133G.シークレットウェア ハイドインテンション

.


「これは一体どういうことですの!!?」


 その日、聖エヴァンジェイル学園非公認課外活動部、ノーブルクラブの会合に激震が走った。

 淑女としての優雅さをかなぐり捨て、動揺もあらわに叫びを上げる同志会長、『ウノ』。

 ノーブルクラブの会員は、会長を含めて全員が、原則として正体を明かさないことになっている。

 『ウノ』というのも実名ではなく、会員名だ。

 そして、会員の顔を隠す三角の白頭巾、会長の顔にあたる正面部分は、赤いモノに染まっていた。


「か、会長……!? 今すぐ医務室に行かれた方が…………」


「んノープロブレム! 何の為の覆面ですの!? 乙女道を追求するのに情熱がお鼻からほとばしるなど日常茶飯事ですわ!」


「いえ多分そういう用途の頭巾ではなかったかと…………」


「それより! 今議論しなくてはならないのは、これ・・です!!」


 高貴な血筋のお方が鼻から血筋を出しているので、オロオロしながら処置を勧める同志副会長の白頭巾、『ドス』及び『トレス』。

 お互いの正体は知っているが、飽くまでもノーブルクラブにおいては謎の会員『ドス』と『トレス』なのだ。


 どうやら問題は、ウノ会長の鼻血ではなく、その原因である会長が手にした紙媒体ペーパーメディアであるらしい。

 学園のネットワークが使えず、また迂闊に情報機器インフォギアにデータを保存しておくとシスターの持ち物・・・検査に引っ掛かりかねない故の、紙媒体といういにしえの情報伝達手段。



 そこにえがかれていたのは、どこかで見たような赤毛の美少女が、どこにでもいそうな地味可愛い栗毛の少女を、自分の巨乳の中で甘くとろかせている劇画マンガだった。



「ふぬぅ! な、何たるッ……んなんたるッ……!!」


 ペーパーメディアを握る会長の手は、激情で震えていた。

 そんな鼻血頭巾の様子を案じる会員の白頭巾たちも、同じ物を読んでハァハァと息を荒くするわクネクネ身悶えするわと、たいして変らない有様となっていたが。


 謎の同人作家、プリンシパル先生が緊急にリリースした、新作エピソード。

 最近の先生は随分筆が進んでいますのね、とコンテンツ供給を無邪気に喜んでいたのも束の間、そのあまりの内容にノーブルクラブ緊急招集と相成ったワケである。

 なにせ、作風が今までと違い過ぎたので。


 プリンシパルという作家が描く劇画マンガは、可憐な少女同士の淡い恋愛やちょっと危うい肌の触れ合い、ほのめかされる秘密の交流、といった内容であった。

 ところが先日公開されたエピソードでは、もう少女同士のストレートなむつみ合いが限界Hi-G領域を完全に振り切っているという。


 それはもはや、先生ご乱心、としか言えない代物であった。


「ゆ、ユリ様の手があんな事をあんなところで……いえ別人なのですが。でもッ……!」


「禁断……これは禁断過ぎます! だってこんなッ……! こんなこと、ホントにしますの?」


「こんな風にされたら、わたくしなんて恥ずかしくて死んでしまいますぅ……! でも、もしかしてイイんでしょうか?」


 宮廷風の歓談室の中、白頭巾に制服という奇天烈な格好の少女たちが、ペーパーメディア片手にヒソヒソと内緒話をしている。

 小声ではあるものの、声色には隠し切れない燃え盛るモノが。

 まさかあの方が、こんなこと現実にありえるのか。

 これはどういった意図を持つ行為で実際にされたらどうなってしまうのだろう。

 この物語はフィクションです、の登場人物を、自分、または相手に置き換え、少女たちの妄想は50Gを超えて加速しっ放しであった。


「で、でもスゴイですね、会長……。プリンシパル先生も、その、随分思い切っているというか……」


「先生の描く人物やエピソード、そしてカップリングは疑いようもなく、神……! ですが、この変化はあまりにも……!

