86G.ノーホワイト ローカルカルチャー

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 自警団ヴィジランテが拘束したローグ船団の乗員から、必要な情報は得る事が出来た。

 これを以って、赤毛娘の村瀬唯理むらせゆいりは、家畜ウシの窃盗をやらかした主犯グループへの殴り込みを決行。

 ローグ船団旗船フラグシップ内の中心近く、重要区画バイタルパートへ向かっていた。


 その重要区画バイタルパート、機関区では。


「なめんじゃねぇキングダムのガキなんざブッ潰せー!!」

「食い殺したれやー!!」

「どっちがタフか試してみるか!? ぁあ!!?」

「テメェらごときが俺らをどうにかしようなんざ甘いんだよぉ!!」

「ほぉおろびの美学を知れー!!」


 歯を剥き出してわめ粗野そやな野郎ども。

 単眼人モノアイ、サイボーグ、鳥人ラティン美学人グロリア、そしてプロエリウムといった様々な人種が例外なくガラの悪い事となっている。

 それだけならともかく、全員が武装し激しい抵抗を見せているのが問題だった。


 機関区は船の動力を司る最重要エリアであるが、現在は戦場と化している。

 キングダム船団所属の巨大戦艦『アルプス』で家畜窃盗を犯した集団グループが、バリケードを作り立て籠っていた為だ。

 レーザー銃から赤い光線が無数に放たれ、そこら中の設備に直撃する。

 熱循環パイプが破られ白煙を噴き出し、電力の分配システムから漏電が起き火花を散らし、電装系が断たれた事で居住区の生命維持に問題が発生していた。

 しかし、そもそもバリケードが機関部の機材をバラして積み上げたモノだったりする。今更気にもすまい。


 そんな後先考えない暴れっぷりのローグの一方、キングダム船団側の自警団ヴィジランテは手を出し辛い状態にあった。

 何せローグの犯行グループが、旗船フラグシップ主動力機ジェネレーターを背にしているのだ。宇宙船乗りの常識から言えば、迂闊に攻撃できない。

 ローグ側はヒト型機動兵器『マシンヘッド』まで持ち出しており、その火力の前に自警団ヴィジランテはコンテナのような設備の陰から出られない状態だった。盾代わりにしているのは機関部の制御演算装置フレームだったが。

