195G.コーストレインインタールード サレンダードイートユー

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 サンクチュアリ星系、第7惑星公転軌道。

 高速貨物船パンナコッタ。


 さらわれた村瀬唯理むらせゆいりがインドア系エンジニア少女の剣幕にビビっていたその時も、パンナコッタ周辺では超高速の追撃戦が継続中であった。

 何機ものヒト型機動兵器が盛大にブースターを燃やし、高速貨物船と並走している。


 その中で、パンナコッタの逃亡阻止に急行した聖エヴァンジェイル学園『騎兵隊』と、パンナコッタを支援する緊急展開部隊『ラビットファイア』が高機動戦闘に入っていた。

 真っ先に刃を合わせる事になったのは、ビームランスを携えたメイヴ・スプリガンと、朱色のスーパープロミネンスMk.53改『バーミリオン』。

 騎兵隊の金髪ドリル海賊嬢、エリザベート機。

 ラビットファイアに所属するドライ系ポニテ娘、スカイの機だ。


「この動きと兵装……エリザベス?」


「あら、誰が乗っているのかと思えば」


 以前は互いに共和国のオペレーターとして、キングダム船団に対する特殊工作に従事していた仲。

 今回はお互いに何故かは判らないが敵対する間柄になったらしい。

 戸惑っている他のメンツに比べ、生きるか死ぬか殺伐とした世界で生きて来たふたりは、必要とあらば即殺し合える気構えが出来ていた。


『そちらはどういうつもりで彼女を連れてったんですの? 旗艦本部からは手段を問わず奪還しろとかなり強めな命令が来ているのですが?』


『こっちはパンナコッタの援護よ。事情は知らないけど、そちらが本気で発砲して来ているからやむを得ず、ってところね』


 通信を交わしながら同時に飛び交う赤い光線。

 特に殺意が無くても殺せる野蛮な少女ふたりは、どちらからともなく距離を詰めての接近戦に移行。

 ビームブレイドとランスの穂先が反発するが、間髪入れず二の太刀を振るう、容赦無い一撃必殺狙い。

 最小半径を絡み付くように回り込む両機は、のんびりとした会話と同時に紙一重で死にかねない攻防を繰り返していた。


 その2機が戦闘で足を止める一方、すぐ脇を高速で駆け抜けて行くのが皇国軍の皇族親衛隊、通称『ニアガード』だ。

 背面中央に備える縦型二連装の大型ブースターエンジン、機体の中で大きな割合を占める分厚い肩部装甲が特徴的な専用エイム。

 四四式機甲歩兵『カマクシ・アーチャー』である。


『サクヤ姫、おさがりを。任々木ににき閣下より、御身をこれ以上危うい目に遭わせぬように、とのお言葉です』


『彼女を持って行かれるワケにはいきません。私に死なれたくないなら、死なないように援護しなさいな』


 ニアガードの6機は騎兵隊の後方に付く形に。パンナコッタとの間に割り込むラビットファイアと巴戦に入った。


 肝心なパンナコッタはラビットファイアも置いて全力逃走を継続するのだが。


                ◇


 高速貨物船パンナコッタ2nd。

 船首船橋ブリッジ


「ねーさん、ディラン船団長から鬼アクセス。それとセンチネルの高速艦が第8惑星軌道線上に先行するコース。これ重力加速込みで追い付く狙いじゃねーの?」


「リード船長と『トゥーフィンガーズ』が追い付いてくるから、申し訳ないけどそちらに牽制してもらいましょう。

 パーティクルジャマーを進路上に先行して射出して」


「ま、マリーン船長? できればすぐに停船してほしいんですけど??」


