16話 行きはよいよい、帰りは有料

「イケメン詐欺師、オオバヤシロは知っている……」


 ダバダ~ ダ~バ~ ダバダ~ ダバダ~♪


 異世界において、現代の技術は重宝され、そして……


 日本食は売れる!


 正確には、日本人に馴染みのある食事は――だ。


 しかも、そんな仰々しいものでなくてもいいのだ。

 いわゆる「珍しいもの」であれば、客は面白いように食いついてくる。

 カレーとか、ハンバーグとか、スパゲッティナポリタ~ナとかな。

 が、そこまでこだわる必要もない。要は『如何に目を引くか』が肝心なのだ。


 そこで、俺がおすすめしたいのがコレ!


 テテテ、テッテテー! 『ウサギさんリンゴ』~!


 簡単に作れてしかも可愛い!

 ランチプレートの横にちょこんと置いておくだけで女子供がワーキャーだ。

 どこの世界でも可愛いものは売れる!


 そんなわけで、教会への寄付を終え陽だまり亭に戻ってきた俺は、自室でせっせとウサギさんリンゴを作っていた。弁当の準備はジネットに任せてある。エステラとマグダも手伝っていることだろう。

 大きめのリンゴを二個持ってきて、それをウサギの形にしていく。一個で八羽のウサギが出来、合計十六羽のウサギが皿の上に並んでいる。

 我ながら完璧な出来だ。超可愛い。女子高生風に言えば「マジヤバくな~い?」

 肉体年齢十六歳、魂年齢三十六歳の俺でも、思わずときめいてしまいそうな可愛さだ。

 これは……売れるっ!


 レディースプレートとかを作って、ウサギさんリンゴをちょこっと添えてやれば、オシャレ女子など簡単に釣れるだろう。入れ食いだ。

 しかも、作り方も簡単で、やり方さえ覚えれば誰にだって出来るお手軽さだ。あっという間に四十二区内で一大ムーブメントを巻き起こし、そしてその総本山である陽だまり亭の知名度は鰻上りになる。客足も増え、利益も爆上げだ。

 ウサギが食堂を救うのだ!


 さぁお披露目をしてやろうと立ち上がった時、タイミングよくドアがノックされた。


「ヤシロさん、お弁当の準備が出来ましたよ」

「まったく、君も少しは手伝ったらどうだい? 君の発案だろう?」

「……マグダ、手伝った」


 どやどやと、三人娘が俺の部屋へなだれ込んでくる。

 こらこら、勝手に入るな。プライベートエリアだぞ。


「で、何をしていたんだい?」


「遊んでいたわけじゃないよね?」と、エステラの目が俺を見つめる。

 もちろんだとも。

 俺はこの食堂を救う救世主を生み出していたのだ。

 これの特許を取れば、俺、大金持ちになれんじゃねぇの?


「見るがいい! 俺の力作を!」

「わぁ~っ!」

「……おぉ」

「これは……」


 ずらりと並んだウサギさんリンゴを見て、ジネットは笑みを浮かべ、マグダは感嘆の声を漏らし、エステラは鑑定士の如き鋭い視線で観察する。


「リンゴをウサギの形に切ってみた」

「凄いです! とても可愛いです、ヤシロさん!」

「……かわいい」


 ふふふ、反応は上々だ。狙い通りだ。


「それで、このリンゴをどうするんだい?」

「ランチプレートに添えれば女性受けするとは思わんか?」

「思います! きっと可愛いって喜んでもらえますよ!」

「……持って帰りたい」


 うんうん。そうだろうそうだろう。そう思うだろ?


「……で。それで、どうするんだい?」


 ただ一人、エステラだけが納得いかないような顔をしている。

 というより、何か嫌そうな表情だ。……なんだ、リンゴ嫌いなのか?


「どうするも何も、普通に食うんだよ」

「え……っ」

「…………え?」


 食うと言った途端、あれほど盛り上がっていた場の空気が凍りついた。

 ジネットの笑顔は固まり、マグダに至っては魂が抜け落ちたような無表情になっている。


 い、いや……なんだよ?

 リンゴだぞ?

 食うだろ、そりゃ。


「食べ…………るん、ですか? これを?」

「あ、あぁ。え? リンゴ、食うよな?」


 この街では食べないのか? 鮭みたいに「赤いから~」とか、言わないよな?