 遠慮無しにレーザーを叩き込んで来る犯行グループに、このシステムが死ぬと船の動力が制御不能になるという認識は無いようだ。


「大馬鹿野郎どもがテメェの首を絞めているとも知らねぇで!」

「おいどうするアロンゾ? こっちもマシンヘッドで対抗するか??」

「それがいいかもなー、どうせ連中ECCMもまともに扱えないだろ。照準精度が9割超えれば外さないだろうし」

「いやあのマシンヘッドに燃料残ってたらマズいんじゃないか? ジェネレーターごと吹っ飛ぶぜ??」

「んな事言ったってマシンヘッド相手にEVAスーツじゃ無理だろ。手持ちの武器じゃ装甲だって焼き切れやしねーし」

「クソッたれ! コンバットボットが全滅したぞ!!」


 二機のコンテナに分かれた自警団ヴィジランテの構成員が、あれやこれやと言い合っている。その間をローグからのレーザー攻撃が絶え間無く突き抜けていた。

 基本的に自警団ヴィジランテは有志の乗員の集まりであり、そこに命をかけるようなモチベーションは求められない。

 人間より先に身体を張るべきヒト型戦闘機械コンバットボットは、今しがた全て破壊された。

 リーダーのような事をしているアロンゾは、面倒極まりないこの状況に一時撤退も視野に入れはじめていたが、


『R101よりVT553アロンゾへ。こっちは真上から接近中。敵集団を混乱させるから攻撃を中止して。合図したら援護よろしく』

「は!? 『ラビットファイア』近くにいるのか!!?」


 そこに放り込まれる、戦場の熱気と真逆な落ち着いた科白セリフ

 その通信の発信元は隠されておらず、内容の通り主動力機ジェネレーターの上にいるのが分かる。


「ラビットファイア!? あのデカパイチームか!」

「あのねーちゃん達何する気だ!? ありゃエイムオペレーターのチームだろ!!」

「知らねーよ! でもあの赤毛の巨乳ちゃんはフォルテッツァのテロでブリッジに殴り込んでる! ありゃエイム無しでも半端ねーぞ!!」


 陣容に疑問はあるが、味方の増援であるのに変わりも無い。

 また、アロンゾは先の旗艦『フォルテッツァ』艦橋ブリッジ占拠未遂の件を多少詳しく知っているので、赤毛の少女が素人でないのも知っていた。

 故に、言われた通りローグ側へ撃ち返すのを、仲間に一時中断させる。


 ローグの集団が持つ電子装備に障害が発生したのが、この時だ。


『なんだよ!? IFFエラー!? セーフティーロックダウンて……おいこれどうなってんだよ!!?』

「ああ!? 何でもいいからさっさと撃てよ! 撃ち返されんぞ!!」

「うわぁなんだ!? あっちぃ! なんで今冷却なんか!!?」

「は!? なに言ってんだ『逃げろ』ってなんで――――――――!!?」


 寸詰まりなヒト型機動兵器の火器管制システムFCSが問題を検知し、自動で安全装置が作動。一切の発砲が出来なくなった。

 同時に、暴徒の持っていたレーザーライフルが過加熱状態を認識し、強制冷却モードに。当然こちらも撃てない。

 個々人が身に着けていた情報端末インフォギアも、一斉に誤作動を起こしている。


 そんな混乱した集団を、ロープ降下ファストロープして来た赤毛の少女とツインテ乱暴娘が強襲。

 間近にいたチンピラを馬鹿力で殴り飛ばし、あるいは足払いからミドルキックそしてハイキックと竜巻のような連撃をブチかましているところへ、僅かに遅れて金髪保母さんも降着した。

