127G.オーガナイズド トムボーイキャバルリー

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 赤毛の美少女転校生、『村雨ユリ』こと村瀬唯理むらせゆいりが聖エヴァンジェイル学園に入学した目的は、本校の卒業資格を取るため。

 ただそれだけである。


 唯理は21世紀の日本出身だ。そこから2,500年ばかり時間が飛んでいるので、実質的に存在証明IDたぐいが無い人間だと言っていい。

 更に、キングダム船団に所属していた過去も当分明かせないので、新しい経歴が必要になるというワケだ。


 聖エヴァンジェイル学園は、誰でも入学出来るというワケではない。然るべき血筋、家柄、あるいは特別な人物からの紹介が必要ということになる。

 その一方で、卒業してからの生徒の素性は、詮索されないことが多い。

 入学する生徒の中には、素性を明らかに出来ない権力者の隠し子、のような立場の者もいるからだ。

 よって、聖エヴァンジェイル学園の出身者に関しては、その卒業資格を有するというだけで、三大国圏においてある程度の身分が保障されるようになっていた。

 学園を利用するハイソサエティーズが、そのように取り計らっているのである。


 そんな歪な背景を持つ学園に、唯理は偶然に伝手を得て入学が叶った。

 ここで卒業資格を得て、この時代の人間としての身分を得た後に、本格的に権力地盤を固めるのだ。


 ついでに、あまりにも常識が無いので、ちょうど良いから学んで来いというのが、入学の伝手の人物からのお達しだった。

 どうも期待には沿えそうにない。


               ◇


「そーれーでー? 卒業するのには品行方正な生徒であるのが最低限必須なワケなんだけどー、この前のグラビティーアラートといいアンタ大人しくしている気ある? ユリさんよぉ?」


「ぅう…………まぁ、それなりに」


 赤毛の美少女は、柿色の髪の少女の前に正座させられ、頬を爪先でグリグリさいなまれていた。

 バカを見る目の柿色の少女、ロゼッタの仕打ちに、ただ耐えるしかない唯理である。

 プライベートな空間とはいえ、お嬢様学園の生徒がやっていいプレイではない。

 

 ロゼッタは唯理のお目付け役だ。よって、学園への入学に手を貸した後見人に代わり、一週間も経たない間に騒ぎを連発して起こした赤毛をしばき倒す義務があった。


「んで今度はなに? 『騎乗部』だっけ? 許可下りるわけねーし。

 この学園はさー、基本的にお嬢様たちを自立させない・・・・・・のが目的なんだしさぁ。

 あとケガをさせたり変な事を覚えさせない。綺麗なカラダで世間知らずなまま出荷・・させるのが基本的な方針なワケね。

 エイムオペレーションなんて学園NGの最たるモノじゃんよ。それくらいユイリにだって分かんだろ」


 厳密には、騒ぎは起こしている最中であった。

 この赤毛何を思ったか、ルームメイトのスレンダー金髪と一緒に、『騎乗部』なるものを創設しようというのだ。

 それをバカ正直に学園に申請し、当たり前のように却下されるという。


 そうでなくても、学園の裏側で放置されていたエイムを勝手に起動し、騒ぎを起こしたばかりだ。

 これで申請が通ると思う方がおかしいだろう。


「アンタはもうちょっと先を読めるタイプだと思ったのになー。この学園の脳空女どもじゃあるまいし。

 やっぱオッパイあるヤツはダメだわ。プリアポスのお姉どもといい、いざって時に無駄に態度も胸もデカいしさー。

 ぜってー脳の栄養素をこっちに取られてる」


「ちょ――――!? お、胸は関係無いんじゃないかな!?

