152G.ワンダリングギガス アグリゲイター

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン、カジュアロウ星系グループ外縁プラットホーム。

 臨時船団、聖エヴァンジェイル学園専用船『ディアーラピス』。


 宇宙の彼方の暗闇から何十という線が繋がり、それが一点に集束する。

 そこに現れるのは、光速を超えて何億キロと言う空間を一足飛びに越えて来た、213隻の宇宙船の姿だ。

 無明の恒星間空間を後にした船団の目の前には、中央で鈍く輝く恒星と、周囲を回る数多くの惑星の姿があった。


 有人の星系内は比較的安全な宙域ということになるが、同時に高い空間密度と複雑な重力波により、宇宙船の航行には適さない環境となる。

 要するに、障害物が重力に引かれて動くので危ないのだ。

 その為、中継地として船の往来が激しい星系には、星系内に入らずとも休憩や一時停泊が出来るように、その最も外側にプラットホームを設けるのが常であった。

 競技会場のあるアルベンピルスク星系グループへ向かう際には、聖エヴァンジェイル学園騎乗部もここを利用している。


 しかし行きの状況とは全く異なり、現在のプラットホームには接舷施設に収まり切らないほど多くの船が集っていた。


「わー! すっごい賑やかな事になってるー!!」


「ユリくん、プラットホームに接続出来ない。他の船も同様だろうが…………」


「あ、エクスプローラーの『ロニーステアラー』から通信来た。はいディアーラピスコントロール、ロゼッタ」


 シフト外で休憩中だった女子も含め、騎乗部と創作部全員が船橋ブリッジに集り、その光景を見つめている。

 単眼少女のアルマをはじめとして、目を丸くする者たち。

 舵を握る王子様(♀)のエルルーンは、自分の視界とセンサー画面を見比べ思案顔だ。


 当初の予定ではプラットホームに着ける事となっていたが、物理的にどう考えてもムリである。

 プラットホーム周辺は他の宇宙船も多く、接近すら危険に見えた。

 故に、臨時船団の船はどれも手動で逆噴射ブースターを吹かし、減速中だ。

 そんな予定外の事態に、現在の臨時船団を取り纏めるノマド『エクスプローラー』船団からも、相談の為に通信が入ってくる。

 柿色髪の傍受系女子、ロゼッタが対応中だ。


「えーと……この先どうなるの? 他の船と一緒に動くのは、ここまでよね??」


「そうですね。契約上では相互補助航海はここまでとなっていますね」


 一応船長という役割を振られているので、船長席で腰を浮かすスレンダー金髪娘、クラウディアも今後はどのように動くべきかを考えてみる。

 アルベンピルスク星系グループから現在いるカジュアロウまで同道した船団は、契約ではここで解散ということになっている。

 赤毛のマネージャー、村雨ユリムラセユイリもそれを肯定するが、

 

