79G.ジャンピングラッシュ アサルトバニー

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 側面を開放した小型輸送艇と中の兵士のすぐ横を、数十メガワットにもなる極太レーザーが突き抜けていった。

 だがそれは、スカーフェイスの兵士が乗る船を狙ったのではない。

 狙いは、すぐ後ろにまで追い縋っていたキングダム船団のヒト型機動兵器部隊だ。

 そのエイム5機は、すんで・・・のところでバラバラの方向に回避していたが。


 艦砲レーザーは立て続けに発振されるも、漂う小惑星を薙ぎ払うのみで敵エイムの動きを捉え切れない。

 展開が早いだけでなく、エイムオペレーターの腕も悪くないようだ。

 輸送艇に乗っていた仕切り役である熟年の女は、表情を歪めて通信先の母艦へ怒鳴る。


「チィ!? 何が素人の集まりだ、動ける奴等がいるじゃないか! 『ハングドマン』! ランツ、連中の足を止めな!」

『カナン! 殿下――――――ボスは!?』

「ボスは……片腕を失くされたが致命傷ではない。緊急着艦を行う! 収容準備しろ! 着艦次第『ハングドマン』は宙域から全速離脱!!」 


 強襲揚陸艦『ハングドマン』750メートルクラス。

 分厚く盛られた艦首装甲に、中央艦体に沿って両舷に繋がる大型の兵装ユニット、その外側に独立型ブースターエンジンを装備した船は、電子欺瞞カムフラージュを解き小惑星の陰から横滑りするように姿を現していた。

 私的艦隊組織PFCスカーフェイスの母艦である。

 ラビットファイアを待ち構えてレーザー砲を叩き込んだのも、この船だ。


 ハングドマンが艦砲レーザーや遅滞防御兵装ディレイWSで邪魔者を抑えている間に、輸送艇は艦体両舷にある格納庫口から艦内に進入。

 入れ替わりに飛び出してきたのは、鋼色の装甲を被せたヒト型機動兵器である。

 中型の基本骨格ベースフレームから成る機体だが、その意匠と明確に異なる外装は古代の騎士が装備する鎧にも見えた。


 私的艦隊組織PFCスカーフェイスの運用する汎用型エイム。

 『ベイメンMk.2 Type_5th』。

 外見中身共にもはや原形を留めないほど改造された、元はある王国の制式採用機である。


『素人集団と思うな、正規部隊と同じと考えて当たれ! ハングドマンの離脱までこいつらを足止めするぞ!』

『ランツ、向こうに電子戦機! センサージャミング! 見せかけじゃない! 落とさないとハングドマンの邪魔になる!!』

『アハト、エルンストは正面を迂回し後方の電子戦機を最優先で叩け! メッツァー、ミュアーは私と正面の敵を抑えるぞ!!』


 鎧のエイム、ベイメンの5機が編隊を組み、槍のように長い砲身のレーザーライフルを接近中の敵エイムに向ける。高出力高収束広域射程の光学収束レーザー砲だ。

 うち2機が僅かに加速度を落とすと、前衛チームの陰から一気に右側へ回り込む軌道を取る。

 前衛の3機は長砲身レーザーライフルを発砲。別チームが敵前衛の脇を抜けられるよう、援護射撃を実行した。


 私的艦隊組織PFCは、宇宙における生業の中でも特に高い戦闘力を求められている。荒事に弱い私的艦隊組織PFCなど存在価値が無いのだ。

 スカーフェイスは規模こそ共和国の大手私的艦隊組織PFCなどに及ばないが、その練度は他と比較にならないほど高かった。



 そんな相手とラビットファイアは五分に切り結んでみせる。 



 レーザーに対し鋭角な回避軌道を取るノマドの5機は、その勢いのまま鎧のエイムへ応射。スカーフェイス機の進路と僅かに軸をズラし、射撃しながらほぼ真っ直ぐに突っ込んで来る。

