162G.ファーストオーダー ディスオーダー

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 天の川銀河、オライオン流域ライン、ソラーレ星系グループ

 起源惑星『ロストエデン』、セラフィムガーデン。


 ある穏やかな環境の惑星にある、静かな女子学園ガーデン

 そこの女子生徒、ちょっと地味目で平凡な少女は、自分を襲う境遇に大いに戸惑う事となっていた。

 

「がんばっているは好きだよ? 求められる以上の事をみっちり付きっ切りで全てを・・・教えてあげたくなる」


 ある日唐突に転校生として現れた、完璧な赤毛のお嬢さま。

 しかし今は、隠していた美しい野獣の本性をあらわにした笑みで、栗毛の地味子を自分の懐へと捕らえていた。


「キミのやり方だと私のお姫様が壊れてしまうではないか。

 カノジョは私が優しく労わりながら少しずつ上達させていってあげるから」


 その地味な栗毛を奪い返そうとするように、背後から抱きすくめる学園の王子様。

 凛々しく優しい、ついでに少し抜けたところのある、皆に愛されるお姉さまの中のお姉さまである。


「ひゃわわわわぁ!!?」


 そんなおふたりの巨乳で物理的に挟まれ、真っ赤な顔でパニックになる汎用型地味子。


 全銀河舞踏会、『クリスタルシューズ』への無謀な挑戦を行う事となってしまった地味子を全力で応援するという名目で、赤毛の悪いお姉さんに王子姉さまとの、24時間付きっ切り生活が始まってしまった。

 朝起きればふたりの巨乳に挟まれ抱き枕にされており、朝風呂に入れば赤毛のイタズラっとそれを阻止する全裸の王子様が乱入。

 食事時は赤毛の悪いお姉さんと王子姉さまが地味娘を自分のヒザの上に乗せようと奪い合い。

 ダンスレッスンは様々な意味で完全密着状態。

 トイレまでご一緒してどうしようというのか。


 おふたりのお姉さまとの触れ合い、それにふたりからの愛され度は、その過激さと濃密さを増すばかり。

 いったいわたしどうなっちゃうの?


               ◇


 アクエリアス星系グループ近傍、恒星間空間。

 避難船団、コロニーシップ『エヴァンジェイル』、聖エヴァンジェイル学園。

 隠し談話室。


 そうして、聖エヴァンジェイル学園の地下課外活動部、ノーブルクラブの会長ウノは、血の海に沈んでいた。

 正体を隠す白い三角頭巾を真っ赤に染め抜き床にブッ倒れていたが、もはやそれを気にするクラブ会員も存在しない。

 いつものことなので、もはや景色である。


「これはヤバイですわ! こんなの実質セックス! 実質セックスです!!」

「ちょっと露骨過ぎますわよ!? 言葉を選んでくださいませ!」

「こんな目に逢ってみたいですわー! グギギギ!!」

「起きたらベッドであられもない姿で3人……許せませぬわ」

「もうヤダー! こんなんキュン死するますー!!」


 同じく、白い三角頭巾に可憐な制服姿という珍妙なことになっている女子生徒たちは、学園当局の目を逃れるべく用意された薄いペーパーメディアの本を手に、悶え狂って爆発寸前の有様であった。


 百合の園に住む乙女たちのハートに直撃するコンテンツを供給してきた正体不明の作家、『プリンシパル』先生。

 少女たちのちょっと危うい秘密の触れ合い、という本来の作風が少し前からご乱心気味となっていたが、今回リリースされた新規エピソードは大人の階段を棒高跳びで飛び越えた末にブースター燃やして空の上まで昇天した勢いであった。