「でも恐らく、この後の事を協議したい、という話になりますよね?」


「そーですね。エクスプローラーがその辺の話をしたいって連絡来てます。どうする?」


「行ってきましょう。わたしが留守している間は、本船はこの場で待機を。皆さん少し休んでください。ここまでお疲れ様でした。

 シスターとクラウディアさんは船をよろしく」


 赤毛娘が確認すると、通信を一時ミュートにして柿色髪の少女が頷いていた。


 臨時船団を構成する213隻は、ここから各々の目的地へと舵を切ることになる。

 しかし、危険な宇宙の航海において、同行する船は多いほど良い。性能の高い船、能力の高い船なら尚良い。

 よって、実質的に船の指揮を執る赤毛が、エクスプローラー船団の旗船にお出かけすることになったのだ。


               ◇


 ノマド『エクスプローラー』船団。

 キングダム船団と同様の国家に属さない自由船団ノマドであり、科学者集団としても有名な船団である。

 一方で、自らの研究心と知的探究心を満たす為なら星系国家と事を構えるのも辞さない武闘派としても知られていた。


 100隻に満たない数で数万を数える星系艦隊と真っ向睨み合い、崩壊しかけた惑星にも平気で降下し崩壊後に船で回収される。

 そんな逸話も持ち、本当にインテリ集団なのか、と疑念も持たれることもあるとか。


 船首と船尾が大きな円盤型の展望室となっている、エクスプローラー船団旗船の『ロニーステアラー』全長1,200メートル。

 完全に独自設計の、強行・・観測船という分類の船団自慢の旗船フラグシップだという。

 突入、生存、観測、という運用コンセプトの元、戦闘力も非常に高い。


 船体舷側のゲートから格納庫に入ると、学園のヒト型機動兵器『メイヴ』を駐機し、赤毛のオペレーターは気圧調整室エアロックへ。

 与圧を受けてからヘルムを脱ぎ船内通路に出ると、偶然に見知った顔と遭遇することになった。


「おお!? お前さんはー……『村雨ユリ』か! 皇国人か? いやそんなのはどうでもいいか!

 あのチーム・・・・・のヤツだな。対戦には出てたか?」


 逆立った短い黒髪に濃い揉み上げ、筋肉の固まりな体躯の、見上げるような大男。

 私的艦隊組織PFO『ブラッディトループ』のブラッド・ブレイズだ。


 なお、赤毛の少女と直接の面識はなかったが、情報端末インフォギアを介せば大体の人間の呼称・・や所属名が映像でタグとして付属しているので、そちらを参照すれば問題ない。

 この時代の常識である。


 揉み上げの巨漢は、聖エヴァンジェイル学園のクラウディアを半ば本気で引き抜きにかかった事があった。

 唯理の電子タグにも学園のエンブレムが表記されており、それに気付いたというワケだ。


「ああ? なんだぁ? こんなところでまたオンナ引っ掛けてんのか、コイツは。これ以上テメェんところにオンナ増やしてどうする」


「別に女ばかり雇ってんじゃねぇよ! 腕が立ってフリーのエイム乗りがたまたま女ばっかってだけなんだよ!!」


 赤毛の少女が使った気圧調整室エアロックから、またヒトが出てくる。

 揉み上げ巨漢と目が合うなり言い合いをはじめたのは、ブラッド・ブレイズと比べれば非常に背の低い男だった。

 しかし、筋肉具合からすると良い勝負。横に幅広いアスペクト非の人物だ。

 こちらも、赤毛は一方的に知っている。

 高重力適応人類のロアド人、銀河に名を響かせる技術者集団企業『ドヴェルグワークス』の社員、騎乗競技会では『ストレングスクラフター』のチーム名で参加していたオペレーターだ。


「失礼お嬢さん」


 という渋くて落ち着きのある声が聞こえたかと思うと、唯理の足下を白と黒のツートンカラーが高速で移動していくのが見えた。

 身体の正面に付いたローラーで軽快に滑っていくのは、見た目完全にペンギンなスフィニク人のエイムオペレーターだ。

 こちらも騎乗競技会に出ていた『シーウィングピープル』のメンバーであるのが電子タグで確認できた。


「あ、はい、こちらこそお邪魔に…………」


 咄嗟に足を動かし身体を捻った姿勢のまま、見送る赤毛の目が熱を帯びる。


「だいたいなんでこっちに来るんだ、フロック。本部の方に帰るんじゃねーのか?」


「んなこと言ったってアウトサイドに行く足がねーんだしょうがねーだろうよ。

 いっそセンターに近い方が、アウト側に行く船も見付かるんじゃねーかと思ってなぁ。

 流石に今の時勢で単独行すると死ぬかも知れんし」


「あの……おふたりともミーティングに呼ばれたのですよね? 一先ずそちらに向かいませんか??」


 無限に雑談に興じそうな揉み上げ巨漢とワイド筋肉に、移動を促す赤毛お嬢。

 同時に村雨ユリを見るブレイズとロアド人のフロックだが、言葉で応えずとも納得はしたのか、ふたり共に喋りながら歩きはじめた。

 赤毛は少し急ぎ足だが、決してペンギン人類に追い付きたいからではない、と思われる。


               ◇


 交通の要衝、それを星系の行政府が後押ししているので比較的規模も大きなカジュアロウ星系ではあるが、観光資源や娯楽産業はそれほどでもなく、少なくとも外洋からわざわざヒトが来るほどではない。

 しかし現在乗り入れて来る宇宙船の数は、星系入植当時の開発ラッシュに迫るか、それ以上と言えた。


「はい……いーえ本船はアクエリアス行きですから。そのようなお話はけかねますね。

 カジュアロウからはたくさん船が出ておりますし、行政が出している交通案内の方を参照されては……?