「……ごめんなさいねーユイリちゃん。今はちょっとエイミーちゃんに逆らえなくてー……」


「何するか分からねーからな、こうなったエイミーは」


 唯理は取り返しがつかない犠牲が出る前に何としても船を止めたいのだが、マリーンとフィスの反応はかんばしくなく。

 どうやら今の船の支配者は、大分精神にキているらしきエイミーのようだった。

 正直唯理ですら今のエイミーは怖いので、気持ちはわからんでもない。


「オライオンとサージェンタラスの連絡回廊上にハピタブル値0.93って星があってねでもほらオライオン星系が近いからビッグ3もほとんど近付かない宙域で近くのワープゲードの行き来に紛れ込めば移動も簡単だから隠れ住むには最高の穴場なの連邦の惑星開発公団と適当なコンストラクションの観測所とでも偽装すればそこでヒトが生活していても変に思われないから表向き普通のベースを作るけどユイリの事がバレた時用に星系防衛システムを偽装して設置しておけばいいしRMMがあれば自給自足はどこででも出来るから中を21世紀風の生活様式を再現することもできるし船団とか宇宙での生活に拘る事もないよねなんならアルプスみたいな自然育成環境を地下に隠して作ろうか自然育成の食材が採れればユイリも料理できるしね!?」


 キマッた笑みのエイミーだが、やはり目は全く笑っておらず、圧がもの凄い。


 自分がキングダム船団とパンナコッタから離れている間に、この少女にいったい何があったのか。

 よくない事態であるのは間違いないが、唯理はどうエイミーをなだめていいか判らなかった。

 若い女の子の相手など、未だに一番不得手な分野だ。マレブランスと斬り合いをしていた方が楽かもしれない。


「エイミー……エイミー? みんなと静かな暮らしって、確かに心惹かれるけど、わたしには仕事が残っているから。まだ戻れない。

 少なくとも人類が文明圏を維持できる体制を作ってからじゃないと――――」


「…………その後は?」


 椅子からズリ落ちそうになっているのが格好つかないが、それでもどうにかエイミーに今後の仕事を伝えようとする唯理。

 だが返って来た短い問いに、言葉を詰まらせた。


 ひとまず、連邦中央からメナスは追い払った。

 しかし、銀河全体に蔓延るメナス群との、あるいは天の川銀河外にいるであろう未知のメナス集団との戦いは、この先の見通しが立たない状態だ。

 唯理には計画があり、連邦中央の奪還もその通過点でしかない。

 ただし、連邦中央と全連邦圏の安定、ひいては三大国圏が安定するまで、どれだけの時間を要するかは判らない。


 パンナコッタに帰りたい、というのは、唯理の心からの願いだ。

 でも、時間がかかるほどにその願いは叶わなくなる、という想いもあった。


やっぱり・・・・……もう一緒にはいられないの?」


 表情の抜けたエイミーの瞳から、コロリと零れ落ちる涙。

 唯理は自分がミスった事を理解した。しまったこうじゃなかったか。

 ふと視線を感じてみると、お姉さん船長は下がり眉の困った笑み、ツリ目オペ娘さんは心底呆れた顔をしている。心が痛い。


「ユイリちゃん、そこはそうじゃないわねー……。ユイリちゃんらしいけど」


「あーあ……やっぱ間違えた。まぁそうなるとは思ったけどな、仕事バカが」


 しかしその表情とセリフは、いったいどういう意味なのか。できれば模範解答を教えてほしい。

 身体は動かない状況は読めない外では戦闘継続中で今にも大惨事、と進退窮まる唯理だが、目の前に立つエイミーの姿に、今度は別種の危機感に襲われていた。


「ユイリは……ユイリはわたし達の……わたしの、だから! 

