第10話 青葉の頃(5)
頼明との剣道戦隊ケンドウジャーごっこ遊びがすんだ次郎花は、夕方、頼明を保育士に預けて、リビングに置かれた丸テーブルの一角に座ってご飯を食べていた。夕食である。
右には太郎丸、左には弟の三郎太が座っていた。三人とも三つ子のようによく似ていた。
ちなみに食事をしている丸テーブルは普段は脚を畳んで鍵つき収納庫のなかにしまってある。家と保育園が一体化しているため、昼間のように頼明のようなこどもたちが勝手に家に入ることもあるからだ。
こどもたちにとってはちょっとした冒険だが、保育士から見ればケガをされたら困るわけで、だからこそ青葉家はリビングに限らず置いてあるものが少ない。ケガをしそうなものは数多く存在する収納庫や物置、押入れに収納され鍵が閉められている。こどもに対する配慮だった。
保育園はまだ閉園してないが、夕方時は次郎花たちの両親がこどもの保育を担当するため、次郎花たち三人はいつも夕方にそろってご飯を食べる。テーブルにはトンカツが人数分並んでいた。トンカツには千切りにしたキャベツが添えられている。しかしそのキャベツの量はとてつもなく多い。三人合わせてキャベツを二個使っていた。
料理を作ったのは次男にあたる三郎太だ。次郎花の一個下、二十一歳の彼は調理師免許を持っており、青葉保育園の園児たちの給食をパートのおばさんたちと作っている。パートのおばさんたちに青色王子と呼ばれている三郎太はトレードマークである青のワイシャツを着ていた。ただ、夕食を食べている現在は仕事のときとは違い、ボタンを二、三個外し少しだらしない。
太郎丸はめたぼりっくと印字されたエプロンを脱ぎ、白い長袖シャツだけになっていた。少しでも涼しくするためか腕まくりをしている。ふたりとも下はチノパンツだが、太郎丸が青で、三郎太がネイビーだ。
「今日来たあの子、ヒーローって言ってたけど本当なのか?」
左に置いてある自分のではないトンカツを箸で掴もうとしながら太郎丸は次郎花に問いかける。
「バカ兄貴、それボクのトンカツだから」
箸で払うのはマナー違反だが、そうでもしないと太郎丸は人様のトンカツを奪うのをとめない。
「光輝くんは本当にヒーローだよ。ちょっとした手違いで一ヶ月だけヒーローをやることになったんだ」
ちなみに次郎花の家族は次郎花がカンデンヂャーをやっていることを知っている。知らなければ夕食の話題になんてあがらないだろう。
手違い、とやらが気になった三郎太がたずねてくる。
次郎花は夕食の肴にすべく、ふたりに語り出した。
「ははは。そりゃ面白いね。確か、スーパー戦隊のバイオマンは途中でイエローが入れ替わるんだよ。なんかそれみたいな話だ。それのほうがドラマがあるね」
「でも兄さん、確かバイオマンのイエローが変わったのって構成の都合でじゃなくて初代イエローの俳優さんが失踪したって噂もあるよね?」
「そんなのおれは信じないっ!」
「なんで一世紀前のヒーローのそんな噂を知ってるのさ……」
大いに呆れる次郎花をよそに太郎丸と三郎太が大いに盛り上がっていた。ハイパー戦隊よりもスーパー戦隊を例えに出すのはふたりともがそっちにどっぷりとハマってしまっていたからだ。といっても次郎花がヒーローになるまで、ふたりともまったく興味など持っていなかったのだが。ロマンを追い求める男の血が騒いだのか、次郎花がヒーローになった途端、ゴレンジャーから見始めて今に至る。
「で、そいつは何でお前を追いかけてここまできたんだ?」
太郎丸は言いつつ、今度は三郎太のトンカツに手を伸ばす。
「なんか、ボクがヒーローを休んだ理由を知りたかったらしいよ」
「姉さんはなんて答えたの?」
三郎太は兄がトンカツを取ろうとしているのをわかっていながら見ないふりをして、次郎花に問いかける。
「カッコわるいから、って言ったよ」
「はは、なんだよそれ」
太郎丸が三郎太のトンカツを頬張り笑う。
「それ休んだ理由になってなくない?」
「うん。だから、たまにサボりたくなるって言っておいた」
そう言って自分のトンカツを齧る。
「ヒーローは楽でいいね」
「じゃあやってみたら、兄貴が」
「バーカ、そんな簡単な仕事はおれの性分じゃあないね」
「ってか姉さん、その光輝って子にヒーローになった理由は答えたの?」
「もちろん、ロリコンって答えたんだろう?」
「いやいや姉さんはショタコンでもあるから、その答えは正しくないよ」
「勝手なこと言わない。ボクはただ小さいこどもが好きなだけだ」
少しだけ声を荒げて、ふたりの兄弟の意見を否定する。
「やれやれ」と太郎丸は呆れ顔。
「けど姉さんが、小さいこどもに憧れてほしいからカッコいいヒーローになる、って言い出したときは驚いたね」続けて三郎太。
「それがいけないこと? 夢のきっかけってそういうもんだよ」
次郎花は青葉保育園で育ち、小学校に入学したあともずっと保育園で遊び続けた。中学校、高校と進学しても次郎花の遊び場は保育園で、そのせいか、小さいこどもの友達が多い。今でも交友が続いているのは同世代というよりも年下で、保育園で一度は遊んだことがあるこどもが多い。
保育園児というのは大抵ヒーローが好きで、だから次郎花はそんな幼児たちの憧れになりたいと、ヒーローになることを決めた。そして体よく地元のヒーロー募集、カンデンヂャーの募集があったから、ろくに下調べもせずに受けてみた。ただただヒーローになりたい思いもぶつけたら、内定をもらい、そのまま就職したのだ。
「だろうな。おれがこうして保育士になったのも似たようなもんだよ」
「へぇ、バカ兄貴のことだから親のあとを継ぐとかそういう使命感に燃えてとかだと思ってた」
「おれはむしろなりたくないと思ってたけどね」太郎丸は箸でつまんでいたキャベツを頬張り「それよか、明日はヒーローの仕事行けよ」
「わかった、わかった」
次郎花は適当に返事をする。やる気なんてないのに行く価値なんてあるのだろうか。ただ惰性でヒーローをこなすだけなのに。いつまでカッコわるいヒーローにこだわり続けるのか、それはわからない。けれどこどもたちに憧れて欲しいそんな想いがある限り、だらだらと続けるような気がしていた。
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