 とりあえず一個食ってみようと、ウサギさんリンゴを摘まみ上げる。


「「あっ!?」」


 ジネットとマグダが一斉に声を漏らした。

 ……なんだよ、リンゴを食おうとしたくらいで。


「あ、あの、ヤシロさん……そのウサギさん……本当に、本当~に食べるんですか?」

「なんだよ? リンゴだぞ? この街では食わないのか?」

「いえ、リンゴはいただきます。とても美味しいです。ですが……」


 ジネットは大真面目な顔をしておかしな言葉を口にした。


「そのウサギさんは、とても可愛いですよ?」


 ……だからなんだと言いたい。

 まったく。変に感情移入し過ぎなんだよ。たかがウサギの形をしたリンゴ如きに……


 俺はジネットとマグダを無視して、ウサギさんリンゴに齧りついた。…………いや、齧りつこうとしたが、出来なかった。


「…………なんのマネだ?」


 俺の喉元に、エステラのナイフが突きつけられている。


「それはこっちのセリフだよ」

「いや、こっちのセリフだろ」

「いいや、こっちのセリフだよ」

「どう考えてもこっちのセリフだろ」

「こっちだよ!」

「こっちだろ!」

「あ、あの、お二人とも! では、せ~ので言ってみてはどうでしょうか?」


 せーので?


「いきますよ~。せ~の!」

「「なんのマネだ!?」」

「はい。よく出来ました」

「いや、何これ!? なんの意味があるの!?」


 まったくもって無駄な時間だった。


「つか、なんなんだよ、エステラ? お前も食いたいのか?」

「そんなこと出来るわけないだろう?」


 瞼を固く閉じ、顔を背けてエステラが吐き捨てるように言う。


「ボクは、可愛いものが大好きなんだ!」


 ……何、言ってんの?


「いや……リンゴだぞ? ほら、よく見ろ」

「やめろ、近付けるな! 情が移る!」

「分かります、エステラさん!」


 いや、大袈裟だろ。あと、分かるなよジネット。


「もし、そのウサギさんを食べると言うのなら……ヤシロ、君を殺してボクも死ぬ!」

「重いよ!」


 なんだ、このリンゴはお前の子供か!?


「よく見ろ! ただのリンゴだ! ほら、持って! 見ろ! そして食え!」

「やめろ! 撫でれば確実に手放せなくなる! だが、ボクは知っている! リンゴは、翌日には……いいや、数時間後には変色し…………朽ち果てる……っ!」

「えぇっ!?」


 いや、「えぇっ!?」って、リンゴだから!


「そんな悲しい思いをするくらいなら……ボクは最初から慣れ合ったりはしない!」

「だから、大袈裟なんだよ!」


 まったく。

 どうやらウサギさんリンゴは失敗のようだ。こうまで過剰に反応されると商売にならん。

 埒が明かないので、俺はウサギさんリンゴをウサギさんたらしめている耳の部分を引きちぎってやろうと指をかける。

 その手を、マグダがそっと握ってくる。


「……生き物に酷いことしちゃ、ダメ」

「お前は、暴れ牛を踊り食いしてたろうがっ!」


 お前にだけは言われたくないわ!


「……牛より、ウサギさんの方が、かわいい」

「お前、その発言、かなり酷いぞ」


 牛の方こそが可哀想だわ。


「なんだよ……陽だまり亭の客寄せに使えるかと思ったのに……」


 こりゃ没だな。大失敗だ。


「あ、あの……っ!」


 割とマジでへこみそうな俺に、ジネットが声をかけてくる。


「ヤシロさんが頑張って考えてくださったことは、本当に嬉しいですよ。それに、これ自体が悪いというわけではありませんし……むしろ、とても素敵な案だと思います。もし実施すれば、お客さんはみなさん気に入ってくださると思います」

