164G.オンボードアイデンティティ― ラミネーテッドオーディアル

.


 天の川銀河、 スキュータムライン流域

 モルゲンスタン星系グループ外縁宙域。


 連邦中央星系がメナスにより攻め落とされ、銀河最大の文明圏がマヒ状態に陥っていた。

 その影響は共和国圏、皇国圏、独立惑星圏や三大国法圏外にまで波及し、全銀河の情勢が不安定となっている。


 孤立した星系にひっそりと存在していたスコラ・コロニーと聖エヴァンジェイル学園もまた、連邦圏に属する市民や生徒を安全な場所へ避難させるべく、移動を開始。

 そうしてやって来たのが、最初の目的地となるモルゲンスタン星系だ。


 しかし、ある程度予想できた事ではあったが、星系行政府と防衛艦隊の反応は良いモノではなかった。


『現在、モルゲンスタン星系政府は連邦中央の統制外にあり、よって避難民受け入れは当地方政府には判断しかねる領域である。

 また当星系と全住民の生命と安全を堅守する上で所属の明らかではない船団の滞在は、双方にとって望ましい事ではないと考える』


 つまり連邦中央との繋がりが切れた以上は、連邦圏の人間であっても地方行政府としては保護「する」とも「しない」とも回答しない。

 それに、国家に属さない自由船団などこの星系に留める気はないが、それは飽くまでもお前達の為だから、とお為ごかしで言っておく。


 このような意訳となる、名目上はゼロ回答、実質的には全面拒否という、そのような意味となっていた。


 なお、星系内ネットワークから学園生徒の家族や血縁をサーチしたが、いなかった模様。

 よって何の進展もなく、コロニーシップ『エヴァンジェイル』内で船団会議である。


「星系外にいる分には好きにしていい、という話でしたがね。

 この宙域もほぼ孤立しているようですし、外から他の船が入ってくる予定もなさそうです。

 留まるより早めに移動した方がいいかも」


「少し諦めるのが早くないかね? モルゲンスタンと再交渉してほしいという声も船団内にはあるんだが」


「そもそも移動するというが、どこへ? 村雨艦長はまさか本当に学園の生徒全員を直接送り届けるとでも? 何千人いると思っている。現実的ではない」


「移動するにしても、クルーには休みが必要です。移動先を決めるにも話し合いが必要になりましょう」


 市街地区の集会所に集まり、主だった船の船長クラスがスマートテーブルを囲み、今後の方針のミーティング中である。


 赤毛の指令、村雨ユリむらせゆいりは後の予定がつかえているし、そもそもあまり星系政府や艦隊に期待していないので、すぐに次の候補地に行きたい。


 移動自体を終わりにしたい船や乗員クルーは、多少不自由があってもモルゲンスタンに留まりたい。


 あるいは、星系に留まるのは難しいにしても、それを諦めるにしても、次の移動を決めるにしても、もう少し時間が欲しい。


 または、アルケドアティスの力を当て込み全く違う道を選ばせたい。


 など、さまざまな思惑を内外に抱えた話し合いがなされていた。


 そんなところで赤毛の艦長に入ってくる緊急通信。


「はい村雨。……今すぐそのバカどもに共有通信帯で警告して、言うこと聞かないようならブレイズに強制排除させて。

 ゴーサラ船団長もここにいるから話通しておく。非常時対応に巻き込んで死んだとしても、もう事故だから気にしなくていい」


 アルケドアティスの副長を任された糸目のメイド部隊長、エイク・トウェルブからの報告によると、艦外の非常用ハッチから侵入しようと張り付いているエクスプローラ船団の船員達を確認したとか。

 赤毛の顔はどこまでも冷酷な指揮官のモノになり、二枚目坊主の船団長は悟りに至れない苦悩の表情となっていた。


『よし! 通常ロックの確認は騙したぞ! 次は非常時用の、三重ロック……!!?』

『もう無理もう無理めちゃくちゃ怒られてる! すぐにヴィジランテが来るよ!!』

『せめて中にスパイダーボットさえ仕込めれば次に繋がる……!』

『逃げてアリバイ工作した方が次に繋がるんじゃね!?』

『うわぁダメだもう来たぁ!!』


 小型ヴィークルを使い高度な受動迷彩パッシヴステルスまで用意して忍び寄る、という無駄に凝った命知らずな挑戦をしていた、エクスプローラ船団所属汎技術解析グループの集団。