 それも単なる蛮勇ではない。極小の動きでレーザーの直撃を避けながらの突撃だ。

 思いがけない技量と度胸に、百戦錬磨の兵士さえ意表を突かれた。


『我々相手にジョストだと!? 身の程知らずな!』

『両軸に散開! あの加速じゃ反転軌道が膨らむ! 内側を取り死角から叩け!!』


 レーザーとレールガンの弾体が交差し、双方のエイムの周囲がエネルギーシールドで白む。

 50G以上の相対加速度で互いの脇を突き抜けたエイム部隊は、弧を描いて軌道を曲げつつ射撃を続行。

 電子妨害ECM環境下でセンサー精度が落ち必中とはいかず、赤い光線と弾体の纏う紫電が乱れ飛び続ける。

 そしてここでも、ラビットファイアの性能に対しスカーフェイス側の反応が遅れていた。


『切り返しが早い!? 差し込んでくる!!?』


 突撃してきたラビットファイアのエイムは、機体とオペレーターにかかる慣性質量に耐えて進路を180度近く反転。

 中でも一手早く攻勢に転じたのは、赤と白という派手な塗り分けの中型機、『アポジハウンド20head』だ。

 両腕マニピュレーターにハイレートの短砲身レールガンを接続するエイムは、発砲しながら弾幕を押し付けるかのように距離を詰める。


「ぐあッ……!? コイツ、強引な!!」


 エネルギーシールドが自動で最大出力になり、被弾する衝撃がコクピットにまで伝わる。

 金髪を束ねた女性オペレーター、『メッツァー』は相手の勢いに面食らいながらも長砲身レーザーを撃ち返した。

 鎧のエイムベイメンMk.5が足裏のブースターを吹かせ高速で後退。肩装甲が開き、その下のマニューバブースターが機体を左右に蛇行させる。


「クッ!? ECMが煩わしい! 光学照準のみで機動予測!!」


 激しい動きを見せる鎧のエイムベイメン赤白機アポジハウンド

 射撃指揮装置イルミネーターが双方の動きを予測し照準を補正するも、ノマドの電子戦機による電子妨害ECMがそれを撹乱していた。

 真っ向勝負とは程遠い足を引っ張るかのような搦め手に、金髪女性の端整な顔が苛立ちに歪む。


「ヌルいヌルいヌルい! ウチのタイチョーに比べりゃヌルヌルのマニューバだおりゃぁああああ!!」


 対して、赤と白のエイムを駆るオペレーター、桃色髪の喧嘩屋は6Gが圧し掛かる中で歯を食い縛り獲物を追った。

 猛犬の如く喰らい付く赤白エイムは、鎧のエイムの高収束レーザーを振り回すようなランダム機動で回避。

 そんなデタラメな動きをしながら弾体を標的へバラ撒き続け、鎧のエイムからシールドを引っ剥がしてみせた。


「ッ――――――――舐めるな素人が!!」

「ぐあッチ!?」


 しかし、シールドを失い装甲頼りの危険な状況にあって、金髪美女のオペレーターは敢えて前に出る。

 間合いは一瞬で詰まり、双方が高速で回り込み合うドッグファイトの形に。

 その最中さなかで鎧のエイムは槍のように長砲身のライフルを振るい、被弾しながらも赤白エイムのシールドをレーザーで切り裂いた。


               ◇


「メッツァー! 無理し過ぎだフォワードと入れ替われ!!」


 赤白の派手エイムと派手にやり合う僚機に、同じスカーフェイスの兵士、黒髪ミドルヘアのオペレーターは援護に入りたいところ。

 ただこちらも、今は自分の事で手いっぱいだ。

 なにせ、重装甲の大型エイムに、あり得ないほどの接近戦を挑まれている最中なのだから。


「遊びたいなら地下に引き籠っていろ! 戦場になど出て来るな!!」


 エイムで格闘戦を行うなど、宇宙における戦闘では全く合理的ではない。

