128G.アンダーネイキッドクリエイティブ

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 目立ったところのないストレートな形状のヒト型機動兵器、エイムが海上を疾走していた。

 真っ青な空と海。はるか遠くに見える積乱雲。右手の陸地には都市の影も見える。

 コクピットの全周モニターに映る景色は、静かで美しいの一言だ。


 しかしそんな光景の中に、浮遊するいくつもの光のリング、という明らかに自然物でないモノの姿もあった。


『コースのクリアタイムも加点ポイントですが、リングの順番を飛ばす方が減点される割合が大きいようですね。

 リング幅はエイム2機分もありませんから、まずは慎重に通過する事を心がけましょう』


 オレンジ金髪のスレンダー少女は、通信に生返事で返しながらエイムの高度を調整。速度も時速150キロ程度にまで落す。

 特徴の無いヒト型兵器は、ふら付きながら虹色に輝くリングへと接近。

 空という自由な空間、そこにあるエイムのサイズからするとタイトとも言える輪の中を、正面から真っ直ぐに通過した。


「通った!?」


 コクピットの中で、たった今通り過ぎた虹色のリングを振り返るスレンダー少女、クラウディア。

 そして、機体ごと反転させる、という考えに及ばなかった為に、エイムはよそ見の間も前進を続け、フィールドの範囲を示す空中投影されたホログラムを突破してしまう。


 騎乗競技、コース飛行、場外であった。


「あれ!?」


『エイム操縦では自分の位置を常に把握していないと、競技以外の場合でも危険ですよ。クラウディアさん失格です』


 素っ頓狂な声を上げるオペレーターと、無慈悲に結果を伝える通信の音声。モニター上には、「abort」と表示されたメッセージが。

 それから間もなく、エイムのコクピットと海上の映像は細かいブロック状に分解され、金髪スレンダー女子も元の部屋に戻ってくる。

 今までの体験は全て、仮想現実VR上の出来事であった。


               ◇


 アクエリアス星系、スコラ・コロニー。

 聖エヴァンジェイル学園

 創作活動部、部室。


 全感覚シミュレーションシステム『オムニ』の簡易ヘッドセットを外し、クラウディアは大きく溜息をいていた。

 落胆、というよりは、興奮と混乱で考えが纏まらない。


 たった今クラウディアが経験したのは、国際騎乗競技のひとつ、エイムによる『コース飛行』のシミュレーションだ。

 定められた飛行コースを踏破するまでの時間を競うモノで、コース上のチェックポイントである虹色のリングを通過し、コース範囲外に出ないようにゴールを目指さなくてはならなかった。