「でも、食わないんだろ?」

「それは……」

「リンゴは食い物だ。食い物を食えなくするのはダメだ。食い物で遊ぶのはよくないってのは、この街でも共通の認識じゃないのか?」

「確かに……でも…………」


 なんとか俺を励まそうとしてくれているようだが、結果が伴わなければ意味がないのだ。そして、意味がなければ俺自身が納得出来ない。

 だから、もういいのだ。

 このリンゴは、あとで俺が美味しくいただくとするさ。こいつらのいないところでな。


「これは俺が責任を持って処分しておくから、心配すんな。……もう二度と作らん」

「あ、あのっ!」


 リンゴの載った皿を下げようとした俺を、ジネットが呼び止める。

 意を決したような、でも不安が滲み出している表情で。


「わ、わた……わたし…………食べます!」


 そして、両手の拳を握り、絞り出すような声で言う。


「ヤシロさんが折角考えてくださった案を、検討もしないでやめにするなんて……わたし、嫌です! だから、わたし、食べます!」


 そう言って、皿からひとつリンゴを取る。


「…………」


 ウサギさんリンゴをジッと見つめ、ごくりと喉を鳴らす。

 それは「美味しそう」という感情からではなく、極度の緊張から来るものだろう。


「…………で、では………………ぐすっ……いた、……いただ…………ごめんなさいごめんなさい、痛かったらごめんなさい……でも、いただきますっ!」

「いや、もういい! 無理すんな!」


 ついにはボロボロと涙を流し始めたジネット。

 そんな無理して食うほどのものではない。


 俺はウサギさんリンゴを取り上げ、心をすり減らしてまで頑張ろうとしたジネットの頭を撫でてやる。


「よく、頑張ったな……」


 って、言う場面か、コレ?


「……ごめんなさい…………どうしても、食べられませんでした……」

「まぁ、しょうがねぇよ」


 つか、ウサギって普通に食うよな?

 狩りの初歩的な獲物だろう。


 で、なんでエステラとマグダはジネットに拍手を送ってるんだ?

 ナイスファイトって? やかましいわ。


 なんだか余計なことで時間と体力を使ってしまった。

 お弁当の定番だと思ったのだが、ウサギさんリンゴは没だ。この街の人間の趣味や信仰、何に惹かれ何を忌避するのか、そういう情報も集める必要がありそうだ。


 新たな課題に直面したが、まぁ、追々でいい。

 今は狩りだ。



 そんなわけで、俺たちは大量の弁当を手に、四十一区の門へと来ていた。

 四十二区には外に出るための門は設けられておらず、一番近いのがこの四十一区の門なのだ。

 門を設置すれば、入門税を徴収出来るというメリットがあるが、それ以上に門の警備やメンテナンスに金と時間と労力がかかってしまうのだ。

 そして、四十二区のように魅力のない場所の門は通行量がさほど増えず、収入が期待出来ない。

 四十二区の外はすぐ森になっており、それも通行量を減らす要因になっている。徒歩で旅をする者は少なく、街を出入りする者は馬車を使うのがほとんどだ。で、あるならばきちんと整備された街道が必要になる。森の中を馬車で突っ切るなんてナンセンスだからな。

 苦労して森を抜けてようやく入った先が四十二区。

 俺ならブチ切れて門番を八つ裂きにしかねない。


 そんなわけで、四十二区はオールブルーム外周部に位置しているにもかかわらず門を設けていない数少ない区なのだ。他にも門がない区はあるそうだが、そこにはそこの抱える問題なり理由があるのだろう。


 で、四十一区の門だが……まぁ、四十一区もさほど大した街ではないってことだな。四十二区より幾分マシというレベルだ。

 高さ20メートル超の大きな木製の門扉の周りを、頑強な石造りの門が囲っている。……まではいいのだが、いささか年季が入り過ぎている。その気になれば数十人で壊せてしまいそうだ。

 この門で獣とか防げるのか? 野党とか入り放題なんじゃねぇの?


 門番をしているのは四十一区の自警団なのだろう。数十人いる兵士はみな同じ型の鎧を身に着けている。門の横には獅子のエンブレムが描かれた旗がはためいている。


「四十一区の門を通過する際に、四十二区の許可証が効果を発揮する意味が分からんのだが?」

「まぁ、そこは付き合いのようなものだね。『何かあったらいろいろ融通するから多めに見てやってよね』的な思惑がお互いにあるのさ」

「へぇ」


 エステラが取ってきてくれた、俺の入門許可証。入門許可というよりかは、四十二区の仮住民票とでもいうべきか。俺の身分証明書のような役割をしてくれるのだ。


 ちなみに、街から外に出る際はお金はかからないらしい。

 街からモノを持ち出すのも無課税だ。

 金がかかるのは入門の際で、物を持ち込むのにも税がかけられる。

 今回のように弁当を持ち出して、食べきれずに持ち帰ると課税されるらしい。……なんだそりゃ。入れ物は課税対象ではないそうなので安心だが。

 大抵持ち出す食料はパンや干し肉が一般的で、それらは売り物になる。それらに税をかけないと「これは残り物だ」と言い張って無課税でパンや干し肉を街へ持ち込むことが出来てしまう。そうなれば、街の中のパン屋や肉屋が損害を被る。そうさせないための処置だ。