 そんなに…………あンッ!!?」


 赤毛の愚行に、ここぞとばかりに特定部位への憤懣をぶつける柿色の少女。

 決して自分が胸のサイズ的に恵まれていない事への八つ当たりではない。


 そして唯理は、92センチの巨乳の敏感なところを足先で嬲られ、悩ましげな声を上げさせられていた。

 ロゼッタは実家が特殊な家業なので、足を使ったテクニックもプロ並みなのである。


「んッ! ……さ、最初は正攻法でいこうと思ったんだよ。騎乗部そのモノは他の学校機関にも存在しているし。

 決してこの学園の趣旨にも矛盾しないと……んッ!? ロゼ、これ以上はダメ……!!」


 唯理とて、この学園の本質を読み違えたワケではない。

 さりとて、叶うならば健全な課外活動として正式に認められるのが望ましく、その為にとりあず正式なルートでの申請を行うことにしたのだ。

 ダメもとであったのは否めないが。


 調べてみたところ、騎乗部自体は他の教育機関でも存在が確認されており、正式な競技種目として国際大会まで開催されていた。

 何せ、元が乗馬という起源惑星の伝統の継承からはじまった事。

 実際に、格式ある文化活動としても認められ、他の名門校と呼べる学校でも騎乗部が置かれているのだ。

 その辺で攻めれば、学園側も無碍に却下はしないのでは。


 そう思って申請を出したのだが、議論の余地なく却下されてしまった。

 学生の生活指導の最高責任者、シスター・エレノワいわく、


『あなた達が行う必要のないことです』


 との有無を言わせないお言葉である。


 穏やかで楽しく学べる学園、というのは、所詮表向きだけの事。

 いざ生徒が禁止事項に触れると、聖エヴァンジェイル学園は即座に監獄へと変るのだ。


 そんなワケで早々に正攻法を諦めざるを得なかった赤毛は、裏技を求めてお目付け役の子に相談しに来て足責めされている、という状況である。

 非常に巧みな本職仕込の技でマズい感じになっているのだが、立場的に抵抗も出来ない唯理だった。


「でー……どうでしょうメモリーママ? シスターに騎乗部の創部を認めさせる一手はありませんか?」


 そんな倒錯プレイを強いられながら、赤毛の少女と柿色のサディストは、この場にはいないもうひとりと通信オンライン中だ。

 空中投影された映像に映し出されているのは、長いソファーに寝そべるように座る、薄衣だけ纏った濡れたような黒髪の美女。

 単眼鏡モノクルの奥の瞳を常に眠そうにしている、娼船『プリアポス』の女主人。

 メモリー・エイトという名のプロエリウムだった。


 ロゼッタの保護者であり、唯理を聖エヴァンジェイル学園に入学させた人物でもある。


『ユイリ……アンタねぇ、こっちはシスター・エレノワに頭下げてアンタを入学させた身なんだよ。んなことできるワケないだろうさ。

 卒業まで大人しくしているってんならまだしも、他の小娘巻き込んでエイムの課外活動?

 何考えてるんだい。PFOにスカウトするにしても、他にいくらでもプロがいるだろうに』


「まさか、そんなこと考えてませんよ。ただ、何もしないよりはマシですし、何事にも備えておくのが習い性なもので……。

 実際どうなのでしょう? シスター・エレノワに何か決定的となる一枚をお持ちではありませんか?

