194G. ウェルカムバックパーティー メインディッシュエスケープ

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 サンクチュアリ星系、本星オルテルム衛星軌道。

 センチネル艦隊待機宙域。


 いったい何をそんなに緊張しているのだろうか。

 村瀬唯理むらせゆいり本人にも、正直よく判らない。

 これで唯理は、どんな事態にも落ち着いて対処する自信はあった。手を尽くし万難を排して事にあたるのが赤毛の武人のスタイルだ。

 それが、ここ最近覚えがない程ビビっている。


 4翼のスペシャル機、『フレースヴェルグ』は単機で旗艦『サーヴィランス』を出ると、キングダム船団の端にいた高速艦の下部格納庫に入った。

 戦闘中には暇が無かったが、こうして改めて見回すと、懐かしい想いすら覚える。

 格納庫内の整備ステーションの一基には、破損したスーパープロミネンスMk.53改が駐機してあった。


(…………随分お世話になったな。お疲れ様)


 Sプロミネンス改イルリヒトは右腕部が脱落、右脚部も中破、頭部も半分壊れている。

 この時代で目覚めたのは、このエイムの中での事だった。

 唯理が暫定的に搭乗する為に改修し、大々的なアップデートを行い、いくつもの戦闘を戦い抜いたのが思い起こされる。

 自分の操作にここまで付いて来たSプロミネンス改イルリヒトは、間違いなく最高レベルのエイムと言えた。

 まさかそれ以上のエイムをこさえて来るとは、全く想像もしなかったが。


「さて…………」


 赤毛の少女は、元イスの背もたれの部品をスチャッと顔に装着。

 ちょうどそこに、パンナコッタ船首船橋ブリッジから船内通信インターコムが入った。


『ハンガーデッキ閉鎖、加圧1分。エアロックから入ってもいいけどタイミングによっちゃ逆に時間喰うぞ。まぁ好きにしろ』


 聞こえてきたのはパンナコッタのオペレーターの声。

 濃い紫のストレートヘアで、気の強そうなツリ目をした少女、フィスだ。

 元からぶっきら棒な物言いをする娘だったが、以前にも増してその傾向が強くなっている様子。

 うしろめたい所がある赤毛は、無言で怯えるのみだ。


「SSR101Pダーククラウド了解。フィス、お久しぶり」


『あー』


 なるべく平静をよそおい挨拶するが、ツリ目オペ娘さんからの返事は極めて淡泊なモノだった。

 マレブランス2体相手に立ち回っていた時すら平静だった赤毛が、今は背中に汗をかいている。

 そうか自分は離れている間にパンナコッタがどう変わったのかを恐れているのか。

 いまさらにそんな事を理解し、唯理はトイレ直前のような尻が落ち着かない気分になっていた。


 格納庫内が1気圧となったので、エイムを下りて気圧調整室エアロックをスルーし船内下層通路へ。

 エレベーターを使い船首船橋ブリッジ前の中央通路に出ると、そこでは満面の笑みのお下げ眼鏡娘、エイミーが待ち構えていた。


 武人にとって、相手を観察し初動を見極める洞察力は命綱とも言える技能スキルだ。

 そんな赤毛娘の対人センサーによると、あれ? なんか変だな、と。


「おかえりユイリ」


 エイミーは目が笑っていない笑顔のまま、遠隔操作リモートでデバイスを起動。


「んぎゃッ――――!!?」


 感電したようにカラダに衝撃が走り、唯理はひっくり返った。


「ぃよしッ! 船長、ユイリ確保ー!!」


『ユイリちゃんの意思を確認した方がいいと思うけどー……まぁ、行きましょうか』


 直後、赤毛が照れ隠しに着けていた急増マスクを引っぺがすや、ガッ! と背後から抱えて引き摺って行くエイミーである。

 ちょっと気に入ってたのに、などとマト外れな感想を抱くがそれはともかく、唯理はワケがわからず混乱していた。

 エイミーが何かしたのだろうが、何故そうしたのかどうやったのかさっぱりわからない。

 しかも、自分の身体がこうも簡単に、完全に無力化されるなど、あり得ない事態だ。意識無くしても動く自信があるのに。

 ここ何年か覚えが無いほど心底ビックリしていた。


「ゑ……えいみ、ぃ??」


「大丈夫ユイリ! 連邦とかビッグ3とかに見付からない惑星を見付けたから! もうユイリがひとりで逃げたり戦ったりしなくてもいいの!」