 ……つか、食いさしの弁当なんか売れないだろうに。まぁ、それを言い始めると線引きがあいまいになって面倒くさいことになるのだろうが。


 出門手続きは意外とあっさりしたもので、すぐに出ることが出来た。

 入門の際は色々面倒くさそうだけど、出るのは簡単だ。


「入門の際は、三人で1200Rbかかるからな」


 門を出る時、自警団の兵士にそんなことを言われた。

 マグダは狩猟ギルドの会員証を持っているため、数には入れられていない。

 行商ギルドや狩猟ギルド、そして海漁ギルドなどは、仕事上外壁の外へ行くことが頻繁にあるため、ギルドごとに年単位で入門税を納めているとのことだ。

 そのため、税がかかるような物さえ持っていなければ、一回単位での金は取られない。

 しかし、それらギルドに加盟していないただの住人は、入門の度に金を徴収される。


「1200Rbなけりゃ出ない方がいいぜ。帰れなくなるからな」

「大丈夫だよ。きちんと用意してある」


 エステラが少し不機嫌そうに返事をする。

 この兵士のオッサンは親切なヤツなのかと思ったのだが……なんてことはない、「四十二区の人間が1200Rbなんて持ってるのか?」というイヤミだったようだ。


「さて。それじゃあ、早く行くとしようか。こんなところで油売ってても時間の無駄だからね」


 苛立ちを隠しきれない口調で、エステラが俺たちを先導する。


 ふむ……

 二歩ほど歩いたところで俺はふと立ち止まり、門を振り返った。と、先ほどの兵士のオッサンが暇そうに大あくびをかましている姿が視界に入る。


「ヤシロさん、どうかしたんですか?」


 俺が足を止めたことに気付いたのか、ジネットがこちらに駆け寄りながら問いかけてくる。

 そんなジネットに続くように、相変わらず無表情なマグダと、いまだ怒気を孕んだ表情のエステラも俺のもとへと引き返してきた。


「俺なら、500Rbもありゃ通れると思ってな」


 飄々とした口調でそう告げると、エステラの目が一瞬にして据わる。


「まさか、偽造硬貨でも作って足りない分を補うとか言うんじゃないだろうね」


 おいおい、俺をあんまり高く買い過ぎんじゃねえよ。

 なんの用意もなくこんなところで偽造硬貨なんか作れるか。


「違う」

「じゃあ、どうするんですか?」

「どうすると思う?」


 無防備過ぎるほど純粋な瞳をさらすジネットに、俺はあえて質問を質問で返してみた。大方予想はついているが、こいつならどう答えるかと思ってな。


「う~ん……そうですねぇ……」


 左右に「こて~ん、こて~ん」と首を振り考え込むジネットは、ひとしきり悩んだところで突如表情を輝かせる。そして、思い切りよくこう言い放った。


「分かりました! 自警団の方のお手伝いをして足りない分を稼ぐんですねっ!」


 ドヤァ! ……と、いう顔だ。


 自信満々なとこ悪いが、何ひとつ分かってねぇよ。

 それじゃ500Rbで通ったことにならないし、だいたいそんなことに労力を割くくらいなら正規の金額を払った方が安くつくだろうが。


「なら、価値のあるものでも売りつけるのかい?」


 ジネットの発言を表情だけで軽くあしらっていると、今度はエステラが己の回答をぶつけてくる。


「だから、それだと『500Rbありゃ』っていう条件を逸脱するだろ?」


 足りない分を違う何かで補うんじゃ、結局身を切られているのと同じわけで意味がない。

 ……いや待てよ。我が身を切らず、さらにはその価値以上の金を搾取出来る代物なら、タダどころか利益を得られるかもしれないのか。


「エステラ、いいことを言った。よし、ジネット。今お前が穿いているシースルーパンツを差し出せ」

「ふにょっ!?」


 奇妙な声を発したジネットの顔が、瞬時に真っ赤に染まる。


「なななななっ、なんっ、なんで分かるんですか!? ヤシロさん、見たんですか!?」

「いや、勘で言っただけだが、お前、今あれを穿いてんのか」


 以前、中庭に干してあった中で一際印象に残ったヤツだ。

 思わず視線がジネットの腰へと向かう。

 と、ジネットは腰付近を隠すように両手を当て、後ずさりで俺からズザザっと距離を取る。


「だって外壁の外に出ることなんてそうあることじゃないですから、俄然気合いが入って……って、何を言わせるんですか! 懺悔してください、懺悔してください!」


 なるほど。ジネットは勝負パンツを穿く派なのか。


「だがな、ジネット。相手はあのオッサンだ。お前の脱ぎ捨てたあのシースルーパンツなら、三人分の入門税はおろか、その倍額だって…………っ」


 説得にかかる俺の首に、突如冷たい感触が走った。

 無意識に察知した己の危機に、俺は言葉を止め、視線だけをそちらに向ける。

 と、首元すれすれに刃渡り20センチのナイフが突きつけられていた。そして、そのナイフの柄を握るエステラが狂気を含ませた表情で、ゆっくりと俺に問う。


「今すぐ懺悔するのと、今すぐ斬首されるの、どっちがいい? 三秒だけ猶予をあげるよ」

「申し訳ありませんでした!」


 反射の如き素早さで、俺は謝罪を口にした。

 怖い怖い怖い! お前は本気でやりかねないから恐ろし過ぎるわ!


「まったく。冗談もほどほどにしないといつか痛い目見るよ?」


 そう言いながら懐にナイフをしまうお前にこそ言いたい。

 冗談でも人にナイフを突きつけるんじゃない。本気なら尚更やめていただきたい。


 こんなんじゃ、命がいくつあっても足りゃしねぇ……


 と、不意に袖口がちょいちょいと引っ張られた。

 見ると、俺の服の袖を遠慮気味に掴んだマグダが、真下から覗き込むように俺の顔をジッと見つめてきた。


「ん? なんだ?」

「……マグダのパンツ……いる?」

「ヤシロ!」

「ヤシロさん!」


 エステラとジネットの双方から、非難のこもった声が上がる。

 だから俺はまだなんも言ってねぇだろうが! 


