84G.マイスタイルが躍動し過ぎなロデオライダー

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 21世紀生まれの赤毛女子高生、村瀬唯理むらせゆいりがファミレス事業の復興なんぞに精を出していた、同じころ。

 ノマド『キングダム』船団の各方面では、小さな問題がその発生件数を激増させていた。

 『ローグ』船団。

 少し前に合流した、別のノマド船団が原因である。


 私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』とその雇い主の陰謀に利用された同船団であるが、用済みとなった後はそのまま消え去るのみ、ともいかなかった。

 元々、寄生虫などと呼ばれる悪名高き船団。

 問題が起こる事を見越して、事前にトップ同士で交わした条件もどこへやら。

 許可も出ていない船に勝手に乗り込む、貯蔵機を破壊してまで資源を強奪する、一部区画を不法占拠する、空気や衛生状態など環境を悪化させる、キングダム船団の船員に暴行を加える、取り締まりに来た保安部セキュリティーに抵抗し大乱闘になる、と。

 結局、当初の懸念通りになった。


「おら大人しくしろ! 手こずらせると真空中に放り出すぞ!!」

「そんなカッカするなよ、ただディスペンサーを使わせてもらっただけだろ?」

「痛ってーな放せやオラァ!!」

「ダメだ手に負えん! テイザー持ってこい!!」

「俺達にだってー生きる権利はあるんだぞー!?」


 重装甲の船外活動EVAスーツを着た保安部員セキュリティーがローグの船員を連行する光景も、ここ数日では珍しくない。

 ローグ側のチンピラも大人しく従う事は無く、それどころか同じように重装スーツを着て抵抗するなど、悪くすると戦闘状態になる事も多々あった。


 そういった騒ぎは、何も宇宙船内だけに限った話でもない。


『おいまだ焼き切れないのかよ!?』

『クソッ、トーチの出が安定しない。ポンコツが……』

『早くしろよヴィジランテが来る!』

『チッ! 開けろコラ! 開けろ開けろゲートを開けろー!!』

『ブッ壊されたくなければ今すぐカーゴドアを開けるんだ!!』


 あるキングダム船団所属の中型貨客船に、十数機のヒト型機械が外側から取り付いていた。

 機種はバラバラで、必要最低限のマニュピレーターとブースターしか持たない機体があれば、戦闘用らしき重装甲で武装した機体もいる。

 それらはプラズマ工具やレーザーカッターを用い、宇宙船の外殻を切り外そうとしていた。

 ろくな機材が無いので、結局強引に格納庫入口をこじ開けようとしていたが。


 当然キングダム船団の保安部セキュリティーがそんな事を許すはずもなく、すぐさま自警団ヴィジランテのヒト型機動兵器『エイム』が差し向けられる。

 比較的実戦向きの装備を持つキングダム側だが、後先考えない怖いもの知らずのローグのエイムは、勢いに任せ突っ込んでいた。

 貨客船の周囲を飛び回り、定石セオリーも何も無くぶつかり合うヒト型機動兵器。

 ケンカ腰の密着戦に面食らう自警団ヴィジランテは、ローグのエイムを撃墜も出来ず一方的に振り回されてしまうが、


 そこに突っ込む、接近戦上等な灰白色に青のエイム。


「なんだ――――――ゴアッ!!?」

「コイツ!? 別のヴィジランテ!!?」

「お上品なキングダムの野郎が! こういうのはなぁ気合入った方が勝つって決まっグエッ!!?」


 青いマッシブな装甲のエイムは、ビームブレイドを振るいスリ抜けざまにローグの機体を三タテに。

 ビーム光がはしったかと思うと、次の瞬間には腕部や脚部が切断されてしまう。

 続けて、大雑把な大型格闘機が、自警団機ヴィジランテと交戦中のローグ機を横合いからぶん殴った。

 その質量とパワー、それに機関砲の如き打撃兵器の前には、低出力のシールドなどまるで用を成さない。


 チンピラの不意打ち戦法などで、本物の近接戦闘技術に敵うはずもなく。

 十数機から成るローグのエイム集団は、アッと言う間に殲滅されていた。


               ◇


 どれだけ取り締まろうとりもせず、あの手この手でジワジワとキングダム船団へ浸透を続けるローグ船団の乗員。

 当たり前だが、キングダム船団と若白髪の船団長は黙っていない。


「ローグに所属する人間はキングダム側への立ち入りを原則禁止すると言ったはずだな!? この160時間でどれだけのローグのヤツがウチのセキュリティーと揉めたか教えてやろうか!!?」