 連邦だろうと共和国だろうと渡さない……渡さないから…………」


 そのメガネお下げ髪の少女が、赤毛の乗せられたオペレーターシートに、正面から座って来る。

 唯理のフトモモの上に、向かい合う形で密着状態だ。

 間近で見つめ合う形となり、呆気に取られる唯理の方に対して、エイミーは泣き笑いという尋常じゃない表情が怖い。


「え……エイミーさん?」


「人類の事もメナスの事も他の事も全部、全部わたしが忘れさせてあげるから……」


 それはいったいどういう意味なんでしょうか。

 エイミーの言葉の意味に気を取られる唯理だが、その時には既にジャケットを引っ剥がされ、EVRスーツの首元が外されていた。

 そのままスーツが二の腕の位置まで引き摺り落とされ、大きく張り出した胸の膨らみとその谷間がムチッと露わにされる。


 オンナとしてはしばしば落第点を取る赤毛の小娘も、流石にこれがどういう流れなのか気が付いていた。


「え、ええええエイミー? ち、ちょと待って、こ、こここじゃ困る! ここって問題じゃないけど―――――!」


「だいじょうぶこんな時のためにしっかり勉強したからね! わたしにドロドロに依存して他の事なんて何も考えられなくしてアゲルネ……」


「ちょっと待った完全に想定外! せんちょー!?」


 メガネインテリ少女の息は極めて荒かった。興奮し切って目はわり、唯理の声なんて聞いちゃいない。

 その間にもひん剥かれるスーツ。もう先端ギリギリに引っ掛かっている状態だ。今にも92のHがこぼれ出そう。


 ここに至り悲鳴を上げる赤毛だが、船長のお姉さんはエッチな成年コンテンツを息を殺して視聴する童貞の如しになっていた。

 なお興味無さげに横目で見ているツリ目オペ娘も船の光学センサーで録画している。


「ゆい……ユイリがイケないんだからね? いつもひとりで勝手にどこかに行っちゃうんだから!

 ユイリはわたし達の為に遠くに行って、ひとりっきりに……。もうそんな事させない」


 シートの背もたれに押し付けられる、既に半分ハダカにされた赤毛の少女。

 埋め込まれたデバイスに無力化されていなくても、今の唯理はエイミーを撥ね退けられなかっただろう。

 エイミーの情緒は極めて不安定な状態だったが、この上なく真剣なのもわかる。

 あ、これは食われるな、と。唯理も現実を受け入れざるを得なかった。


 やむを得ぬ事態とはいえ、お姉ちゃんのようなこの女の子を放り出してった自分の責任なのだろう。

 いったいどんな目に遭わされるのかと思うと、別種の焦りを覚えなくもないが。



 とはいえ、エイミーの希望がわかるのなら、この問題は後回しが可能と判断する。



「わかったエイミー……もう勝手に単独行動はしないから。動くにしてもエイミー達の許可を取る」


「…………そんなの信じられない。そんな事言ってまたユイリひとりで無理するんだぁ…………」


「するにしても必ず相談はするから。あの時は連邦が先走ったことして緊急事態だったし留まっていたら船団内も混乱しただろうから離れるのを優先して――――」


「わたしも一緒に行きたかった!」


「――――ごめんなさい」


「ホントもう、会えないかと思った……。またひとりで身体壊すようなことしているんじゃないかって心配だった!

 ユイリが船からいなくなって目を覚ますたびに……夢ならいいってぇ…………」


 エイミーが今度こそ顔を歪めて泣き出した。

 先ほどまでよりは遥かに自然な表情だが、唯理の心には大分致命傷。

 神妙な顔になっている船長やツリ目のオペ娘も、そう変わらない意見なのだろう。


「だから……起きたら見えるところにいて。寝る時も傍にいて」


「え……それはちょっとむず――――」


「うふえ」


「い、位置を明確にしておいて時間が取れれば……という事で」


「それならシャワーの時も一緒に入って。ゴハンも一緒に食べて」


「に、24時間体制…………」


「ダメなの?」


「時間が合えば…………」


「いるかいつでも確認できるように部屋はロックしないで。一言でもいいから通信は必ず返して。独り言でもいいから思っている事は言って。希望があれば遠慮なんかしないですぐ言って。問題があっても隠さないで。ケガして黙ってないかチェックさせて。ついでに着るモノも選ばせて。なんならいっそどこにもいかないように首輪とリード付けさせて」