「悪いがマグダ。俺のいた国では、女児のものは所持するだけで捕まるんだ」

「……?」


 首をこてっと傾ける仕草は無表情ながらも可愛らしくはある。が、これ以上説明しても無駄なことは明らかなので、マグダのことはひとまず放置だ。


 ん……あぁ、待て待て。

 一応マグダにも聞いてみるか。こいつがどんな知恵を絞り出すのか興味がある。

 こういうぼーっとしたヤツの発想は時として鋭い切り口で難局を打開したりすることがあるのだ。

 こいつの発想が使えるものなら、今後大いに活用させてもらおう。


「マグダ。お前ならどうする? 500Rbで門を通るには」

「…………」


 マグダは腕を組みじっくり考えを巡らせる。

 そして、おもむろに顔を上げ、抑揚のない声で回答を寄越してくる。


「…………頑張る」

「うん、分かった。俺が悪かった」


 こいつに何かを期待した俺がバカだった。

 今、近年稀に見る猛省をしているところだ。

 まったく……どいつもこいつも、揃いも揃ってしょうがねぇな……


「今から実演してやるから、ちょっとそこで見とけ」


 言って、俺は三人をその場に残し、先ほどの兵士のオッサンのもとへと足を進めた。


 兵士のオッサンは相変わらず暇そうにしている。

 他の兵士たちもさほど変わらないが、あのオッサンがとりわけ不真面目と見た。

 連中の中では年長のようだし、だからなのか誰もそれを咎める者がいない。故に、あのようなだらけた態度を取れるのだ。

 ターゲットにするなら、間違いなくあのオッサンが一番適当だ。


「なんだ、忘れ物か? 悪いが、一度外に出たからにはどんな理由があろうと、入る際には入門税がかかるぞ?」


 親切心を装いながらいやらしく笑うオッサンの発言を、ひとまず軽く流してから話を持ちかける。


「実はあんたに、ひとつ相談があるんだが」


 そう言って、俺は人差し指をちょいちょいと動かし、耳を貸せの合図を送る。

 と、オッサンは訝しむ素振りも見せず、耳を近付けてきた。


 そんなオッサンに、俺は堕落の種を植えつけてやる。


「――――って話なんだが」


 要点を掻い摘まみ簡潔に伝えると、表情こそ変えないが、オッサンの目の色が明らかに変わったのが見て取れた。


「どうだ? 三人で締めて500Rb。通してくれるか?」

「ま、まぁ、そういうことなら……」

「ちょっと待ったぁ!」


 オッサンが頷きかけたその時、エステラが割り込むように声を上げた。

 見ると、ジネットとマグダも含めた三人が、いつのまにやら俺の背後に立ち並んでいた。


「今、何を話していたんだい?」

「ん? だから、ここを500Rbで通してくれるかっていう趣旨の話を……」

「だから、その内容をボクは聞いているんだ」


 エステラが懐に手をかける。

 分かった分かった。ちゃんと話してやるからそんな顔で睨むな。そして、ナイフは絶対取り出すな。


「なんてことない。500Rbほど包んでやるから、こっそり通してくれないかっていう話だよ。たった三人、『入門しなかったこと』にすればいいだけなんだし、わけないだろ?」