「ボルゾイ船団長……そりゃ我々があのPFCに脅迫されていた時の話でしょう? あの時は正常な交渉が出来る状態じゃなかったんです。

 ここは改めて、両船団の対等な権利について話し合うのが筋ってもんだと思いますが?」


「そちらが例のPFCと共謀していた可能性だけで強制排除パージする理由は十分だ。もうお前らのふざけた物言いに付き合う気はないぞ!」


 相手の旗船フラグシップに乗り込んだディラン船団長は、初っ端から最後通牒を叩き付ける勢いだった。

 そもそも始めから、ローグと同道する事になんの意義も感じていなかったのだ。

 自由船団の協定があるので是非も無かったが、可能であるなら突き放すのを躊躇する理由など無い。


 これに対し、相変わらずのらりくらりと回答をかわす黒アゴヒゲのローグ船団長。

 それも、相手ディランがキングダム船団の評判に傷が付くような強硬手段に出るワケが無い、と足下を見ている為だ。

 規則、人道、弱みなど、どこかに付け入るスキがある限り、今まで通り他の船団のように寄生させてもらおう。

 そんな狡猾な本音が、ヒトを小馬鹿にしきった眼差しに透けて見えていた。


 その後間も無く、想像もしない災厄がローグ船団を襲う事になるが。


               ◇


 もう何度目かの緊急出撃スクランブルから、即応展開部隊『ラビットファイア』の6機がパンナコッタの格納庫に戻ってきた。

 格納庫内の与圧が終わり、整備ステーションに着いたヒト型機動兵器の胸部が開くと、中からオペレーターの少女たちが降りて来る。

 その格好は、ピンクのミニスカートにエプロンドレスを原型ベースにした、レーションレストランの制服だった。

 緊急の応援要請だったので、船外活動EVRスーツに着替えず出撃したのである。


「まったく大忙しだな。連中ザコだが飽きるって事を知らないらしい」


 すぐに、メカニックの姐御が備え付けの大型スキャナーを使い機体エイムの状態を確認。自身の情報機器インフォギアが視界内に結果を投影する。


「拘束したヤツくらいは、そのまま閉じ込めておいて欲しいもんだけどなー。ローグ船団連中、自分で取り締まる気無さそうだし……。

 あの程度ならアームズ使うまでもなさそうだけど、どうするユイリ?」


 オペ娘も、本業とは違うがシステム周りの調整を手伝いに船橋ブリッジから降りて来ていた。

 赤毛娘の様子を見に来ているのが本当の理由であるが。


「案外ミラーモジュールのテストにはいいかもね。と言っても、002にしても003にしてもオーバーキルか……。004は武器の方がまだだっていうし」


「あー、アレな。基礎は出来たけど性能が不十分とかエイミーは言ってたわ。なんか前に出たメナスの装甲値を基準にしているとか言ってたけど」


「005も当面は目処が立たないだろうし、007あたり試してみる?」


「『スクトゥム』か……。まーローグ相手ならアレでも大丈夫か。使う時は一応こっちからもリモートでフォロー出来るようにしておくな」


 空中に表示される兵装AAMのデータを見て、今後の準備をどうしようか話し合う赤毛とオペ娘。

 メカニックの姐御も整備ステーションの操作を続けていたが、何となくその目線がフリフリ揺れるミニスカートと、見え隠れするフトモモとの境に向けられると、


「にゃわぁ!!?」

「ふおッ!? なんだぁ!!?」


 赤毛娘がお尻の片方を鷲掴わしづかみにされ、その悲鳴にオペ娘の方がビックリした。


「フムフム相変わらずのたまらない弾力。ホント飽きないなぁこの尻」

「ちょ!? だ、ダナさんダナさんダナさん!!?」

「ぬあぁあああああ!!?」


 キュッと持ち上がった柔肉を好き勝手にもてあそばれ、慌てて逃げようとする唯理。しかしミニスカートが捕まって離脱不能。

 フィスの方は、顔も真っ赤にした赤毛娘に抱き付かれる形となり、パニックになっていた。