 先生に何かあったのか、わたくし心配ですの。あと今後はベッド路線がデフォルトになってしまうのか、も!」


「会長、ソフトでもどかしい展開大好物ですものね」


 紙面に踊る濃厚な行為から目を離せないのが正直なところだが、だとしても手を繋ぐのを躊躇するとか不意の接触に心ときめかせるとか初々しい路線が大好きなウノ会長。

 乙女同士の裸の付き合い、生々しいお肌の触れ合いもたまりませんが、それはそれ。


 ここまで突き抜けてしまうと、今後はもう禁断の情事方面しか描いてくれないのではないか。

 そんな心配をしていた会長であるが、


「フム……プリ――――プリンシパル先生は本物を知ってしまったんだね」


 落ち着きがあり良く通る声色とセリフに、会長をはじめ会員達の視線がそちらに集中した。


「貴女はエルル――――いえセロ名誉会長!」

「セロ様!」

「セロ様が久しくクラブに!?」


 いつからそこにいたのか、腕組みして談話室の扉に背を預けていたのは、これまた会員の資格である白頭巾を被った女子生徒だ。

 頭巾の下からは絹のように繊細なストレートのブロンドが零れ落ち、顔は見えないが細身で背が高い凛々しさを感じさせる人物だった。

 そしてやはり、正体は誰も知らない。

 たとえ中のヒトがヴァルゴの後宮の会長であっても、そこは知らないフリをするのがクラブのマナーなのである。


「セロ様……プリンシパル先生が『本物を知った』とは、どういう意味ですの!?」


 部外者でありながら、高いカリスマ性を以ってクラブの会員からも信心を集める名誉会長。自分がマンガのネタにされても、寛容に受け入れる器の持ち主である。

 そんな人物の久しぶりの来訪とあればウノ会長も喜ぶところであるが、今は先ほどのセリフの方が聞き捨てならなかった。


 実はウノ会長も、その言葉の意味を、半ば理解してしまっているのだが。

 問いかける声も震えていた。


「なに、100の伝聞より1の経験、ということさ。ここに描かれているヒロインへ触れるやり方、抱き方、感じ方や情感といった描写は、自分で体験しなければ知り得ないことだろう。

 これまでも作中でそういった行為を暗示することはあっても、他の抽象的表現に置き換えられていた。

 作風と言ってしまえばそれまでだが、今回のを見る限り過去作においても、もう少し具体的な描写をする余地があった場面も散見される。つまり――――」


「つ、つまり……!?」


「つまり……彼女は禁じられた果実の味を知ってしまったんだろうねえ。

 少女から、大人のオンナへ。もう戻れない階段を、昇り詰めていったのさ」


 結論は、実体験。

 学園の王子様の涼しげな声色が、ウノ会長の頭の中で反響していた。

 急に増した描写の具体性と、作風の変化。

 それらがセロ名誉会長の言うとおり、自分の経験を作品に活かしたモノだとしたら。


 つまりそれは現実に、プリンシパルという作家の少女が、赤毛の登場人物のモデルにあんなに激しくされたりそんなところを指でもてあそばれたりこんなところをあんな感じで執拗に揉みしだかれたりしたワケで。