 アルケドアティス艦底部にある死ぬほど堅牢なハッチの突破に挑み張り付いていた十数人だが、周囲を赤いエイムに囲まれサーチライトで照らされるという御用の有様となっていた。

 こんな光景も、もはや三度目。


『あーあ知らねーぞー。ウチのお嬢が甘いのは見てくれだけだからなー。どんなお仕置きになる事やらだ』


『あれ? ボスー、侵入しようとしてた連中ってエクスプローラ船団の13人って話だよねー?』


『あんだよオーダー通りだろ? 人数でも違ってたか?』


『いや……んじゃアイツらなに??』


 揉み上げ巨漢の隊長、ブラッド・ブレイズが部下の不思議そうな声を聞き、搭乗していたエイムの頭部センサーをそちらに向ける。

 すると、ブレイズから見て強襲揚陸艦アルケドアティスとは反対側、黒い船外活動EVAスーツしか身に付けていない百人に近い集団が、恒星方面から高速で接近しているところだった。


『こちらは連邦中央軍1945遠征艦隊である!

 無所属船団及び戦闘艦アルケドアティスはただちに武装解除しFCSマスターコードを送信せよ!

 この勧告が受け入れられない場合、当方の艦隊戦力を以って強制執行を行う! 繰り返す――――!!』


 ブレイズから「不審人物の集団を制圧した」という報告を受けた直後。

 星系全体の通信ネットワーク経由で、避難船団は連邦艦隊より勧告を受ける事になった。

 通信映像中でめいっぱい睨み付けてくるハゲオヤジは、発信元の艦隊司令らしい。

 生身の潜入部隊の存在が露見した為に、即強硬手段に切り替えたということだ。


「エイク、アティ、アルケドアティス戦闘配置、船団にも通達。

 連邦艦隊及びモルゲンスタン星系にも警告しろ。

 ブラッディトループは甲板上で待機。ヴィジランテのエイムは発進準備」


「ちょっと待て連邦とやり合うつもりか!? 救助を求めるんじゃなかったのか!?」


 こうなるという予想も出来ていたので、赤毛も即応。

 命令により強襲揚陸艦アルケドアティスが翼型の装甲を閉じ、船団から距離を取ると、連邦艦隊と正面から殴り合う体勢に入った。

 判断が早過ぎ、ミーティングの場にいた船長たちが目を剥く。


「救助は求めましたが、強引にこちらを制圧しようとするのを唯々諾々と受け入れるつもりはありませんね。

 船団はどう動いても結構。ですがアルケドアティスは独自の行動を取ります。

 エイク、連邦艦隊全てをアクティブで捕捉し攻撃態勢」


『了解しました。フィオス、イルミネーターに全連邦艦隊をマーク』


 測距レーザーやセンサー波といった信号を能動的に発信して砲撃準備の姿勢を見せるのは、喧嘩を売っているという意味に等しい。

目を剥く船長らの心境など知った事ではない様子で、強襲揚陸艦勤務のメイドさん達は赤毛の主人の命令に従い戦闘態勢に突入していた。


 案の定怒り心頭で連邦艦隊から発信される通信。

 だが、もはや連邦に対して穏便に出てやる理由は、赤毛のヤツにはないのである。


『アルケドアティス! そちらからのセンサー走査を感知したぞ! 何のつもりだ!? 連邦艦隊と100隻に満たない寄せ集めの船団で戦う気か!!?』


「いいえ? 連邦艦隊如きアルケドアティス単艦で十分でしょう。

 1945遠征艦隊及びモルゲンスタン星系軍に警告、直ちに武装解除せよ。

 この船の力はもうご存知ですね? 余計な手間は省いていただきたい」


 たった一隻の民間船の反抗的な態度に、真っ赤になって怒鳴る直毛ヒゲのハゲ司令官。赤毛の毅然とした姿もそれをあおっていたりする。


 とはいえ、唯理の言うとおり艦隊司令は強襲揚陸艦アルケドアティスの力を十分に知っていた。

 避難船団内部からの情報漏洩リークにより、カジュアロウ星系からのメナス群追撃戦と顛末を聞いていたのだ。

 その船の力を知ればこそ強引に接収しようと考えたが、抵抗されれば艦隊が壊滅しかねないというのも理解できる。


『……その船が三大国合意の最上級重犯指定犯、ユーリ・ダーククラウドの船であるのは分かっているんだぞ!