 実際の競技会では実機のエイムを用いて行うが、肝心な物が無い以上はVRでの練習となる。


「このようなモノでよろしかったのですか? ユリさん。エイムのグラフィックやパラメータ設定、環境の設定もデフォルト値の大凡なモノですが。

 どうせならシミュレーションとしてのシステムを整えた方が良いかと思います」


「練習はシミュレーターに頼ることになるので、確かにもっと正確なモノが必要になりますね。

 ランコさん、いかがでしょう?」


「お任せください……面白いモノに仕上げてご覧に入れますよ!」


 赤毛の少女、村雨ユリに『ランコ』と呼ばれたのは、おかっぱボブに猫のような目の女子生徒、プロエリウム人種のランコ・ムーだ。

 コース飛行のシミュレーションを作った人物で、更なる改良に意欲を見せている。

 赤毛娘からゴーサインも出たので、早くも空中投影されたツール画面を高速でいじっていた。

 自給自足もするゲーマー少女である。


 薄暗い部屋の明暗をくっきりとふたつに分けている、窓から差し込む屋外の強い光。

 そこは、木造風の雑然とした部屋だった。

 壁際の棚に並ぶアンティークの時計や小物。古めかしい子供の人形、宗教的様式を感じさせる謎の木彫りの像。

 反対側の壁を占める大きな本棚は、今となっては美術的価値しかない紙の本でいっぱいだ。紙のノートとペンを用いて授業を受ける生徒達すら使わない代物である。

 天井からぶら下がる照明機器は、花のツボミを模したようなランプの形だった。

 全体的にレトロ感溢れる空間に、秩序を失ったかのような物の配置。


 これが、聖エヴァンジェイル学園の伏魔殿とも呼ばれる趣味人の巣。

 創作活動部の部室である。


 同課外活動部は学園における触れ得ざる者アンタッチャブル的存在であるが、反面その活動内容のファンも多いという複雑な組織であった。

 それに、村雨ユリと騎乗部に必要な人材も在籍している。


「アルマさん、エイムの設計は出来そうですか?」


「は、はい恐らく大丈夫です! 基礎設計のデータは集まりましたから、後は仕様を決めて試作を繰り返せば多分何とか…………」


 勢い込んだ割には自身なさげに言うのは、黒髪が乱れ気味の単眼少女、アルマ・ジョルジュであった。

 窓際の椅子に座る単眼娘は、大量に連なるヒト型機動兵器のデータ画面を次々と切り替えている。

 それは、ウェイブネット上に公開されたエイムの構造データであり、これから作成する聖エヴァンジェイル学園騎乗部のオリジナル機の参考となる資料だ。


 村雨ユリこと村瀬唯理むらせゆいりは、騎乗部の活動において必須となるエイムの設計と製造に、縁のあるアルマを巻き込んだ。

 好きこそモノの上手なれ、という部分を見込んだのもあるが、エイムの構造について基礎的な知識を蓄えていたことも理由であった。

 騎乗部の件がなければ、ヘタすると一生使わなかった知識であろうが。


「今だ! 超高速突破!!」


『通過できてません』


 やんちゃ系女子のナイトメアがシミュレーターではしゃぎ、通信少女のフローズンが無言で突っ込みメッセージを入れている。

 ふたりはクラウディアと同じソファに座り、ヘッドセットを装着しVR空間内にいた。暴れる娘のせいでスレンダー少女が迷惑そうだ。

 元気娘はエイムを飛ばすだけ飛ばして、チェックポイントを豪快に逃していたが。

 このふたりも騎乗部へ入部しており、とりあえずの士気は高いようである。


「ところでユリさん、アセンブラの使用許可は出ているのですか? それと、いくつかの主要部品はシールコートされているので設計図もネットに出回っていません。

 どこからか既製品レディメイドを調達しなければなりませんが」


「パーツのアテはありますが、まずはシスターに相談してみましょうか。正規ルート・・・・・から入手できれば、それに越した事はありませんから。

 競技会のレギュレーションもございますし」


 はて今何かおかしなセリフを聞いたような、と首を傾げるのは、ディウォル人の生徒、ドルチェ・ガッパーニだ。

 ショートのプラチナブロンド、四角いメガネ型情報機器インフォギアを身に着けるキリッとした凛々しい容貌の美少女だが、そのボディは作り物だったりする。


 ディウォル人は、平均身長が15センチほどしかない小さな人類だ。

 他種の人類と接する際には、同じような大きさのアダプターボットに搭乗する。コクピットは頭か胸だ。

 なお、ドルチェの中のヒトは、外観のボットをやや穏やかにしたような顔をしている。外見は理想の自分らしい。

 普段は銀色の髪のガワボディーだが、その気になれば1億6,800万色に光るとか。


 ディウォル人が用いるボディは、基本的にマシンヘッドやエイムと似た構造をしていた。

 更に、ドルチェは創作活動部において造形家を自称しており、自分のボディーもほぼ自作である。

 今回の騎乗部創設にあたり、アルマと共にエイムの製作に協力していた。


「ユリさん、EVRスーツのデザインをする前に、一度直に採寸させていただきたいのですが!?」


「サイズのデータではいけませんか?」


「どれほど精巧なモデルデータでも魂が入っていませんもの! それで本人に合わせたスーツなどデザインできませんわッ!!」


 ハンディスキャナーを手にスタイリッシュポーズで現れたのは、ウェーブする長い黒髪に紫肌の長身女子生徒だった。

 その長身以上に目を引くのが、オフショルダーやら袖の分割やらお腹と背中を出すやらした、改造制服である。ロングスカートにも腰までスリットが入り、大胆に脚線を出していた。