 そして困った事に、魅力的な絵にコマ割り構成、描写、ストーリー展開と、乙女どもの心を粉砕しかねない傑作でもあった。

 連邦崩壊からはじまる銀河の騒乱と、危険な宇宙をいく逃避行の最中に、このような事をしている場合ではないとは皆も分かってはいるのだが。


「くッ……! これがあのユリ様の本性だとでも仰るの!? とんでもないケダモノですわ好きー!!」


「今まであのたおやかなお姿に擬態し何人喰ってきましたの!? 喰われてぇですわぁ……!!」


「ユリ様はそんなことしないもん! これはフィクションですから! 本物のユリ様は実はちょっとオレ様系だったってだけなんですー!!」


 創作は創作、モデルになった人物はいても現実とは異なる、という前提条件おやくそくは皆分かっている。本作はフィクションであり実在の人物や団体、出来事とは一切関係はございません。

 だから薄い本に登場する仮面優等生の赤毛も生真面目過ぎて天然ボケが入るイケメン王子(♀)も実在はしないのだ。

 しかし、そのフィクションと相互に補強し合うような現実がそこにある故に、夢見る乙女たちの妄想は膨張を続ける宇宙のように際限なく広がり続けてしまう。


 赤毛のお嬢様、『村雨ユリ』の激し過ぎる変貌。

 元々創作と実在の人物をごちゃ混ぜにして盛り上がっていたところにその公式からの燃料投下は、密閉容器内で火薬を爆発させるかの如き阿鼻叫喚の反応を導いていたのだ。


               ◇


 穏やかな人工の青空の下、静かに佇む生徒たちの学び舎、聖エヴァンジェイル学園。

 コロニー丸ごとの大移動の最中ではあるが、学園は可能な限り以前と同じ運営が行われていた。

 女子生徒たちのメンタル面の安定を考慮したモノである。よって、授業も課外活動部も通常営業中だ。


 その平穏は、宇宙船と化したコロニーの薄皮一枚外にある戦乱と、隣り合わせでもあったのだが。


「ったくこの状況で海賊行為とはね。人類はいつも変わらないでいてくれて嬉しくならぁ」


「結構余裕あるヒトもいるのね……。でもユリ、学園の娘が見ているところではもう少し取り繕って」


「この機に乗じて、ってのもあるんじゃないのぉ? 星系の治安部隊も自分のところで手一杯だからこっちには来ない、って足下見てさぁ」


「ある意味平和な連中だねー。自分らがメナスに殺されるか、メナスに全滅させられて襲う獲物がいなくなるまではだけど」


 赤い環境EVRスーツに丈の長いアウタージャケット、髪もミドルに戻した赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいりは鼻息も荒く学園内を大股で歩いていた。

 村雨百合むらさめゆりの完璧なお嬢様としての顔は、影も形もない。腹立たしい戦闘の直後で擬態するのを忘れている。


 隣を歩くのは、スレンダーなスタイルも美しい金髪少女、クラウディアだ。

 ルームメイトの赤毛の様子に微妙な顔をしていたが、その本性にも大分慣れてきたので、あまり細かい事は言わない。

 当初心配された学園女子たちの反応も、今現在ドカドカ歩く赤毛に対しても良くこそなれ悪くなっている様子は一切ないので、特に問題ないと思われた。

 ワイルドお姉さまになって、かえって熱いファンが増えたという噂も。

 赤毛本人の素顔である気取らないクールさが、周囲の熱量を増やしているという宇宙のエネルギー相転移の縮図。


 赤毛と華奢金髪の後ろから付いてくるふたりは、長い黒髪で歯がギザギザしている小柄な少女『ヘムス』と、逆に2メートルを超えるたくましい体型をした金髪女性、『グローブ』である。