「機体とアームズ7番はフィスと先に調整しておく。ユイリはもう休んでおけ。レーションレストランに緊急出動って寝る間も無いだろッ! と」

「んわッ!!?」


 揉むわ広げるわ指を沈めるわと散々好き勝手にたのしんだ挙句、ダナはいつぞやのように思いっきり平手をかます。


 同時にスカートを解放されたので、赤毛娘はすぐさま両手で尻を押さえ、その場を逃げ出した。

 恨みがましくメカニック姐さんを睨み付けるが、涙目なので迫力は皆無だ。

 気遣われたのも分かるのだが、欲を言えばもう少し穏やかな表現方法でお願いしたいところ。

 口には出さないが、とばっちりで心臓を爆動させているオペ娘も同じ気持ちであろう。


               ◇


 立場上何かと忙しくなる赤毛娘ユイリであったが、レーションレストランの営業開始とローグ船団の起こす揉め事が重なった為に、その忙しさも殺人的となった。

 キングダム船団にも、潤沢ではないが人物がいないワケではない。唯理以外にも有能な者はいる。

 しかし元々は250隻、40万人弱から成る船団だ。

 難民船団30万隻、収容人数10億人――――共和国中央艦隊除く――――とかさばき切れないって話である。


 唯理の基本的な仕事は安全保障だ。エイムオペレーションによる母船パンナコッタ船団キングダムの安全確保と脅威の排除。またはその延長線上の活動となる。

 本来ならピンクのエプロンドレスなど着てお客にスマイル振り撒いている場合ではないのだが、ファミレスの方も船団の運営上ないがしろには出来ない。

 ローマ帝国にあって、パンと見世物が政権を安定させていたが如し。

 ならば、時折現れる赤毛のウェイトレスオペレーターは、コロシアムで見世物になる剣闘士だろうか。


 貨物船パンナコッタのキャビンでは、赤毛娘が風呂上がりに半裸で転がっている姿が幾度か目撃されていた。

 疲れ切っても風呂には入りたい。そんな唯理の数少ない乙女らしさ故の事であるが、だったら自分の見た目にも気を使えや、というのは某システムオペレーターの苦言。

 いつも結局、誰かしらにセクハラされて跳び起きるハメになるのだが、


 しかしその日は、別の理由で跳び起きる事になる。


「…………家畜盗難?」


 寝ぼけ眼の赤毛娘は、まだ自分が寝ているのかと思ってしまった。

 フィスを通してヴィーンゴールヴ級『アルプス』からもたらされた連絡は、船の上層ブロックにある実験牧場からウシが盗難されたという内容。

 一体どういう事だ1880年代じゃないんだぞ、といぶかしむのも当然の話である。


『どこかの誰かさん達が大勢で来てタウルスの原種を強奪していったのよ! マシンヘッドで乗り込んで来たから飼育スペースをメチャクチャにされたわ!!』


 と、情報機器インフォギアの通信にて、いつもは穏やかで理性的なアルプスの艦長、ドクターメレディスもお怒りになっていた。

 環境播種防衛艦『アルプス』全長50キロメートル。現在のキングダム船団で、旗艦『フォルテッツァ』と並び重要な宇宙船と言える。

 当然ながら警備体制も厳重であり、忍び込む事はおろか所属が明らかではない船は接近すら出来ない、はずだった。

 つまり、メレディス船長は『誰か』と言っていたが、実際のところ下手人が何者かは概ね分かっているのだ。


               ◇


 家畜泥棒の連絡を受けて間も無く、貨物船パンナコッタはアルプスの格納庫内へと入っていた。

 警戒体勢レベルが最大になっているので、格納庫の内外にもヒト型機動兵器が飛び回っている。

 パンナコッタの格納庫を飛び出す大型自動二輪車型のヴィークルは、そのままアルプスの艦内に進入した。


『問題は連中がどうやって艦内の認証を通ったかだけどー……アレだ、前にフォルテッツァに入り込んだのと同じで、スカーフェイスが持ってたツールを今も使ってやがるんだろーな』