 学園の規定的に完全アウトだが、本人に改める気が無いので半ば懺悔室の住人である。


 グロリア人の、ローラン・アブサン。

 創作活動部においては日々に美のインスピレーションを求めるデザイナーであった。

 聖エヴァンジェイル学園には環境EVRスーツすら置いていなかったので、こちらも騎乗部が独自に用意せざるを得ない。

 ローランは、そのデザインに名乗りを上げたというワケだ。


 騎乗部はクラウディアの希望でユリが立ち上げた課外活動部だ。現在の部員は、クラウディアとユリ、ナイトメア、フローズンの4名。

 その活動にはヒト型機動兵器が必須となっていたが、危険物を一切置かない温室のような聖エヴァンジェイル学園に、そんな物(表向き)存在しない。

 そして学園は騎乗部創設にそもそも難色を示していたので、活動にも協力的ではなく。

 よって、学生の身で全てを用意しなければならない、とこういう状況にあった。


 ここで赤毛娘には自分の船からエイムを引きずって来るという選択肢もあったのだが、結果として選んだのは学園の伏魔殿と契約する道である。


 エイムフェチの単眼娘、アルマ・ジョルジュ。

 無いので作るしかない地産地消ゲーマー、ランコ・ムー。

 自己改造ゲーミングボディ、ドルチェ・ガッパーニ。

 学園風紀への反逆デザイナー、ローラン・アブサン。

 その他の部員含め、ほぼ創作活動部全体を巻き込んで、騎乗部のオープニングを突貫で進めている最中であった。


 本来は個人個人で自由に創作活動を進める活動部であったが、狭い市場で同好の士も少なく、全員退屈していたようである。

 一方で、同活動部は閉塞を極めた学園におけるコンテンツの貴重な供給元でもあったのだが。


「ユリさん……これ本当にこんなに難しいんですか? 違う高さのチェックポイントとか、ブースターを使うと上下に行き過ぎて上手く通過――――ってなにしてますの!!?」


「はい? あ、ごめんなさい、ローランさんにここでスキャンしてもらおうかと思いまして。女性しかいないし問題ないかと……」


「いやだからってこんな所で脱がないで! くださいませ!!」


「フフフ……ユリさんにはわたしと同じ魂を感じますねぇ」


 VRシミュレーターで疲弊し、無念そうにうめきながらヘッドセットを外すクラウディア。

 そうして現実世界に戻ってきたところで、目に飛び込んできたのは赤毛のルームメイトが裸の上半身をグロリア女子にさらしている場面だった。

 頭の上で両腕を組んでいるので、特に豊かに弾むおっぱいを自ら見せ付けているようにも見えてしまう。自慢かこのヤロウ失礼アマ。

 クラウディア以外もほぼ全員が仰天しているが、赤毛の当事者と微に入り細に入りスキャンしている紫少女だけが平然としていた。


「にしてもユリさん、お胸もご立派ですがお腹やウェストのスッキリ感がものスゴいですね。こんなに綺麗に縦に割れているのはじめて見ましたよ!

 スーツもスタイルを全面に出したデザインが映えそうです」


「あのローランさん? 多分わたし達も同じデザインの着ることになると思うんですけど、この方と同列にされても困るのですが……?」


「同じデザインに見えても着けるヒトに合わせて微妙にディティール配置を変えるだけでパーソナルにフィットするのですよ!

 というワケで次はクラウディアさん、脱いでください!!」


「わたしは立体データでお願いしますわ!」


「ダメです!!」


 赤毛のパーフェクトスタイルに感嘆の溜息をきながら、自分の目で見て念入りなスキャンを続ける紫芸術肌。

 他の部員も、実は横目でこっそり見ている。

 一方、そんなエロボディ赤毛と一緒のスーツにされてはたまらん、と予防線を張ろうとしたスレンダーさんだったが、紫デザイナーは許してくれず。

 大迫力の長身から、ハンドスキャナー二刀流で迫って来た。


「ひぃいい近付かないで!」

「大丈夫優しくします痛くはしません。動くとラインが崩れるのでユリさんちょっと押さえ付けていていただけますか?」

「ローランさん、同性でも恥ずかしいという方はいらっしゃいますし…………せめて他のヒトの目が無いところでやりましょう」

「それはそれで身の危険を感じる!!」


 鬼気迫る紫女子に対し、青くなるクラウディア。貞操の危機。

 しかもルームメイトの脱ぎ女子も裏切りやがった。

 孤立無援、半泣きで追い詰められるチキン金髪娘へ、ゾンビ感染症患者のように諸手を伸ばして来る赤毛と紫(クラウディア主観)。

 そんな3名が隣の個室に消えて後、聞こえてくる乙女の悲鳴が、創作部の少女たちにあらぬ想像を掻き立てさせていた。


               ◇


 今日も学園の空は晴れ渡っており、穢れを知らない無垢な乙女たちが中睦まじく学生生活を謳歌している。

 保護者や支援者たちに望まれるまま、永遠に変らないような穏やかな日々。

 銀河の全域で動乱が広がっていることなどまるで知らず、女子生徒たちはいつも通りに平和なお喋りに花を咲かせていたが、


 そこで、今までにないさざなみが起こっていた。


「久しぶりのプリンシパル先生の新作ですって……!? でもまたペーパーメディアのみ!? おファック、惨いですわ……」


「この学園ローカルネットすら使えませんものね…………」


「新しい課外活動部が作られたらしいですわよ。なんでも、とても激しい活動内容ですとか…………」


「あのユリ様がほかの女子を密室に連れ込んで肌を出すような行為を!? こちらにいらして早々に男前ですわ!!」


「クッ!? あんなお顔で実は乙女殺しでいらしたのね! タマリマセンわー!!」


「創作部は既に丸ごと取り込まれてしまったとか……プリンシパル先生の新作というのもそのあたりに――――」


 学園の端々でささやかれるようになる、噂。

 そのほとんどは面白半分に脚色される他愛もないモノだったが、にわかに活気づく乙女の園に、女子生徒たちの心も浮足立っている。

 何せ、娯楽と言えるモノも少ない。


 そんな噂の的となる赤毛の少女たちの活動が、後に自分たちを救うことになるとは、この時点で想像もしないのである。




 

【ヒストリカル・アーカイヴ】


・シールコート

 製造メーカーが塗布するスキャン妨害素材、またはその手段。

 ジェネレーターなどメーカーの特許技術が含まれる機械を安易に複製されない為、スキャニングを撹乱する処置の全般を言う。

 少なからず大きさや素材強度、性能を落とし、コストを増やす要因ともなっており、どれだけこのシールストレスを軽減するかもメーカーの主要技術のひとつとなる。




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