第12話 青葉の頃(7)
「光輝、頼みたいことがあるんだ」
保育園を飛び出した次郎花は<i-am>を弄り、光輝に電話をかける。藍色のTシャツと白いチノパンに着替えた次郎花は<i-am>を耳にあてながら一気に走る。
ホープまでの行き方は頭のなかに入っていた。迷うことはない。
『……もしもし。なんのようですか、ジロウさん』
耳に届いた光輝の声は不機嫌そうだ。朝も早いため、もしかしたらこの電話で起こされたのかもしれない。
『そうそう、ジロウさん。今日は仕事来るんですか? グレイスさんが聞いておいてくれって』
光輝は続けざまに今日の出欠の有無を確認してくる。
「そんなことどうでもいいから!」
言いながら横断歩道を渡り、次郎花はそのまま一直線に走り出す。見えてきたのは住宅地にポツンと建つビルだ。周囲に高い建物がないためによく目立つ。
『いやよくないですよ』
事情を知らない光輝は反発してくる。
「今、一大事、なんだ。頼明が行方、不明、なんだよ……」
走りながらの会話のため、言葉が途切れ途切れになる。
『頼明……っていうと昨日の?』
それでもなんとか光輝には伝わったらしい。
ビルを横切る際、「リストラ反対」と掲げた覆面集団と、モップやタワシなどをモチーフにした武器で覆面集団を追い払うスーツを着た五人組がいた。清掃会社ゴークリーンを守る清掃戦隊クリーンファイブと、その会社にリストラされたの逆恨みして結成された悪の組織〈栗鼠虎反対〉だった。
群がって次郎花の進行妨害する〈栗鼠虎反対〉の覆面のひとりを、邪魔、と一蹴。基本的に自分の管轄外のヒーローと悪の組織には不干渉というのがヒーローや悪の組織にとって不文律だが、このぐらいは許される。年に数回ある映画のコラボレーションみたいなものだ。
「ああ、そうだよ。キミがボクの家に来たときに遊ぼうって言ってたこどもだ」
ビルを横切ってしばらくして次郎花は立ちとまる。全速力で走ったために息切れを起こしていた。ホープまではあと五百メートルぐらいだ。この間、事故があったらしい横断歩道を渡ればすぐにたどり着く。息切れがおさまるまで次郎花は早足で行くことにした。光輝にも説明せねばならない。
「頼明はボクと遊んだあと、家に帰って、そしてひとりでヒーローショーを見に行った」
『ヒーローショー……ホープでやっているチャレンジャーですね』
「よくわかったね」
『僕が帰った時間から遊んで、ヒーローショーを見に行くとしたら夜しかない。夜にやっているヒーローショーはホープしかないですよ』
「なるほど」
さすが、ヒーロー好きだ、と次郎花は感心していた。自分の兄や弟もヒーロー好きだが、光輝の場合、その好き度が兄弟よりも数倍違うらしい。
「そのヒーローショーの時間帯はわかる?」
『夜の部は十九時から一時間の予定なので、ヒーローショーを見終わっていたのなら、行方不明になったのは二十時ぐらいだと思います』
「そうかわかったよ。とりあえずボクはホープにてがかりがないかどうか調べてみるよ」
『今からですか?』
「そうだよ、驚くことはないでしょ?」
『いや、ホープが開くのって九時ですよ。それに仕事はどうするんですか?』
「人がいないほうがてがかりは見つけやすいよ。それに行方不明になったのは〈奇機怪械〉の仕業かもしれないだろ。だったら現在進行形で仕事中ってことだよ。グレイスには行方不明のこどもを探しているって言っておいて」
『僕たちも行ったほうがいいですか?』
「ほかに〈奇機怪械〉が現れないとも限らないし、まだ行方不明になったのが〈奇機怪械〉の仕業とは限らないから来なくていい」
けど、と次郎花は言葉を繋ぎ「光輝にはやってほしいことがある。<i-am>の検索機能とやらで頼明を探して欲しい。頼明の通信番号は今送るから」
『わかりました。けどだったら僕がやり方を教えたほうがジロウさんも便利じゃないですか?』
「ボクはそういうのは苦手なんだよ」
次郎花は苦笑して、だから頼んだよ、と光輝にお願いする。
『わかりました。場所がわかったらジロウさんにまた連絡すればいいですか?』