 見た目はお淑やかな保母さんだが、元軍人だけあってえげつない殴り方でローグのチンピラを薙ぎ倒している。


「なんだこのオンナどこか――――――グヘェ!?」

「フハハハハくたばりやがれぇ!!」

「アビュシッ!?」

「チョベッ! アバァアアア!!」

「まず捕まえろよ! 同士討ちになブベッ!?」

「カハァアアアアア!!」

「ギャーばけものー!!」

「おいマシンヘッドが焼き切られてんぞ!!」


 高さ30メートルはある天井では、機材用のハッチが開け放たれていた。

 そこからは黒髪冷静美女が、下に向けて対物レーザーライフルを発砲している。武器が無くてもマシンヘッドという金属の塊は脅威なので、解体作業を実行中だ。

 すぐ近くには、ローグへ電子攻撃中のロリ巨乳オペレーターと、後衛の守りに就いている桃色髪の喧嘩屋もいた。


「アロンゾ! ヴィジランテを上げろ! 手が足りない!!」

「え!? あッ! 行け行け制圧しろ! レーザーは使うなテイザーで無力化するんだ!!」

「行けぇえええ!!」


 見た目に合わない大暴れをするラビットファイアの少女たちだが、ローグ側は100人以上いる。全員叩きのめすには時間がかかるだろう。

 そこで唯理が待機させていた自警団ヴィジランテを呼ぶと、アロンゾの号令で全員がローグの集団へと雪崩れ込んだ。

 攻撃火器を用いない大乱闘となったが、自警団ヴィジランテ側はローグの倍の人数を投入している上に、装備も良い。

 正面衝突となればまず負ける事は無い、と思われたが、想定外に苦労させられ、どうにか全員を拘束していた。


               ◇


「いってー……噛み付きやがった。俺もEVAスーツ着てくりゃよかった…………」


「むしろなんで着て来ないんだよお前は。連中だってレーザーくらい持ってるのに危ないだろ」


「どうせ後ろから指示出すだけだから、今日は楽できると思ったんだ…………」


 自警団ヴィジランテのジャンパーにリーゼント風の男、アロンゾが歯型の付いた手の平を押さえしかめっ面をしている。

 ローグのチンピラに、拘束の際に噛まれたのだ。

 知性ある人間がそういう行為に及ぶとは思わなかったので、アロンゾは地味にショックを受けている。

 メガネをかけた悪友、ヒューイットとしても、今回は・・・あまり馬鹿にする気も起きなかった。普段なら大爆笑だが。


「アロンゾ、ヒュー、みんなお疲れー……大丈夫?」


「おぉ……ユイリか」


「おう隊長どの」


 ふたりとも知り合いなので、赤毛の少女は挨拶しながら近付いて行く。自警団ヴィジランテとは当初関係が微妙だったが、再編成後はそうでもない。

 唯理の護衛に付いているのは、保母さんのサンドラのみ。狂暴ツインテールのジョーは、上に残った仲間の3人を迎えに行っていた。


「見てくれよコレ、最下層じゃサンプルの動物が焼かれて食われてたんだろ? 連中、ゾンビ感染症とかじゃねーだろうな??」


「スキャンはしたんでしょ? でも細菌が炎症起こすくらいはあるかもしれないし、どこでもいいから船医に処置してもらえば??」


「くっそ気分悪ぃ…………」


 往生際悪くもがく・・・ローグの容疑者たちを連行し、自警団ヴィジランテは撤収に入っている。

 暇しているように見えても、アロンゾとヒューイットは現場監督の最中という話だ。

 唯理もまた、ただご機嫌伺いをしに来たワケではない。


「それで、データ行ってると思うんだけど。『彼女』、貰って行っていいかな?」


「ああ、例のグループリーダー? 構わねーよ、旗艦艦橋フラグシップからの指示だしな。持ってってくれ」


「あんな小さな少女が犯行グループのリーダーとは、ちょっと信じ難いけがね。プロエリウムだよね? 彼女」


「さて、そこは本人に聞いてみないと…………」


 環境播種防衛艦『アルプス』にて飼育されていた家畜ウシの窃盗は、たった今制圧したグループによる犯行だった。

 そして唯理は、事前に捕まえたローグのチンピラから詳細な話を聞き出している。

 いわく、ローグ船団には船団長とは別に、精神的な指導者リーダーが存在するというのだ。

 家畜窃盗とウシの丸焼きは、その指導者が指示して行わせた事だという。

 つまり主犯であり、また21世紀の赤毛娘としては多少の興味を引かれる存在であった。

 それが年端も行かない少女だというのは、少々意外だったが。


               ◇


 ローグ船団旗船フラグシップでの大捕り物から、3時間後。

 村瀬唯理の姿は、キングダム船団旗艦『フォルテッツァ』の艦橋区画ブリッジエリアで見る事が出来た。

 そこは艦橋の常駐要員ブリッジクルーが寝泊りする部屋が多く、艦橋や機関区並みにセキュリティーレベルが高い。船団長も、ここに私室を確保している。

 唯理がいるのは、元士官用会議室を多目的室に改装した場所だ。

 ローマの円形劇場を小規模にしたようなスリ鉢型で、180度に段差の付いた座席が配置され、反対側には舞台のようなスペースが置かれている。


 この場に、赤毛娘のほかパンナコッタのマリーン船長や船団長、船長会議に属する複数の船長、そして今回の主役とも言える人物が集まっていた。

 真っ白な髪に赤い瞳、聖職者のような長い布地の服まで真っ白な、幼い容貌の少女である。


「『G』、と呼ばれているそうだな。『ジーナ=クレスケンス』、こっちが本名か? ローグ船団のデータリストは杜撰ずさんすぎて信頼性ゼロだからな」


 その純白少女を中央に立たせ、無表情なまま質問をはじめる若白髪の船団長、ディラン=ボルゾイ。

 見た目が若い少女なので、船団長としても態度を決めかねている。

 ローグのチンピラを纏め上げる精神的指導者、などとは、とても信じられない。

 それは、この場に集まるほぼ全員に共通した感想だろう。


「いかにも……は内なるケモノの導き手、『G』である。ローグ船団の戦士に本能の発する言葉を解き、導きを与える巫女・・としての役割を担っておった」


 その上で、自らも『G』を名乗る白い少女の科白セリフは、船長達を更なる困惑に誘う事となった。

 人々が宇宙に出た現在も、神と宗教を信じる者はいる。ノマドの中にも救世主の再臨を信じる者たちの船団が存在している。

 そこに来て、『巫女』。

 だがローグ船団の自堕落で無軌道なライフスタイルに、どう考えても宗教らしい規律ある行動は見出せない。

 ある船長などは、邪教のたぐいかと思ったという。


 『G』という少女も、独特な口調ではあるが、ローグ船団に似つかわしくない愛らしい少女だ。

 年齢は不明だが、外見上はパンナコッタの双子と同じくらいか、やや年上に見えた。

 また非常に整った目鼻立ちをしており、周囲を大人たちに囲まれていても表情は落ち着いている。

 その姿をよく観察すれば、確かに何らかの聖像アイコンや象徴に相応しいと納得できた。


「…………では貴女がローグ船団の乗員によるキングダム船団への不法行為を主導していたと?」

 