 三大国法圏でお前たち共犯者を受け入れるところなど存在しない!

 だがユーリ・ダーククラウドと船を素直に引き渡すなら船団の扱いは一考してやる!』


 怒りの直毛ヒゲは、飽くまでも上の立場を堅持し、恫喝から脅迫へ方針を変更。なお何も確約はしていない。

 やはり連邦や、加えて先進三大国ビッグ3の共和国と皇国の威を借りて屈服を迫ろうとしていた。


 だがここで、脅しをかけられた赤毛はキョトン、と不思議そうな顔に。

 少し考えると、得心いったかのようにポンッ、と手を叩いていた。


「失礼、そういえば自己紹介がまだでした。これ・・じゃわかりませんでしたね」


 そして、赤毛の少女は、艦橋ブリッジ内カメラのアングルの真ん中に立つと、頭に着けていたカチューシャに似たセンサージャマーを外して、堂々その顔をさらして見せる。



「私が、ユーリ・ダーククラウドだ」



 途端に、連邦艦隊の船のセンサーが、赤毛の最上級重犯罪者にして政府特定機密グレードSの対象を検知した。


 全艦の艦橋ブリッジ非常警報アラートが発せられ、その伝達に通信帯域と情報処理能力が占有され大半の艦船が機能をマヒさせる。

 連邦の存続さえ左右する情報、その『非公開索引インデックス』。

 これに関わる情報は、何を差し置いても最優先で連邦中央へと報告されることになっていた。


 この通報システムは連邦軍の機器や兵器全てに内蔵され、その時点での使用者の都合を無視して全機能を通信確保に集中させる。

 滅多に発動する機能ではない上に、ユーザーインターフェースの使用を阻害することもいとわないので、見慣れぬ状況に艦橋要員ブリッジクルーは大混乱に陥っていた。


『なんだこのアラートは!? どうなっている!? どういう事か報告しろ!!』

『全てのシステムで割り込みがかけられています! 連邦中央に権限のある最上位コマンドと思われます!!』

『艦隊データリンク途絶! イルミネーターの連携とFCSセーフティーに問題――――あ!? いえ! データリンク継続中ですがインターフェイスが操作を受け付けません!!』

『シールドコントロールはどうなっている!?』

『通信ライン繋がったままだぞ! 切断しろ!!』

『インターフェイスが……これは応答しないだけで動いているのか!?』


 通信システムの操作すらおぼつかないのか、連邦艦隊旗艦艦橋ブリッジ内の混乱模様も、通信帯域で垂れ流しになっていた。

 これを見て爆笑するのが、カチューシャを指先に引っ掛け振り回している赤毛である。


「あっはっは! 最上級アラートは専用のハードウェアから連邦中央に最優先で接続するから、末端からじゃ操作できないんだなぁ!

 問答無用で縛られる現場の方はたまったもんじゃないじゃんヒデー! アハハハハハハハハハ!!!!」


 偽装と一緒に淑女の仮面も投げ捨ててわらう唯理に、船長たちは心底引いた顔をしておられた。

 ただのお嬢様だと思っていた者はひとりもいなかったが、この赤毛の本当の危険性ヤバさを認識した瞬間である。


 天の川銀河最大の国家に追われようとも、それを意にも介さない。

 相手が何者だろうが躊躇なく喰い殺しにかかる、赤毛の猛獣だ。


 同席する船長や船団の要職にある者たちとしても、旅の道連れとしては危険過ぎる少女だと考えざるを得なかった。


『導波干渉儀とレーダーシステムにフラッシュ! ワープアウト反応! 星系基準点より190度距離2万キロにブリップ多数!』

『ウェイブパターン解析結果! メナスと確認!!』

『アクティブスキャン検知! 対象は47Gで加速中! 接触距離まで300秒!!』


 そこに来て、最悪の驚異メナスの接近を告げる知らせ。

 完全にフリーズしている連邦軍には、最悪の報告である。

 爆笑していた唯理も、流石に悪い気がした。


              ◇


 96時間後。


 避難船団及びモルゲンスタン星系艦隊は、メナスを殲滅し星系の防衛に成功していた。

 しかし、1万程度のメナス群だったとはいえ、大打撃を受けた連邦艦隊は半壊状態。

 実質的にアルケドアティス単艦で応戦していた事を考えれば、連邦艦隊への信頼は底値を割っていた。


 もはや安全な場所ではないと、星系では住民の脱出が始まっている。

 その移動に際し、メナスや他の外敵から身を守る手段としてアルケドアティス擁する避難船団への同行を望むのは、自然な流れであった。


 三大国ビッグ3から重犯指定を受けながら平気で殴り返す赤毛に不安を覚えた船長もいたが、現実的に見て戦力としては申し分なく、静観して船団に留まる判断をした者が大半だった。