 エネルギーシールドも持たないヒト型重機が狭い空間で殴り合う、非合法に開催される大衆試合くらいでしか起こり得ない状況だ。

 そんな趣味的な相手の土俵に、強制的に引き摺り込まれている。

 しかも、突き放せないほど実力が拮抗しているという事実が、このオペレーターには腹立たしい事この上なかった。


「脆いなぁ軍人上がり!!」


 エネルギーシールドの表面を歪曲したレーザーが舐めても、オペレーターの小さな猛獣女と、『オーラン・ピグマエウスT46』の動きは全く鈍らない。

 一時的にシールドが落ちたとしても、攻めまくってスカーフェイス側の攻撃を封じている間にジェネレーターが回復するような有様だ。


 ヒト型機動兵器同士の接近戦など、本来はほとんど発生し得ない。1秒で30万メートルを貫く兵器を持つのに、そんな必要が無いからだ。

 自ら距離を詰めに行くなど、21世紀生まれの赤毛娘か、正体不明の自律兵器群くらいのもの。

 オーラン・ピグマエウスも本来はアンダーグラウンドな競技用バトリングの機体であり、実戦は想定されていない。

 殴り合い専用機を、強引に宇宙での戦闘が可能なよう改造したエイムである。


 鎧のエイムが急減速から反転、再加速という負荷の大きな戦術機動を取るも、大型格闘機はこれに喰らい付いて来た。

 激しい機動戦の末に進路が交差すると、そこを狙って大型格闘機の打撃武装がシールドをブッ叩く。

 長砲身のレーザー砲を使おうにも、敵の戦い方との相性が最悪だ。密着されるとどうしようもない。


「ええい蛮族が! そんなに技を競いたいなら後悔するがいい!!」


 ところが、このミュアーというオペレーターには、他のエイム乗りとは少々異なる心得があった。

 鎧のエイムの背面にあるブースターユニット、その両脇に接続されたシールド発生機が外側へスライドし、上部が90度回転。

 ユニット前部が分割されて迫り出し、内側から出てきたグリップとマニピュレーターが接続されると、先端のプラズマカッターから白く眩い光線を発射する。


 解体屋デモリッシャーミュアー。

 少人数での突入、制圧などを行うスカーフェイスにおいて、工兵のような役割ポジションを担っている故の渾名である。

 戦闘で使う技術や装備ではなかったが、ミュアーはその有効距離10メートルほどのプラズマ工作機械の扱いに熟練していた。


 戦闘に用いるのは初めてな上に、渾名自体も気に入っていなかったが。


「うおッ――――――とぉ!? ビーム!!? いやプラズマ重機か! 面白いな!!」


「デスマッチが好みか!? 相手になるぞパフォーマーが!!」


 一点へ収束された超高温のプラズマトーチに、ゼロ距離で押さえ込まれた格闘機の胸部装甲が深く抉られる。

 それでも、殴られるの上等なショーファイターは、腕部の武装でブラズマカッターを跳ね上げ逆に殴りかかった。


               ◇


 本来であれば、味方を援護するのが黒と紫の重火力エイム『タワー・オブ・アイScene41』の役目ポジションだが、オペレーターの無表情美人は忙しかった。

 スカーフェイス側の重火力機と撃ち合いになっているからだ。


 その鎧のエイムが抱える武装は、他の機体が装備する長砲身のレーザーライフルとは異なる。『コフィン』と呼称する、超高出力の4連装レーザー砲だった。

 外観は文字通り棺桶コフィンに似た形状で、正面に可動式レーザープリズムを搭載している。

 一点に光線を集中するか、広範囲に拡散させるか、あるいは各レーザー砲が個別に攻撃対象を追う事もできる仕様だ。