 白頭巾を赤く染め抜いた会長は、バターンと倒れた。


「かいちょー!!」

「オリヴィエ様! じゃなかったウノ会長ー!!」

「会長お気を確かに!!」

「ドクターを呼んで来てくださませ!」

「私が行こう。すぐに戻るからオリヴィエ君をソファーに寝かせておいてくれるかい」

「エルルーン様! こちらはオリヴィエ様ではなくウノ会長です!」

「お待ちをエルルーン様! クラブに教員やドクターを入れるワケには……!!」

「あなた方そんなことを言っている場合ではありませんことよ!」

「ははは私はエルルーンなどという者ではなく、名誉会長を拝命したセロだよ」

「失礼なんですのもうグダグダですわ!」

「何の為の匿名制ですの!?」


 修羅場と化す古典様式の談話室。

 頭巾なんて被ってられっかと投げ捨てて会長の介抱に走るクラブ会員たち。

 コンテンツ供給元の少女の変化は、ノーブルクラブを大きく動揺させていた。

 だがこれもある出来事の二次的な影響に過ぎず、本格的な学園の変化は、これから訪れるのである。


 なお、ウノ会長ことオリヴィエ嬢は、重度の貧血により丸二日ほど目を覚まさなかった。


               ◇


 アクエリアス星系、スコラ・コロニー。

 聖エヴァンジェイル学園。


 創作部のマシュマロ少女、プリマ・ビスタ誘拐未遂事件より、三日が経っていた。

 赤毛のお嬢様、『村雨ユリ』こと村瀬唯理むらせゆいりは、懺悔室という名の独房から寮の部屋に戻ると、そこで目を丸くする。

 なにせ、ルームメイトのスレンダー美少女、クラウディア嬢が目の下にくっきりと濃いクマを作っていらしたので。


「お、お帰りなさいユリさん、大変だったわね」


「ええ……なんだかクラウディアさんもお疲れのようで」


 シスター・エレノワから聞いた限り、赤毛の少女以外に何か罰を受けた者などいなかったはずだが。

 唯理にしたって、懺悔室行きは形式的なモノであったし。


 ではなぜクラウディアが寝不足を全面に出しているのかというと、誘拐未遂のあったその日から、仮想現実VRでの簡易エイム操縦訓練を繰り返しているから、という話だった。

 とりあえず、夜更かしは美容にも健康にも良くないからやめなさい、と赤毛は言っておく。


「創作部のローランさんから、EVRスーツの試作品ができたから袖を通してみて欲しい、って伝言があったわよ。

 それと、エイムのパーツが揃っているからユリさんが出てきたら仮組みしたいって。

 それで、ユリさんの手が開いたらすぐにトレーニングも再開したいのだけれども」


「はい、大丈夫です。でもクラウディアさんは今日は休みましょう。目の焦点が合っていません」


 しかし、密かにハイになっているルームメイトは、赤毛の忠告など聞いちゃいない様子。

 仕方ないので寝る前に本を読んであげる感じにエイムオペレーションの話をしてあげたら、クラウディアちゃんはストーンと寝てしまった。すやぁ。


               ◇


 そうして翌日。

 創作部の部室にて。


「クラウディアさん、なんかすっごく眠そー……」


『眠れてないんですか?』


「いえ……なんか昨日はいつも以上に熟睡しちゃったみたいで……」


 まぶたが開き切っていないクラウディアを、不思議なモノでも見るようにしているのは元気娘のナイトメアと、控えめに案じている片目隠れ通信少女のフローズンである。

 3日まともに寝ていないところで爆睡すれば、こうもなるだろう

 だがクラウディアも本人なりに、何かを忘れないうちに脳の長期記憶に叩き込もうと、無自覚に必死だったらようだ。

 現状は睡眠サイクルを乱していただけだが。


「ハイそういうワケで皆さんお披露目ですよ! エヴァンジェイル騎乗部のEVRスーツユニフォーム! まったくシスターの許可が出るデザインにするのは骨が折れました」


 そんな眠気も、隣室から出てきた紫肌のグロリア女子と、よそおいを新たにした赤毛の少女の登場でブッ飛んでしまった。


 騎乗部、及び創作部の面々から、感嘆と興奮のどよめきが上がる。

 村雨ユリが身に着ける、騎乗部専用の環境EVRスーツ。