「アレ対処してなかったの!?」


『前に入り込まれた時のは対処済んでる。でも普通、そういう裏の仕事の時は複数種類のツールを用意するんだよ、対策された時の予備に。

 今回使われたツールはもう認証弾くようにしてあるけど、他にもまだ置き土産でもあったんだろ』


 この時代には珍しい二輪バイク型ヴィークルには、赤毛の少女とメガネのエンジニア嬢がふたり乗りしていた。

 唯理はいつもの、環境EVRスーツに丈の短めなジャンパーという姿だ。

 寝ぼけてパンツにショートジャンパーのみで出かけようとしていたが、惜しまれながらも阻止されていた。誰かの良心が勝ったらしい。

 エイミーも環境EVRスーツの上にブラウスを着る、いつものよそおいだった。


 オペ娘と通信中のエンジニア嬢が、どうしてヴィークルの座席後部に乗っているのか。

 それは、二輪ヴィークルが以前の物とは違う新型となっており、作った本人が試運転に同乗している為だ。


 仕事に妥協しないエイミー先生により、ガラクタの酷評を受けた前のバイクは跡形も無く消滅した。作った本人ユイリはぐうの音も出なかった。

 その後、接地走行可能な二輪ヴィークル、というコンセプトのみ継承し、パンナコッタの技術陣3名により製作されたのが、現在走らせているバイクである。


 車体の全長が4メートルほど。

 前後のタイヤが旧型に比べて僅かに小さくなっているが、横幅は倍近くになっている。

 ぎの目立った旧型のボディーとは異なり、新型は外装も一体整形された滑らかな部分が多い。

 また、カラーリングも以前のような部材そのままの色ではなく、深い赤と黒になっていた。

 してその最大の特徴は、外見からは察する事ができない。


 車両用大型エレベーターが停止して扉が開くと、深紅の二輪ヴィークルは低い音を立てて加速。エイムが通れる大きさの通路を駆け抜け、上部ブロックの平野区画プレーンフィールドへ出た。