 唯理の舌は上手く回らないが、目付きのキマったエイミーは早口でまくし立てる。

 こいつはヤバい事になったぞ。

 メナスとの一大決戦を乗り切った赤毛を、かつてない危機が襲った。


               ◇


 センチネル艦隊のナンバー2、艦隊管理者フリートマネージャーの渋い傷面。

 ジャック・フロストは高速貨物船『パンナコッタ』を監視させていた。


 その船がどういう船かは、フロストも把握している。

 自分が担ぐ赤毛の艦隊司令ユーリ・ダーククラウド、村瀬唯理むらせゆいりの本来の所属であり、船員は家族とも言える存在。

 センチネル艦隊をおこしたのも、少なからず家に帰る為・・・・・という理由があるのも知っていた。


 フロストは、自分たちの指導者が天の川銀河の人類を率い得る器だと思っている。

 だが今は、その決断をただ待とうと考えていた。


『アラート。NMCCS-U5137Dパンナコッタ。ナビゲーションアウト』


 その考えは、パンナコッタを監視していた艦のシステムからの警報により放棄される。

 シャープな船影の高速貨物船が、申請された航行予定を逸脱し、船団も離れ全速力で走り出したのだ。


「ランツ、今すぐにパンナコッタの離脱を阻止し制圧しろ。船首を外せば攻撃して構わない。

 全艦隊へ緊急指令、エマー4、キングダム船団所属船パンナコッタに乗船中のダーククラウド艦隊司令を確保せよ。全艦隊に交戦許可、武器使用自由」


『ボス……あの船団の船に手を出してからこんな事になったような?』


「ロゼッタ、騎兵隊・・・へ連絡を」


「え? いやどういう事スかフロストジャーマネ!?」


 傷面のマネージャーは容赦なく迅速。主である赤毛の少女を何より最優先するロジック。

 なにが起こったのかは二の次。静かながら、直属の部下や柿色髪のオペ娘にも有無を言わせなかった。

 最悪のケースを想定し、迷わず9万隻に戦闘態勢を取らせる。


 激戦の消耗も癒えない状態で、センチネル艦隊はフリートマネージャーの号令の下、一隻の船を追い始めた。


               ◇


 台風一過で穏やかながらも後始末でせわしない、連邦中央星系サンクチュアリ。

 その本星オルテルムの周辺宙域は、降って湧いた緊急事態に大騒ぎとなっていた。


「何事かな?」


 非常警報に呼ばれて艦橋ブリッジに来てみれば、意味不明な状況報告に内心で首をかしげる黒い長髪の美男子。

 皇国近衛艦隊総司令、任々木ににき仄火ほのか元帥近衛中将である。


「センチネル艦隊が戦闘態勢に入ったようです。全艦を以てキングダム船団所属船パンナコッタを追撃中」


「ふん……? サクヤ姫の方は?」


「騎兵隊に加わりパンナコッタの阻止に入るようです。他の全艦の艦載機が緊急発艦を開始」


 副官から報告がされるも、やはり何が起こっているか解らず沈黙の美形司令官。これは説明が足りていないのではなく、報告すべき情報が出揃ってないのだろう。

 だが最優先すべき事は明らかであり、何をすべきかも迷う必要はなかった。


「私の親衛隊を出しサクヤ様の援護に付けよ。こちら側の意図は各方面へ通達」


「キングダム船団が全周を走査、戦闘態勢と思われます」


「連邦艦隊からヒト型、戦闘機、共に発艦。衛星の連邦軍本部基地よりも高速挺が出撃しています」


 学園の茶髪女子、石長いわながサキも出撃したという事で、その護衛機として皇国艦隊はスマートな中量機を派遣。ステルス仕様でもある特務専用エイムだ。

 まずはこれでくだんの少女の安全を確保する。

 そう考えていたところで、状況は更に複雑さを増していた。


 100億隻の超高性能戦艦群FFフリートの主たる赤毛の少女。

 その争奪戦が起こっていたと知ったのは、少し後の事である。


               ◇


 そもそもは、キングダム船団所属の高速貨物船パンナコッタが唐突に単独行動をはじめたのが、今回の連邦中央サンクチュアリ遠征の起こりであった。

 理由が理由なので放っておくワケにもいかず船団ノマド総出で追いかけたが、当然ながら共和国の艦隊司令部から共和国政府から支配企業連合ビッグブラザーの窓口から、今すぐ戻れと矢の催促。