 無論、それに見合う支払いはします」


 心底胡散臭そうに問い質す娼船の女主人に、お御足みあし攻撃から胸を守りつつ再度お願いする赤毛。割とギリギリの攻防。

 細長くしつらえの良いパイプを吹かしながら、メモリーは暫し沈黙した。


 娼船『プリアポス』の女主人も、実は聖エヴァンジェイル学園の出身だ。シスターとも、その時からの顔見知りである。

 だからと言って、素性の怪しい赤毛の少女を、経歴をでっち上げて生徒として捻じ込むような工作は容易ではなかった。

 メモリーからシスター・エレノワに対しても、安くない対価が支払われている。


 厭世的な娼船の主人にそこまでさせたのは、赤毛のエイム乗りに船と娼婦かぞくたちを助けられたからだ。


『あー………………どうかねぇ。ま、額面の無い手形を切ればどうにかなるかね。

 でもいいのかい? たかが生徒の課外活動の為に、星ひとつ分にもなりそうな貸しを作っちまってさぁ』


「悪くない投資になると思いますよ? まぁわたしの勘ですけど」


 ミニスカートに足を突っ込もうとするロゼッタと唯理の睨み合い。

 その姿に、娼船にいたころ滅茶苦茶責めても折れなかったのを思い出し、メモリーは溜息を吐いていた。


               ◇


 順当に、と言うべきか。実質的な学園の長、シスター・エレノワによって、聖エヴァンジェイル学園にかつて存在した『騎乗部』の復活は却下された。


『淑女として相応しくない』


 そう言われてしまえば、何を以って淑女足るかの判断基準を握る学園側に、生徒の身で何かを言えるはずもないのだ。


 分かってはいたが、クラウディアもガッカリしていた。

 卒業して自由がなくなるまでに、エイムの操縦技術を取得するというか細い可能性が断たれてしまったのだから。 

 後はもう、なんの役に立つんだか分からない『淑女としての振る舞い』や『教養』とやらを詰め込まれ、卒業と同時に実家の道具として放り出されるだけの生活だ。


 一度はエイムの圧倒的な万能感を味わった後だけに、もはやクラウディアには夢も希望も無い思いだった。



 それが翌日には引っくり返ったのだから、人生というのは分からないものである。



「……はァ!? と、『通った』って、何が? ですか??」


「ええですから、シスター・ヨハンナから『騎乗部の設立許可が出た』と」


 4人が共通して授業を取っていない時間、生活棟のカフェテリアにて。

 個人用に調整されたドリンクのボトルを手に、赤毛の少女は事も無げにそう言っていた。

 全く想定外の展開に、喜ぶよりも戸惑い空中で両手を彷徨わせるクラウディア。

 実際自分でも、騎乗部のウマをエイムに変えて活動するなど無理筋だと思っていたので、創部の申請が却下されたのもある意味納得ではあったのだ。

 それが、いったい何故そんな事に。


「ですが、まだ許可だけではありますね。実際に騎乗部を立ち上げるには、色々と準備が大変になると思いますよ?

 職員室からの条件は、騎乗部の国際大会での基準を満たした部にすること。

 つまり、人数は4人以上。同様に、競技基準に合ったエイムも人数分必要になります。

 それに、部として存続する為には国際大会での実績も上げるように、との事です。

 これは学園に、と言うより、保護者や後援者に対して部の存在意義を示す必要がある為、というお話でしたね」


 ジワジワと喜びが溢れてきたのも束の間、穏やかに仰る赤毛のセリフに、半笑いのまま固まるオレンジ金髪。

 騎乗部を作る、という建前でエイムに乗れるように図ったのは、他でもないクラウディアである。

 だが、その具体的な活動内容も頭の中にあったか、と問われると、沈黙せざるを得なかった。


 騎乗部というのは、聖エヴァンジェイル学園だけの話ではない。

 他の教育機関や、エイムを保有する公的組織では、内部の規律維持や技能習得において騎乗部を設置する場合が多々あった。

 そして騎乗競技は全銀河で規格化され、年に数回、様々な競技会が催される。

 騎乗というのは、長い伝統を持ち格式ある由緒正しき技能なのだ。

 それこそ、生徒の囲い込みを重視しなければ、聖エヴァンジェイル学園ほどの学校なら騎乗部を擁していてなんら不思議はないほどである。


「え、えーと……が、学園の方では用意してくださらないのかしら?」


「学園は基本的に反対の立場でしたから、難しいのではないかと。予算は付くので、準備は我々の手で、という事になります」


 我ながら虫のよい話だとは思うクラウディアだったが、やはり学園は積極的には支援してくれないとの事。

 先ほどの村雨ユリの話を思い出せば、やるべき事の多さと困難さに、気が遠くなる思いであった。

 部を立ち上げるのも大変だが、その後も大会なり競技会に出て成績を残さなければならないという。

 クラウディアは、自分の前に道なき道が果てしなく広がっているような錯覚を覚えていた。


 呆然とするオレンジ金髪少女に、困ったようなお姉さんの微笑でそれを見つめる赤毛娘。

 そこで、話を聞いていた友人が元気良く手を上げていた。


「んーなんかよく分からないけど、クラブ活動でエイムに乗るんだよね!?