 俺たちが門を通る際に、少しだけゆっくりな瞬きをしてくれればいいのだ。

 そして、帳簿に『書いたフリ』をすれば誰も気が付かない。

 たったそれだけのことで、このオッサンは給料とは別に500Rbも手に入れられるのだ。

 俺たちは安く上がり、オッサンは臨時収入を得る。

 ウィン‐ウィンの関係とはまさにこういうことだろう。


「真面目に取り合わない方がいいよ、兵士さん。不正入門は減刑無しの処刑だからね。手引きしたヤツも同罪だ」

「わ、分かってるよ!」


 エステラの指摘に、兵士のオッサンは目に見えて狼狽する。

 あぁ、これはダメだ。こいつは嘘の吐き方を知らない。

 賄賂なんかもらった日にゃ、我慢出来ずに自慢して墓穴を掘るか、不審に思った上司に詰問されてジ・エンドだ。


「まったく。本当に君はろくでもないことばかりを思いつくよね」

「そういう方法もあるというだけの話だ」

「やっぱり、見張っていなきゃいけないようだね」


 エステラがキッと俺を睨む。

 だから、例え話だってのに。……まぁ、そういう必要があれば迷わず選択する方法ではあるけどな。


 けど、これでこの兵士のオッサンの中には堕落の種が植えつけられた。

 そんなやり方があると知った人間は、それがダメだと思っていても、ふとしたタイミングで「もしそれを実行したら……」という甘い妄想に取りつかれてしまう。

 あとはオッサンの心次第だ。

 オッサンの心が弱ければ、その悪事に手を染めるだろう。強ければそうはならない、それだけのことだ。

 このオッサンが悪事に手を染め堕落しようが、それは俺の与り知るところではない。


 ま、ちょっとした意趣返しだ。

 あんまり人のこと見下してっと、テメェの足元が崩れ始めてるってことを見落としちまうぜってこったな。


 そんな火種を落としつつくぐり抜けた門の先。

 そこは一面の平原だった。

 ここは馬車での乗り入れが少ないのだろう。街道というほど道も整備されていないし轍も少ない。


「……ここは、主に狩猟ギルドの組合員が使う門」


 端的にマグダが説明をしてくれる。

 言われてみれば、それらしき格好をした男たちがあちらこちらにいる。


「……だいたいは五人前後でパーティを組んで行動する」


 そう言って、マグダはマサカリを担いで歩き始める。

 俺たちより前を歩き、俺たちが追従する格好になる。

 しばらく歩くと、マグダはぽつりと……


「……こうやって誰かと歩くのは、久しぶり」


 そんな言葉を呟いた。


 こいつは、これまで一人で狩りに出ていたのか。

 しかし、久しぶりってことは初めてではないのだろう。

 年齢的に考えても、それは親と同行した時のことを指していると思われる。


 前を歩くマグダの耳がぴくぴくと動く。

 まるで、後ろを歩く俺たちの足音に耳を澄ましているように。


「……今日は、頑張る」


 誰に言うともなく呟かれた抑揚のないその言葉は、どこか楽しそうに聞こえた。


 とはいえ…………お前は頑張った分食うからな。

 ほどほどが一番だ。


 しばらく歩くと、あちらこちらに簡易的なテントが散見されるようになった。

 森が近くなり、拠点となる場所を確保でもしているのだろうか。


「なるほど。彼らは食事を作らなければいけないからこれ以上先へは進めないんだね」


 エステラがそんな推論を立てる。

 移動時間に加え、調理時間、そして引き返す時間を考えればこの辺りにテントを張るのが最も効率的なのだろう。

 外泊をするのでなければ、それほど遠出は出来ないのだ。


「では、わたしたちもこの辺りにテントを張りましょうか?」


 ジネットがそんなことを言う。が……


「いや、もっと先まで進むぞ」

「そうだね。ボクたちはお弁当のおかげで調理する必要がない。それに、人が行かない場所まで行けば、獲物もたくさんいるだろうしね」


 エステラの言う通りだ。

 人と同じことをしていたのでは成功は出来ない。