 PFC『ブラッディトループ』所属のエイム乗りであるが、男子禁制の園へ同行するにあたりボスの揉み上げ巨漢から赤毛の少女に付けられていた。


 メナスの侵攻により連邦中央星系が落とされ銀河全域が混乱し、聖エヴァンジェイル学園がスコラ・コロニーごとアクエリアス星系を離れて、約160時間。

 当面の目的地を連邦艦隊の集まるモルゲンスタン星系としていた避難船団80隻だが、1時間前に海賊行為を受けていた別の船団を救助することになった。

 たまたま救難信号を受信したので、防衛部隊ヴィジランテを緊急発進させこれを蹴散らしたのである。

 それ自体は問題無く処理できたが、海賊を働いていたPFC崩れの、


『連邦が動けない今が稼ぎ時だと思ったのに』


 という全く悪びれない捨てゼリフに、赤毛はご立腹であった。

 救助した船団が、非戦闘員ばかりでメナスに星系を追われ疲れ果てた人々だったというのも、唯理の激オコポイントであった。


 同船団は、特に目的地にあてがあるワケでもなかったと言うので、今後もしばらく避難船団と行動を共にすると思われる。

 ついでに拘束したPFC崩れのにわか海賊も、であるが。


「連邦中央星やカジュアロウ以外でも、メナスから逃げて来る星系のヒトなんて実際にいるのね……。

 何億ものヒトがいる星系から住民が逃げ出すなんて、ついこの前まで想像もできなかったけど……。ウチの星系は大丈夫かな…………」


「アウトサイド側じゃ、前からメナスの被災難民が問題になっていたよ。逃げる時も受け入れ先を探す時も大騒ぎ。

 しかも逃げる時は大抵メナスに襲われている最中だから、戦闘しながらの離脱になる。カジュアロウの時と同じだね。

 これが遂にインサイドや全銀河で起こりつつある……。わたし達の旅も、前途多難ってところだな」


 赤毛が声のトーンを冷静なモノに戻して言う。

 実感を伴うセリフに、クラウディアも少し前のアルベンピルスクやカジュアロウ星系のことを思い出していた。


 あの焦燥と沈黙の中、世界全てを恐れるような時間を何も出来ずに過ごさなければならなかった経験は、少しトラウマになっている。

 だが、自分たちはまだ良かったのだろう。

 どこへ逃げればいいのか、どう身を守ればよいのかも分からないまま、星系の住民のように混乱と混沌の中へ呑み込まれるよりは。

 身の回りのことで手いっぱいだが、何をやるべきかはハッキリしていたのだから。


 だが、今後もそういう事が自分の知っている場所で起こるのだと思うと、腹の底から震えが込み上げて来る思いのクラウディアである。


 海賊との交戦と他の船団の収容を慌ただしく終えた後、唯理が学園に来たのはその前からシスター学園長に呼ばれていた為だ。

 連邦政府の機能停止、全銀河の文明圏が警戒態勢に入った事による交通網の麻痺、学園に合流したエクスプローラーなどの船団員のコロニー内への受け入れ、と。

 環境が大きく変わり、スコラ・コロニーの実質的責任者となっているシスター・エレノワも、様々な問題が発生し苦労している。

 成り行きとはいえ、現船団のトップのような立場となった赤毛の生徒と話を詰めようというのは、これまた当然の成り行きであった。


 シスター学園長とは、一階大講堂で落ち合う事になっていた。

 全体集会にも使える学園でも最大規模の部屋だが、今は誰もいない。シスターが講義に使った直後なのだ。


「ご苦労様です村雨さん、海賊と襲われていた方々は大丈夫でしたか?」


「海賊行為を働いていたPFCは船とエイムを全て押収、構成員も拘束済みです。ブレイズに任せてきました。

 マウザス星系からの避難船団はエクスプローラーのゴーサラ船団長に任せています。怪我人への対応が終わったら今後の体制の相談ですね」


 既に通信でも報告はしているのだが、同じ情報でも口頭での印象や細かな内容が変ってくることもある。

 2500年以上通信技術が発達を続けても、対面しての報告連絡相談が廃れる気配は無い。


 生徒たちの前では平静を装い動揺しないよう勇気付けていたシスター学園長も、当然外の状況は気になっただろう。

 大勢の生徒にとっては初の実戦状況ということで、当初は学園内の女子たちもそれなりに怯えていたらしい。

 しかし、学園コロニーシップと船団の最重要目的は、生存である。

 船団を指揮する赤毛は真っ先に飛び出していったが、これも人手不足でやむを得ない為であり、コロニーシップを守るための防衛戦力は最大数残していた。アルケドアティスも置いて行ったし。