 面白そう! わたしも入る!!」


 性格同様に跳ね気味のミドルヘアをザックリ縛り纏めている、お嬢様らしからぬ天真爛漫娘。

 ワガママボディーのナイトメアである。


「騎乗競技、編隊行進には最低4機のエイムが必要になりますから、これが部員の最小人数という事になりますね。

 クラウディアさん、ナイトメアさん、よろしいですか?」


「え、ええ……? ナイトメアさん、騎乗部というかエイムに興味なんてありますの??」


「ありますよー? 前から、一度乗っておかなきゃ・・・・・・・・・・、って思ってたし。

 フローズンさんも一緒にやろうよー!!」


 どういう意味なのか良く分からないが、この外跳ね娘がワケの分からないことを言うのは今にはじまった話でもないので、クラウディアも深堀しなかった。

 言葉通り、単なる好奇心からだろうと思う。


 そして、いきなり巻き込まれた形の紫髪少女、チョコレート・フローズンは、いつも通り無言のまま首肯コクコクしていた。

 自身の心の整理がついていないクラウディアと、断れずに流されているのではないかと心配するユリが念を押し確認するが、騎乗部参加の意志は変らず。

 なんでも、従姉妹のお姉さんもエイム乗りで憧れがあった、というショートメッセージであった。


 はて? と小首を傾げる赤毛だが、なんにしてもこれで最低人数はクリアしたことになる。


「次は部で使うエイムですね。練習はシミュレーションでも出来ますから今すぐ必要でもありませんが、騎乗部のエイムは伝統的に学校毎のオリジナル機を作成するそうですよ?

 大体の参加校が、総出で騎乗部の支援とエイム開発に取り組むのだそうです」


「それじゃあ……倉庫にあったエイムは使えない?」


「騎乗競技自体がアマチュアのモノですから、そこに軍用機をそのまま持ち込むのは外聞もよろしくないのではないでしょうか?」


 騎乗部、ということでエイムの使用許可を得て、倉庫に死蔵されていたくだんのエイムを使って操縦に慣れれば良い。

 そんなクラウディアの目論見が、またしても外れてしまった。

 騎乗競技に力を入れる学校は、どこも威信をかけて自前のエイムを披露するのだという。

 そこに既製品の軍用機で乗り込むのは、確かにあまり格好が良いものではないのだろう。

 かと言って今まで騎乗部も無かった聖エヴァンジェイル学園で、どうやってエイム開発などすればよいのか。


「そうですね……最悪の場合パーツを購入して自分でエイムを組み上げるとして、その前にそういうのが好きそうな方の意見を聞いてみましょうか」


 とりあえず人数は集まったものの、これから何に手をつけて良いのか分からないクラウディア。

 一方でユリの方は、今の時間と講座の予定表を情報端末インフォギアで確認すると、席を立ちカフェテリアを出ようとしていた。

 その行動力が頼もしいやら呆気に取られるやら。

 なんにしても事態と状況に置いて行かれてはたまらないと、クラウディア達も赤毛の少女に付いて行くことにした。


 そしてここから、村雨ユリやクラウディアを中心として、ワケありで一筋縄ではいかないお嬢様どもが、騎乗部に雁首を揃えるのである。




【ヒストリカル・アーカイヴ】


・騎乗部

 起源惑星における馬術が現代までに変化した競技。ウマではなくエイムを用いる。

 編隊行進、コース飛行、障害物飛行、走行射撃、模擬戦などで構成され、公式大会ではこれらの総合点を競う。

 エイムオペレーターとして大会で成績を残すのは一種のステータスであり、公的組織では内部に専門の部署を設けて訓練を行う。

 また、競技に用いるエイムは既製品ではなく参加団体が製造開発するのが通例とされるが、企業の協力を受けて良いなど厳密な規定は定められておらず、性能に格差が出るのも黙認されている。

 一方で品位を求められる紳士の競技でもあり、資金力にモノを言わせて軍用の最高級品を持ち出すなどする行為は当然ながら評価に値しない。




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