 それは、奇抜な格好をしているだけのヒト? というデザイナー、ローラン・アブサンのやや失礼な周囲からの評価を大きく引き上げるのに、十分な出来栄えだった。


「正直もっと、その……大胆なデザインになるかと思ったのですが。大人しめで実用的、それに伝統的な騎乗部の衣装を踏襲したのは大変良いかと思います」


「新しい物を作り出すのは古い物を壊すこと、とはいえ何の筋もコンセプトも無い物を作り出す気もございませんよ。

 機能美、そして伝統として認知されたテンプレートがあるのなら、それを骨格に肉付けするのを躊躇うものでもありません」


 片腕を上げ、腰を捻って自分の着こなしを確認する赤毛のお嬢様。実は下半身が気になる。

 若干センスを疑われていた紫女子は、その賛辞に「当然」とふんぞり返っていた。


 環境EVRスーツは生存可能環境の範囲を広げる為の装備だ。

 元々は宇宙や未開惑星といった過酷な環境下での身体保護を目的とした物であり、非常時にあっては真空中でも短時間の生存を可能とする。

 よって、全身を覆うスーツ型のデザインとなるのが基本なのだが、騎乗部のユニフォームとして作られたそれは、既存のEVRスーツとはまた少し違っていた。


 古風な衣服オールドスタイル、ジャケットとズボンが繋がったようにも見える、特異な意匠。

 初期の騎乗競技、ヒト型機動兵器ではなく動物のウマに乗り行っていた頃の、ショージャケットとキュロットというズボンの、正装をモチーフにしている。

 しかし、見た目は伝統的でもやはり現代の環境EVRスーツ。

 一見地味だが身体のラインがはっきり出る作りとなっており、特に胸やお尻が強く強調される作りとなっていた。

 生地の締め付けにより谷間や膨らみといった細かな部分もあらわとなる、正統でありながら性的なモノも滲ませたローラン・アブサン渾身の一作である。


「おーカッコいいー! 凄いじゃん――――ないです? それになんか、ちょっとエッチぃ……」


「EVRスーツは基本的に身体に密着しますから、このようなモノですよ。あと、この上に着るアウタージャケットも用意してもらっています」


「あちらも標準的なアウターですが、騎乗部用に形や色を合わせてあります。いちおう創作部もバックアップに付くので、同じ物を用意させていただきましたが……。

 ふむ、ユリさんのお胸は形もよろしいので遊ばせていましたが、もっと絞めた方が印象的に引き締まるかもしれませんね」


「あ……」


「なぁッ……!?」


 赤毛の少女が身に着けているのは、上半身のジャケットにあたる部分がダークレッド、下半身が主にマットブラックのスーツだ。

 内蔵された集合回路部分は、金色のラインとしてデザインに組み込まれている。

 子供っぽく髪を縛っている元気少女、ナイトメアは早くも興味津々の様子だった。


 船団ノマドでも、環境EVRスーツは体型が出るので恥ずかしい、という意見は唯理も聞いていたので、専用の上着を用意している。

 こちらは、襟が大き目で胴の部分に断熱材のタイルが封じ込められた裾丈の長いジャケットだ。


 なので移動の際も大丈夫、など赤毛が言っていると、おもむろに紫女子が胸に手を伸ばしてきた。

 形をしっかり固定させるか、それとも中身を活かして自由にさせるか、が悩みどころであったらしい。

 背中の方から赤毛の少女の巨乳をすくい上げ、真剣な表情で寄せたり持ち上げたりしている。


 圧倒的肉感おっぱいが紫女子の手により豊かに形を変え、目の前でそれを見せられるクラウディアは心臓止まりそうになった。

 

「む……むぅ、でもコレわたしに似合うかなぁ…………」


 がんばって目を逸らすと、そこにはテーブルの上に置かれている色違いのスーツが。

 これはあの赤毛のスタイルだから着こなせるのではないだろうか。スレンダーな自分の体型が少し気になるクラウディアは、自信がなかった。


 赤毛のルームメイトは出るところ引っ込むところのメリハリが凄く、腰の位置も高いので脚が長い。

 スーツを見れば、胸が大きく生地を押し上げ、形の良いお尻の部分も張り詰めている。そのくせ腰はしっかりくびれているという。ある意味裸より危うい格好に見えるのは気のせいなのか。