「で……ヒトが減るどころか増えると。防衛戦力比率が全然追い付いてねーなぁ…………」


 強襲揚陸艦アルケドアティスの艦長室。

 以前は掃除していない物置のような有様だったその室内が、今は令嬢の住まう深窓の部屋のようになっていた。

 寝室には天蓋付きベッド、広い三面鏡台、メインルームには古風な執務用デスク、応接用ソファ、踏み心地の良いカーペット、落ち着いた色でまとめられているそれらの調度。

 これは誰の趣味だ? と言いたい赤毛だったが、部屋のお掃除としつらえはメイド部隊の仕事であり、汚嬢様に発言権などないのである。


 そして部屋の主たる赤毛は、気だるげにソファに腰掛けながら、ティーカップを傾けていた。別に部屋のデザインにうんざりしているワケではない。

 乱暴な言葉遣いと、戦闘後間もないので環境EVRスーツ姿のまま、という恰好。

 にもかかわらず、気品や可憐さのにじみ出る姿だった。

 部屋にも負けていない。メイドさんの玄人の仕事も光った。


「この際、船団内の警備だけでも人員を確保したいところなワケ、だ……。

 というワケでブレイズ、雑用をお願いする事になるけど、よろしく頼む」


『まぁ使える奴は見繕っておくが、言ってはなんだが逃げてきた連中だ。大して期待はできねーぞ、お嬢』


「増えた人口分の治安悪化に対処出来るだけでもマイナスにはならないよ。対外防衛戦力は経験者をかき集めて編成したいけど……暫くはアルケドアティスの砲戦能力に任せた専守防衛だなぁ。

 これが長丁場になりそうなら、訓練して育てるのも考えなきゃならないかもね。そっちも良さそうなヒトがいたら目星付けといて」


『あいよ』


 揉み上げ巨漢の戦闘隊長との通信を切り、メイドさんにティーカップも下げてもらう赤毛。こう見えて生粋のお嬢様育ち。


 モルゲンスタン星系グループからの避難民が新たに加わった事で、避難船団の人口は約1億9500万人となった。

 当然ながら規模の拡大に伴い船団を守る人員も増やさねばならない為、ブレイズとその辺の相談をしていた唯理である。


「でも、結局モルゲンスタンで生徒は誰も降りられなかったわね。ユリ、これからどうするの?」


「『スファルディアン』か『オクタヴィアス』星系グループが次の目的地の候補。

 て言うか、どっちもかな。

 ロゼッタの調べで、どちらも生徒の家族の名前が滞在者名簿に記載されているのが確認できた。

 当然連絡も取ってもらってるけど、こっちは通信帯域がいっぱいでうまくいってない。

 他の船長とも協議するけど、多分異議は出ないでしょ」


 室内には他のお嬢様もいた。

 スレンダー美少女のクラウディアと、外ハネ元気娘のナイトメア、無言メーラーなフローズンである。

 学園の王子様や茶髪イノシシ娘、ドリル海賊は、何やら個人的要件で忙しそうにしていた。

 特殊な背景のある少女たちは、この状況でも大変なようだ。


「宇宙船とかメチャクチャ増えたよねー。どれくらいになったの?」


「えーと、12万隻前後になりそう」


「当然分かっていると思うけど、これもう騎乗部で警備するの無理だからね?」


「騎乗部はエヴァンジェイル内の専門警備部隊だよ。学園と生徒だけ守ってあげて。

 と言っても、それでも増員は必要かなぁ……。どうしたってヒトの出入りは激増するし。うぅ……管理職も全然足りねぇ」


 見目麗しいお嬢様方の優雅なお茶会、と言ったところだが、皆が少々お疲れ気味だ。

 メナス群相手の戦闘だけでも大事おおごとだが、急増する船団人口と、それに伴い増えるトラブルも問題となっている。

 ここにきて、船団に加わる宇宙船は95隻から約13万隻という数に。

 かつてターミナス星系で避難民の船30万隻を抱えたキングダム船団ほどではないが、それでも十分手に余った。

 外ハネ娘も能天気に構えているように見えて、それなりに先行きを不安視している。

 責任が重過ぎるスレンダーガール隊長は、事態の掌握を半分あきらめていた。なるようになーれ。


               ◇


 天の川銀河、 ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星ソライア501、静止衛星軌道、騎乗競技会場。