 つまり、4つの目標を同時に追尾し、出力も発振時間も調整可能。

 正規軍に配備されるような真っ当な代物ではない、単独で賞金首を追うハンターなどが用いる、火力偏重な個人兵装である。

 フレキシブル・タスク・ウェポンと分類される、非常に高価な兵器でもあった。


 腰部や脚部のブースターを吹かし、黒紫のエイムが肩部の対艦レーザー砲を撃ちながら小惑星の背後に飛び込む。

 それを追って、4筋の光線が宇宙船サイズの鉄鉱石の塊をバラバラに破壊した。

 飛び散る破片の中から両門のレーザー砲で反撃する黒紫のエイムだが、高速で動く棺桶コフィン持ちは一瞬早く小惑星の陰へ。

 ふた筋の対艦レーザーが氷塊を薙ぎ払うも、減速せずに飛び出した棺桶コフィンのエイムはその勢いのまま黒紫の機体との距離を大きく縮める。


「エルンストはそのまま電子戦機を叩け。こちらの砲撃機は私が落とす……!」

『――――――ックを仕掛けられ――――――が役に――――――気をつけ――――――』


 口数少ない男のオペレーター、『アハト』はジリジリと黒紫のエイムを追い詰めていた。

 高出力の電子妨害ECMで僚機との通信が不安定だが、互いが仕事を全うすれば良いだけだと考えるアハトは、攻撃目標の本命を味方の『エルンスト』に任せる事に。

 重火力機は後方から前衛機を援護する、または直接戦艦を攻撃する打撃力を持つエイムだ。

 故に、一時的に追い払えば良いというモノではなく、アハトとしては黒紫のエイムも電子戦機と同じく最優的に叩いておきたい相手である。


 取り囲むように棺桶コフィンの4連レーザーが奔り、後退を続ける黒紫のエイムのシールドが負荷限界により消失。右肩の対艦レーザー砲が直撃を受け使用不能となった。

 左肩の砲でアハト機を牽制する黒紫のエイムは、40G近くまで急加速し近場の小惑星へと急接近する。

 先手を取って遮蔽物を破壊しようとする、棺桶コフィン持ちエイムのオペレーター。


 そう思った矢先、黒紫のエイムが進路上に投棄した小さな物体がふたつ、アハトの目の前で破裂した。


「ッ!? パーティクルジャマー!!?」


 高圧縮された銀の粒子が一気に真空中へ拡散した。センサー類が妨害され、レーザーは乱反射し視界も遮られる。

 しかし、アハトに浮かんだ一瞬の疑問は、それらの問題とはまた別だった。

 現在の宙域は既にノマドの電子戦機により、高レベルの電子妨害ECM環境下にある。かく乱の煙幕を展張するまでもない。

 加えて、レーザー兵器の減衰は対艦レーザー砲を主武装とする黒紫の機体の方にも不利な要素となるだろう。

 エイムで携行できる量では宙域を覆うほどの煙幕量にもなるまいし、まさかこのまま逃げる気か。


 そんな一瞬の逡巡の間に、小惑星を半周してきた黒紫のエイムがアハト機へ跳び蹴りを喰らわせる。


「―――――――なんの――――――ゴォ!?」


 ――――――つもりだ、という科白セリフの続きは、機体を叩く衝撃に潰されてしまった。相対加速度にして70G以上で、2機のエイムが激突した為だ。

 凄まじい慣性質量によりシールドは一瞬で消失。両機はデタラメな方向に弾き飛ばされる。

 ところが、ここで黒紫のエイムは間も無く態勢を立て直し、追い討ちの対艦レーザー砲を発振。

 アハトは間一髪直撃を避けるも、意図せず盾にした棺桶コフィンは完全に破壊された。


 コクピットの中で、長い黒髪の美人は無表情のまま鼻血を流していた。瞬間的に体感で10Gもの遠心加速度に耐えた為だ。直後のエイム同士の激突の衝撃も加わり、正直死にそうである。