 硬質な素材に囲まれた空間から、緑あふれる青空の下へ一瞬で移り変わる。

 空気の匂いも機械を通したモノから、植物が揮発させた成分や、土の発する微粒子などが複雑に交じり合ったモノになっていた。

 騒ぎがあった直後なので、警備セキュリティーのヒト型機動兵器があちこちで見られる。全高7メートル台のマシンヘッドだ。

 一方で、こんな時でも観光客の姿もあった。


 新型ヴィークルは衝撃吸収機能も優秀だ。路面状況に応じてサスペンションの硬さも調整できる。高性能な姿勢制御機能により、転倒する事もまず無い。

 しかも、新型には更に安定して路面を捉える機能が与えられている。


「『クローラー』モードに切り替えるよ。エイミー落ちないでね」


「うん大丈夫ー!」


 唯理が重力制御機を作動させると、前輪が軽く浮き上がりウィリーの体勢に。

 そこから、車体前フロント部のフォークフレームが車輪ごと左右に分裂。

 後輪も同様に左右に割れ、二輪車型のヴィークルは四輪に変形していた。

 不整地の走行により・・適応した、クローラーモードである。

 なお、基本の二輪車形態が『ライダー』、滞空飛行形態を『グライド』と便宜上呼称する。


 飛行できるなら地上走行など不要と言う意見もあったが、接地状態の掌握力グリップ牽引力トラクションは赤毛娘の古風なこだわりだ。


「ふーん、思ったよりずっと揺れないね。地面を滑るみたいでちょっと面白いかも」


 唯理のすぐ後ろに座るエイミーは、自身に同調リンクする情報機器インフォギアでヴィークルの状態ステータス監視モニターしていた。

 新型ヴィークルはふたり乗りの際に、後部に乗る人間用のグラブバーが迫り出すようになっている。位置としてはエイミーのお尻の下、車体の両側だ。

 これを掴んでいるメガネの少女は、少し背をらしたような姿勢となっていた。

 密着状態じゃない分、前にいる赤毛娘の背中が良く見える。


 そして、ほど良いボリュームのある綺麗な形のお尻に、自分のフトモモや下半身がピッタリくっ付いている様子も良く見えた。


「…………こッ」(これはぁ!?)


 意識した直後に思わず脚を閉じようとしたならば、挟んだお尻からシットリとして柔らかな弾力が返ってくる。


「イイ感じだね。加速しても車体が振れない。地面の出っ張り拾うと、もう少し跳ねるかと思ったけど」


「う、うんスゴく……!」


 エイミーは唯理の科白セリフなんか聞いちゃいなかった。自分の視覚とフトモモに全処理能力を取られているので。

 加えて、タイヤ回りのサスペンションと本体に接するダンパーでも緩衝し切れない揺れが加わり、赤毛娘のお尻が絶妙に震えているのが目に良くない。

 その振動も、密着したフトモモから下半身に伝わって来るのだ。


「うッ……」(な、なんか変。マズイかも……)


 下っ腹の奥にジリジリとした熱がこもるのに気付くと、エンジニアのお嬢様も慌てはじめる。

 まさかこんな場所で、しかも唯理の真後ろで、おまけに一番危険なところの間近で。

 そんな気分になるとかダメすぎる、と思うほどに何故か心臓は暴走し、ジンジンとした甘い痺れのような何かがこみ上げて来る。

 エイミーもお年頃の少女であるからして、身に覚えのある感覚だ。


 でもこんなところで最後まで行くとか自殺行為でしかないし、自分でもまさかこんな状況でそんな事になるとか信じられない。

 だというのに、追い詰められれば追い詰められるほどに痺れは膨れ上がり、気を抜けば溢れ出すような感覚に、エイミーは泣きそうな顔で耐えていたが、


 現場に到着した事でヴィークルも停車し、それが最後の一線を越えさせてしまった。


「うッ~~~~~~~~ク!!?」


「あっと、ごめんエイミー」


 それほど急ブレーキでもなかったのだが、前向き慣性がかかりエイミーは唯理の背に体重を預ける形に。姿勢的に胸からイッてしまう。


 唯理の方は特にエイミーの様子を気にせず、ヴィークルを降りて牧場の方へ。

 そこで被害状況を直に確認すると、腕を組み、憮然とした表情で仁王立ちになっていた。


「雰囲気重視で木の柵にしてたけど、こうなるとやっぱり展開防壁の方がいいか。ウシ、貴重品だし」


 研究も終わり、牛肉も合成タンパク質による成型肉から細胞単位の培養物まで様々な形で入手できるようになったが、やはり一番美味いのは本物のウシから取った肉である。

 その価値は21世紀初頭に換算すると、ヒレ肉の最高級部位で100グラム200万円以上。

 そんなモノ誰が食べるんだ、と思いきや、これが需要に対して供給が追い付かず価格は上がり続けているのだ。


 そんな高価な家畜を育てる実験飼育場が、一部大荒れという。


 なるべく21世紀と同じ環境を、という事で牧場は木の柵に囲われていたが、それが派手に破壊されていた。足跡からしてマシンヘッドが突っ込んだらしい。

 派手に騒いだ為に、当時放牧されていたウシはストレスにより厩舎に戻されてからも落ち着かないとか。


 犯行グループは警備用ヒト型機械セキュリティーボットを力尽くで蹴散らすと、寄って集ってウシを捕まえ、ヴィークルのコンテナに押し込み逃げて行った。

 犯人は分かっているし、どこへ逃げたかも把握している。

 今後の対策を講じる為に現場を見に来たが、唯理もすぐに自警団ヴィジランテに混じり下手人どもを追撃する事になっていた。


「にしても……」(解体もしてないウシ丸ごとなんて何に使うつもりなんだか。しかも、随分派手にやってくれたな、ローグども)