 モルゲンスタン星系脱出の宇宙船を纏めるのに、約80時間。

 避難船団13万隻、約1億9500万人は、次の目的地をオクタヴィアス星系へと定めていた。

 二ヶ所の候補のうちオクタヴィアスを選んだのは、迂回ルートを取ることでアルベンピルスク星系に寄ることができる為だ。

 騎乗競技会が開かれていた同星系は、その後交通網の混乱により孤立する事態となっていた。


「お久しぶりです! と言ってもいいのでしょうか?

 このような形で再会できるとは思いませんでしたねー」


「ですが、メナスの大集団を撃破しながら避難者を吸収して移動する船団の話は聞いていました。根拠なくあなた方を連想していましたが」


 惑星の軌道上に浮かぶ、傘の上下に尖塔を立てたような巨大な構造体。

 騎乗競技会場も今は宇宙船の係留所に利用されており、どこかへ逃げている船やこれから逃げ出そうという船が鈴生りとなっていた。


 そこで、赤毛たち騎乗部が再び出会う事となったのが、いろいろ大きな緑髪のグラマラスお姉さんと、いろいろ小さなピンク髪の無表情少女。

 競技会で解説役を務めていたふたりである。


「おふたりはこちらの星系の方だったんですか?」


「いえそういうワケじゃないんですけど。わたし達は連邦政府の教育庁文化局に籍を置く職員なんですねー」


「今は本庁とも上司とも連絡が付かないので放置状態ですが。ちなみに彼女、ロザリナはサンクチュアリのヒトだったりします」


「と言ってもハイソサエティーズでもなんでもない一般人ですがねー。サンクチュアリの実家と言っても田舎の方です。

 オフィスとか無い下っ端なのでなんでもやらされますし、リモート職員だからどこにも行かされますよ」


 大きなミドリさん、ロザリナと小さなピンクさん、ラズ。

 連邦政府の職員として星系を跨ぎ勤務していたふたりは、騎乗競技会の開催にあたり出張を命じられて来た、という話だった。

 ところが、連邦中央星系の機能停止に加え、通信と交通の混乱により職場と連絡を取ることも帰ることもできなくなったのだとか。

 悲壮感などはない解説役のお姉さん達だったが、どう考えても状況はよくなかった。


「出場した競技チームで身動き取れずに閉会後も残っている、という方も結構いらっしゃいますよ。何やら顔馴染みになっちゃいました。

 そちらの船団に相乗りしたいという方は多いではないでしょうか」


「今は外からの船もほとんど来なくなっちゃいましたしねー。

 これが最後のチャンスかも、と思うヒトもいるでしょう」


 アルベンピルスク星系においても、安全な場所へ移動したいと思いながら足止めを強いられている人々は多い。

 立ち寄る自由船団ノマドや商業船団も現れなくなり、騎乗競技会以来星系にとどまっている者の中には、この機に避難船団へ加わろうという者も大勢いた。


 大きなミドリさん小さなピンクさんふたりも、連邦政府職員という身分ながら先行きが全く不透明なので、船団に相乗りするという話である。


               ◇


 ペルシス流域ライン、ポロロッカ星系外縁。

 ポロロッカG11S:F、近傍宙域。


 アルベンピルスク星系からも、出発時は多少揉めた。

 避難船団と行動を共にしたい住民や星系外の人間、思いとどまらせたい星系地方政府、板挟みになる避難船団。

 誰も最適解を知らないのが、混乱を助長させていた。

 避難船団の内部、アルベンピルスク星系の住民、星系政府の内部ですら、意見が割れていたのだ。

 最終的に4万隻を新たに加え、17万隻が星系を出たのが、それから75時間後の事となる。


 目的地はオクタヴィアス星系、学園の生徒の家族が複数組滞在しているのが確認された星系だ。

 明確な避難場所が見つからない以上、当初の方針通り生徒を家族の元に送り届けるのを優先していた。


 ところが、ここで再び進路を変更する必要が出てくる。

 アルベンピルスクからのワープ直前、救難信号を受信した為だ。