 そういう船じゃありません。ディスコネクト」


「ロゼッタさん、どうされました?」


「別に……いえ、たいしたことじゃありませんよサキさん。別方面に行きたいという船からの要望があっただけです」


 ディアーラピスに入る通信も、引っ切り無しである。

 一番慣れている柿色髪の少女が通信を受けていたのだが、受け入れられない内容ばかりで、そろそろウンザリしていた。

 他の星系まで一緒に行ってくれ、ついでに船の女の子たちで接待してくれ、なんてクソふざけた申し出オファーを伝えてお嬢様たちに余計な負担を与えたくないので、この一件はロゼッタの胸に留めるが。


 保護者の方針で船橋ブリッジに詰めている茶髪イノシシ娘、石長いわながサキはというと、


「ふーん」


 と無関心をよそおいながら、好奇心を隠し切れない様子だった。

 保護者のブルーメタル髪な忍者、忍野おしのレンは察していた。


 カジュアロウ星系に到着し、赤毛のマネージャーがノマド『エクスプローラー』の旗船フラグシップに向かってから、1時間30分後。

 アルベンピルスク星系グループで200人近い移動困難者を乗せたディアーラピスであるが、大勢が船を降りた現在も、まだ50人ほどが船に残っていた。

 次の目的地は宇宙の流刑地のようなアクエリアス星系であるが、そこからまた違う星系に移れる見込みがある為だ。

 逆に言うと、現在も船に残っている50人ほどは、今のところ目的地へ向かう船が見当たらないということになるが。


「あ、ユリさんから通信。ハイハイ船内ネットにオンラインと」


 そろそろ学園の皆も、この先どうするんだろうと焦れ始めた頃。

 ノマド『エクスプローラー』船団に行った赤毛のマネージャーから連絡が入ってきた。

 全員への相談ということだったので、ロゼッタは仲間内のネットワークに接続。


 自分たちディアーラピスは、このまま予定通り学園コロニーのあるアクエリアス星系に向かう。

 だが、思ったよりはるかに多い宇宙船が同行しそうであり、また同時に再び乗客の受け入れを要請されたという話だ。

 いずれも、アルベンピルスク星系を出た時と同様、安全な航行の為、航宙法条約にのっとっての要請である為、受け入れるのにも問題ないと皆は考える。


『プラットホーム管制から連絡が来るでしょうが、繋留けいりゅう施設がいっぱいなので他の船に並行接舷してください。わたしもすぐに戻って受け入れ作業に加わります。

 彼らは隣人ではありますが、親切に接するにはわたし達自身が強くなければなりません。

 誰が相手であろうと決して油断はしないように、お願いしますね』


 赤毛の少女のセリフに、聞いていた船橋ブリッジのお嬢様たちは少し戸惑いを見せる。

 だがすぐに、アルベンピルスク星系を出る際に注意された事を思い出せた。

 親切から苦労するヒトを受け入れても、相手も謙虚にそれを感謝するとは限らない。

 それを警戒する事と、優しく接する事は、矛盾しないという話だ。


 実際、乗り込んだ後に創作部の少女に詰め寄り、行き先変更を迫った無礼者を赤毛が絞め落としている。


「入り口の案内はわたくし、忍野さん、エル会長、ローランさん、それにユリさんあたりが適当ではなくて?」


「……わたしもやっていいわよ?」


 乗客を誘導する人員は、それなりに度胸も腕前もある女子の方がいいだろう。

 そのように言うドリルツインテのエリザベートだったが、ここで茶髪イノシシ女子も手伝いに名乗り出た。

 