 と、言葉を無くしていた船長たちに代わり切り込むのは、船団事務局の局長だ。

 相手が子供でも、互いの立場をかんがみ相応の話し方をする。


 船は船長を頂点にした専制国家であり、船長は司法権、行政権、立法権の全てを備えた絶対権力者であった。

 そんな船長たちが顔を揃えるこの場は、そのまま船団法廷と言ってもよい。

 そして今は、ローグ船団の乗員によるキングダム船団への違法行為を追及しているのだ。

 目の前の少女がそれを主導した疑いがある以上、全てをつまびらかにして責任の所在を明確にしなければならないところだが、


「いや、もっぱら儀式を執り行うだけじゃぞ? 乗員が何をするかなど関知しておらんし、指示するような事もせん」


 しかし、すんなりと結論も出ないようで。


                ◇


 『G』という少女が言うには、そもそも自分はローグ船団の乗員に何か命令できる立場ではない、という話だった。単に罰を逃れたいから否認したのではないらしい。

 くまでも、自分『G』はライケン人の古い伝統にのっとり儀式や祭事を取り仕切るだけ。

 それ以外でローグの乗員が何をしているかなど知らされていないし、また把握する事もできないのだという。


「他のヒトの話だと、ローグ船団の裏のリーダーは貴女だという話だったけど?」


 と聞くのは、ゴシックドレスを着た御令嬢風の船長だ。


「それはグループの中心的なヤツらがそう言って周りをあおるからじゃ。意図的に勘違いさせておるのじゃろうが。

 儀式の指示は出すが、それにしたって実際にヒトを動かすのはそいつらじゃからのう」


 既に拘束したローグ船団の乗員の証言と矛盾するのは、そのような理由らしい。つまり一部の者しか実態を知らないのだ。

 『G』という少女は、ローグ船団を裏で取り仕切ると言うよりは、その為に利用されていると考える方が自然だろう。

 発言の内容が事実であれば、だが。


「じゃぁそいつらにも話を聞かせてもらわねぇとな。名前を教えろ。とっ捕まえたヤツの中にいれば手間も省ける」


 単純な聞き取りのように見えるが、この時代の捜査や調査はすべからく極めて高度なテクノロジーが背景にあった。

 この真っ白少女の発言だけではない、多くの人間の証言や残された個人の記録ログやセンサーのデータを寄せ集め、統合する事で非常に事実と近い予測演算シミュレートを行う。


 体格の良い肉体労働系の船長は、少女の言葉にある程度の信憑性を認める事とした。

 見た目の印象などが理由ではない、演算結果データ上で『G』がローグのチンピラを取りまとめていたという客観的事実が出て来なかったのだ。

 ただし、そのデータもパズルのピースが全て揃っているというワケでもなく、更に調べを進める必要があった。

 なお、ガテン系船長は強面でぶっきらぼうなだけで気遣いのヒトである。


「そっちの方でも愚弟が持ち上げられていて、姉弟揃って情けない限りじゃが…………。

 なれら、ローグの蛮行をどうにかしたいなら、捕えて罰を与えるだけじゃ意味が無いぞ。己に降りかかる災難は耐えてこそ勇者だという風潮じゃからな。まぁがそう教えたんじゃが」


