることに少しほっとした。
「にしても、デカいな……」
キメラアントは、巨大なライオンの姿をしていた。……前半分は。
胴体から後ろは、アリになっている。羽まで付いている。飛ぶのか、ヤツは?
「人が頻繁に森に出入りしたから、興奮しているんだろうね」
「マグダと二人で、なんとかなりそうか?」
見たところ、筋肉ムキムキの大男が十五人がかりでなんとか動きを封じられている程度だ。
見た目以上にパワーのある魔獣なんだろう。顔からして獰猛そうだもんな。
マグダとメドラ、二人でかかれば、なんとか……
「うわぁぁぁあああっ!?」
その時、狩猟ギルドの大男たちが一斉に空を舞った。
キメラアントが強引に羽ばたき、抑えつけていた連中共々空へ飛び上がったのだ。
固定するために使用していた網やロープが仇となり、狩猟ギルドの面々は絡め取られるように空へ道連れにされていた。
何人かそれなりの高度から落下する。
「ウッセ! マグダ! ウチの連中を救出してやんな!」
「はいっ!」
「……了解した」
メドラの指示に、迅速に行動を開始するマグダとウッセ。
決断も早ければ現場の主導権を握るのも早い。
このメドラってヤツはマジで、デカい組織をまとめ上げるだけの器を備えてるってわけだ。
当然、ツンデレ語尾はなくなっている。ここからは真剣な場面だ。
「二人を救出に向かわせて、……まさか、お前一人であの魔獣をなんとかしようってんじゃないだろうな?」
キメラアントはさらなる自由を求め暴れ回る。
なんとかロープを握っているヤツらが必死にその動きを封じようと抵抗をしている。
マグダたちの役目は、踏ん張りの利かない宙づり状態になってしまった者の救出だ。
キメラアントに攻撃している暇はない。出来たとしても、ロープを掴んでキメラアントの行動を抑制する程度だろう。
なら、今キメラアントに立ち向かえるのはメドラしかいない。
しかし……あんなバケモノ相手に一人で太刀打ち出来るのか……?
そんな不安が胸の奥に去来した時、メドラが俺に頼もしい笑みを向けてきた。
「アタシ一人で十分なんだからねっ!」
「真面目な場面ぶち壊すなよっ!」
二カッと笑い、そして、俺の目の前から消えた。
――ドゥッ!
という音が聞こえたと思った時には、メドラは遥か遠く、外壁の真下にまで移動していた。
まるで、大砲が発射されたかのような衝撃が空気を揺らす。
一瞬で100メートルほど移動しやがった……あんな巨体で……デタラメだ。
「しっかり抑えときな!」
宙づりの仲間の救出を終えたマグダたちに、メドラが指示を出す。
そして、地面を蹴り外壁を蹴り、たったの二歩で、メドラは上空を飛ぶキメラアントの『頭上を』取った。
棒無しで棒高跳びが出来そうなジャンプ力だ。
やっぱりあいつ……戦闘民族なんじゃねぇの?
「思ったよりかは強いようだが、まだまだアタシの敵じゃあ…………」
固く握った拳を大きく振りかぶる。
そして、打ち下ろすと同時に獣のような咆哮を上げる。
「……ないんだからねっ!」
……こんなに猛々しいツンデレセリフを、俺は聞いたことがなかった。
いや、むしろ……聞きたくなかった。
鉄球で高層ビルを破壊するようなけたたましい爆音が轟き、魔獣は打ち落とされた。
地面に激突した魔獣は……ピクリとも動かなかった。
……最強か。
あとで聞いた話になるが、外壁は『魔獣が嫌う魔力を発する石』で作られているらしい。
かなり高価なもので数もそんなに無いらしいが、街の安全のため外壁にはその石が惜しみなく使用されている。
だよな。そういう結界的な物がない限り、空を飛べるヤツとかボナコンみたいにバケモノじみた力の持ち主が街に入ってこない理由がないもんな。
そんな中、ごく稀にその『魔獣が嫌う魔力』をも凌駕する強力な魔獣が出現するらしい。今回のキメラアントのように。
そんなヤツは街の中へ侵入し人間を捕食しようとするらしいのだが、今回は被害が出なくて本当によかった。ウッセたちも大健闘というところだろう。
「自分たちだけで仕留められなきゃ、あんたらがここにいる意味がないんだからねっ!」
「「「「すみませんでした、ママッ!」」」」
しかし、メドラに言わせれば不手際らしく……ガチムチの強面どもが全員土下座で「ごめんなさい、ママ」と半泣きになっていた。……シュール過ぎんだろ。
「……あのキメラアントは、ここ十数年の中でもトップクラスの危険な魔獣だった」
獣人族は、その獣の血からか、見ただけで魔獣の強さが分かるらしい。
マグダが言うには、あのキメラアントは、人間が十人や二十人程度ではどうすることも出来ないレベルの相手らしかった。
……それをワンパンで黙らせたお前んとこのギルド長は何者なんだよ、じゃあ。
「どうやら、魔獣のスワームは、結構厄介なレベルにまで来ているようだね……街門の件はともかく、早急に手を打たないと街そのものが危険にさらされる恐れがある……か…………これは持ち帰って対策を話し合わなけりゃあいけないんだからねっ!」
「いや、だからもういいって、ツンデレ語尾!」
途中まで真面目な話かと思って聞いちゃったじゃねぇか!