 本音を言えば、唯理も学園から離れたくはなかった。

 戦闘自体は、赤毛のボスとブラッディトループのみで海賊を一蹴している。

 特に問題なかった。


「わたしはくまでも学園とコロニーの安全確保を最優先しますよ。他の何を見捨てても。

 その上で助けられるモノは助けたいですね。元々が互助からはじまった避難船団ですし、単純に数が増えれば防衛力も上がりますから」


「他に危機にある人々を助けることには異存ありません。わたしとてクオヴァディスの徒ですから。こういう事にも、村雨さんの方が手慣れてらっしゃるでしょうし。

 ただ、外のことはもちろんですが、ここ数日はコロニー内でも問題が発生していますので、出来ればそちらへの対処もお願いしたいのですが」


 航海計画、防衛体制、人員配備、赤毛の指揮官はまず学園と女子生徒たちの身の安全を優先して全ての計画を立てている。

 シスターエレノワもそれは分かっていたのだが、生存第一を考えた赤毛の少女の戦略は、基本的に全て外向きなモノとなっているのも事実だった。


 一方でその内側、元々は学園の生徒たちすら立ち入りが許されていなかったコロニー内の空っぽの街には、現在は同行する多くの宇宙船からもヒトが大勢出入りしている。

 なにせ、生活環境が良いのだ。物凄くお金がかかっているコロニーなので。

 と同時に、急増した人口や女子生徒たちとの接触によるトラブルも目立ち始めていた。


「報告はわたしの方でも受けてますが……船団規則パブリックオーダーに抵触するモノに関しては対処できていますよね? ね、警備隊長?」


「ぅ……それは、オーダーに従ってやってますけどぉ……。ねぇユリ、それわたしがやる必要ある?

 それこそブレイズさんのところとか、エクスプローラー船団のヴィジランテとか専門のジョブのヒトにやってもらうとかぁ……」


「船団の会議で、学園とコロニー内の警備に関しては学園の人間が主導する、という事にしたから騎乗部がやることになったんじゃない。生徒の皆としても騎乗部の方が安心できるだろうしね。

 わたしも手伝うけど、いざとなれば外の方で迎撃に出なきゃいけないから」


 そうは言っても、そちらも全く手付かずではないだろう、と赤毛娘はルームメイトに話を振ってみる。

 クラウディアもしっかり仕事はしているのだが、ちょっと後ろめたそうだ。


 船団における法、船団規則パブリックオーダー。船団という社会における生活の規範。

 これを担保するのは最終的な強制力を持つ実行部隊の存在となるワケだが、スコラ・コロニーシップ『エヴァンジェイル』におけるこの役割は、騎乗部が担うことになっていた。

 コロニー内でのルール違反が起こった場合、その罰則に従わない者は騎乗部にお仕置きされる、というワケである。

 とはいえこれも、学園コロニーと船団向けの広報的な体制という側面が強かったが。


 実際にコロニー内における違反行為が確認された場合は、コロニー管制と保安部がヒト型警備機械セキュリティボットを出し対処し、シスター学園長と船団上層部が最終的な刑罰を決めることになる。

 騎乗部がエイムに乗ってコロニー内外を警備するのは、内部の乗員を安心させる為のパフォーマンスに近かった。

 それでも割りと出動頻度は多いので、クラウディア警備隊長はプレッシャーで泣きそうになっていたが。

 赤毛のヤツは、他にいないじゃんよ、とルームメイトを見捨てた。おのれぇ。


 この辺のルールと抑止力の運用は、既にエクスプローラー船団をはじめとする多くの自由船団ノマドでの運用実績があるので、それほど問題は無かった。

 だがここでシスター学園長が本当に問題にしたいのは、最終的な警備実施にまでは至らない、パブリックオーダー以前の部分であろうことは赤毛の少女にも一応理解はできていた。


「生徒が船団の乗員と一緒にハメを外すのは~……まぁ良いとは言いませんが、状況も状況ですしある程度黙認されるべき部分ではないかと……。

 入居した住民と交流するなとも、生徒に今から敷地外に出るなとも言えないでしょう? 交流はどちらかと言えば生徒のストレス対策でもあったワケですし」


「だからと言って寮の門限の無視や学園規則の違反まで許されるという意味ではありません!