 ところが、そんな従来の方法を辿ったところで問題の解決にはならないと、真っ白娘のダメ出し。

 なんでも、ローグ船団では反骨心のある男こそが真の男、とかいう主義が幅を利かせているらしい。

 言い換えると、「権力に逆らう俺カッコイイ」。

 そんな態度がローグ船団内で持てはやされる為、少なくとも反省や自重を促す事にはならないどころか、逆効果にもなりかねないのだという。


 自由船団ノマドには少なからず権力に対する反抗という主旨があるが、それは義務を伴うモノだ。

 無責任で傍迷惑なローグの行いとは、根本的に違った。


「なんだってそんなクソみたいな大義名分をバカどもに与える? ガキが好き勝手を通す口実にするだけだ」


「所詮、生物はひとりで生きてひとりで死ぬ。その中でどんな困難や障害を前にしても、己の生き方を貫き通す事が、生きる事の真の意味なのじゃ。

 そして、それを成せるのは何者にも怯まない強き戦士のみ。

 そんな事を言ったら、なんかそうなった」


 遠い目をする真っ白『G』としても、自分の教えをそのように曲解されるのは不本意なようだ。

 だがローグのチンピラ集団としては、そういう含蓄がんちくのたまう少女の存在が便利だったのだろう。

 見た目も良いし、ある種のカリスマ性もある。

 そうして、ローグ船団において『G』という巫女を象徴にしたカルトが発生した。

 そこまで画策したのか、あるいは単なる偶然か、何にせよ仕組んだのは実際にローグ船団内で力を持つグループだ。

 こういう話である。


「ローグ船団の者どもをあおっているのは、だいたいいつも同じ面子じゃな。

 ローガン、シェン、グース、ホダイ、ボーンズ、あとのバカな弟、ケニス。他にもいるが、とりあえずこの辺かのう。

 じゃがコイツらを絞めただけでは、ローグ船団の暴走は収まらんじゃろう。引っ張る者がおらんくなるから、無軌道ぶりに拍車がかかるやもしれん。

 ローグ船団の頭を押さえたいなら、同じフォーマットで支配権を得るしかあるまいな」


「我々にローグ船団を売るのか? アンタにとっても信者って事になるだろう」


「信者なんて謙虚なモノじゃないわい。は野蛮と言われて消されていくライケン本来の本能と伝統を残したいから、ノマドに加わったのじゃ。

 騒ぎたいだけのろくでなしに、儀式ごっこ・・・・・を利用されるのは本意ではない。

 まぁ、連中の支配に一役買っていたと言われれば、に責任があるのも否定せんが…………」


 心なし肩を落とす白い少女『G』。

 目的の為にローグに協力していたが、かえりみればそれは本来の精神性の欠片も無い、形骸化した空っぽな形ばかりの儀式だけ。

 それを虚しく感じてしまえば、今まで何をしていたのかと落胆するほかないのである。

 それに自ら幕を引くにも、良い機会だと思っていた。


「ウシの丸焼きはアナタの発案?」


 場の雰囲気が少し沈み、話が途切れたところを狙い質問をぶつけたのは赤毛の少女であった。

 必要な事は今までの流れで大凡おおよそ聞けたが、それとはまた違う個人的興味だ。

 ついでに家畜ウシの猟奇的殺害のレッテルも剥がせる。


「そうじゃ! 立派な獲物じゃったのう。奪ったのは悪かったと思うが。

 が、『食べられる生き物なら、群の長が獲物を狩り皆に分配する古の祭りに相応しいのに』とか口を滑らせたせいじゃ。

 すまんかった」


「奪われた試料生物の事か? それじゃローグは本当にアレを食べたのか? 焼き殺しただけじゃなくて??」


「最低限の調理はしてありましたしね。見た通り豪快極まりない料理なので、レストランのラインナップには載せなかったんですが。

 確かにパーティーのメイン料理に据えられる事が多いご馳走です。

 それを知っているヒトがいるのは驚きましたけど」


 ここでテンションを急上昇させた驚きの白さ『G』。

 どうやら明確に、理解した上でウシの丸焼きを作ったらしい。ウシの出来もお気に召したようだ。

 そういう風に育てたからな、と言いたい唯理だった。


 船団長ほか船長たちは少々驚いていたが、何せ赤毛の少女が料理と認めた以上、その事については何も言う気は無い。

 本当に美味しいのか、という新たな疑問は湧いていたが。


「連邦圏の国でやったら大事になるだろうがのう。じゃがライケン人の多い星には、一昔前までそういう文化が実際に残っておったのじゃ。

 それが、連邦への加盟や生命の保護倫理やら規制やら条約やらでどんどん姿を消してしまってな…………。