 棺桶コフィンの火力と応用力、そしてアハトの技量に追い立てられていた黒紫のエイムは、パーティクルジャマーを用い一瞬相手の視界――――――センサー情報含む――――――を奪うと、小惑星にワイヤーアンカーを打ち込み振り子のように半周。

 そのまま加速し真正面から敵を強襲したのだ。

 それも、相手が全く想定していなかった直接打撃で。


 メナス対策に接近戦も出来るように、と訓練はしていたが、乱暴なやり方まで赤毛の隊長に似てきたか、と黒髪クールな美女は思う。

 だがそれも、必要とあらば仕事上仕方が無い。

 問題は、仕事というのが唯理の監視かエイムオペレーターの事か分からなくなっている点。


 その辺の疑問を脇に置き、黒紫のエイムとそのオペレーターが棺桶コフィンを失った敵機へ容赦ない追い打ちをかける。


              ◇


 この時代の宇宙戦闘において、電子情報技術に占める比率ウェイトが非常に大きいというのは常識だ。

 何せ真空中では音が伝わらず、恒星が遠ければ光さえ存在しない暗黒の世界。電子とセンサーの耳目を持たなければ、移動すらままならないのが宇宙という空間である。


 そんな環境での戦闘を想定するエイム故に、どんな機体でもある程度の電子戦機能は備えているのが普通だった。

 戦闘を優位に進める上で、相手の電子機能を妨害しようというのも戦術の選択として当然出てくる発想だ。防御する手段も、また然り。

 よって、標準的な電子戦装備は基本的に全エイムに搭載されている。


 そこにきて、わざわざ『電子戦機』と銘打たれるヒト型機動兵器は、相応の性能を保持するという事になるだろう。


 私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』の兵士は、個々人が高い能力を有している。総勢100名ほど、戦闘要員に限ると30名ほどという小規模な組織である為、量より質を要求される為だ。