 艶っぽさだけではない女としての格好良さも両立しており、この娘と並ぶのはちょっと……、とクラウディアは軽く絶望した。



 だとしても、これもエイム乗りとしての必要なステップ、と気合を入れて騎乗部スーツを受け入れたが。



「どおどお!? 制服以外なんて初めてだから、なんか新しい自分って感じ!」


『学園に来る前はどんな服を着ていたんですか?』


「うー……まぁ、多分そんなに変じゃないー、かな?」


 隣の部屋で環境EVRスーツを装着してきた四名・・、クラウディアにナイトメア、フローズンも、皆の前でお披露目しながら、自分の姿を確認していた。

 三人のスーツは、上がナイトブルーに下が白という色分け。

 いずれも、紫女子が各人の体型に合うよう仕立てた物だ。


 何気にワガママボディのナイトメア、少し肉付きの良いポッチャリ体型のフローズン、それに自己評価が低いだけでクラウディアの華奢な身体にも、騎乗部のスーツは良く合っている。


「いかがですかクラウディアさん? よくお似合いだと思いますよ?」


「えー、そうかなぁ、そうでしょうか?」


 微笑みながら褒める赤毛に、照れて目が泳ぐクラウディア。それなりに嬉しい。

 単純なもので、ユリのような美少女に認められるなら、自分もこのスーツで胸を張れる気がした。そっちだって大きさも形の良さもそれなりなのだ。


「機能にも問題なさそうですわね。素人の作るスーツでは正直不安もありましたけど」


 と、和気藹々わきあいあいとしていたところに水を差すような、そのセリフ。

 ひとり輪から少し外れて自分の環境EVRスーツのフィット具合を診ているのは、黄金のような長い髪を縦ロールにしたドリルお嬢様、エリザベートであった。


「デザイン先行で基本的な部分をおろそかにするようなことはいたしませんよ、エリザベートさん」


「熱属性加工と酸素フィルタの内張り、ラジオシールドとか一通りは実装してありますのね?」


 なおドリル少女のスーツの色は、ユリと同じダークレッドとマットブラック。

 赤毛娘が接近戦要員として直接引っ張ってきたが、まだ周囲に馴染んではいない様子。

 ドリル少女としても素人の女子たちと馴れ合うつもりもあまりなく、村瀬唯理との契約上の関係だと割り切っていた。


「それで? 肝心なエイムの方はどうなってます? EVRスーツよりこちらの方が気になりますわ」


「部品の製造は私が懺悔室の中にいる間に進めてくれたそうですから、これから仮組ですね」


 出来の良い環境EVRスーツではあったが、あくまでもこれは前座だ。

 ドリル少女が続きをうながすと、赤毛娘が資料映像を空中投影。

 騎乗部と創作部の部員たちが、自然とその周囲に集まり打ち合わせの流れとなる。


 その中に加わるマシュマロのような少女、プリマは、ヒト型機動兵器の設計図を見るフリで、ユリの方へ熱視線を送っていた。


              ◇


 どこぞのマシュマロのリークにより、騎乗部員たちの新ユニフォームの詳細は、早々に学園内へ広まる事となった。

 学園では環境EVRスーツ自体が珍しい、ということもあるが、それを身に着けるのが噂の赤毛様に、秘密クラブの運営などで一部から人気を博すドリル少女や、密かな愛され系となっている天真爛漫な少女など、これらの面子の華やかさが、また噂話を盛り上げているという。

 創作部と騎乗部の部室周辺、生活棟にはこっそり見に来る女子が多く現れ、結果的に全然こっそりにはなっていなかった。


 他方、騎乗部の活動そのものに関しては、相対的に白鳥のバタ足といった様相を呈している。

 まず、やはりと言うか案の定と言うべきか、エイムの製造はスムーズにはいかなかった。


「いかがですユリさん!? この子が『メイヴ』です!!」


 嬉しそうに、誇らしそうに寝ぐせ付き単眼少女が紹介するヒト型機動兵器。

 分野の違いを越え創作部一同の総力を結集して作り上げられたエイムは、一見素っ気ないが各部のパーツが綺麗に纏まる、医療用ワーカーボットにも似た清潔感のある機体となっていた。