「ロゼ、全船でスキャンを徹底させて。全情報を統合して解析。要救助者の情報は最優先でヴィジランテと共有して救助にあたらせろ。

 救助活動に出られるエイムは全て発進。ブレイズは現場の指揮を。ゴーサラ船団長は船団の統制をよろしく」


「収集するデータの割り振りとか出来ないし、こっちには生データだけ送ってもらった方がいいな。この辺の擦り合わせとか全然やってないですわよー?」


『エイム乗りのチームなんて我の強いヤツばっかで扱い切れねーよ。まぁやるがな!』


『救助活動とはいえ、他の船の乗員に不安の声が出ています。離脱するという話が出るほどではありませんが、急いだ方がよろしいでしょう』


 全体指揮を執るべく、赤毛の少女がアルケドアティスの艦橋ブリッジへ入る。

 船団はポロロッカ星系の最外縁にある、名も無き惑星G11S:Fの衛星軌道の外にいた。

 ほぼ唯理の独断により決行される救助活動だが、新たに加えた騎乗競技チームの部隊編成、激増した宇宙船との合意形成コンセンサスや連携などと、全く何も整っていない。


 そんなガタガタな船団事情であるが、それでも唯理は救難信号に応える事とした。

 恐らく、この状況は長期化する。

 その上で、船団が纏まらない状態で救援要請を無視したという実績を作る方がマズイ、と判断した。

 今後の船団の体質が、ここで決まりかねない為だ。


 赤茶と緑の星の軌道上には、無数のデブリが滞留していた。全て宇宙船の残骸だ。

 大半が軍の戦闘艦艇だが、民間の船も混じっている。

 救難信号はそれら無数の宇宙船の残骸から発信されており、作業機や競技用、あるいは軍用のエイムが、その最中さなかを飛び回っている姿が舷窓から見られた。

 信号の発信源を確認しても、ほとんどは発信者不在か既に救助を必要としない状態だったが。


「メナスとの交戦か。ロゼ、記録吸い出せた?」


「エクスプローラーのレイダーにデコード手伝ってもらってなー。軍用システムのメインフレームとかアクセスできないっての、普通。

 んで、ユイリの想像通りメナスと戦ってこの有様みたい。でもほとんどが軌道上を周回して振り切ったって。

 メナス集団を側面から攻撃して時間稼いだ船は、ほぼ捨て駒みたいだったけど」


 エイムや小型艇ボートによる救助と捜索活動が行われている一方、赤毛は回収された戦闘艦の記憶媒体データメディアを調べていた。

 艦艇のダメージを見れば何が起こったかは明らかだったが、記録ログからも艦隊がメナスとの戦闘により大損害をこうむったのが確認できた。


               ◇


 ある星系から避難民の宇宙船を護衛しながら脱出した連邦艦隊は、メナス群に捕捉され攻撃を受けることになる。

 艦隊と民間の宇宙船による船団は惑星ポロロッカG11S:Fの軌道に逃げ込み、その陰に隠れる形でメナスによる砲撃を避けていたが、いずれ包囲され全滅するのは避けられないと思われた。


 ある意味で優秀だった連邦艦隊の司令官は、手詰まりとなる前に先手を取ってメナス群へ小部隊による側面攻撃をかけさせる。

 ド真ん中に飛び込んだ強襲揚陸艦と戦闘部隊に対し、メナスは同士討ちしそうなほどの接近戦闘を強いられていた。

 結果、多くの宇宙船がメナスを振り切ることができたが、単独でメナス群を混乱させた戦闘部隊は孤立したまま見捨てられた、というワケだ。


 なお、捨て駒部隊は惑星上に降下し、今現在も救難信号を発しているようである。


                ◇


「エイク、地表に降りた船と交信は?」


「信号が返ってこないので受信自体していないものと思われます。システムが生きていれば、返信自体は行われるはずですし…………」


「地表をスキャン中。墜落した強襲揚陸艦を確認しました。が……その周辺で脅威度の高い原生生物を確認。クルーらしき生命体との交戦も確認できます」


「うぐぇ……ちょっと待て、これここで連邦とやり合ってたメナスなんじゃねーの?