 また唯理個人としても、少々腹に据えかねるところがあるのも事実。

 自身の食事事情が切実な事もあり、この赤毛娘も牧場にはずいぶん手をかけていた。

 生物学者の艦長と一緒に少々趣味に走った感はあるが、だからこそと言うべきか、それを横からさらうばかりか後始末を他人になすり付けるような筋の通らない行為は断じて許すまじ。

 今なら西部開拓時代の牧場主の気持ちがよく分かった。


「だったらそっちに合わせて、無法の荒野の流儀を教えてあげようじゃないか……。

 家畜泥棒は縛りクビだ!」


 赤毛娘の顔に、凶暴な裏の本性が滲み出ている。見た目は可憐な美少女なのだが、中身の方は全自動統合戦略兵器であった。

 ローグのような中途半端なチンピラより、よっぽど暴力と戦争の世界に慣れた娘さんだ。

 借りは必ず返し筋は絶対に通す、21世紀にあってもオールドスタイルな少女。

 よりにもよって、ローグもマズイ相手にケンカ売ったものである。


「フィス、ローグの旗船フラグシップはどうなってる?」


『ヴィジランテの船とエイムが抑えてる。でも相手からのリアクションねーな。準備万端待ち構えて、るワケねーな、アイツらが。多分何も考えてない』


「それなら首根っこ捕まえて、強引にこっちへツラを向けさせるだけだね。ラビットファイアをパンナコッタの方に待機させといて。

 エイミー…………わたしの銃を返してくれんかね?」


「ふぇ!? う…………はうゥー」


「そんなに嫌ですか…………?」


 流石に今回ばかりはやり過ぎたと言うか、キングダム船団としても堪忍袋の緒が切れたか、ローグ船団の旗船は外から包囲されていた。逆にローグ側からのリアクションは無いと言う話だが。

 パンナコッタ所属の赤毛娘も、安全保障畑の一員として船内に乗り込むつもりだ。私怨もあるので。


 一応戦闘も想定されるが、ローグの気質的に一致団結して徹底した組織的抵抗を、というのは無いだろうと考えられた。

 それでも念の為、唯理としては先の戦闘の後に没収されたハンドレールガンを持って行きたいのだが。

 エイミーにお願いするも、何故か赤い顔で言葉を濁されてしまった。


 実際には自分の下着と環境EVRスーツの状態が気になり、話を聞いていなかったエンジニア嬢である。

 なお、保温性や保湿性に優れるスーツは、そうそう染みたりしない。


               ◇


 アルプスの上層ブロックを後にする唯理は、格納庫のパンナコッタに戻りそのまま宇宙へ。

 自分の部下ラビットファイアとも合流し、ローグ船団の旗船、全長950メートルの前後と縦に長い宇宙船へ殴り込んでいった。

 ローグ船団終了のお知らせであるが、これは同時に、後の銀河において最強最悪の愚連隊と悪名高き『ローグ大隊』誕生の切欠でもあった。


 詳細は 『EXG.クリムゾンオーガ インカミン』参照のこと。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


情報機器インフォギア

 この時代で一般的に普及する個人情報端末機器。基本的に装着型ウェアラブルであり、衣服と一体化しているのも珍しくない。個人で複数持つのも当たり前。

 ネザーインターフェイスという、脳神経と同調する機能を持つ物が大半。

 手動操作せずとも考えるだけで操作可能で、ディスプレイが無くとも意識内に映像が投影される。主観的には空中に浮いたように見える。

 ヒト型機動兵器『エイム』やヴィークル、あるいは宇宙船や施設の機械操作を仲立ちするのも基本的な利用目的となる。


・縛り首

 古代地球の北米大陸中西部における開拓期の刑事罰。

 ヒト様の家畜に手を出すと首に縄をかけぶら下がる事になる。




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