「サキさんがよくても、忍野さんは気がすすまないでしょう? 守られている立場なら、守る者の負担を増やさないのも身の処し方ですわ」


 しかしドリル嬢の方は、 今まであえて誰も言わなかった事に触れ、素っ気無い風にこれを却下した。

 競技会以前から、石長いわながサキの方は積極的に前に出ようとし、忍野レンがこれを押し留める、という姿が幾度となく目撃されている。

 茶髪イノシシの方は、ムスッとした顔でブルメタ髪の方を見るが、何も言わなかった。


               ◇


 一度は150人近くを吐き出したのだが、ディアーラピスは再び大勢の乗客を乗せる事となる。

 アルベンピルスク星系グループの騎乗競技会場の時と同様、空中投影されたホログラムの表示とプラットホーム管制からの案内情報に従い、開放された舷側ハッチからゾロゾロとヒトが入って来ていた。


 行き先となるアクエリアス星系グループは、スコラ・コロニー以外にまともな有人施設は存在しないに等しい僻地なのだが、それでも生命維持システムの容量いっぱい、240人を受け入れることに。

 アクエリアス星系グループ外縁にある緊急避難用兼集合インフラ設備のある小さなプラットホームで、その全員が別方面から合流する船団に乗り換えることになっている。

 イレギュラーでか細い航路だが、そんなモノを利用しなければならないような事態になっているのだ。


 その中で、人々の搭乗を見守っていた長いシルクブロンドの王子様(♀)、エルルーン生徒会長が少し珍しいモノに気が付いた。

 別の船から渡されてきた乗船橋ボーディングブリッジを通って来る、見た瞬間にひとつの集団だと判る格好の乗客たち。


(サーヴァント? ディペンデントサービスかな。だが、なにか…………)


 全員が所謂いわゆるメイド服を着用した、妙齢女性から幼い女児まで様々な年齢層がいる40~50人ほどの一団。

 ディペンデントサービス、の、召し使いサーヴァント

 主にハイソサエティーズ向けの、家事や秘書、コンシェルジュのサービスを提供する職業である。


 エルルーン・ニーベルゲンの家には何百人という召し使いサーヴァントがおり見慣れていたのだが、故に少しおかしいとも思っていた。

 通常、ハイソサエティーズが抱える召し使いサーヴァントは、代々家で雇われている、という者が多い。

 伝統ノブレス派ハイソサエティーズは特にそうだ。

 市民シチズン派の新興ハイソサエティーズならば、新たに雇ったり臨時に雇う、ということもある。

 そういった臨時雇い専門の召し使いサーヴァントを派遣する組織はディペンデントサービスと呼ばれ、ハイソサエティーズ社会の外で見ることは珍しい存在でもあった。


 それに、普通の召し使いサーヴァントとはどこか異なる、キナ臭さのようなモノも感じていたエルルーン会長である。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ディペンデント・サービス

 雇用主クライアントに対し家事全般から秘書業務などのサービスを提供する召し使いサーヴァントを派遣する組織。

 召し使いサーヴァントは基本的にハイソサエティーズ社会内での紹介や縁故でその職に就く為、ディペンデントサービスの需要は非常に限定的となる。

 また、代々特定の家に仕える召し使いサーヴァントに比べ、臨時雇いの人材ということで信頼性に劣り一段下に見られる傾向にある。


伝統ノブレス派/市民シチズン派、ハイソサエティーズ

 特権階級、ハイソサエティーズ内に存在する二大派閥。

 伝統派とは、代を重ね家名を継承する家、または一族を尊ぶべきとする派閥。

 市民派とは、経済力や社会的立場、民主主義的手続きにより高い地位を得た者こそ社会を主導していく資格がある、とする派閥である。

 しかし、歴史ある家の出ながら社会的地位を持つ市民派ハイソサエティーズや、経済力で以って伝統の家名を買うまたは養子に入るなどする伝統派ハイソサエティーズもおり、派閥争いの大義名分と化している部分もある。

 また、両派閥にも家柄至上主義、社会的地位至上主義などのノブレス原理主義者あるいはシチズン原理主義者といった考え方の者などもおり、どちらも一枚岩とは言えないのが現実である。

 規模としては市民シチズン派の方が大きいが、伝統ノブレス派の方が政治権力に強い影響力を持つ。

 性質的に、伝統ノブレス派は連邦と皇国に多く、市民シチズン派は共和国と独立星系に多い。




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