 結果的に共和国が連邦中央星系の奪還に貢献した、という話になり、今は連邦政府と共和国政府の上の方で話し合いが持たれている事だろう。


 後の事を思うと今から頭が痛く、しかも赤毛の少女周りがどう決着するのか見当も付かない。気付いたら銀河最大のPFOなんぞ組織しているし。

 もはや考えても無駄だと。

 船団長である白髪褐色肌の苦労人、ディラン・ボルゾイは、虚無顔のままコーヒーカップを傾けていた。


『パンナコッタが配置を離れます。スケジュールの変更申請ありません。ナビゲーションアウトしました』

『センチネル艦隊からセンサースキャンを受けています! 戦闘態勢へ移行中!!』


「今度はなんだ……?」


 そんな船団長を容赦なく襲う、艦橋ブリッジオペレーターからの報告。

 半ば自動的に、思考を止めたディランは詳細な情報を求める。

 それによると、パンナコッタが赤毛の少女を拉致って一目散に逃げ出したらしい。


「あぁ……」


 やりやがったなアイツら。

 漠然とそういう想いが頭をよぎり、この事態をどこかで予測していた己を自覚する船団長であった。


「とりあえずパンナコッタに繋げ。センチネルには攻撃の自制を求めろ。こっちからもパンナコッタ追跡の船を送れ」


『パンナコッタ応答無し! ECMレベルは通信可能な強度です!!』


『センチネル艦隊が発砲! パンナコッタが攻撃を受けています! センチネル全艦隊よりエイム発艦中! パンナコッタはワープドライブの準備に入ります!!』


「あッ……! クソッ、どいつもこいつも……! パンナコッタを囲め! 放置も出来ん! こっちの船で物理的に動きを止めろ!

 ローグ大隊も出せ! センチネル艦隊のエイムを阻止! だが落とすな! 面倒なことになる!!」


『オイふざけんじゃねぇ!?』


 いきなり暴走する船団の要の船と、問答無用でブッ放すセンチネル艦隊との板挟み。なんでか知らないが知人の赤毛が作った艦隊の沸点が低過ぎる。

 いずれにせよ攻撃されているなら味方は守らねばならない、だがセンチネル艦隊と事を構える理由など何ひとつない。

 よって、船団長は例によって頭の痛い立場に追い込まれるハメとなっていた。

 問題のパンナコッタは返事も寄こしやしないが。


 そんな無茶振りのとばっちりを喰らうチンピラローグ大隊の隊長ローガンもいるのだが、その苦情は今は無視した。


               ◇


 連邦中央本星の鼻先となる、衛星軌道上。

 本来あり得ない多数の勢力が集結中という火薬庫のようなこの場所で突如はじまる追撃戦。

 当然ながら連邦軍と連邦政府はすぐに事態を察知し、何が起こっているのかも間もなく知る事ができた。

 センチネル艦隊が情報保全よりもパンナコッタ追撃を優先した為、『赤毛の艦隊司令がさらわれた』という内容の通信が暗号化もそこそこに飛び交っていたのだ。


 すぐさま、複数の筋からパンナコッタ制圧の命令が飛ぶ。

 機を見るに敏、と優秀な指揮官が、とにかく自分の権限が及ぶ範囲で戦力を動かした形だ。


 本星オルテルムを回る月、サイトスキャフォードの連邦艦隊総司令部や待機中の艦隊から、動ける艦艇と機動兵器が飛び出していく。

 連邦圏のド真ん中という大義名分を振りかざし、他の全ての勢力に停戦を命令。

 しかし、脇目も振らずブッ飛んでいく高速貨物船は言うに及ばず、

 センチネル艦隊は邪魔をするなら何者であろうと消し飛ばす勢い、

 皇国艦隊はどういうワケかセンチネル艦隊の援護に入りキングダム船団とカチ合う、

 キングダム船団は全てを敵に回した総力戦の構えだ。


 メナスとの戦いで勝利したというのに、またしても人類絶滅レベルの戦闘勃発待った無しという状況である。


『キングダム船団発砲! 直撃はありません! 損害無し!!』

『サーヴィランスにマークできません! サイトリファレンスにエラー! イルミネーターが除外します!!』

『ECMではありませんシステムの最優先コマンドです!』

『通常火器で対応しろ! イルミネーターへのコマンドはマニュアルで!!』

『皇国軍機及びセンチネル艦隊騎兵隊機接近! R211はインターセプトへ入ってください!!』

『31first! ソーズ気を付けろ! 名の通った奴がいる! 「前線徹しラインブレイカー」だ!!』

『センチネルのブラッディ・トループ!?』


 単艦で星系艦隊を相手取れる超高性能艦を含む、センチネルとキングダム、二大艦隊が惑星大気の稜線上を挟みレーザーを撃ち合う。

 キネティック弾が派手にバラ撒かれ、銀の煙幕パーティクルジャマーが各所で展張されていた。


 ずんぐりとした頭部の大きいダークグリーンのエイム、『ボムフロッグ・バンガード』が体当たりの勢いで他勢力の機体の接近を阻止。さりとて、自分からは可能な限り攻撃を控えなければならない縛りプレイ。