 機動戦闘、射撃性能、そして電子戦技能も。どんな戦況にも対応する能力があり、それらはいずれも高いレベルに収まっている。


「このッ!? オフラインに割って入って来る!!? いったいどこから!!!?」


 それでも、本職のウェイブネット・レイダーと電子戦専用機の前には、全く相手にならなかったが。


 電子戦闘ではレーザーや弾体ではなく情報が飛び交っている。センサーを妨害し、あるいは騙し、時として電装の塊であるヒト型機動兵器の制御そのものを制圧するのだ。

 鎧のエイム『ベイメン』にも標準以上の電子戦モジュールが搭載されており、防御に限れば電子戦機にも対抗できると『エルンスト』は考えていた。


 実際には、センサーがありもしないエイムの大部隊を捉えるわ通信はあらぬ所に繋がるわ機体制御に誤作動が出るわ、と。

 しかも、対処しても対処しても次の瞬間には新たな電子攻撃イヤガラセが飛んでくるという。

 ひとつひとつは比較的容易に潰せるが、とにかくアタック回数が尋常ではない。

 堪えかねてセンサー類を閉鎖オフライン手動マニュアルモードに変更しても、どこかしら受信機能を見つけ出してはそこから侵入して来るのだ。

 おかげで、傍から見るとエイムが一機で踊っているように見えた。


『エルンスト! レジストではなく敵電子戦機へ逆攻撃を仕掛けろ! 敵は私が落とす!!』


 その電子妨害エリアに、新たな鎧のエイムが突入してくる。

 即座に仲間と役割を分担させるのは、スカーフェイスの実働部隊ナンバー2の『ランツ』だ。

 副官カナンを除けば実質的なエイム部隊のリーダーでもあるのだが、一見すると少年のように小さな体躯だった。種族の特徴であり、年齢はそれなりに経ている。

 スカーフェイス設立当初から在籍している古株で、実戦経験も豊富だ。

 電子戦闘の優劣度10対0という絶望的な戦場も経験した事があり、その小さなベテランは対電子妨害ECM戦闘も心得ていた。


 電子戦闘は装備の性能以上にオペレーターの技術が物を言う。電子戦の性能に劣った場合も、劣るなりの戦い方セオリーというのも存在する。

 ランツは電子防御を最大出力にした上で、妨害信号の中心へと光学目視のみで攻め込んだ。

 電子攻撃は、同時に自分の位置を曝け出す危険も孕む。強力な電子妨害ECMほど、その信号も発見しやすい。

 信号発生源という最も単純な目印を追い、鎧のエイムは危険極まりない高密度な空間を、小惑星の破片から破片へ飛び移るように突き進み、


「その位置……いたか!? オプティカルステルスは無いな!!」


 ランツは光学望遠の映像に目標の機影を捉えた。


 と、思ったその一瞬。


「もう一機ッ……!?」


 真上から撃たれるレールガンの弾体に、緊急回避のロール機動を取る。


 フッドアームのペダルを踏み込み、鎧のエイムが瞬間的に40G近い加速度を叩き出した。オペレーターの大人少年が歯を食いしばり加重に耐える。

 吹っ飛ばされる小惑星が千の破片と化して飛び散り、エネルギーシールドがそれらを弾き飛ばした。


 センサーが頼りない状態で、実際に攻撃やその予兆を捉えたワケではない。

 自分の目で周囲を警戒していなければ撃墜されていたところだ。

 最後に信じられるのは、テクノロジーではなく自分自身だと知る兵士はこの時代に少ない。


「電子戦機に護衛が付けられていた……面倒だな」


 少年のようなオペレーターが、無表情の中に僅かな焦りを見せる。ノマドから先行してきた部隊は5機のみだと知っていたので、最後の1機が気になってはいたが。案の定一番面倒な配置ポジションに。

 戦術上有用な電子戦機を防衛するのは、当然の事ではある。


 前方に回り込みながら射撃を続けるのは、標準型のヒト型機動兵器だ。

 軽量フレームにシンプルで丸みのある装甲。マニピュレーターに保持する主武装のアサルトレールガンに、腰部の両側に接続した予備のサブマシンレールガン。

 特徴的といえるのは、背面から肩の上に突き出る様に配置されるブースターユニットか。

 ラビットファイア分隊の副隊長機、金髪美人保母さんの搭乗する『カスタディオ・ウーノA-13』である。


 標準型エイムの動きは、目立って鋭くはない。射撃の精度も並だ。電子妨害環境になければ、ベテランのランツが手こずるような相手ではなかっただろう。

 しかし、カスタディオを操る保母さんは、手堅い戦術に徹していた。

 レーザーに比べて圧倒的に弾着速度の遅いレールガンだが、むしろその弾速を活かしてランツの動きを制限するように弾幕を設置・・している。

 おかげで鎧のエイムは機動を制限され、あるいは追い込まれるようにレールガンの射線に挟まれていた。


(偏差射撃に夾叉……!? この撃ち筋は、訓練を受けた兵士のモノか)


 腕利きではない、が基本の出来た戦術機動と攻撃の撃ち分けで、ランツも迂闊に攻め込めない。

 かと言って相手が積極的に攻めて来る気配も無い。

 電子戦機を守る副隊長には、そんな必要など無いのだ。


 標準機カスタディオの後方では、全身に装備した小さな羽根のようなプレートをいっぱいに広げた電子戦闘用のヒト型機動兵器がいる。

 小型軽量のフレームに同じく小型の装甲を敷き詰め、武装らしい物は不装備。

 微動だにしないが、その場から絶え間ない電子攻撃ECMを展開している情報の侵略者、『オーロラビーター・スプレデンスF-7.29』だ。

 そしてロリ巨乳のエイムオペレーターは、のほほんとた顔に似合わず戦場の疫病神として君臨していた。




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