 トランスパーティーなどとハダカみたいな――――いえハダカそのものの格好で何時間も踊って疲労で倒れるなんて論外ですよ!!」


「アレは……まぁ確かにそうなんですが」


 シスターお怒りの理由も分かるのだが、安全保障上の致命的インシデントというワケでもないので大目に見てあげてほしい赤毛。正直忙しいので、放っておいても死にゃしない事象に対処するのも面倒臭いし。

 しかし、箱入りお嬢様が外で出来た友人と一緒に夜通し踊って寮に戻らなかった上にコロニー内警備システムに全身ボディーペイントした全裸一歩手前の状態で爆酔したまま保護された件に関してはちょっと擁護のセリフが出ないのも事実。

 こんなケースも一件二件ではなく、ユリお嬢様も困り顔であった。


 元々、抑圧された生活である。この上、メナスの侵攻で身の安全や生活の足下まで崩れてしまった。

 ここに来て、同じ身の上とはいえコロニー外から大勢ヒトが入り、一時の気晴らしにでもと娯楽を行うようになったのだ。

 連邦崩壊のショックから一時は学園と生徒も統制を無くしており、もはや隔離する為の檻としての機能も失っている。

 その為、開放的になった女子も敷地外へ逃走気味となり、転居してきた船団の乗員と遊び回るといった事例も散見されるようになっていた。


 赤毛からすれば今までの学園が完全無菌過ぎただけで船団ノマドとしてはこんなもんだとは思うのだが、学園規則が改訂されたワケでもないのだから学園長の憤りは正しいと思う。


 さりとて、これに何の対処もしていないワケではないのだ。

 それこそ、前述の警備体制アピールとして、コロニー内では常に見える位置に騎乗部のエイムが巡回していた。

 実際に危険な行為を行う生徒や住民に関しては、クラウディアや生徒会長のエルルーン王子様がエイムから直に注意を行うなど仕事もしている。


「わたしは今まで一体生徒に何を教えていたのだろうと、虚しくなってしまいます…………。

 所詮この学園がハイソサエティーズの男性に扱いやすい淑女を整える機関に過ぎなかったとはいえ、その上でどこに出ても恥ずかしくないレディーに教育してきたつもりなのに…………」


「品格は尊重と尊敬の前提になりますから、無駄にはならないかと……。シスターエレノワの指導も理解されていると思いますよ? メモリーママもそう言ってたし」


 他の生徒の前では、常に落ち着いた厳しくも頼もしいシスターの顔。

 だがそれも、この状況と生徒たちを守らねばならないという重責で、だいぶん参っているらしい。

 本来ならば絶対に生徒には吐けない弱音が顔を覗かせていた。


 これに、仕事人としての共感シンパシーを覚える赤毛がフォローを入れようと考えたのだが、どうもそれは水漏れした蛇口の栓を開ける行為となってしまったようである。


「外との交流に誘惑が多いのは分かっていましたしある程度は容認も止むを得ないと考えていました。

 ですがアレは酷い! ライケン種の本能やナチュラリストがどうとかでグリーンエリアであんな生活ッ……!

 知的生命体としての理性の放棄です!!」


「えー……まぁ、ハイ…………」


 目に涙を浮かべて訴える妙齢美人シスターに、言葉もない唯理である。

 学園長とて頑迷ではない。規則、規範、規律を重んじながらも生徒を思いやりその精神状態をおもんばかり有言無言に羽を伸ばすのも出来るだけ許そうとは努力していたのを赤毛は知っていた。

 しかし、抑圧から解き放たれた若い少女たちの暴走は留まるところを知らず、一部女子は森林グリーンエリアで原始ライケン種のような生活まで始めようとするという始末。ちなみにライケンではなくプロエリウムとグロリア人女子。