 人がしないことを率先してやらなければ。


 テントを張らずに先を目指す俺たちに気付いた狩人たちが、俺たちを指さし笑いを漏らす。

「欲張って結局獲物を逃がす」だとか「無謀なバカがいる」だとか、好き放題言ってやがる。


 ジネットはそんな言葉を真に受けて不安げな表情を見せる。

 が、そんな言葉は無視だ無視。そういうことを言うヤツに限って、成功者が出た後で安易に模倣をして墓穴を掘るのだ。

 自分が正しいと信じられることなら、外野の声は無視してしまうに限る。

 もっとも、それで失敗しても誰のせいにも出来ないという前提条件を受け入れることが出来るヤツは、だがな。


「……森に入れば、高く売れる獣がいる」

「んじゃ、今日のターゲットはそいつにしよう」


 俺たちは安定した収入ではなく、一発デカいヤツを狙いに行く。

 なにせ、こっちには無敵のトラ人族がいるのだ。

 少々扱いにくい人種ではあるが、使いこなせれば心強い稼ぎ頭になるだろう。

 その手間を惜しんで『使いにくい』と突き放すのは愚かなことだ。

 格ゲーだって、操作の難しいヤツが最強だったりするのだ。マスターするのは難しいが、一度自分の物にしてしまえば押しも押されもせぬ存在になる。

 が、やり込みの足りないヤツは中途半端になる。

 中途半端は一番よくない。やるならとことん、やらないならきっぱりと。それが儲けるための基本だ。


 そんなわけで、俺たちは迷わず森へと突入する。

 深い森を進む。

 この森は四十二区の方まで広がっているのだそうだ。

 ……木を伝って街の外壁を越えられないものだろうか?


「不法入門は死刑だよ」

「……分かってるって」


 なんで俺の考えてることが分かったんだ、エステラよ。なんか怖いぞ、お前。


「思ってることが顔に出てるんだよ。君、分かりやすいよね」


 そんなわけがない。天才詐欺師であるこの俺が。

 あ、天才イケメン詐欺師であるこの俺が。


「……しっ」


 突然、マグダの足が止まる。

 姿勢を低くし、口元に人差し指を立てる。


「………………近くにいる」


 マグダのネコ耳がぴくぴくと動く。

 まぁ、正確にはトラ耳なのだが。


 全員が息を殺し、森の中が静寂に包まれる。


 俺たちは全員、マグダの視線を追うように同じ方向を見つめている。

 マグダの背に庇われるような格好で、マグダの見つめる森の奥へ意識を集中させる。


 耳に痛いほどの静けさ。

 心なしか息苦しい。空気が薄い気がする。

 それに、全身から汗が噴き出していく。

 ……熱い。

 まるで、炎であぶられているような、そんな嫌な感覚に襲われる。

 これが、狩場の緊張感か…………熱い…………マジで熱い。

 なんだ、熱いぞ? 熱い…………熱い熱い熱い熱い……っ!


 あまりの熱さに、俺は後ろを振り返る。

 すると……俺のすぐ後ろに、全身を燃え盛る炎に包まれた大きな牛がいた。


「…………あ、そっちだった」

「気配感じ取るの、下手くそかっ!?」


 思いっきり背中取られてるし、めっちゃ接近されてんじゃん!?



 ブモォォォォォオオオッ!



 燃え盛る炎に包まれた牛は、どういうわけか、その炎で焼かれることはなく、生き生きとした目で俺たちを睨みつけてくる。

 獲物を狙う獣の眼だ。


「あれは、ボナコンか」


 エステラが聞いたこともない名称を口にする。

 ボナコン?

 そんな牛がいるのか?


「この森に棲む魔獣……平たく言えばモンスターだよ」


 モンスター!?

 そんなのいるのかよ!?

 いや、獣人がいるような異世界だからいてもおかしくはないんだけどさ!


「……ボナコンは、興奮すると燃え盛るフンを飛ばしてくるから気を付けて」

「嫌過ぎるな、その攻撃!?」


 とか言っている間に、ボナコンが俺たちに尻を向け始めた。

 いーーーーーーーーーーーーーやぁーーーーーーーーーー!