「すまんが、午後の手伝いはまた今度の機会に延期させておくれ。魔獣対策を急ぎたい」
「延期とかいいから、気にせずさっさと帰ってくれ」
メドラは律儀なヤツなんだろうな、ホント。
「ゴロツキどもには、今日一日みっちり労働させてやりゃあいい」
「まぁ、そっちは大丈夫だろう」
パウラたちも、なんだかんだで上手くやってるようだし。
「それじゃ、あたしは帰るけど…………また、会いに来ていいかい?」
「……その前に領主会談があるんじゃないのか?」
「そうそう。忘れるところだった」
それだけは何があっても忘れないでくれ。
「リカルドから正式な返事が来るとは思うが、ここと四十区がよければ、開催は三日後だ」
「ようやく腹を決めたか」
「腹は決まってたさ。ちょいと用事があっただけだよ」
また裏工作とかしてなきゃいいが……まぁ、メドラが出席する会談の席でおかしなマネは出来ないだろう。
おそらく、領内のトラブルの対処にでも追われていたんだろう。
色々と問題を抱えてそうだからな、四十一区は。
「今日は本当に楽しかった。謝罪に来て楽しんじまって悪いんだが…………この街は、人を楽しい気持ちにさせてくれる。いい街だね」
街全体を見渡そうとしているかのように、メドラがゆっくりと辺りを見渡す。
街を眺めるメドラの瞳は、驚くほどに澄みきっていた。
「四十一区も変わればいい」
「そうするつもりさ。たとえ時間がかかってもね……」
「時間、かからないかもしれないぞ」
「え?」
メドラと視線が合う。
もし、俺の誘いに乗ってくるなら……四十一区、変えてやってもいいぜ。
もちろん、四十二区がさらなる発展を遂げるための足掛かりとして、だけどな。
「……何を考えているのかは、この次聞かせてもらうとしようかね」
「そうだな。たぶん、嫌でも巻き込まれると思うからよ」
「はっはっはっ、嫌なもんかい」
メドラの大きい手が、俺の頭に乗っけられる。
……重い。
「あんたの目を見ていると不思議な気分になるのさ。アタシがまだ小娘だった頃に持っていた、夢とか希望とか、自分は無敵なんじゃないかって勘違いしちまうほどの熱くて強い衝動とか……そういうもんを思い出させてくれる」
「夢なら今でも持ってんじゃないのか?」
「この歳から叶えられる夢なんざ、あといくつもありゃしないよ」
「なら、一つだけ増やしてやるよ」
メドラの目が、丸く見開かれる。
驚きと期待。そんなものが込められた瞳が、俺を見つめる。
「これから先叶う、お前の夢を、俺が一つ増やしてやる」
俺の狙い通り事が運べば、こいつの夢は一つ叶うことになるだろう。
まぁ、俺の望みを叶える『ついでに』だけどな。
「それって……」
「叶ってからのお楽しみだ」
「…………結婚?」
「それはない!」
絶対ない!
そこだけは念入りに否定して、俺は陽だまり亭へと帰った。
…………否定、ちゃんと届いてたよな?
………………不安だなぁ。
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