 主張し過ぎないカドの取れた滑らかな外装、微かに丸みを帯びたシンプルなデザインと、兵器メーカーにはない少女らしいセンスも垣間見える。


 して、その肝心な性能はと言うと。


「なんですの? このク――――このフワフワした機動は。もしかして姿勢制御捨ててますの?」


 ドリルさんの遠慮斟酌一切無い、この評価。

 冷たい目を向けられ、気の弱い少女たちは涙目であった。

 とはいえ、そんなエリザベート評も事実を言ったまでであり、残念な事に赤毛のヤツもこれを擁護は出来なかったのだが。


「えー……あの、マニューバブースターはこの出力が最大なのでしょうか? ノズルの径を見ても小さ過ぎるなー、とは思っていたのですが……予定推力は決まっていましたよね?」


「それと四肢制御が全然操作に追い付いてきませんわよ? キネマコネクトもキチンと設定されていまして?」


「シールド強度と装甲強度、駆動部の剛性も……スキャン数値が少し低過ぎますね。設計段階の数値を確認した限りでは、特に問題は見られなかったような?」


「ユリさんは控え目な表現をされるのね。この固さでは外周作業機レベルですわよ? これではエイムとは呼べません。センサー付きマニュピレーターです」


「エリィさん……初めて作る実機で試作機の段階ですから。問題点は全て要改善点だと思いましょう」


 見た目通り打たれ弱い、インドア系お嬢様方である。

 ブッた切るドリルと、可能な限りやんわりとしながらもはっきりダメ出しをする赤毛に、HPゼロで失神寸前の有様だった。

 即座に設計総見直しで、失神する暇など与えられなかったのだが。


               ◇


 聖エヴァンジェイル学園。

 運動場。


 試作エイムの性能が設計と全く違ったのは、そもそも設計段階で出した数値上の性能が甘過ぎる為であった。

 どこぞの眼鏡エンジニア嬢なら軽くキレる案件である。


 創作部のエイム設計にリテイクを申し渡すと、騎乗部の方はトレーニングを再開した。

 こちらは機械のようにリテイクすれば良いというワケでもなく、前途多難。

 あるいはエイムと違って、こっちの方は永遠に仕上がらないかも。


 などと赤毛が考えていると、そこには以前と違いやたらとやる気に溢れているスリム少女がいた。


「こ、こ、これ、これだけ、疲れない、ように…………オエ」


「く、クラウディアさん、いきなりムリはダメですよ?」


 アスレチック走を終えて脚をガクガクさせている、ルームメイトのお嬢様。取りつくろう余裕もなく、吐きそうになっている。

 なお本人的には、これだけ動いて疲れないようになれば、エイムの操作にも優に耐えられるのでは? と言いたかったらしい。

 耐えるどころか力尽きかけていたが。


 自分が懺悔室に入る前は目が死んでいたクラウディアに、一体何が。

 ルームメイトの急変に困惑の赤毛さま。

 しかし、せっかくなのでまた心が折れる前に行けるところまで行くと事とした。

 基本的に死ななければ何しても大丈夫だろう、というのが唯理の基準なある。


 次の模擬戦でドリル嬢にフルボッコにされ、結局クラウディアの目は死んでいたが。