 センチネル艦隊からは深紅のエイムが猛烈な勢いで攻めて来ており、限界機動での指し合いが続いていた。


「ユリがさらわれるってどういう事なの!? ていうかそんなこと人類に出来るの?」


『あの娘……失態ですわね。身内だからって油断でもしましたの?』


『ユリさんが連れて行かれちゃうー! え? でもあの船ってユリさんの家族のヒト? の船じゃなかったの??』


 センチネル艦隊、学園都市船エヴァンジェイル所属、騎兵隊。

 タマゴ型の巨大コロニーシップから出撃したエイム、『メイヴ・スプリガン』搭乗の女子たちは、ワケが分からないなりに艦隊本部の指示に従い問題の船パンナコッタの進路上に先回りする軌道を取る。

 赤毛の仲間がみすみす捕まったというのも信じ難い事態ではあるが、メナスではない人類の宇宙船へ発砲しろというのも、すんなり受け入れられない話であった。


『言ってる場合じゃなさそうよ。インターセプトのエイムが6機。たしかキングダム船団の特務、じゃなかったっけ……?』


『ねぇねぇねぇユリさんのと同じエイムがいない!? 色が違うけど!!』


『プロミネンスの改造機の同型!? やっぱりユリのいた船って事……!!?』


 しかし、騎兵隊の女子らの戸惑いなどお構い無しに、キングダム船団側からエイムが急接近して来る。

 緊急展開部隊『ラビットファイア』。

 元星系軍人、ウェブネット・レイダー、ショーファイターのルタドール、元企業エージェントなど、いずれも高度な専門職を集めた部隊だ。


『「パンナコッタを守れ」って言われても何やってんのあのヒトら!? センチネル艦隊ブチギレじゃん!!』


『ファンさんはとにかくパンナコッタを止めてください! 逃げる限りセンチネル艦隊は諦めません!!』


『ムリですー! フィスねえさんのECMには対抗できませんよぉ!!』


『右80度方向からも来る! 学園都市自警団ヴィジランテの……えーと「騎兵隊」?』


 とはいえ、キングダム船団内も大分混乱気味。

 守る対象パンナコッタは味方からも全力で逃走しており、にもかかわらずこれも止めなければならないというムリゲー状態。

 ラビットファイアの女性陣は現場慣れしているだけあり、慌てふためきながらも対応にあたっていた。

 そんなお姉さん方にとっても、いま騎兵隊と交戦するのは避けたい事態である。


『はぁ!? お嬢様のクラブ活動だって!? これやっていいのかぁ!!?』


『油断しないでよ、ジョー! メナスと戦えるくらい彼女に・・・仕込まれて今度の戦いも乗り切ったエイム乗り……! 半端な腕じゃないはず!!』


『牽制射で足を止めます』


 黒と紫の重装甲大型機、タワーオブアイが背負っていた火器を発砲。

 大口径レーザーが真空宙を貫くが、騎兵隊のエイムは迅速に回避運動を取り、同時に応射し追撃を押さえに来た。


 この手際を見た時点で、『騎兵隊』が単なる素人のお嬢様、という考えは完全に捨てる。

 しかも回避と攻撃を別々の脳で行い適時組み合わせるような、どこかで見た覚えのある攻防アセットだ。


『向こうも様子見みたいね! 本気になられる前に船に接近するわ!!』


『皇国軍機が接近してきます。衝突コース?』


『待って。ニアガード……アレはわたしの護衛機みたい。このさい巻き込みましょうかね』


『護衛? 皇国軍がなんでこちらに、というかサキに護衛とか出してくるの??』


『皇国のカミカゼエイム!? こんな時にめんどくさいのが来やがったな!!』


『パンナコッタは止まれぇ!!』


 一目散に逃げる上に電子妨害ECMまで仕掛けて来るパンナコッタ。

 そのパンナコッタを止めようとしながら騎兵隊まで牽制しなければならないラビットファイア。

 赤毛の学友がいた古巣の手練れを突破しなければならない、というところで、何やら皇国軍機の急接近を受ける騎兵隊。

 詳細を知ってそうな皇国出身JKお嬢様、石長いわながサキとその護衛部隊だという皇国軍要人警護部隊『ニアガード』。


 一隻の船を取り巻き、大混乱の機動戦になっている。

 しかも、メナス戦と違い攻撃の意図もその必要性も曖昧な上に、人間相手で大半のオペレーターに迷いが出ていた。

 一方で各勢力の上層部は、様々な理由で目を血走らせるような状態。

 その原因が自分の有様とあって、唯理は本気で、かつてないほどに焦っていた。


「え、エイミーエイミーエイミー! ヤバいヤバいヤバい大変なことになってる!