「うん、そうして」
そう言って、次郎花は電話を切り、光輝の<i-am>に頼明の通信番号を送信した。
横断歩道を渡り、スーパーマーケットホープへと到着する。正面に見えるのはホープの裏口にあたる場所で、反対側には駐車場が広がる。右手には立体駐車場もあり、休日にはどちらの駐車場も満杯になるほどの賑わいを見せる。
現在の時刻は七時を回ったところ。駐車場にはおそらく社員のものだろう、数台の自動車しかとまっていない。
次郎花はホープの周囲を一通り見て回ったあと、空を見上げると転落防止用のフェンスを見えた。そのフェンスに囲われた場所がヒーローショーの行われる屋上だ。
次郎花はそこから侵入しようと決め、チノパンのポケットからL.E.D.と単四電池を取り出した。単四電池は市販のものだ。百円均一で売っているものから家電売り場に売っているものまで、単四電池ならなんでも使える。次郎花は慣れた手つきでL.E.D.に単四電池をはめ、スイッチを押す。
青い閃光が身体を包み、次郎花を一瞬にしてリチウムブルーへと変貌させる。〈奇機怪械〉の機人がいるわけではないので名乗りもポージングもない。もう一度L.E.D.を押して、ライトニングウィップを取り出したブルーは鞭を振るう。鞭の長さは三メートル弱。屋上のフェンスには到底届かないが、スーパーの壁に這うように延びるパイプに絡ませるぐらいは容易だ。ブルーは絡ませた鞭が取れないことを確認してよじ登った。鞭を絡ませた場所にたどり着くと、鞭を解いて、再び鞭を上のパイプへと絡ませる。
職業ヒーローが万能だと思う人がいたら勘違いだ。カンデンヂャーは超常的な跳躍力を持ってはいないし、飛行能力もない。もちろん、空が飛べるスーツを着た職業ヒーローも存在するにはするのだが、それはカンデンヂャーではない。
鞭を使って天上によじ登り、警戒するように周囲を見渡すと非常階段が屋上まで繋がっていたことに気づいた。冷静に考えれば、それは当たり前のことでブルーは自分が意外と冷静さを失っていたと気づかされる。
さらに視線を動かし、挑戦戦隊チャレンジャーのヒーローショーが行われる舞台を注視。中央と左右の白い壁には隙間がある。いわゆる舞台袖だ。ステージ床も白く、天井には『挑戦戦隊チャレンジャー』と書かれた看板があった。左右の壁の前には音響機器が並ぶ。
「ここに来てから、いなくなったんだよね……」
リチウムブルーから次郎花に戻り、つぶやく。
ここで開催されているヒーローショーを見てから頼明の身に何かが起きた。
事件に巻き込まれたのか、機人に襲われたのか……単なる家出というのはなさそうなので、おそらくそのどちらか。でも機人に襲われた確率のほうが高い。悪の組織が出現以降、何の皮肉か一般人の重犯罪は減少傾向にある。それは重犯罪者のほとんどが悪の組織のため、警察の取り締まりが軽犯罪者中心になったからだ。
誰もいないステージを触り、コンコンと叩く。空洞か何かあればそこだけ音が違うはずだが、次郎花の耳に届く音はどれも一緒。
ヒーローの広告塔でもあるヒーローショーがそもそも悪の組織の手中にあるはずがない。
思い込みはよくないが、そんなことになればヒーローショーを運営するこのスーパーマーケットも世間体が悪くなり、利益が落ち込む。それは望んでないことだろうから、ヒーローショーのステージに仕掛けはないとみたほうが良さそうだ。
今度はここから頼明の家までの道を調べてみるべきか、そう思う次郎花のパンツのポケットに震動。
<i-am>の通信を報せる震動だ。おそらく光輝からの連絡だろう。
同時に屋上の扉が開く。どうやら誰か来たらしい。
ステージに隠れても、震動音はごまかせない。話し声ならなおさらだ。<i-am>を取ることはできない。
次郎花は仕方なく、L.E.D.を使ってリチウムブルーに変身すると、柵を乗り越えて、スーパーマーケットの裏手へと飛び降りた。
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