               ◇


 聖エヴァンジェイル学園、生活棟。

 創作活動部、談話室。


「なんと言うかクラウディアさんは……デュエルのセオリー以前に、相手を攻撃するという最低限の認識がまるで頭の中に存在していない、という表現が一番近いでしょうか。

 ユリさん、まずは基本的なスイングの練習などから馴らしていった方がよろしいのではなくて?」


「それは同感なのですが……正直、飽きてしまうと思うのです。実際のところ、基礎体力トレーニングも戦闘技術の特訓も実際に殴り合っていれば無用のモノですし」


「貴女……擬態するならもう少し気を付けた方がよろしくてよ?」


 擬態の先輩から初心者お嬢様に対する苦言。赤毛は聞こえなかったフリをした。


 模擬戦、と言っても実際に生身の少女同士で殴り合うワケではない。そんなのシスターがショック死してしまうだろう。

 仮想現実VR内でのトレーニングの話である。

 騎乗競技ではエイム同士の模擬戦という種目があり、また競技における花形ともなっていた。

 総合点においても大きな割合を占めており、戦績を残す上で避けては通れない部分だ。


 聖エヴァンジェイル学園騎乗部も当然ながら特訓を始めるのだが、実戦に勝る修行なし、という赤毛の方針により、即ドリルと華奢少女が対戦開始。

 その結果として初の撃墜を経験したクラウディアが、雪山で遭難して絶望したようにプルプル震えているのである。


「ハイハイハイハイ次わたし! 次わたしユリさんとやりたい!!」


 そんな友人の心境など知ったことではなく、対戦順番待ちのナイトメアが元気いっぱいに手を上げていた。

 模擬戦の経験を積まなければならないのは他の部員も同じなので、唯理ユリも素直に受けて立つ。


 横で見ていたエリザベートは、また虫も殺したことのないお嬢様がキャーキャー言いながらおっかなびっくり近付いたり離れたりを延々繰り返すんだろうなぁ、と呆れ半分でいたが、


「あら…………!?」


 ちょっと予想外の展開となり、思わずソファから腰を浮かせていた。


               ◇


 お世辞にもスムーズにとは言えないが、それでも騎乗部とそれに協力する創作部は、聖エヴァンジェイル学園にて本格的な活動を開始した。


 『メイヴ』と名付けられる予定の競技用エイムは、その後も設計変更を繰り返している。

 今度は機体を組み上げたら予定数値と違っていた、などという事がないように、シミュレーション上の部品の性能も正確に割り出されていた。

 結果、エイムに必要な性能を満たす設計を導き出す為に、創作部の少女たちの戦いが始まる。


 基礎構造ベースフレームの剛性不足。

 制御システムの不具合による多大なエネルギーロス。

 主要演算装置メインフレームに著しい負荷をかける未熟な機体制御プログラム。

 不安定な上に加速性もゆりかご並みな機動制御。

 次々と持ち上がるこれら問題に、単眼少女の瞳から光が消え、ロボ子が壊れたロボットのような動きになり、紫娘が全裸徘徊し、おかっぱ少女が持ち込んだ寝袋で悪夢にうなされる、と死屍累々の有様だった。