「エイミーなんかもうわたしの所在を把握するの関係なくわたしを飼うみたいなそんな話になってない?」


「……いや?」


「いや……『いや』というかそりゃ良いとは…………わかりました努力ぎ――――可能な限りエイミーの言うとおりにするから」


 恐るべき圧力と泣き落としにより、唯理は無条件降伏をせざるを得なかった。

 おかしい戦争には勝ったはずなのに。なぜここまで不利な条件で負けているのだろう。

 孤立無援。八方ふさがり。

 ここからの勝ち筋は一切見えない、億戦錬磨の赤毛である。


               ◇


 この全面降伏で死人が出る前に事を収められたのは、不幸中の幸い。いくら何でもこんな事で犠牲者を出したら大問題だ。

 最前線のオペレーターが、いずれも本気になり切れていなかったのも被害が抑えられた要因であった。


 唯理を乗せたパンナコッタが戻ったことで、人類同士の戦闘も即終了する。

 歴史には、連邦中央奪還の為に集結した各大国艦隊の突発的な小競り合いと記されるだろう。

 時のセンチネル艦隊司令が身内に誘拐されかけ争奪戦が起こった為とは誰も思わない。


 連邦中央は奪還直後で回復の目途が立たず、センチネル艦隊も損耗から再編成が必要だ。

 その後で、唯理は銀河先進ビッグスリーオブ三大国ギャラクシーに跨る安全保障体制を構築しなければならない。

 ついでに、連邦が唯理に手を出せないようなアドバンテージも得るとして。

 むしろそれが本命。

 センチネル艦隊が負う役割も、まだこれからである。

 肝心な赤毛の艦隊司令が、今後も自由に動けるかが不透明になったが。


 今は追いかけてきた過去にEVRスーツをフトモモまで引き摺り落とされて、唯理はほぼ全裸にされていた。下拵え完了だ。

 なにやらとんでもないことを約束させられたのに、だからと言って解放されるワケでもないらしい。

 これもしかしなくても監禁状態が続くのでは?

 ハァハァ涎まで垂らすエイミーが先ほどまでとは違う意味でヤバい事になっており、こりゃお預けは無理だなぁ、と諦観のままシートごと押し倒される唯理であった。


 そんなワケで、今後の活動にもこの後何をされるのかも不安しか覚えない赤毛の艦隊司令。ようやく帰ったらおうちが罠だったとかこんなの想像できるか。

 かと思えば問題は、全く別のところから顔をのぞかせる事となる。


 センチネル艦隊がまだ必要な連邦、唯理を掴んで離さないパンナコッタとそれに引き摺られるキングダム船団。

 これだけでも十分に雁字搦めな状況だというのに、皇国艦隊が聖エヴァンジェイル学園の生徒にして騎兵隊の仲間、石長いわながサキを皇国に連れ帰るという事態が発生。


 唯理はこれにも対処しなければならなくなった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・スーパープロミネンスMk.53改『バーミリオン』

 フレースヴェルグ開発のテストベッドとして『イルリヒト』を完全再現したエイム。そのままマリーン船長の妹、スカイの搭乗機となる。

 新素材や新部材、新機構の実証実験機として改造を繰り返し、最終的にフレースヴェルグのプロトタイプと言える機体となっており、イルリヒトより性能は高くなっている。


・連絡回廊

 銀河中心から外縁に向け広がる星々の渦状腕、ペルシス、サージェンタラス、スキュータム、ノーマ、オライオン。

 これら並行して流れる星の大河を一直線に結ぶ航路を、連絡回廊と呼称する。

 重力波や天体的に安定した宙域が選ばれ、ワープゲートや中継プラットホームといったインフラが整備される。

 基本的に交通の要衝。


・ハピタブル値

 人類が生存可能な環境かを示す値。1.0で完全に問題なく生存可能とされる。

 重力、大気組成、宇宙放射線、軌道落下物、生態系、資源の有無、星系環境、など様々な要因が絡むので、数値が低くても生存自体は可能な場合もある。


・オライオン流域ライン

 天の川外銀河アウトサイドの流域。

 内側をサージェンタラスに、外側をペルシス流域ラインに挟まれる形で存在する小規模な星の大河。

 起源惑星『地球The Earth』と太陽系もこの中に含まれる。

 現在は銀河先進ビッグスリーオブ三大国ギャラクシーによりあらゆる航路が封鎖されている。


強制信号機シグナルコレーサー

 脳神経をはじめとする体内の信号を操作可能なデバイス。

 ネザーインターフェイス関連技術であり、大半の星系国家でネザーズを応用した人体コントロールは違法とされる。

 唯理の脊椎と胸椎の中間、食道との間に秘密裏にインプラントされた『リーシュ』と命名されたデバイスも、当然違法な代物となる。共和国が研究していた、現在は葬られたアイテムのひとつ。

 連邦軍の秘密実験施設から唯理を回収した際、パンナコッタの乗員クルーに危険が及ぶのを危惧したマリーン船長が、医療担当のユージンに処置を依頼した。

 人体の制御信号をかく乱する、特定の制御信号を妨害するなどの使い方のほか、意図的に信号を発信、増幅する事も可能。

 理論上、感度3000倍も不可能ではない。




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