 プロエリウムやゴルディアから見れば野蛮で残酷な行為でも、ライケンにとっては種族の精神やアイデンティティーを形成する大切な伝統なのじゃ。

 それが単なる過去の歴史に追いやられてしまう前に、どこぞの惑星でもノマドにでも残しておかねばと危機感を覚えたのじゃよ」


 そんな文化の遺失を危惧する少女『G』も、ウシの丸焼きは初めての経験だったとか。

 作業の大半はヒト型作業機ワーカーボット任せだったらしい。ローグ船団の中にも、ウシ一頭を捌く体力や技術を持つ者が存在するワケもない。

 白い少女としても、古のライケンが当たり前にやっていた狩りと食事をどうしても経験してみたいと思い、ローグの行動を黙認したという話だ。

 見た目通り子供っぽいところもあるようで。


 赤毛の少女は少し感心する思いだが、まさか褒めるワケにもいかなかった。その後改めて食文化の先行きに暗澹たるモノを感じた。


「ライケン人の伝統とか儀式にこだわるのは何故かしら?」


 それにしても随分ライケン人の文化にこだわる、と不思議に思ったのは質問者のマリーン船長だけではない。


 ライケンというのは、プロエリウムと違い地球以外の星で進化した知的生命体の人類種だ。

 しかし、プロエリウムが単一種族であるのに対して、ライケンは複数の種族で構成されている。

 地球で言う猫科やイヌ科、クマ、ウマ、ウサギなど。

 それら多様な種が、二足歩行を行い道具を用い言語を操る高い知能を持つまでに進化し、共存する為の連合を形成した。

 これらの種族連合が宇宙に進出し他の星間文明を知った時、自分達がライケン人であるという種族意識アイデンティティーに目覚めたワケだ。

 なお、その進化には人為的な痕跡が見られ、惑星外からの第三者の干渉があったと推測されているが、現在までに確かな証拠は得られていない。


 ライケン人なら自分達の文化を大切にするのは分かるが、『G』という少女はプロエリウムに見える。

 しかも、自称『巫女』。

 そこにいったいどんな深い理由があるのかと思ったが、


所謂いわゆるハーフじゃ。母がプロエリウム、父がライケンのフィレディ族じゃった。

 見た通りライケン人らしくないので、マト外れにもライケンになる為に歴史を学んだ。ライケン自体、連邦への加盟やら何やらで大きく変節している時期じゃったのになぁ…………若かったというか。

 それで知識や儀式の作法を修め、フィレディの長老達に認められてライケンの『』たる巫女の資格を得たが、もはやその知識を使う場も無くてな」


 純白の『G』がヴェール付きの袋のような帽子を脱ぐと、その下から髪色同様に真っ白なケモノ耳が姿を現す。

 ライケンの特徴を持つプロエリウム、それがジーナ=クレスケンス。

 ローグ船団の精神的指導者、ライケンの巫女、『G』であった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・流行性ゾンビ感染症

 時折流行ってはコミュニティーに大惨事を引き起こす感染症。

 多くの場合、接触感染か飛沫感染で被害が拡大し、感染者は凶暴化し思考能力を著しく低下させ非感染者を襲う。

 過去の発生と後に発生した感染源に因果関係が無い場合も多く、国家はその都度迅速かつ適切な対応を迫られる。

 未発達な文明、あるいは危機管理の甘い国家が絶滅した記録も多々ある。


・ライケン人

 いわゆる獣人。野生動物との違いは、知性を持ちコミュニケーション可能である事。

 道具を用い二足歩行である事も一般的には『人類』の条件とされるが、このあたりはテクノロジーで補えるので必須ではない。

 宇宙の文明圏としては比較的新参者。

 他の動物を殺して食べるという習慣も最近まで残っていたが、銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの一角、連邦への加盟に前後して倫理的に問題とされ、その固有の文化は急速に衰えつつある。

 ひとつの惑星上で複数の種が同時並行して高度な文明を形成しており、これは進化論上あり得ない事と考えられている。

 なお、未開惑星への星間文明圏の干渉は正常な進歩と発展を歪めるとして、条約により禁じられている。これは抜け駆け禁止の意味合いが強い。





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