 結局は、最初から上手く行くワケがない、という当然の結果でしかなく、手探りでやっていくほかなかったのである。


 並行して錬成中のオペレーターの方には、新たな参加者がいた。

 絹のようなストレートの淡いブロンドに、凛々しい面立ちの二枚目系女子。

 学園の王子様の呼び声も名高い、エルルーン会長だ。

 ヴァルゴの後宮こと生徒会の会長でありながら、ドリル少女が主催する非公認決闘部、アヘッドクラブの常連でもあったらしい。


「と言うより、どこにでも首突っ込みますのよ、この方」


 と胡乱な目で言うのは、首突っ込まれていたクラブの運営者エリザベートである。

 噂ではこの王子様、学園の課外活動部をコンプするつもりなのではないか、とも。


「実は私も多少剣術をたしなんでいてね。学園に来る前は練習する機会も少なくなってしまう、思ったけど。

 だからエリザベート君のクラブには、お世話になっているんだ。

 今時分真剣勝負が出来る場所なんて全くと言っていいほど存在しないからね。数奇な運命みたいなものを感じるよ」


 涼しげな微笑みのエルルーン会長は、既に騎乗部のユニフォームスーツを着用していた。経験者なので赤色だ。

 単に遊びに来ただけではなく、このまま入部するつもりらしい。

 入部試験代わりに赤毛娘がシミュレーションで一戦交えたが、なるほど確かな技術と実戦勘の持ち主であった。

 色々な意味で希少な人材である。


 この後で唯理の想像もしない危険人物と化すのだが。


「アヘッドクラブが再開未定と聞いてガッカリしていましたが、まさか創作部の方にメインストリームが移って来るとは!」


「エイムの実物を使った練習もあるとか? 危ないですねー、ケガなんかしたら流血沙汰で大パニックですよウヒヒヒ…………」


 茶色の髪を片側だけ長く流した、危険な笑みを浮かべる少女、シセ・ドゥー。

 薄紫の髪を肩で切り揃えている、高揚して息も荒く、危うい笑みの少女、キア・マージュ。

 両名は創作部に所属する部員であるが、密かにアヘッドクラブにも出入りする、その趣味の人物であった。

 今回の騎乗部との連携では、ドリルや王子様の加入や危険な活動内容に触れるということで、事のほか嬉しそう。


 なお、ラティン人のシセは、エイムのプリセットモーションパターン担当。暴力沙汰大好きなメタルミュージック少女だ。

 プロエリウムのキアは、メディカルスタッフを担当する。しかし、人体及びブラッドマニアという趣味の少女の世話になりたいと思う部員は少ない、というのが正直なところだった。

 ふたり揃って、学園の伏魔殿と呼ばれる創作部に相応しい人材と言えよう。


               ◇


 技術陣に血反吐(比喩的表現)吐かせながらエイム製造は進み、新たな面子も加えたオペレーター陣を鍛え上げ、競技会へ向けた準備は進んでいく。

 そうして半月が経過した頃に、赤毛の少女がひとつ重要な問題を失念していたことに気が付いた。


 競技会が行われるのは、ノーマ・流域ラインのある星系だ。

 少し前ならスコラ・コロニーの警備を請け負う警備船隊に送ってもらうことも出来たが、現在は諸事情によりその方法は使えない。

 よって、騎乗部は自力で移動の足を手に入れなければならなかった。

 シスターにその辺の相談をすると、どうやら例によって予算だけはあるとの事。

 つまり、やはり自分で宇宙船を購入するしかない、という話だ。


 とはいえ、そこはなんと言っても学園の備品となる宇宙船。

 大事な預かり物である学生を乗せるのならそれなりに安全対策のできた物でなければならず、また聖エヴァンジェイル学園の品位に相応しい物でなければならない、という面倒臭い(本音)条件が提示されてしまった。

 正直、唯理はあまり宇宙船の購入には関わりたくない。嫌な前例があるので。

 だからと言って、スコラ・コロニー内に隠してある自分の宇宙船を使うワケにもいかない。


 そうして是非もなく宇宙船を購入すると、それを知ったあるワケあり女子が、また騎乗部へ接近してきたりするのである。



 


【ヒストリカル・アーカイヴ】


・持ち物検査

 聖エヴァンジェイル学園の通信ネットワークにおけるデータフィルタリングを示す隠語。

 生徒の持つ情報端末インフォギア間の直接通信であっても、ネットワークの監視下にある場合、それを探知される可能性がある。

 お嬢様的にマズいデータのやり取りが見つかると、致命的な事態となりかねない。


・熱属性処理

 構成素材が温度によって自動的に変形するよう施される加工。寒いほど保温性が高く温かいほど通気性が良くなる、といったもの。

 真空状態では密閉され気圧を維持する働きをする場合もある。


・酸素フィルタ

 大量の酸素を含むと同時に、スーツ内の二酸化炭素を吸収する素材。スーツの内側に使われる。

 酸素を放出すると同時に二酸化炭素を取り込む為、短時間なら真空中でも呼吸可能。


・ラジオシールド

 耐放射線処理。恒星や天然エネルギー資源、または宇宙船などの融合炉から発せられる放射線を防ぎ人体を守る環境EVRスーツの素材加工。

 環境EVRスーツの耐熱機能、酸素フィルタ機能、耐放射線機能は緊急時を想定したモノであり、宇宙空間での活動は推奨されない。


・キネマコネクト(キネマティクスコネクション)

 四肢相関連動。身体のどこかを動かせば他の部分が追従する人間の基本的な動作の再現機能。

 コクピットのアームを用いるインバースキネマティクスという操作方法は、機体の四肢の末端を感覚的に動かし他の部分はキネマコネクトにより自動追従させるという方式を取る為、これが正常に働いていない場合腕部や脚部だけが本体を置き去りにして動くという状態になる。




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