 森林グリーンエリアの植生監視システムが生徒を見付け騎乗部が到着するのが一歩遅れていたら、そのまま生物の本能に従った生殖行為にまで及びかねない勢い。

 真っ赤になったクラウディアがエイムの拡声器で怒鳴っていなければ、恐らく今頃は森の中で酒池肉林であった。


 シスター学園長をなだめる赤毛も困り顔で、もはや何と言っていいか分からない。

 何気にこのたぐいの問題もキングダム船団ではよくある話ではあったが、間違っても口には出せなかった。


「となるとー……当面は今まで生徒の入り込まなかったエリアのセンサー網構築と、監視システムの強化ですかね。監視システムが無効化されちゃうのは、この辺の禁止と罰則の徹底をして。パブリックオーダーの改訂、は船長会議通さないとなぁ…………。

 と言ってもまだ新体制に入って間もないですし、頻繁なオーダーの変更は乗員の混乱を招くということで難色を示されると思いますが。

 暫くすれば落ち着くということで、様子見という話になるのではないかと」


「……そうなるかもしれませんね。

 あるいは、騎乗部の皆さんのような見回りの人員を増やしてもらうことは出来ないでしょうか。

 結局それが一番確実に生徒の自制を促せているように思えますが……」


「残念ですが、人員問題は今はどうにもなりませんね。ただでさえ防衛部隊ヴィジランテが必要とされる想定数を下回っている状態ですし。外の戦力をコロニー内に回すワケにもいきません。

 他に増強しないといけない船の警備もあるし……」


 効果的なコロニー内の警備強化が難しいという話で、顔を見合わせ唸ってしまうシスター学園長と赤毛、実務畑ふたり。

 今はどこもかしこも人員配置がスムーズにいっていない状況であった。


 だというのに、このような忙しい時に仕事増やしてくれる困った人間というのは、どこにでもいるものらしい。 


「今すぐ出来るのは、市街地に移り住んだヒトから巡回要員を募るか、ドローンオペレーターに割り振る人数を調整するくらいじゃないでしょうか。

 後は、学園の方で生徒に十分注意をしてもらうというある意味本来の正攻法――――っと失礼、通信が…………はい村雨」


「仕方ありません……。出来る事を全てやるしかありませんね」


 学園長シスターと相談の最中、唯理の情報端末インフォギアに旗艦『アルケドアティス』より連絡が。

 緊急事態を告げる通信ではあるのだが、何とも力の抜ける内容に、赤毛の責任者は頭が痛くなった。

 コロニーの方は当面対処療法しかないか、とグッタリ肩を落とす学園長に同情しつつ、唯理の方も問題児の方へ対処しなければならない。


 聖エヴァンジェイル学園を出る赤毛の少女は、船団中央に陣取るコロニーシップから、先頭を行く強襲揚陸艦アルケドアティスへ向かう事に。


 と思ったところで事態が収拾されたという報告を受けたので、行き先をエクスプローラー船団の旗船『ロニーステアラー』に変更していた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・クォヴァディス

 起源惑星発祥の宗教がその後の宇宙進出を経て複数に分派したモノのひとつ。

 本来の意味はラテン語で『あなたはどこへ向かおうというのか』。

 宇宙にまで出た人類だが、未だにその答えを探している。


・グリーンエリア

 コロニーや宇宙船、プラットホーム等宇宙における人工生存環境内に構築する植物区域。

 乗員の精神衛生やストレス対策、効果は限定的だが酸素生成を目的とする場合もある。

 全裸での生存環境としては適していない。


・トランスパーティー

 音楽とライティングのパターンで人為的に意識の変性を引き起こすパーティー。

 薬物や電子ドラッグは用いない害の無い行為とされるが、多くの惑星国家では違法となっている。

 星系外に出なければ実行できないが、自由船団では比較的ポピュラーな娯楽である。


・オライオン流域ライン

 銀河のアウトサイド側を流れる星の大河。

 プロエリウムの起源惑星が存在する。

 現在、当該星域は銀河先進ビッグスリーオブ三大国ギャラクシーの共同決議により封鎖中。





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