 フンが飛んできちゃう!


「マグダ! なんとかしろ!」

「……任せて」


 言うなり、マグダの全身を『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』――俺的略称『赤モヤ』が包み込む。


 そして、一閃――


 瞬く間に決着はついた。

 目で追うのも困難な速度でボナコンへ接近したマグダは、巨大なマサカリを軽々と振り回しボナコンの体を両断する。

 絶対的な力の差をもって、マグダが一撃ボナコンを仕留める。


 で、ここからが本題だ。


「マグダ! 少し我慢しろ! すぐに弁当を……って、もう食い始めてるし!」


 弁当を出すのを待たず、マグダはいまだ炎を揺らめかせているボナコンの肉へと齧りついていた。


「ジネット急げ! ボナコンが食い尽くされてしまう!」

「は、はい! わっ、たっ! ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌ててカバンを取り落としそうになるジネット。

 バタバタと忙しなく弁当を取り出し食事の支度を始める。


「ダメだ、ヤシロ! もう六割方食べられているよ!」

「くそぉ! 止まれぇ、マグダァ!」


 無駄だと分かりつつも、俺はマグダへと飛びかかり、そして例によって投げ飛ばされる。

 コンマ一秒すら押さえられない。


「準備出来ました! マグダさん、ご飯ですよっ!」

「……っ!?」


 ボナコンに齧りついていたマグダが、ジネットの取り出した弁当に反応を示す。

 そうか。

 ボナコンは生肉だから、そんなに美味しいわけではないんだ。

 マグダはジネットの作った弁当の方が美味しいと知っている。

 故に、空腹により自我を失っている状態でも弁当に反応を示したのだ。


「マグダさん! 鳥さんの唐揚げですっ!」

「……食うっ!」


 マグダがボナコンの肉を投げ捨て唐揚げに飛びかかる。

 ……いや、捨てるなよ。


 凄まじい勢いで弁当を掻っ喰らうマグダを尻目に、俺はボナコンの肉を拾い上げる。

 まだちょっと熱い。が、持てないほどではない。


「損失は八割強、といったところだね」


 エステラがちょっと豪勢な布の袋を俺に渡してくる。


「魔力を帯びたモンスターの肉を入れても平気な布だよ。ボナコンの炎にも耐えられる強度を持っている」


 魔獣が存在する世界だからこそ生まれたアイテムってわけか。

 どんな原理かは知らんが、普通のカバンに入れるよりかはマシだろう。


「いくらくらいで売れるもんなのかね、ボナコンの肉は」

「どうかな。適正な価格は知らないけれど、結構な値がつくと思うよ」

「その根拠は?」

「ボナコンは中央区の、それも超一流店でしかお目にかかれない高級食材だからさ」

「そうなのか?」

「あぁ。貴族と、一部の豪商くらいしか口にしたことがないんじゃないかな?」


 そ、そんな貴重な肉を、マグダは味も分からず貪り食いやがったのか…………

 躾が必要だな。割と厳しめの。


 しかし、超高級食材か……


 手元に残った肉はおよそ10キロ前後。

 これだけでいくらになるのか……すげぇ楽しみだ。


「じゃあ、帰るとするか」


 換金が楽しみ過ぎて早く帰りたい。

 マグダに弁当を持たせるというのは上手くいきそうな気がする。

 無自覚のうちに弁当に気を引かれていたってのがいい。

 一人で狩りに来ても、最初から弁当を出させておけば獲物を食わずに済むだろう。

 入門税を考えると、俺たちが付いてきてやるわけにはいかないからな。弁当に慣れるまでは同行が必要かもしれんが。


「気が急くのは分かるけど、その前にボクたちも食事にしないかい?」

「そうだな。言われてみれば腹が減った」


 戦勝祝いだ。

 ちょっと奮発して作らせた弁当で乾杯といこうではないか。


 と、振り返ると……


「…………おなか、いっぱい」


 空になった弁当箱と、満足げにお腹をさするマグダ、そして、おろおろと狼狽えるジネットがいた。


「あ、あの……マグダさんの食欲が、留まるところを知りませんで……止められませんでした」


 …………マジか。


 ここに来るまで、結構歩いたってのに…………そして、街に戻るには同じ距離を歩かなけりゃいけないってのに……



 深い深い森の中。

 俺たちは食糧を失い…………泣く泣くボナコンの肉を焼いて分け合った。






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