 約1.5パーセク3.1HDの星系にメナス群確認。向こうに有人惑星なんて無いから、こっちに気付いたら向かって来るんじゃないのこれ。

 恒星間空間だし、最短で6時間で到達の見込み」


 救出プランを作るにも、落ちた宇宙船の現状が分からなければどうしようもない。

 赤毛の司令が糸目のメイドリーダーとその部下メイドに確認させると、問題の船はほぼ機能停止している模様。

 船外に出ている乗員もいるようだが、惑星に生息する攻撃性の強い生物と戦闘になっているらしい。


 しかも、ロゼッタがここで隣の星系にメナスの大集団がいるのを捉える。

今すぐに離脱するべき状況だった。


『アルケドアティスはまだ動かないのか!?』

『ロニーステアラーへ! 移動の指示はまだか!?』

『アルケドアティスはメナスに気付いてないのか!?』


 情報が共有されると、即座に船団内に動揺が広がる。

 ここまでメナスを撃退してきたが、それでも普通の宇宙船では太刀打ちできない恐ろしい敵であるのに違いもないのだ。

 しかも、隣の星系で確認されたのは母艦型だけで300万隻規模の大艦隊だった。

 救助活動中の船団から一目散に逃げ出す船や、他の船に勝手に命令を出す者など、纏まりの無さが表に出てくる。


 無論、唯理としても学園と船団を守るのが今の最優先事項であったが、


「時間が無い、か…………。ゴーサラ船団長、ブレイズ、船団を率いて先にカームポイントへ先行。

 アルケドアティスは惑星に強襲降下して不時着した船の乗員を搔っ攫ってくる。

 エイクはDSOVの全員に戦闘配置を指示。墜落地点に直接降りるぞ。通信での呼びかけも続けろ」


 惑星上に落ちた船と乗員の救出強行、という赤毛娘の判断には、話を聞いていた多くの者が驚かされていた。


『ユリさん!? メナスが来ているのではありませんか!!?』


「だから先に船団を移動させます。この船は単独で惑星に降りて速攻で救助しすぐに離脱。船団を追います」


『アルケドアティスは惑星の重力圏内に降りられるのか!?』


 シスター学園長をはじめ異論が吹き出す通信内だが、説明する時間も惜しいので端的に言い準備を進める。

 赤毛の司令としても、ギリギリの判断だ。

 メナスの動きが分からない以上は、星系に留まるだけで危険となる。他の宇宙船や降下艇を使い救出活動を展開している暇はない。

 救助活動に使うのは、アルケドアティスのみだ。

 それにしたって船団を留守にするのも大きなリスクなので、短期決戦の一発勝負となる。


 ここでアルケドアティスの引力圏内航行能力をさらすことになるが、命を捨てて連邦艦隊と一般人の船団を守った兵士たちを見捨てて行く選択肢は、唯理にはなかった。

 今後の兵士の信頼と士気に関わるし、引力圏航行能力も表沙汰にしていい時期である。


 強襲揚陸艦アルケドアティスは、翼のような外部装甲を船体に纏うと、赤い火球となり大気圏へ突入していく。

 地上に落ちた船は、『傭兵部隊』とも言われる白兵戦を主体とする私的艦隊組織PFC


 『スカーフェイス』と言った。




【ヒストリカル・アーカイヴ】


・スマートテーブル

 主に会議などに用いられる情報表示能力に優れたテーブル。

 情報機器インフォギアに依存しない立体投影ホログラム機能などを持つ。

 ネットワーク情報の統括機能も持つ、組織の意思決定の場では標準的な機器となる。


・スカーフェイス

 私的艦隊組織PFCのひとつ。

 『傭兵部隊』とも言われる白兵戦や突入作戦を専門技術とする戦闘集団。

 強襲揚陸艦『ハングドマン』、ヒト型機動兵器『ベイメン』を運用する。

 依頼によりキングダム船団旗船『フォルテッツァ』の乗っ取りを画策したことがあったが、これは失敗に終わった。


・DSOV(ディペンデントサービスオブ・V)

 正式名称が長いので雇用主の赤毛が略称で呼ぶ事とした。

 元々某組織子飼いのブラックOPSだったが、潜入用としてメイド業(ディペント)を身に着ける。

 組織の母体壊滅に伴い、養成中の娘も含め丸ごとPFCとして独立した。リーダーはエイク・トゥエルブ。

 人身売買被害者や孤児により構成された集団だったので、現在はそういった娘達の生活の為に存続している部分が大きい。元々の訓練の教えもあって仲間意識は強い。

 メイド業がメインのようになっているが、こちらは潜入用に習得したに過ぎないので、基本的な技術のみとなっている。

 戦闘を行えない非戦闘員の娘も多い。




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