 今すぐ止めないと死人が出る!!」


「うんパンナコッタが別の星系に着いたらね!」


「エイミー!?」


 1秒を争う事態なのだが、お下げ髪のメガネ少女は聞いちゃいない。

 赤毛のカラダは相変わらずジーンと痺れてうまく動かせなかった。引き摺られて行くも、されるがままなお手上げポーズだ。

 船首船橋ブリッジに入っても、もう懐かしいとか能天気なことを言っていられる状況ではない。


「せぇ、船長!? マリーン船長!? あのこれどういう流れでこうなってます!!?」


「ユイリちゃんおかえりなさい。ごめんなさいね、とりあえずサンクチュアリを離脱するから……もうちょっと動かないで待っていてね」


 船長席にも懐かしの顔、柔らかい容貌の妙齢美女、マリーンが着いていた。

 赤毛はバンザイ状態で引き摺られたまま、船長のお姉さんは疲れた笑み。再会の感慨も何もありゃしない。

 そして今の状況について説明も無い。

 エイミーと同じく、現宙域の離脱を最優先するらしい。


「足はウチの方が早いけど本気で撃って来てやがる。部下にどーゆー教育をしてんだテメーは。

 スノー、オート回避はダメだコレ、マニュアルでかわせ。射線は割り出すから逃げながら飛ばせよ」


 ツリ目に紫ロングヘアの勝気オペ娘、フィスはオペレーター席で攻撃の解析や電子戦闘やらと情報処理をさばいていた。

 格納庫で通信を受けている時にも少し思ったのだが、別れた時より随分やさぐれているように見える。


 船橋ブリッジの前部、操舵席に着く少女スノーは大きくなっていた。

 青白いショートヘアは背中に届くまでになり、幼女らしい顔の丸みが少しシャープになっている。

 表情に乏しいのは変わらないが、順調にクール系美少女への段階を経ている最中だった。

 時の流れを思わずにはいられず、ヒザに乗せていた時の事が大昔のように感じられるが、繰り返すも今はそれどころではない。


「あ、あの! いま艦隊を離れるのはわたしも困るんだけど! 連邦が落ち着くのはこれからだしメナスはまだ片付いてないしウチのフリートマネージャーはあの通り総動員で追ってきてるし――――」


「そんなのどうでもいい!」


 相変わらず何がどうしてこうなっているのかさっぱり理解できないが、分からないなりに状況改善に努めよう。

 そう思い赤毛は語りかけるのだが、そこで思わぬ強い拒絶の声。

 火が付いたような必死さで叫んだのは、唯理をズルズル引き摺っているエイミーだった。

 こんな声、パンナコッタを離れる以前にも聞いたことがない。


「ユイリは……連邦とかあんな連中の事は考えなくてもいいの! ユイリを脅して取り込もうとした連邦なんて滅びればいい!!」


「い、いやそれは困る…………」


 ものすごい苦労して連邦の本拠地を奪還したのですが!? と物申したい唯理なのだが、逆上したようなエイミーの勢いにセリフも尻すぼみ。これでも人類で上から数えた方が早いほど怖い少女なのだが。


「ユイリがこんな思いして連邦を救ったってあのヒト達は感謝なんてしないよ!

 助けてもらった恩なんて2秒で忘れて、ユイリをいいように利用する為に首輪をハメにくるだけだから!

 復興が大変だって言うなら放っておけばいいよ!!」


 身体の感覚が狂ったままの赤毛を、強引にシートのひとつに座らせるエイミー。

 胸やら尻やら押し込まれるのに、妙な既視感を覚える唯理である。


             



【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ナビゲーションアウト

 船団や艦隊行動などで宇宙船が集団運用される際は、基本的にどの船も指揮命令系統の認可や同意に基づいた航行を行う。

 そういった指揮系統から外れ、意思確認が無いまま独自の行動をはじめる事をナビゲーションアウトと言う。

 軍規や船団規則などによってはそのまま無許可離隊や反乱と見做される行為。


・サイトリファレンス

 射撃指揮装置イルミネーターが参照する攻撃目標データ、またはその一覧や攻撃手順の指示データ。

 艦隊など戦闘集団全体で共有し、どの敵をどの順番で攻撃するか、誰が攻撃するかなど攻撃の効率化を行うデータでもある。

 誤射を防ぐ為の処置として、サイトリファレンスに登録の無い対象は攻撃できない、などの用いられ方もある。




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